遅刻男子
「……ということは何? 魂の香りが変わって精霊の行使ができなくなったのに生徒会長に喧嘩を売るわ魔人審問にかけられるわ、挙げ句に記憶喪失? これまでの記憶をほとんどなくしちゃってるって?」
「まぁ概ねそんな感じだな。今日より前の俺の評判は忘れてくれ、とまでは言わないが今の俺は以前とは全く別物だと思ってくれて間違いないぜ」
今日起きた出来事を、異世界転移からの憑依やら精霊の出奔やらの怪しい部分は除いてニアに話してやったら呆れたような驚いたような表情をしていた。気を落ち着かせるためか、手をつけてなかった最後のサンドイッチを食み、すっかり冷めたコーヒーを口に運ぶ。
美少女は何しても画になるな! ん? ひょっとしてスレイでも同じ事が言えるのだろうか。今度フィーネの前で鼻くそほじって画になっているか聞いてみようか。俺のことがかっこいいか聞いてみようか。もちろん冗談だが。
「君、それって全然導かれてなくない?」
口がしめって滑りやすくなったのかそんなことを言うニア。
「馬鹿お前、俺くらい導かれてるやつはいねぇよ。客観視してみりゃそりゃぁ今日は身の危険の連続でえらいヒヤヒヤしたが良いこともたくさんあったさ。ニアの秘密を知っちゃう、とかさ。これが導かれてなくて何が導かれてるっていうんだ?」
そう。たとえフリだったとしても今のスレイを受け入れるとネーシャが言ってくれたり、どこもかしこも見回す限り大体美少女だったり、かわいい会長の乳揉んだり、幼なじみの胸が当たっちゃったり、姉ちゃんのペラい胸が当たったり、男装美少女の生着替えを拝めたり。
これ今日起こった不幸は補填した上にお釣りが来ちゃうそれだぜ。良い人生だな! どう考えても導かれてるわ俺。
「わかってるよね? 秘密は秘密なんだよ? 要求は呑んだんだから約束は守ってね? 絶対バラさないでね?」
今の俺の発言の何を勘違いしたのか急に予防線を張り出すニア。心配しなくてもこんな面白い状況を自らふいにするつもりはないぜ。
「もちろん。ついでにバレないようにサポートまでしちゃう所存だぜ」
「本当に? 絶対だよ?」
「任せとけ。俺は約束は破らない男! ……だったはずだ。多分」
「その物言いはなんか心配になっちゃうよ!?」
「記憶喪失こじらせてるからなぁ。忘れる可能性は……」
にやにやしながらそこまで言うとニアが半泣きでこちらを見ていた。うお……美少女の潤んだ目で上目遣いはヤバいな。想像以上の破壊力だ。キュン死しちゃう。
……じゃなくて、調子に乗ってたわ。フォローフォロー。頑張れ俺。やればできる。
「……ないからその泣きそうな目はやめてくれ。悪かった。あんまりにもニアがかわいかったから。すまん。からかいすぎた」
「かかかかわいいとか言われても、僕はそんな、じゃなくてそれはからかう理由にはならない、じゃなくて! からかってたの!? スレイ!」
出ました。動揺からの美少女百面相。鈴木康太郎の顔面偏差値ではきっとこの状況は構築できなかった。やっぱイケメンで主人公ってのは最強だな。テンプレ主人公は偉大だったわ。褒めるだけでバッチリ機嫌とれるのは立派なチートだと思うの。
多分昨今のチョロインは主人公のこのチートにやられてるだけで本来はもっと自由な恋愛をしてるんじゃないでしょうかね?(名推理)
「まぁそう怒りなさんな。何にせよ俺たちがルームメイトってのは変わらない事実なんだ。折り合いつけて上手くやっていこうや」
「なんか丸め込まれた気がするけど……まぁ、そうだね。あらためてよろしく! スレイ」
そう言うとニアは俺の手を取って握手してきた。やだ、肌すべすべ! これはヒロイン補正ですか作者さん!? 先行きの不安とか吹っ飛んじゃうわ。限界まで味わっとこう。
「あれ? スレイ・ベルフォード!? 無事だったのか!」
ニアの手をもにもに味わっていると不意に後ろから声をかけられた。振り向くとそこには入学式の時の遅刻男子がトレイを持って立っていた。トーストにベーコンエッグが乗せられていて非常においしそうである。
しかしイベントに事欠かねぇな! 摂理破壊の精霊使いが面白く感じる不思議。
ぶっちゃけ腹も満たされてぼちぼち眠いがどうやら俺が床につくまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
