風吹けば桶屋が儲かる ~何がきっかけで人類が滅ぶかわからない~

 木からおっかなびっくり降りた俺はフィーネにパリパッキーを返すと現状を確認した。負傷した生徒数名に意識のない生徒三名……。かすり傷もないが表情に疲労が出てるニア、フィーネ、ドジャー……、か。


 俺を除く全員が肩で息をしている。体力お化けのフィーネも結構辛そうだ。かなり動き回っていたから無理もねぇな。


「ドジャー、さっきみたいな火球は今日はもう無理か」

「悪いが兄弟、あれはほんとは日に二発が限度だ。悪いが魔力はほとんど空だ」

「よしわかった。とりあえず水筒を渡す。全員で一杯ずつ飲んでくれ。あ、水聖霊使いがいたら水筒に水足しといてくれ。できればでいい」


 ドジャーに水筒を渡すと俺はその場に横になって地面に耳を付ける。水の聖霊術を使える生徒が水筒に水を入れたしているのを尻目に、小さいころ忍者の卵のアニメで見た豆知識だ。地面に耳をつけると足音が近づいてくるかどうかがわかる、らしい。


 実践は初だが、さて?


『ザッ……………ザッ……………ザッ…………ザッ…………』


「うーん、近づいてるみたいですねぇ……」


 詰みでは!? おいおい導かれてんな……。オワタ式でボスラッシュしてる気分だぞこれ。ラノベの最初の戦闘にしちゃハードすぎない? ああ、摂理破壊の聖霊で無双するのか? タイトルにある聖霊なだけあって大分物語の構成のウェイトを占めてる可能性は十分ある。


 ないしはこの強力な魔獣の発生源を特定してスレイが切り込んで解決するか、とかだな。もちろんスレイみたいにこの世界特有の知識のない俺にはどうにもならない。なんで結界越えて強い魔獣が来てるのかとか見当もつかない。手に余る。


 仮にさっきと同じ戦力の魔獣の軍団がこっちに攻めてきたとする。さっきよりも疲弊している上に後衛からの強力な聖霊術の行使も不可。かといって白兵戦はもう体力がもたないだろう。いわずもがな俺もまともな戦力になれない。逃げるのが一番賢い選択肢だな。


 だが、死者は出せない。出したくない。このまま逃げると負傷者や意識のない者は確実に無事では済まないだろう。多分追いつかれてスコボコにされる。


 顔も知らない連中だ。正直、鈴木康太郎的にはどうでもいい。当たり前だ! 俺はまだ初等部に通ってんだぞ!? 顔も名前も知らん奴のために命張るのは主人公の仕事だ。俺の役目じゃない。


 だがだが! こいつらの内一人でも『摂理破壊の聖霊使い』という物語のキーマンだとすれば、最悪帰る帰らない以前に人類が滅亡する可能性まであるのだ。


 この規模の攻勢だ。幾ばくか死傷者が出てもおかしくない。しかし、まぎれもなく主人公であるスレイ・ベルフォードの体の側にいる。ここにいる連中は原作でもスレイと出会っていて、作者の気まぐれで重要人物に抜擢されている可能性があるのだ。


 例えばこうだ。原作でスレイがなんか強い魔獣だか魔人だかに追い詰められているとする。後ろには倒れた仲間、折れそうな剣、残りわずかな魔力。とどめを刺さんと敵の魔力が渦を巻く。絶体絶命ー! そこに颯爽と誰かが助けに駆けつけて攻撃を防いでくれるわけだ。


『き、君は!』

『三度目の実戦訓練のときの借りをお返しします! ああそれと、助太刀は私だけではありませんよ?』

『大苦戦だなベルフォード!』

『これは割に合いませんね。帰ったら何かおごってもらいましょう(メガネクイッ)』

『俺は女の子を紹介してもらおうかな』

『あ、ずりぃ!』

『み、みんな……!』

『さぁ、立って。ここから反撃開始です!』


 ありそーう!! 王道展開なんだよなぁ!? 畜生! やっぱり死者の出ないプランが必要だ。最低ラインはここにいる俺含め全員が魔獣に追いつかれずに学園に逃げ戻って安全を確保……!? でも負傷者がいる。やっぱ詰んでねえかこれ!?


