戦闘訓練③ 魔力強化と不穏な影

 一度拠点に戻った俺たちは昼食をとって、教官に魔石を一時的に預けると、俺たちは再び訓練のために森へと入った。


「ゼェ……ゼェ……、な、なぁ、なんでみんなそんなに体力あんの?」


 昼休憩を挟んだとはいえ、午前中から歩くなり戦闘なりでずっと運動しっぱなしなのである。スレイのボディが優秀なのか午前中はどうにか体力が足りたが、そろそろ息が上がってきた。対する他のメンバーはドジャーもフィーネはもちろん、ニアには体力は勝ってるんじゃないかと俺は思っていたが誰も息が上がってない。けろっとしたもんである。こ、この差はなんだ……!?


「え? ……スレイ、ひょっとしてあんた、『魔力強化』使ってないわけ!?」

「あ? ま、魔力強化?」

「ああ、そうね……記憶喪失でそれも忘れてるのね。いいわ、教えてあげる。正直これ会得してないと下級魔獣でも足元すくわれるわよ」


 フィーネはため息を一つつくと足を止めて俺と向き合った。ドジャーとニアは興味深そうに俺たちの方を見ていた。


「精霊を召喚するときに不思議な感覚があるでしょ? その感覚が自分が魔力を行使している感覚よ。まず、その感覚を思い出して、その感覚に至高性を与えるの。例えば『体内を巡れ!』って感じに」

「な、なるほど?」


 言われてみれば精霊を召喚するたびに心臓の辺りがざわめく感じがあった。で、腹に力を込めると聖霊が出る感じだ。 とりあえず俺は神経を集中させてまずは聖霊召喚の時の感覚を再現しようと試みる。こう、心臓をざわつかせて、踏ん張る!


「お? おお?」


 意外にも感覚の再現はうまくいった。さらにフィーネの言うようにその感覚を体内を巡らせようとすると、何か名状しがたい感覚が心臓から始まって血管を通り循環していき、やがて心臓に戻るような感触を得た。魔力が流れている……? おいおい、新しいことを始めようとすると大体失敗している俺にしてはなかなか上出来な手応えだぞ!?


「やるじゃないスレイ! 前にできてたことだから体に染みついていたのかしら? ……それにしては剣術が……」

「それは言わねーでくれ……」

「ま、まぁいいわ! 初歩の初歩ができるなら話が早いわ。あとは持続性と精密な魔力操作を心掛けていけば一端の聖霊術師へと一歩前進するわよ!」


 フィーネは少し興奮した様子で語気を荒げてそう言った。そういえば入学式の時に尋常ではないパワーでフィーネに掴まったままの俺を吊り上げながらいどうしてたもんな。あれは魔力強化を使っていたのかもしれない。


 何はともあれ今のところいいとこなしの俺だ。少しでもこの先に待っている戦闘で生き残るためにもこの魔力操作の練度を上げるのは急務と見た。じゃあやるしかねぇよなぁ!?


「お、おう! よーしがんばるぜ。で、フィーネ。次はどうしたらいい!?」

「やる気ね、スレイ! いいわ、こうなったらとことん練習よ!」


 俺のやる気に呼応してフィーネもすっかり張り切り顔だ。


「それじゃあまずは魔力強化を駆使しながら一秒間に10回呼吸できるように練習するわよ!」

「……ファッ!?」


 あ、あるぇー? な、なんか柱の男を倒すための修行をさせられようとしてるんだけど、え? 魔力強化の修行ですよね? 波紋法の習得訓練じゃないですよね? 俺は救いを求めるようにニアとドジャーの方を見た。


「あ、じゃあ兄弟。俺はニアと一緒に魔獣が来ないか見張ってるわ」

「が、がんばってスレイ! その、がんばってね!」


 面倒ごとから距離を置こうとしてることを隠そうともしねぇな!?


「な、なぁフィーネ。もっとこう、基本中の基本っていうか簡単なのから教えてほしいんだけど……」

「魔力強化で筋肉や内臓を一時的に強化するのは基本中の基本よ。大体、記憶喪失前のスレイなら7歳から習得してたわ」


 バケモンかよスレイ!? というか主人公補正が過ぎるぜマジで……。くそ、もうちょっと常人が努力してたどり着けるくらいの実績はないのか? 前のスレイと鈴木康太郎のギャップがひどすぎる。テンプレ主人公が偉大過ぎてつらい。


 まぁ、常人離れしたそういう能力があってこその主人公なのかもしれんが。そういう意味では俺は一生主人公にはなれそうにもない。俺はメガネの似合う美少女が大好きなただのオタクだからな……。


「さぁ、ビシビシ行くわよ! はい吸ってー、吐いてー、魔力を操作しながら徐々にスピード上げてー」


 心の中の泣き言は当然フィーネには伝わらない。ああもう、やればいいんだろ!?


