ちょっとだけ主人公になった日
俺は安堵してその場に座り込んで大きな、この世界に来て一番感慨を込めて大きなため息を吐いた。ま、マジで綱渡りだった……間違いなく神がかってた……。やっぱ必死な人間ってパフォーマンスやばいんだな。今日実感したわ。
種明かしすれば簡単なことだ。俺は黒の森から帰る途中からフィーネから預かったアラートを使用して合流を図ろうとしていた。アラートは対となる魔道具に位置情報を知らせるだけでなく、魔力が残っている間は周辺の音を拾い続ける仕様だ。
俺が電池満タンでもスマホ充電する派で命拾いした。消費する先から魔力を注ぎ込んでいたアラートは今の今まで元気に稼働してくれていた。
そして対となる魔道具がそばに来ると震えだすアラートによって俺は援軍の到来を知ることができた。結局最後は他力本願。実に俺らしい。仕方がない。俺は主人公じゃないからな。
そういう理由で俺はここまで意識を失うわけにはいかなかった。聖霊石に残った魔力が切れた瞬間に周囲の聖霊が行動不能になるからな……。ここまでは耐える必要があった。
リーブラの周囲にはいつの間にか、会長を筆頭に今回訓練の参加を見送られた上級聖霊使いの生徒が数名とセレナ・キュートドライブ医務教官を始めとした教師陣も参じている。全員何らかの精霊をすでに召喚しており、その総数は20体はくだらない。複数体精霊を持っている人もいるかもしれない。
リーブラもこの数の援軍は想定していなかったのか乾いた笑みを引きつらせている。援軍はないだろうと思って近づいてきたんだもんなぁ。
「あ、ぼ、僕、森で迷子になっちゃって、それでそこの人に学園まで連れてってくれるって言われて、そしたらそこのお兄さんに突然襲われ……」
「往生際が悪いですわ。あなたとスレイ君との会話はすべて魔道具で傍聴済みですわよ。あなたが知性ある魔人であることも。天秤の能力とやらを持っていることも」
「あたしの煙管の煙も黒から青紫に変わった……魔人ね」
会長とセレナ先生がぴしゃりと言い放つ。
リーブラがすごい形相でこちらを見る。俺はニヤけながらズボンのポッケから振動を続けるアラートを取り出す。
「くっ! なんでだ! じゃあなんで『虚言断つ刃』はこいつの首を切らなかった!? いや待て、聞け! 人間ども! こいつは魔獣を操る禁術を使った大罪人で……!」
「言ったでしょう? 私たちはあなたたちの会話をすべて聞いてますの。あなたはスレイ君を騙し討ちにしたみたいですが、あなたもスレイ君に騙されたんですのよ。だってその人、ちょっと前から記憶喪失ですし。そんな過去存在しませんわ。でっち上げですのよ」
「そもそもそんな魔道具はないし、そんな禁術あったら魔物は脅威にならないわ……。それに人間は魔物がいなくても戦争するもの」
会長とセレナ先生がぴしゃりと言い放つ。
リーブラ君がすごい形相でこちらを見てくる。ふむ。
「リーブラ君、……ごめーんちゃいっ! ぜーんぶ嘘だったのら!」
俺は全身を襲う疲労感やらなんやらを振り払って満面の笑みでヤックでデカルチャーなシンデレラガールピースをかましながらテヘペロした。会心の可愛さだったと思う。(自画自賛)
ここまで追い詰められたんだ。死んでもしっかり煽っておかねぇとなぁ!?
