「なんでもする」とかいう主人公過労死ワード

 怖気が走るような二つ名を耳にして思わぬ精神疲労を伴ったがなんとか耐える。お互い聞きたいことは多々あるだろうがとりあえずニアの話を全部聞くこととなった。俺の話は後回しである。


 話によるとニアは遠くから馬車でこの学園に来たらしい。途中、馬車の車軸が壊れたため、そこから歩きでこの学園に向かい、つい先ほど到着して着替えてる途中に俺と遭遇してしまったらしい。そのため昼時の俺と会長の悶着も知らず、俺の容姿も知らなかったらしい。


 長距離の移動手段は馬車なんだな。マンションは作れるけど車が作れない、のか。この技術力の齟齬は精霊が存在するが故なんだろうか。何にせよよくある転移、転生ものより技術は進んでいるらしい。まぁテンプレラノベの世界だしなぁ。


 知識チートは難しそうか。いや、そんな使えそうな知識俺にはちょっと思いつかないが。


 火薬の製法とか知ってるテンプレ主人公じゃないんだよ俺は。


「なるほどな。というか結構今更なんだけど本当に女子? 今はどう見ても男だし、ひょっとして女性用下着を常着してるだけのかわいい男子なのでは?」

「女の子だよ! いきなり人を変態みたいに言うのやめてよ!? 心臓に悪い」

「いやでも、見た感じは全然わからんからな……触ってみても?」

「触ってみても? じゃないでしょ! えっち! 変態!」

「ありがとうございます!」

「やだー! また喜んでるー!」


 まぁひとつ、その恥じらいこそが女性である証明だと思っておくとしよう。……これで下がついていたら人間不信になるわ。ないしは性癖変わっちゃう。頼むぞ作者ァ!!


「話が逸れたな。それで? どうしてそんな遠くからわざわざ男子のフリしてこの学園に来たんだ?」

「えっと、スレイならもしかするとわかるかもしれないけど貴族の子どもって無理矢理縁談を組まされること多いじゃない?」

「え? あ、おう。そうらしいな」

「なにさその煮え切らない返答」

「気にすんな。後で話す」


 ここで記憶喪失設定の話をすれば話が脱線するのは間違いないからな。


「それで? 縁談を組まされるからどうしたんだ」

「うん。それで他領の貴族から無理矢理婚約を迫られてね。これがとっても性格が悪いので有名な方だったんだ」

「あー、あるある」


 ファンタジーではマンネリ感すらあるよな。で、夏の薄い本の汁男優に抜擢されるまでがテンプレだよな。祐司が側にいれば「おいやめろ」とつっこみを入れることだろう。


「だから家の両親がまずは手の届かないところに娘をやってしまおうってことでこの学園に入学して寮に入ることになったんだ」

「なるほどね。確かに国が抱える軍学校にまで乗り込んでくる馬鹿貴族はそういないか。でもそれは男子寮に入ったり男装する理由にはならないよな」


 俺がそう言うとニアは困ったような表情を見せる。


「あー、えっとね、結構急な話で女子寮の部屋に空きが出なかったんだよね。学園都市で部屋を借りても良かったけど学園内じゃないから乗り込まれる可能性があって……。それで一つだけ枠の空いてた男子寮に入る運びになっちゃったんだ。そうなると学生生活も男子で通さないと最悪退学もあるじゃない? そういうわけで僕は今日から男の子なんだよ」

「大変だったんだな。いや、それはなかなか導かれてるぜ」


 一日の内に異世界転移(憑依)、乳揉み、決闘、魔人審問、ルームメイトの男装女子の着替えシーンに遭遇しちゃってる俺ほどじゃないがな!(自慢気)


 というか学園都市って何だ。この作品も某小説に感化されちゃってるのか。確かにテンプレラノベで最近は多く舞台道具にされてるけどなんでもかんでも盛り込めば良いってもんじゃないだろ……。


「だからお願い! 僕が実は女の子だって事は秘密にしておいてくれないかな? 僕にできる範囲なら何でもするから!」

「ん!? 今ひょっとして何でもするって言わなかった!?」


 俺は光の速さで反応する。


 マジか! いいんですか! これ以上導かれちゃってもいいんですか!? 今日は忘れられない一日になりそうだぜ!