 いや待て待て、囮を用意するってのはどうだ? さっきの作戦をアレンジするんだ。そうすれば時間が稼げるし全員逃げ延びる希望も見えてくる。もちろん誰かがやるとかじゃなく、魔獣の好物のえさにたからせるとかそういうの。……魔獣の味覚の違いとかわからんし、そもそも連中は魔力を含んだ血肉が好みなんだよな。俺らじゃん。


 あー、クソッ! 魔獣全般に通用する気を引き付けるもんないのか!? 食いもんがダメなら……においとか? マーキングの概念とかで遠ざけたり……って……。


「あー……。いやいや待て。ロクでもねーぞこれは。そもそも第一その後どうする?」

「スレイ? どうしたの」


 小首をかしげる汗の滴ったニアが最強に可愛いがそれどころじゃない。俺は荷物から森林地帯周辺の地図を取り出す。その内のとある一点を凝視する。


「なぁ、誰でもいい。地図に自信のあるやついるか? いまここがどの辺りなのか教えてほしいんだが」


 「ああ、それなら」と足を引きずりながら一人の生徒が地図を指さした。一、二回目の実戦訓練で多かれ少なかれ今のスレイを侮る生徒はいるだろうがこんな状況だからか俺が仕切っていても茶々を入れるものはいない。疲れ切ってるだけかもしれんが。


「今僕らがいるところがここらで、ここから5kmくらい南に走れば学園には着けますね。負傷者を抱えて、身体強化と疲労度込みで大体30分オーバーくらいでしょうか」

「そっか……ちなみにここまでだとどのくらいかかるっけ? あ、負傷者は考えず一人の場合な」


 続いて俺は今しがた見つけた地点を指さす。


「え? ……大体30分近くでしょうかね」

「よし、わかった」


 俺はそう言うと盛大なため息を吐いた。


 なにせ、ロクでもない作戦が実行可能なことが分かったからだ。マジで導かれてるぜ……俺。


☆☆☆


「よし、それじゃ諸君。休憩もそこそこだが学園にずらかって先生に泣きつくとしようや」

「……そのとおりなんだけどもうちょい言い方とかあるでしょ」


 フィーネから突っ込みが入ったが他の生徒は「それがいい」、「早く戻ろう」といったことを口にしていた。


「で、だ。俺たちの他の連中はまだこの異常事態に気付いてないやつらがいるかもしれん。だから魔力に大分余裕のある俺が身体強化で走り回って逃げるように触れ回ってくる。配られてる緊急用の魔道具は状況の送信しかできないからな」

「ええ? スレイ、それは危ないんじゃ……」

「大丈夫、大丈夫」


 ニアの心配を自信満々の笑みで跳ねのけて俺は腕を組んでしたり顔になる。


「逃げ足には自信があるし、リッキーもいるから嗅覚で俺を探知することはできない。木々を飛び移りながら隠れて移動すれば何とかなる。最悪成果なしでも逃げるし。あ、魔物いっしょに連れてきちゃってもそこは皆さんの寛容なお心で許してくださると嬉しいのことよ」


 俺の妙な言葉遣いに小さく笑いが起こる。よしよし、まだ元気はあるな。無事に逃げ切っておくれよ!


「スレイ、これ渡しておくわ。アラートの魔道具。危なくなったら使いなさい」


 フィーネはそう言うと俺にカプセル状の魔道具を渡してくれる。おお、これがあればとりあえず援軍は見込めるな。鳴らしたら教官が飛んできてくれるらしいし。


「じゃあ僕も、お守り代わりに……」


 ニアからは鞘入りのダガーを二本受け取った。俺が持っていてもリンゴの皮を剥くのが精いっぱいだろうが、今日も解体以外で一度も抜いていない剣一本よりは安心感があるだろう。俺は懐に一本、腰に一本ずつニアのダガーを佩いた。


「サンキュー二人とも。愛してるぜ!」

「ああああああ愛してるとかここここここんな状況で嬉しくなくなくなくなくないんんんだから!」

「もう、スレイったらまたそんなこと。……ふふ、僕も愛してるから怪我しないで帰ってきてよね」


 フィーネが面白くなっているのとは対照的にニアは余裕の表情だ。うーむ、愛してるって返されるのは導かれてるけどちょっとセクハラに慣らさせ過ぎたか? 恥じらいは大事だぞニア! フィーネは恥じらいが変な方向に暴走してよくわからんやつになってるけど。