「魔獣を軒並み失い、その下手人をあと一歩まで追い詰めたのに、嘘八百に踊らされて今死にそうになってる魔人が、知性ある魔人がいるって本当ですか!? 知性、本当に足りてますか!!?」
「すうううううううううるるるるれいぃ、べるふぉおおおおおおおどおおおおおお!!!!」
「総員、攻撃開始ですわ!」
激昂するリーブラが俺の左胸にめがけて地面に落としたニアのダガーを拾って投げつけると同時に流星のように数多の聖霊術がリーブラに叩き込まれる。
ざまぁ、見やがれ。
その光景を最後に俺の意識は途絶えた。
☆☆☆
一方前線もゼルヴィアス学園のようにリーブラの能力によって結界を突破した魔獣の大群が普段の戦場よりも深く切り込んでいた。
「援軍は!?」
「さっきアラート鳴らしたばっかりだぞ! いいから聖霊術ぶち込め!」
もはや陣形も何もなく、『前線』では人類と魔獣の乱戦の様相を呈していた。だが、魔獣との戦いは基本的に人類側が多対一で叩くか、作戦による連携攻撃が鉄則。人員を減らされ、陣形も崩された人類はどんどん押し込まれていく。人類の前線が後退していく。
「一度撤退すべきでは!?」
「阿呆! 空からも来てるんだぞ! どうやったって追いつかれるだろうが!」
「畜生、じゃあここまでだっていうのかよ!」
前線の武衛部隊の指揮はみるみる落ちていくのに比例し、魔獣側の蹂躙の速度が上がっていく。防衛部隊のほとんどが半ばあきらめかけていた。
最初にそれに気付いたのはそういう感情で空を仰ぎ見た兵士だった。
「あ? なんだありゃ。王国側から何か飛んで来てる……?」
空から飛来したそれはやがて地面に着弾した。
次いで、その様子を見ていた隣の上官のポケットでアラートが震える。
援軍が来たとアラートが伝えている。
上官が事態を正確に認識する前に次々と空から何かが飛来する。
それは一見すると鉄球。
それが地面に落ち、土煙が起こる。
そして、土煙が晴れると、そこには小隊規模の聖霊術師の姿があった。彼らの腕章は担当部隊によって多少のデザインの相違点はあるが、『全線部隊』の一員を示す王国の紋章が入ったジャケットを着こんでいる。
援軍が空から降ってきたのだ!
「「「「「うおおおおおおおおっ!!!?」」」」」
派手な援軍の到着に否応なしに防衛部隊は沸いた。
そこから先はわざわざ詳細を語るまでもなく、大勢を立て直した前線部隊の逆転勝利であった。
☆☆☆
ゼルヴィアス王国の一番高い物見台の上で二人の人影があった。
「やれやれ、何とか間に合ったな。吾輩の情報がなければ国防は危うかった。そうは思わないか? ダイスラー女史」
「………………」
「やれやれ、吾輩、一人でしゃべるのも嫌いではないがこちらによこされてから数か月、このような反応ではさすがに気が滅入る。だが、情報屋を自称する吾輩を警戒して何もしゃべらぬその流儀やよし。だが沈黙が何よりも雄弁であることもあるぞダイスラー女史。
「………………会長に会いたいです」
「やれやれ、口を開いたと思ったら敬愛するあの生徒会長のことか。まぁ、吾輩もそろそろこちらに居続けるのに飽き飽きしていたところよ。学園に帰るのも悪くはなかろう」
「…………………………」
「お、今の沈黙は吾輩にも分かったぞ。『帰りたい』であるな。ふふ、今まさに沈黙が雄弁に語っているであるな。よし、よし。では帰るとしよう。王国への遠征で入学式では暴れそこなったであるからな。何か代わりに面白いことでも起こっていると良いのであるが」
言うが早いか一人称が『吾輩』のゼルヴィアス学園の学生服に身を包んだ男子生徒は物見台を降りて行った。
「………………………………面白いこと?」
それを見送った後、手でひさしを作って雲一つない空を見上げると少女は独り言ちた。
少女の目元がキラリと光る。
鈴木康太郎がそれを見たならば何が光ったのかを一瞬で理解しただろう。
☆☆☆
「鈴木君、鈴木君」
振り向くとそこには俺の高校時代の初恋の相手の
お、阿久津さんじゃん。どったの? 今日は科学室で実験しないの?
「うん。今日はいいの。それよりどうしてクラスでも目立たない、地味な私に構うの? 鈴木君はもっと他にお友達たくさんいると思うけど」
うーん阿久津さんに一目ぼれした、からかなぁ。ほら、科学部で実験してる時の阿久津さんメガネしてるじゃん? なんか普段とのギャップにやられた。
「えー? それって単にメガネが好きなだけなんじゃないの?」
いや、きっかけはそれだったけどいろいろ知っていくうちに俺は間違いなくメガネなしの阿久津さんを好きになったぜ。みんな気づかないだけで阿久津さんキレーだし。メガネかけたらもっと好きだけど。
「本当かなぁ? じゃあ、メガネをかけたこの娘たちとメガネをかけてない私、どっちが好き?」
え?