☆☆☆
「いやぁ、会長にのされた後姿が見えないから心配してたんだぜ?」
そう言いながら快活に笑って許可をとるでもなく同じテーブルに着く遅刻男子。赤みを含んだ黒髪が印象的か。
そんな彼の態度に警戒したのか隣に座られたニアが少し椅子をずらして距離をとる。格好は男子生徒そのものだが中身は女子だからなぁ。そんな態度をとっても仕方のないことだ。パーソナルスペースって大事。
遅刻男子はというと早速ベーコンエッグトーストにかじりついている。ニアの態度には気づいていないらしい。
「そっちも無事そうで何よりだ。えーっと、俺はスレイ、なのは知ってるよな。名前を聞いても?」
「あぁ。俺はドジャーだ。ドジャー・バグナー。よろしくたのむぜ兄弟! 兄弟も寮生だったみたいだな」
にこにこ顔でいきなり兄弟宣言するドジャー。人好きのする奴のようだ。
「ああそうだ。これからよろしくアミーゴ。そんでこっちが俺のルームメイトのニアだ」
「あ、初めましてだね。ニア・セルリアンです。ドジャー君よろしくね!」
「呼び捨てで構わねぇよ。君とかさんとか付けられる背中が痒くなっちまう!」
冗談めかして大げさに背中をかきむしるドジャーにニアが思わず吹き出す。
「しっかしスレイ、お前噂とは全然違うやつだったな! かなり話せそうじゃん」
「あー、まぁそれにはやんごとない事情があったりするんだが」
面倒くさいがまた俺はニアに話した内容をかなりはしょって記憶喪失になった設定のことを重点的に話した。
「はー、今日は俺、かなりついてない日だと思ってたが、上には上がいるもんだな。記憶喪失ってどんな感じなんだ?」
「なにをするにも違和感がある、みたいな感じかな。例えば俺は剣が上手かったらしい記憶があるが今はどう振れば良いかとか想像もつかない」
「なるほどやべぇな。何か困ったことがあったらいつでも言えよ? 兄弟」
こいつかなりお人好しだな。チンピラに絡まれた見ず知らずの生徒を助けに入ったりしちゃってるし。お言葉に甘えて困った時は頼らせてもらおう。
「ありがとう。で、そっちはどうなったんだ? まさか完全にお咎め無しって事はないだろう?」
「確定じゃないが反省文提出でまとまりそうだ。さっきあのクソ頭固い側近ポニテに言われたわ」
「あぁ、あのジャガイモ頭か。災難だったな」
「ぶはは! たしかにメークイーン並に固そうだったな!」
「あれは煮るか腐るかしないと柔くならねぇよな」
「あっはっは! どっちもぐずぐずじゃねぇか!」
「違いねぇ!」
「生徒会に言いたい放題だね…」
共通の敵について馬鹿笑いする俺とドジャーに困った風にニアがなんか言ってるが気にしない。
「まぁ食えよドジャー! 一番高いメニュー食え! 俺のおごりだ!」
「スレイお前、ここ全部タダじゃねーか! どれ頼んでも一緒だろ!」
「おお、そうだったか!まぁ飲めドジャー! ここで一番高い水だぜ?」
「だからタダじゃねーか!」
爆笑する俺とドジャー。どうやら俺たちは気が合うらしい。
「楽しそうだね。スレイ」
「ニアも飲むか? 食堂で一番高いやつ」
「そうだね。じゃあ僕もこの食堂で一番高いメニューのコーヒーでも頼もうかな?」
ウインクしながらニアがそう言う。意外とノリいいなニア! あとウインクかわいい。この世界カメラとかないのかしら。ベストショットのタイミング大過ぎなんですが。
「はは、ニアだっけ? お前も話せるやつだな! おおーいおっちゃん! この食堂で一番高いコーヒーをアッツアツでたのまぁ!」
「うるせぇ並べ!」
既にちらほら生徒がやってきていて食堂のおっちゃんはそれらに対応中だった。並ばなければ品物は来ないだろう。
「うはは。じゃあちょっと取ってくるわ」
頼んだのはニアだったが彼女が口を挟む前にドジャーは列に並びに行った。
「賑やかな人だね」
「そうだな。明日からの学園生活がちょっと楽しみになったわ」
「うーん、彼くらい濃い人もそうはいないと思うけど楽しみだね!」
ニアさんそれフラグってやつです。
しばらくしてコーヒーを持ってきたドジャーとまた馬鹿話をひとしきりした後、解散となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます