閑話 ~ある日の【0301】号室~

 ※ 時系列的には一回目の実戦訓練が終わったあたりの話です。



◇◇◇




 拝啓、センチュリー領で今日も頑張っているお父様を筆頭とした家族・家臣団の皆さま。


 ニア・ジェフ・センチュリー、もといニア・セルリアンは今日も元気です。


「ほい、フリップオアフロップ」

「うーん、表かな」


 毎日起きて最初に見る男の子が投げたコインを手の甲に落として空いてる手でコインを隠してそう言った。庶民も貴族も馴染みのあるコインを使ったゲーム。


 彼はスレイ。なんとあのベルフォード辺境伯家の麒麟児と僕はルームメイトになってしまったのです。


 お姉ちゃん、スレイは社交界では「剣術がずば抜けていて、従えてる精霊も精霊術も一級品で、そのくせそれを自慢しない謙虚な性格で、さぞやおもてになるのだろうかと思ったら異性的なお付き合いは非常にピュアで女性からすれば完璧な都合のいいイケメン」だと教えてくれたね。


 八割くらい別人です。


 というのも、彼は最近記憶喪失になってしまったらしく、それまでとは異なる性格になってしまったんだとか。なのでお姉ちゃんの言ってたことは聖霊が一級品ということとイケメンだということくらいしか当たっていません。僕が話半分で聞いててよかったね。他の娘ならここまで別人だとお姉ちゃんは助走をつけて殴られていると思うよ。


「当たりだ。今日は俺がトイレで着替えだな。アニ、行こうぜ」

「やれやれ、毎日難儀なことだナ」


 言うとスレイはアニを伴ってトイレに入った。


 アニの存在が明らかになってからスレイは僕がお着替えをする際に「毎日トイレで着替えるの窮屈だろ?」と僕を気遣ってこのコインゲームを毎日開催してくれる。裏表を当てて僕が勝ったらスレイがトイレで着替える。僕のお着替えの途中で出てくる、みたいな事故を防止するためにアニを監視役にしていっしょにトイレに入っている。


 紳士的。お姉ちゃんの言うような女性経験のないピュアなスレイってやつはどこに行っちゃったんだろうね……。まぁでもたまに言葉尻を取って恥ずかしいこと言われたりするけど、実害は全くないんだよね。お姉さまがこっそり愛読している小説みたいな、その、えっちな展開には全くならない。


 僕はすっかり着慣れた男子制服に袖を通して身支度を終えてトイレのドアをノックする。スレイの負担を減らすために僕のお着替えの時間は以前の数倍早くなっている。お化粧もいらないし、男の子って楽だなぁ。


「僕はもう着替え終わったよ」

「だってサ」


 ガチャリ……。


 スレイが応えるより先にアニがトイレのドアを開いた。


 そこには一糸まとわぬ、下着もつけてない状態のスレイが呆然と立っていた。


 ほっそりとしてるのに引き締まった体躯。それはまるで戦の神をかたどった一つの芸術品のよう。


 僕は一瞬呼吸を忘れて見入る。普段、スレイの服の上からでは把握できなかったすべてが目の前にある。ぼうっと顔から胸板、腹筋……僕の視線は意識に関係なく下へと落ちて行って……ま、るみ……え……。


「にゃああああああ!? す、っすすスレイなななんななんで!?」


 全裸!? なんで全裸!? 全裸なんで!?


「きゃああ、ニアさんのえっち、すけっち、……これ前にやったな」

「前より状況が酷いけど!? は、はやく服着てよぉ……」

「え、ニアさんってば下着も着用せずに服着る男子が趣味なの? ノーパンノーブラ男子がお好き?」

「そんなわけないでしょ!? 下着も含めて全部だよ!」

「だよなぁ。あ、悪いニア。ブラ貸してくれ。ちょうど切らしてるわ」

「ブラは切らすもんじゃないよ!? あと貸し借りするものでもない!」

「いや、ノーブラ男子がお好き? ってセリフにツッコミ入らなかったから、じゃあいけるかも! と思ってな?」

「行けるわけないでしょ!? ツッコミが追いつかなかっただけだよ!」

「ケケケ、今日もにぎやかだナ」

「アニ! そもそもスレイが着替えてる途中にドア開けたのが悪いんでしょ! っていうかなんでスレイも全裸なの!?」

「え? いや、アニがいつかニアに『全裸のスレイに化けて!』って言われたときに備えて俺のボディを参考にしたいって言うからさ。女の格好したニアそっくりの顔のアニに『服を脱げ』って言われるのはなかなか心にクるものがあったぜ。いい意味で」

「アニぃぃぃぃぃぃ!!」

「ケケケケケケ」


 僕は下手人のアニを追いかけまわす。けど浮遊できるし、その気になったら聖霊石に帰れるアニは余裕の表情でケタケタ笑っている。


 直接的なえっちなことは起こらないけど、たまにこういうどうにもできないセクハラは起こるんだよねぇ! お姉ちゃん、事実は小説よりも希なりだよ! 勘弁して!