 おっと、もたもたしてる時間はない。


 俺はパン、と両手を打ち鳴らした。景気づけの一拍手だ。


「ぃよしっ! そったら諸君、達者でな! 帰ったら一緒にメシを食いに行こう!」

「おう、兄弟。食堂で一番高いもんおごってくれよ!」

「コーヒーか? カツ丼か? サンドイッチか? まぁ任せろ! 療食で一番高いもんおごってやるぜ!」


 ドジャーとひとしきりふざけ合うと、俺は大分小慣れてきた身体強化を行使して木に登り森に紛れた。ニアもフィーネも何か言いたそうな顔をしていたが今から行くところは俺以外は多分誰も無事じゃすまないからな……。さーて、ここからが本当の正念場だ!


☆☆☆


「なんか、変じゃない?」


 それが誰のつぶやきかはわからないが、そのグループの、スレイのグループからニアとドジャーを引き抜こうとしたグループの誰もが違和感を覚えたのもその頃だった。


「いつもより魔獣の攻撃、強くないか? こっちの攻撃もかなり耐えるし」

「というか見た目違くない?」

「ああ、数もちょっと多いよな……」


 ざわざわとした緊張した空気が蔓延したのを見計らってか、木々の影から彼らの前にひと際大きな魔獣が出現した。彼らが普段訓練で相手にしている野犬サイズとは比べ物にならない、熊型の魔獣が現れた。どこにそんな巨体を隠していたのか、体長は通常の熊を倍するサイズの大熊である。それも強い聖霊の力を得ているのか濃厚な魔力が渦巻いている。


「う、うわあああああ! 上級魔獣じゃねーか!」

「なんでこんなところに!? 結界はどうなってるんだ!?」

「知らねーよ! そんなことよりさっさと逃げるぞ!」


 生徒らが踵を返し駆け出そうと振り返るとそこには複数の犬型魔獣が彼らを睨みつけていた。いずれも中級魔獣程度の魔力の発露が見て取れた。それは先ほど一匹を三人単位で相手してようやく倒した魔獣だった。それが先ほどの倍近くいる。


「ひいいいいいいいい!!!」


 生徒らは金切り声に似た悲鳴を上げてその場にうずくまった。


「く、く、くるなぁあぁ!」


 一人の生徒が苦し紛れに精霊を召喚した。この状況で怯みながらも戦意を保っていられるのは賞賛に値する。いや、生への渇望がそうさせるのか。しかし、


『ぐはあああっ!?』


 魔獣たちが何をしたわけでもなく、聖霊は苦悶の表情でその場に倒れた。気絶している。一分もすれば聖霊石の機構によって送還されるだろう。


「な、なんで!? お、おい、しっかりしろ! うわあああ! 死ぬ!? 俺は死ぬのか!!?」 


 彼らは魔獣退治のプロを志す者たちではあるがまだまだひよっこなのだ。さらに言えば仮に彼らが前線にいる兵士だったとしても苦戦を強いられる戦力差ではあった。前線の兵士はうずくまったりはしないし、素手でも戦い抜くだろうが。


 上級魔獣がその大爪を振りかぶる。中級魔獣らが聖霊術を行使し、それぞれの口内に魔力が充填される。生徒らは己の最後の瞬間を察し、震えて失禁しながら走馬燈を見ていた。


 ……しかし、魔獣たちの攻撃は来なかった。五秒待っても十秒待っても何も起こらない。魔力の探知に長けた生徒の一人が魔獣たちが放っていた魔力の霧散に気付く。顔を上げれば魔獣たちは聖霊術の行使をやめ、しきりに鼻を鳴らしている。魔獣たちの表情は蕩け、涎が口の端から止まらない。まるで極楽に咲く花を鼻腔いっぱいに感じているような、そんな恍惚の表情を浮かべている。


 やがて、一匹の魔物が己の主の命をも忘れてかぐわしい香りのする方へと足を向ける。するとそれに便乗するように一匹、また一匹と最初に離脱した魔獣の後を追い始める。気が付けばそこには股間を濡らした生徒たちしかいなかった。


「た、助かった……の?」

「あ、ああ。なんだったんだ一体……」

「とにかく先生に報告しよう。絶対ヤバイよ」


 気を取り直した生徒たちは未だに震えている足をなんとか動かして学園へと道を引き返し始めた。

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