メガネをかけてない阿久津さんがどこからともなく現れた扉を開けるとそこにはメガネをかけた会長、フィーネ、ネーシャ、ニアがいた。
ええ!? 阿久津さんごめん。阿久津さんは間違いなく好きだけど、ここにいるみんなは全員別の個性があって好きなんだよなぁ!? 正直誰か一人を選ぶとかその他の誰かを切り捨てるとか無理無理。全員選ぶよ。全員。
「欲張りだなぁ。鈴木君は。でも、自分に正直なところが君の魅力なのかもね」
ふんわり笑って阿久津さんは去って行く。それに続いてメガネをかけた究極完全体テンプレヒロインズも去って行く。
☆☆☆
「待ってくれ! せめて集合写真を一枚だけでもーーーーーー!!!」
叫びながら目を覚ますと、すっかり見慣れた天井だった。ここは、医務室じゃな? それにしても何かすごい夢を見ていたような……。
何の夢だったのかを思い出そうとしながら体を起こしたのと同時に扉が開いたのは同時だった。
「あ、弟君目が覚めたんだね!」
ネーシャが駆け寄って俺にハグする。おほっ、今日もやわこいやつめ。……っって、
「あいてててて!?」
なんか凄い左胸の下あたりが痛い!? あと左手が包帯でぐるぐる巻きだ。現実で初めて見たわ。
「ああ、しまった。えっと弟君、どこまで覚えてる?」
「どこまでって、会長達が助けに来て、逆上したリーブラにダガーを投げられ……あっ」
俺は服の隙間から中を覗いてみると左手と同じように包帯の巻かれたスレイの引き締まった胴体があった。
「あの後、天秤の魔人を捕獲したのはいいんだけど、弟君の消臭効果が切れちゃってね? 聖霊は全滅するし、遅れて呼ばれてた私も行ったはいいけどハイセは召喚拒否するしで大変だったんだよ。結局いつかみたいに聖杯の水に浸した薬草で治療してるところ」
「なるほどな。……左手はともかく、胴体のケガは俺の知らない傷なんだけど」
「天秤の魔人が投げたダガーが刺さったんだよ。臓器にダメージはないから安心して。懐に入れておいた方のニア君のダガーで位置がズレたおかげだと思うよ」
ネーシャは「ほら」と言ってサイドテーブルに乗っている鞘ごと刃が砕け俺ているダガーを指さして見せる。……すんごい怒ってたもんなぁ、リーブラ君。
ああ、そういえばヒロインからもらったものがキャラを守ってくれるのはテンプレだったな。ほんとに加護あったぞすげぇ。流石はラノベの世界だ。補正ないと死んでたかもな、俺。フィーネからアラート預かってないとどうやっても詰んでたし、ニアからダガーを二本貰わないと交渉も別の形を考えなきゃだったし、最後は心臓に刺さらずに済んだし。
……今度お守りとして下着とか要求してみるか。何に対して加護が働くのかすんごい興味ある。
「消臭効果が復活したら私の聖霊で綺麗に治すから心配しないでね」
どうやら俺の魔力はまだリーブラの能力の影響下にあるらしく一定以上は回復していないらしい。要するに小鳥のちーちゃん程度の総魔力しかないわけだ。消臭を起動してもすぐにぶっ倒れる可能性は高い。
魔力が戻ったら聖霊石にチャージしないとなぁ……。今回はきっちりチャージしてたからなんとか消臭効果が援軍まで持ちこたえたけど少しでも不足してたら異臭テロでやばいことになってただろうし。
「あ、フィーネちゃんとニア君は授業中だよ。弟君が目を覚ましたって言ったら多分飛んでくるね」
「そっか。二人に会ったらお礼を言わないとなぁ」
「ふふ、弟君は逆にお礼を言われる立場なんじゃない?」
「え、なんで?」
「だって弟君は魔獣の大群からみんなを逃がして守ったでしょ。まるで物語の主人公みたいだね」
はにかむネーシャの言葉がじんわりと俺の中に広がる。俺が、主人公……?