 壁際にアニを追い詰めたところでアニは心底楽しげな笑みを浮かべて予想どおり精霊石に戻った。


 ああ、もう!


「朝飯何にすっかな。トーストか米かが問題だよな。ニアはどうすんの?」

「まず服を着て!?」


 パンツだけ履いてトイレから出てきたスレイがお腹を掻きながら出てきたのを見て僕は顔を赤くしながら叫んだ。


 余談だけどありがたいことに寮は防音完備らしくて、僕らのおバカなやり取りは今のところ誰にもバレてない。


☆☆☆


「ただいまー」

「お帰り、スレイ」


 スレイと僕は同い年だけど、同じ学年じゃない。スレイはゼルヴィアス学園の初等部に通っている。記憶喪失の影響で一般的な知識に無視できない欠如があるとみなされたらしい。だから僕とスレイの帰宅時間はちぐはぐになることが多い。たまに意図せず帰り道が一緒になることがあるけど。


 初等部の方がカリキュラムが終わる時間は早いらしいけど、スレイは居残りで失った知識を毎日手の空いている先生方から授けられているらしい。フィーネちゃんと魔力強化の訓練をしてることもしばしばある。


 あと、仲のいい初等部のおともだちと遊んでいるらしい。……高等部生でそれはどうなの? って最初は思ってたけど、そこまで付き合いのいいお兄さんやってる人ってスレイくらいしか思い浮かばない。最近は一周回って大人の対応なのかな? って感じることもある。……僕も大分スレイに毒されてるんじゃないかな、これ。


 スレイは学生カバンと見慣れない荷物を部屋の隅に片づける。そして見慣れない荷物の内一つを取ってこっちに近づいてきた。


「ニア、今日はプレゼントがある」

「え、うそ。なんだろ」


 今日もいつものような一日になると思ってた僕は突然のサプライズに心が躍った。そういえば同年代の男の子に何か貰うのは珍しい、というか初めてのことかもしれない。しかも相手はあのスレイ・ベルフォードだ。……学園に来る前までの僕なら驚愕で卒倒するかもしれない状況かも。今のスレイが良くも悪くも馴染みやすい人柄だから僕は平気だけど、客観的に見ると同年代の女子的には胸が高鳴る状況なのかも。フィーネちゃんとか絶対めちゃくちゃいい反応すると思う。


 スレイが渡してきたのは縦長のプレゼントボックスをリボンでラッピングしたものだった。


 え、どうしよう。なんか軽いアクセサリーか何かかと思ってたけど想像よりすごそう。


「うわわ、これ何? ちょっと大きさもあるし、なんだか装丁も気合入ってるし。正直僕、すごいもの貰っても釣り合うものをお返しできる気はないよ?」

「なーに水臭いこと言ってんだ。それに俺は贈り物のお返しに釣り合いを求めるタイプじゃねーぜ? 今日もおともだちと『滅茶苦茶綺麗に仕上げた泥団子』と『聖短剣・デクスタリストン』を交換してきた俺だぜ?」


 スレイはそう言うとズボンのお尻のポケットからなんかいい感じに手に馴染みそうな木の枝を取り出した。


「……それは?」

「『聖短剣・デクスタリストン』だ。よっちゃんと交換した」

「よっちゃんって誰!?」

「ヨーデル・ハインリッヒ君な。さんすうといい感じの木の枝拾って名前つけるのがめっちゃ得意」

「木の枝じゃん!? っていうかそれ釣り合ってるんじゃないの?」

「おいおいニア、さては新の泥団子の完成された光沢と艶やかさを知らないな? それはまさに芸術品と呼んで差し支え……まあいいか」

「急に冷めた!?」

「細かいことはいいのさ。ほれ、あけてみあけてみ」


 おふざけもそこそこにスレイが促してきたので僕はいよいよ得体のしれない箱を開けることにした。


 丁寧に、それでいてキュートにラッピングしてあるリボンをほどいていると急に冷静になる。何が入ってるんだろう? 思えばスレイのふざけたおしゃべりはこういう緊張をほぐしてくれるためだったのかも。意外とスレイはそういう気を回す男の子なのだ。気遣われると僕も嬉しい。


