連戦

魔獣たちはスレイたちを追っていたが、次第にその姿を見失った。いや、見失うどころか自慢の耳にも鼻にも一切の情報が入ってこなくなったのだ。


 おかしい! 我らはヒトよりも優れた知覚能力があるというのに!


 先ほどはそれを逆手に取られて大音量で驚かされたのも頭にくる。魔獣たちは怒り心頭の様子だった。しかし、影も形もないものを追いかけるのは難しい。徒党を組むのをやめ、それぞれが思い思いの方向に行こうとしたとき、急に、前触れなく人間が現れた。転んでいる。その人間は立ち上がりながら振り向くと、すぐに前を向いて走り出した。


 トンマがいたもんだ!


 ああ、さっきの連中の中で一番スットロそうなやつだ。しめたぞ、はぐれたな?


 魔獣たちは嘲笑して人間の後に続いた。


 やがて、一匹の魔物が人間に追いつきそうになる。


 しかしそこで人間は横っ飛びに茂みの中に入った。小賢しい。


 それに続いて魔獣たちは茂みに入ろうとしたが、背後で物音がした。


「あっ……おかまいなくっ!」


 トンマがいたもんだ!


 なにせ、どこかを目指して逃げていたはずなのに闇雲に走って、来た道を引き返しているのだから。


 簡単な狩りもあったものだ。


 魔獣たちは反転して再び人間を追いかける。


 やがて、人間は先ほどまで魔獣たちと戦闘していたあたりまで逃げ走っていた。


 人間にしては足が速い。


 だが人間はみるからに息が上がっており、死に物狂いが伝わってくる。


 ああ、あと少しだ。そろそろ奴を味わえる。


 その時、人間がつんのめった。


 しめた!


 魔獣たちは喜び勇んで人間にとびかかって、虚空を掴んだ。


 は?


 何が起こったのかを把握する前に魔獣たちを前触れなく大火球が襲った。


☆☆☆


 まぁ、至ってシンプルな作戦だ。さっきまで戦闘してたところに聖霊術で大火球をチャージしたレッドを配置し、その姿を直前までニアとフィーネの聖霊術で偽装しておく。


 その準備のために常人より魔力量が多い俺が魔力強化を駆使して囮となり、いい塩梅で引き付けて途中で引き返す。


 アニの能力の範囲内に来た時点で俺の走っている幻想を投影させ、魔獣にそれを追わせる。


 俺の消臭効果の範囲にも入るのでグループ全員が隠密状態になる。


 そして、俺を追いかけて束になって纏まった連中をレッドが大火球で攻撃する。迂遠な方法だがあの場で即思いついたのがこの方法だ。


「キャギャァアアアァァァ!!」

「グオルルルォオォオォォ!!」

「イイイイイイ!!」


 そしてそれがかっちりハマって、魔獣たちは比喩でもなんでもなく燃えている。傍から見ても大ダメージだ。……炎の能力ってテンプレの噛ませのイメージあるけど普通に怖えなぁ。レッドさんと一緒に戦闘してると最近いつもそう思う。


 やがて火の勢いが消えると倒れている魔獣とまだ立っている魔獣のグループに分けられた。


 立っている魔獣三匹をフィーネ、ドジャー、レッドが切り込み、ニアはあからさまに事切れている魔獣以外の連中にとどめを刺しに行く。俺は状況を見て指示出しだ。ここで新手が来ても困る。


 程なくして魔獣にとどめを刺し終えたニアが前衛に加わると、数的有利を失った魔獣が一匹ずつ処理されていく。


 最後の一匹を下したところで新手の魔獣が一匹現れたが、俺が即座に接近を伝えて応戦。下級の魔獣だったらしくすぐに倒された。


 たっぷり一分、警戒を全員が解かなかったが増援は来なかった。


 途端、全員の緊張が示し合わせたかのように切れて、大きなため息が重なった。早く移動をするべきなんだろうが、全員がその場に座り込んだ。俺は気をきかせて水筒を取り出して、全員にステンレスコップに次いで渡す。


「なんとかなったな……。てか下級と中級で強さ大分違うよな? 聖霊術もそうだけど火球に比べて結構タフだし」

「あんなに徒党を組んで襲いに来るのも異常だよ。魔獣の群れって魔人が率いていないと多くても三匹くらいなのに」

「話が戻るけどそもそもここに中級魔獣が出ること自体おかしいのよ」

「なんにせよさっさと拠点に戻るべきだな。飲み終わったらすぐに移動すべきだぜ」


 コップの水を呷りながら全員が思い思いの意見を言う。もう一回同じ規模との戦闘とか悪夢だからな。さっさと安全圏に入りたいとこだぜ。


「いやああああ」


 なんて考えていた魔獣の群れを何とかさばききって弛緩した俺たちに叫び声が聞こえた。


「悲鳴だったわね」

「何かあったみたいだね」

「しゃあない、行くか」


 ええ、マジ? 死線切り抜けたばっかりなんだからもうちょい戦闘のスパン開けてくれよな!? だがそうも言ってられないか。以前から考えていたが、『摂理破壊の聖霊使い』の誰が今後のフラグにかかわるかわからないんだよな。


 もし仮に、見殺しにしたそいつが重要キャラで死んだら詰みの可能性もある。よって悲しいことに俺に誰かを見捨てる選択肢はない……お、今のはちょっと主人公っぽいフレーズだ。