「ぶふっ」
その言葉に俺は思わず吹き出していた。
だってそうだろ? テンプレ生徒会長に決闘に負けて、タイトルになってる超重要精霊に異臭で逃げだされてるんだぜ? おまけにこの異臭は魔物を引き寄せるし、主人公ポジにしてはわりと短いスパンで何かに負けるし。最後は他力本願だし。結局主人公の着ぐるみ来てるだけだからなぁ、俺。
妙に可愛いヒロインたちと仲良くはなるけど主人公サイドのキャラなら全員起こりうることだしな。特別鈴木康太郎じゃなきゃダメってことは多分なかった。
まぁ、魔獣引き連れて走り回ったのは我ながら頭の芯の辺りが痺れたけど。
「あ、あれー? お姉ちゃんの思ってた反応と違う……こう、今のは弟君が照れる場面だと思うんだけど」
「はは、いやぁ、ないない。主人公ならカッコよく勝つじゃん? ちょっと姉ちゃんと俺とのイメージとの差が大きすぎてだね」
そもそもラノベの本筋なら、魂が俺じゃなく、本当の身体の持ち主のスレイそのままなら摂理破壊の聖霊も出奔しなかっただろうし、そうなれば会長との決闘の結果も、初等部へ行くことも、魔力強化の練習も『鈴木康太郎』という不純物が混じらなければそんな遠回りなことは起こり得なかっただろう。多分、リーブラだってもっとスマートに勝ってたはずだ。俺がリーブラにやったことは明らかに主人公的ではないテンプレしてない。
まぁ、結局どんな逆境でも終わってみればスマートに勝ってるのがテンプレ主人公ってこった。俺には程遠い。
やっぱりテンプレ主人公ってやつは偉大だったのだ。俺は今回の件でそれを学んだ。
「そうかな?」
しかしネーシャはそれでもと言ってくれる。
「でも弟君の頑張りで救われた人がいるってことは事実だと思うよ」
ネーシャがそこまで言うとチャイムが鳴った。授業を終えた合図だろう。
程なくして、ドタドタと足音が聞こえる。すぐに医務室の扉が開き、フィーネとニアが入ってきた。おお、昨日途中で別れただけの間なのに随分懐かしく感じる面々だ。
「あ、スレイが起きてるわよ、ニア君!」
「もう、心配したんだからね。スレイ」
「おう。心配かけたな」
二人の安堵の表情を見て改めて生き残れた実感を味わっていると、廊下からさらに複数の足音が聞こえてきた。
「会長、執務がまだ……」
「後ですわ。スレイ君、大事なくて?」
「おう兄弟! 食堂で一番高いもんおごる約束忘れてないよな?」
さらにエイジャに会長、ドジャーと続き、顔は見たけど名前も知らない同級生らしき生徒がぞろぞろ入ってくる。
「ありがとう、ベルフォード君。君のおかげでけが人は少ないし、死者も出なかった」
「ほらみろ、やっぱりベルフォードはやればできる子だったじゃねーか」
「全くだよ。誰だ? 無能呼ばわりしてたやつ」
「君ら手首大丈夫? ねじ切れてない?」
「ベルフォード君こっち向いてー!」
どうやら訓練で顔を合わせた連中だけでなく、その知り合いたちも何人か来ているようで見覚えのない生徒も散見される。すぐに医務室は人でいっぱいになった。
「みんな弟君に一言いいたい、とか一目見たいって人達みたいだね。ほら、やっぱり弟君はすごいじゃない? 主人公っぽいなーってあたしは思うけど」
ネーシャはお見舞いに持ってきたらしいリンゴを剥いて俺に渡してウィンクした。可愛すぎか? うちの姉は。
「おいおい、こいつは確かにちょっとだけ主人公っぽいじゃねーか」
やっぱり導かれてるんじゃねぇの俺。この調子ならメガネ美少女ハーレムとか楽勝なんじゃねぇの? 俺はネーシャから受け取ったリンゴを齧ってにやけながら野望を新たにする。
ようやく、俺はちょっぴりだけ主人公へと近づいたらしかった。
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