「なんだろなー?」


 僕はちょっと口角を上げながら、箱の封印を解除し、ついにその蓋を開けた。


 すると、……そこには僕がいた。


「…………?」


 僕はいったん蓋をしなおして目をこする。


 落ち着け? 僕。


 もう一回蓋を開けると、そこにはやっぱり僕がいた。箱にすっぽり収まる、ミニチュアな僕。


「スレイ、これ、なに?」

「ニア・セルリアン1/8スケール。図工の時間に作った」

「なんで!?」

「粘土で」

「材料じゃなくて!」


 僕の心境は困惑の極致にあった。スレイはこう、たまにこういう突飛なことをしでかす。ルームメイトに僕そっくりの粘土細工をプレゼントされたときってどういう反応するのが正解なのさ!? 家庭教師はそんなことは教えてくれなかったよ!


「いや、いつもの図工の時間は手すきの先生に何かしら授業を受けてたんだけど前回と今日は珍しく誰も空いてなくてな? 仕方なくキッズに混じって試しに作ってたらノッてきてだな? 我ながらめっちゃ上手にできた」

「いや、たしかにすんごい再現度だけども!」

「先生にもめっちゃ褒められたし、キッズたちは僕も私も作ってーってなってたわ」

「たしかにすごい完成度だけども!」

「しかもこれな、なんと顔の付属パーツにメガネまで作ってるんだぜ? いや、ほんとは生のニアがメガネかけるのが最高なんだけどさ、今は色々忙しくてメガネを選びに行くヒマないじゃん?」

「だからって粘土細工で作らなくても……。そもそもなんで僕なのさ」

「フィーネもねーちゃんの分もあるぞ」

「なんで!?」


 スレイの指さす方を見るとリボンの色が違うプレゼントボックスが部屋の隅に鎮座している。


「図工のテーマが『お世話になっている人』だったからさぁ。普通は親の顔とか作るんだろうけど、俺ってば親の顔も忘れてるからさ。じゃあケガした時に世話になってるねーちゃんに魔力強化を教えてくれているフィーネ、そんで夜まで勉強を教えてくれるニアを作るか、って感じで作った。全員に世話になりっぱなしだから誰かひとりとか選べないじゃん?だから三人とも作った」


 え、どうしよう。事情を知るとちょっと嬉しい。将来、子供が僕のために何かを作ってきてくれたらこんな気持ちになるのかな。いや、でもスレイは願望入ってるしなぁ……本当にこのメガネ狂いだけは僕にはいまだに理解できない。


「……あ、ありゃ? ちょっと舞い上がりすぎて失念してたけど当人の1/8スケールフィギュアってもらう側って嬉しい……か? あ、すまんニア。チョイスミスの可能性が出てきた」


 僕の困惑が表情に出ていたのか、スレイの得意げだった表情が一気に焦りに変わった。気付くのちょっと遅いよね!? ……でも、せっかく僕のために作ってくれたものだし。……貰わない理由もないし。


「んーん。嬉しいよ」

「お、おお、そりゃよかったぜ! どうする? 机に飾るか?」

「い、いやぁ、勉強の邪魔になるし」

「だよな。じゃあベッドの枕元の棚だな」

「う、あーう、うん、そうだね」


 断る理由がないので思わずそう答えてしまった……。スレイは僕のベッドへと嬉々として粘土細工を設置しに行った。


 ……ほんとに変なルームメイト。奇天烈な行動が散見されるのにいつの間にか自然と接せられるようになっちゃってる。人好きのする性格っていうのかな。人の間合いに入るのがうまい人って感じ。


 噂に聞いていた頃のおとぎ話の英雄みたいなスレイではないけど、正直今のスレイの方が付き合いやすくて好きかも。今のスレイは誤解を恐れずに言うと庶民的な感じがする。手に取りやすい有名人、みたいな?


「ふふっ」

「お、なんだよニア。にやにやしちゃって……にあにあしちゃって」

「なんで言い換えたの? なんでもないよ」

「おい、ニア。知ってたか、そのセリフが出てきてなんでもなかったラノベは一冊もないんだぜ?」 

「らのべってなんなのさ。なんでもないったらなんでもないよ。さ、今日の勉強会をはじめよう」

「ま、いいか。んじゃ、今日は保健体育を……」

「それは自分でやってよね!?」


 ほんと、変なルームメイトだよ。

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