「い、言ったけど。え、えっとあんまり無茶なのはやめてね? 常識の範囲内でお願いね? あ、えっちなのはだめだよ!」

「チィッ!」

「どうしてそんなに盛大な舌打ちするの!? どうして君は自重を知らないの!?」


 そんなもんは元の世界に身体ごとおいてきたぜ! そもそもこれでも十分に自重している。本当に俺が自重を知らなければこの場でニアに襲いかかっているところだ。まぁそれはさすがに言い過ぎだが。


 でも何度も言うが二次元美少女キャラの具象化がその辺を歩いているばかりか会話までしてくれるのだ。テンション上がって多少理性のタガが外れるのは当然だろう。俺はかなり理性的な方だけどな!(大嘘)


「まぁいい。代替案はある。ふふ。ニア、君は視力良い方か?」

「え? いきなり何の話?」

「いいから。いいから答えて。スレイを信じて」

「えぇ……? い、いや、視力は良い方だけど」

「そうか。なら俺の要求は一つ。俺が望む時、メガネをかけてもらおう!」

「メガ……え?」

「メガネをかけていただこう。いいか? こちらが指定したメガネをかけるんだぜ。勝手に変えたりしちゃだめだぜ。そして俺が指示したら別のメガネをかけるんだ。その際それまでつけていたメガネはこちらが頂く。メガネはこちらが自費で用意しようじゃないか。期限は俺かニアが卒業するまでだ」

「ど、どうしよう、このルームメイトすっごく怖い……。」

「大丈夫怖くないよ。ただ、俺はすっごく君がメガネをかけているところを見たいだけなんだ」


 ここで必殺スレイ・スマイル! 説明しよう! スレイ・スマイルとはスレイのような線の細い美少年が屈託のない満面の笑みを見せることで相手の心を揺さぶり、要求を通しやすくする効果があるのだ! ちなみに「スレイ」のコントロール権が俺の時の場合、メガネ絡みの時しか撃つことができない限定必殺技だ。今作った。


「怖いよ! その無邪気な満面の笑みでそんな要求をしてくるのが余計怖い!」


 しまった。裏目に出たか。だがこの程度で諦める俺ではないぜ! ことメガネ関係ではなぁ!!


「さっき何でもするって言ったじゃない! えっちな要求はしなかったじゃない! そこを断腸の思いで、非常に、非常に遺憾ながら代替案を提案したらこの仕打ち!  怖い?俺とその悪徳貴族、どっちが怖いんだ!? さぁどっちだ!? マシな方を選べよニアァ!!」

「今現時点でどっちが怖いかわからなくなってるよ!」

「君がメガネをかける約束をすれば全部解決だぜ? 正体はバレないし学園にいる間は悪徳貴族も来ない。冷静な判断をしたまえよ」

「怖いよ! すでに退路を塞がれてて逃げられないよ!?」


 いや、既にその悪徳貴族とやらに学園に追いやられたり、入寮先が男子寮だったりと最初から袋小路だったところあるじゃんすか。まぁそこに至るまでの仮定(初顔合わせがバッティング)が、なんというか運が悪かったんだよお前は。


「うぅ……わかったよ。君の言うとおりメガネをかけるよ」


 予定どおりニアが折れる形で言質を取れた。勝った! 摂理破壊の精霊使い完!


「よろしい。まぁ、学園でそれを強要するつもりはないから安心してくれ。部屋の中だけで許してやんよ」

「うぅ……どうしてこんなことに」

「多分運命ってやつさ。導かれてんな、ニア!」

「それ励ましてるつもりなの!? 大失敗してるよ!? 人を励ます才能ないよ!」


 ボロクソに言われたが気にしない。美少女の罵倒とか大好物なんですがそれは。


「よし。じゃあ今度ヒマな時一緒にメガネを選びに行こうな。大丈夫。周りの男がメロメロになるような最高にキュートな一品を選んでやるさ」

「僕は男のフリをしてるって話聞いてた!?」


 おっとそうだったか。しかしまぁ俺のメガネが似合う顔選定力は推定53万超え。(当社比)「男のフリをする美少女」に似合うメガネをきっと選び出すことが出来るだろう。腕が鳴るぜ。


「さて、それじゃあ今度は俺の番か。俺が語れるのは訳あって今日一日のことだけだが君よりどえらい運命に導かれてると自負してるぜ」

「何事もなかったかのように話題シフトさせたね!? というか今日一日に一体何があったのさ!?」


 わかった。こいつはツッコミ担当キャラだ。察したぜ。


 俺は一人で納得しながら今度は自身のことを話し始めた。どこから話そうか、迷っちまうぜ。





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