 意外に余裕があるのか、連戦の予感に現実逃避をしているのかそんなことを考えながら俺たちは声の方へ急行する。


 そこでは多数の魔獣達が生徒と戦闘中だった。生徒たちは散り散りに戦闘を仕掛けられているらしく連携が取れなくなっているようだ。すべての生徒が一体か二体の中級魔獣を相手にしている。さっきの俺らと同じような状況だ。中には攻撃を受けたのかその場にうずくまる負傷者も散見される。やっぱり連戦かよ……導かれてるな。


 駆けつけるまでに消音、消臭、幻惑の黄金コンボで隠密状態の今なら確定不意打ちを行える状況だ。俺の方は消臭しか使っていないので魔力は十全にあるが他のみんなは、……絞り出してでも戦うって表情してますね。俺から何も言えないやつぅ。ドジャーがニヤッと目配せしてくる。男前だねぇ。


「しゃあない。さっきのやつ、もっかいやるぞ。準備してくれ」

「まかせろ。レッドにデカいのぶち込んでもらうぜ」

「レッドには強めのを撃ってもらうからニアとフィーネは魔獣たちに躍りかかって他の連中を援護しながらなるべく魔獣を一か所に集めてくれ。合図したら3秒後にぶっぱなすから逃げてくれよ」

「パリパッキーを貸しておくわ。頭を撫でたらあんたの声を大きくするように指示してる」

「僕もかく乱に動くから幻惑の射程外になるかもしれない。スレイとレッドは木の上に隠れてて」

「それじゃあこの木にしよう。ドジャーは木の下で警戒を頼む。この上なら全体が見下ろせる」

「あいよ。『来たれ、レッド』」


 俺はフィーネからパリパッキーを預かってドジャーに召喚されたレッドといっしょに手近な木を昇った。さーて、お二人のお手並み拝見だ。俺は余念なく消臭し、レッドさんに次の攻撃の準備をさせて機会をうかがう。


 魔獣に競り負けて武器を取り落とした生徒に魔獣の牙が迫る。しかしその牙が学生をとらえることはなかった。今まさに襲い掛かろうとしていた魔獣は驚愕の表情だ。どこからともなく表れたフィーネに剣で横っ腹を貫かれているのだから無理もない。


 全く気配なく現れた闖入者フィーネに何体かの魔物たちは気を取られた。その隙に幻想の聖霊アニが生徒たちの姿を幻惑で一時的に隠しながら『一か所に集まりナ』と一言つぶやいて生徒たちをまとめていく。そういう聖霊と混じっているのか、聡い魔獣たちの一体かが幻想を見破り攻撃を仕掛けようとしたがニアが投げたダガーで牽制され、横っ面をフィーネに飛び蹴りされた。痛そう。


「俺も混ざりてーなぁ」

「我慢してくれよレッドさん。うちのパーティ火力出せるのあんただけなんだよ」

「わかってんよ」


 魔獣たちが幻惑を見破るころには生徒たちと魔獣の勢力が二分される形となった。すなわち魔獣がひとところに固まっている状況だ。おーけー、完璧だ。惚れなおしたぜ。あそこにドジャーの魔力を振り絞ったレッドさんの全力の火球をぶち込めば大勢はあらかたつくだろう。


「よし、レッドさん」

「おう、いつでもいけるぜ」


 生徒らの様子を見て、魔獣たちも徒党を組むつもりなのか集まり出す。タイミングは今だな。俺はパリパッキーの背中を撫でた。


『ゲコォ!』

「撃つぞ!!!!!!!!」


 不意のパリパッキーによって大音響と化した俺の声で人よりも聴覚に優れる魔獣たちはその場で跳び上がるようにして驚いた。さっきの連中の時はじっくり見えなかったがリアクション芸人みたいでちょっと面白いな。一方生徒たちはあらかじめニアたちに言い含められていたのか素早く後退した。大体それが三秒の出来事だった。そこにレッドが先ほども見せた第火球を放つ。


「燃えな!」


 火球は魔獣たちをとらえ、ごうごうと燃焼する。何体かはそのまま動かなくなった。残った魔獣たちは火を消そうとのたうち始める。が、


「今よ! 聖霊術! 打ち終わったら魔力強化して追撃!」


 フィーネの号令に合わせて幾人かの生徒らが用意していた遠距離から攻撃できる聖霊術を放ち、その後、間髪入れずにフィーネとニアが率いる近距離部隊が武器を振るった。


 一匹だけこちらに魔獣が逃げてきたがドジャーが木陰から姿を現して襲い掛かり、魔力強化した脚による蹴りで魔獣の両前足をへし折って死ぬまで拳で殴りぬいた。


 ……いやぁ、いつもふざけ合ってる友達のワイルドなところ見るとなんか言い知れぬ感覚に支配されるね。というかぶっちゃけ怖い。もしかするとあの暴威が俺に向くかもしれないと思うと怖い。き、気を付けて地雷を踏まないようにしないとな……。気分は攻略ヒロインの爆弾を解除するゲームの主人公だぜ。ヒロインだけじゃなく関わる人ほぼ全員気にしなきゃいけない辺り最高にクソゲーだが。


 などと考えていると、視界の端に何かの動きをとらえた。遠目に見てみると……土煙? それが通った後、時間差で木が倒れた。それがこちらに向かっているらしい。


「おいおい、えぇ? これはテンプレラノベ一巻の敵にしちゃあ、ちょっと厳しい物量じゃないですかい……?」


 端的に言うとデカいのとか中くらいの魔獣の軍勢がのしのしこっちに向かっている最中だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る