 この日のフィーネによる魔力操作の特別訓練は実戦訓練の時間が終わるまで続き、その壮絶な内容に体力よりも気疲れが勝って、俺は気を失いかけた。身体はピンピンしてるあたり本当に主人公の身体能力補正ってやばいと思う。


 そして、ニアとドジャーが見逃したイノシシの魔獣が朦朧とする俺を撥はねて意識にとどめをさされ、医務室に俺は運ばれた。何かすると俺ってば気を失ってない? そんなテンプレはいらんのだが……。


 その日の晩御飯はおいしいぼたん鍋でした。……魔獣って結構美味しいんですね?


☆☆☆


 スレイ達がそんなことをしているとき、『前線』では人類と魔獣が互いの勢力圏のしのぎを削り合う最中だった。一昔前までは毎日のように激しい戦いが繰り広げられ、張りつめた空気が常に漂う戦場だった。しかし、防衛の要であるはずの人類側にはどこか弛緩した空気があった。


「報告。いつもの犬型、猪型などの四足歩行魔獣混成部隊が接近中。今日は少量だが空(鳥型魔獣)のお客様もご一緒だとよ」

「鳥型の魔獣ね。厄介は厄介だがどうとでもなるな。ロングレンジ部隊、斉射で撃ち落としてくれ」

「ぃよーしまかせろ。野郎ども、退屈なルーチンワークのお時間だ。散開して撃てぇい」


 戦場独特の張りつめた空気が一応あった。あるにはあるが、人類側は「またか」とつぶやく者もいるレベルのうんざり、一種の飽き飽きとしている感情も流れていた。


 それはそうだろう。彼らは前線で日々暴走する魔獣と戦っているが、日時や昼夜の違いはあれど魔獣たちは必ず四足歩行の魔獣の混成部隊、あるいは+アルファが少し沸く程度がまっすぐに突っ込んでくるだけなのだ。


 厳しい訓練で学んだことなど活かす機会もない。集団戦闘における最初のカリキュラムで学ぶ陣形戦術のマニュアルどおりに動くだけで防衛線は楽勝なのだ。


 そんな戦闘がもう一年も続けられている。


 同じ前線の仲間でも、勢力圏を取り戻すべく魔物の領土に攻め入っている「開闢部隊」や「駆逐部隊」などは死に物狂いで戦っているらしい。本来は領土を防衛する「防衛部隊」たる彼らも苛烈な戦闘を強いられるはずなのだが、魔物側も防衛で手が足りないのかいつも攻め手を欠いている印象である。


 この日もいつもと同じで魔獣たちの攻撃は突進力だけはあったが、動きはすべて直線的で単調なものであった。


 前衛が突撃する魔獣を白兵戦で抑え、抑えた魔獣を中衛の弓や槍を携えた部隊が倒し、空からの強襲は後衛の聖霊術を得意とするロングレンジ部隊が斉射で落としていく。空襲の心配がなくなったところで中衛と協力して魔物たちを殲滅していく。楽な時は後衛の聖霊術斉射でその日の戦闘が終わることもある。


 魔物の行動もほぼ一律なので最近の戦闘はこの陣形で死傷者をほぼ出していない。まれに魔物の群れに魔人が紛れていることもあり少々苦戦もすることがあるがそんなのは半年に一回あったかなかったかである。


「ほい。今日も勝ち」

「なんつーか張り合いねーよな。これで給料もらっていいもんか」

「おい、そんなこと言ってお上から給料減らされたらどうすんだよ? 高い酒飲めなくなるじゃねーか」

「おめーはもうちょい飲酒量減らせ」


 一年前までは大きく勝鬨が上がっていた戦場ではへらへらとした軽口がそこかしこで散見された。『防衛部隊』の戦力縮小化の議題が持ち上がったのはその翌日のことだった。


☆☆☆


 同時刻、とある山中の廃屋にていくつかの影が集まっていた。


「ただいま。今日も盛大に負けてたよ。つまんなーい」

「ふん、くだらん。王は作戦のための撒き餌だとおっしゃっていたではないか。結果の判っている物事に娯楽を求めてなんになる」

「まあまあそうカッカしないカッカしない。短気は損気ですよぉ? あ、新しいジョーク思いついたんですが聞きません?」

「聞かぬ。お前のジョークはよくわからん」


 子供のような様相をした者、黒い炎をまとったかのような甲冑を着た者、道化師のような服装でまるまると太った者と三者三様が一堂に会している。


「でもさでもさぁ、ここのところずぅっとこんなのばっかりじゃない? いい加減人間の悲鳴も聞きたいし肉も魔力も食べたいじゃない? それは君らだっていっしょのはずだろ?」

「まぁそうですよねぇ。ワタクシも個人的に楽しむ分は控えめにやっておりますがまとまった数の悲鳴やごちそうには、とんとお目にかかれませんねぇ」

「……王の指示だ。良いというまでは目立った行動はできん」


 何やら物騒なことを三人が話し込んでいると突如、部屋の中で空間が歪んだ。それに一瞬、三人は身構えたが、空間の歪みから出てきた二つの人影を認めると緊張を解いた。なぜならそのうち一人は三人が敬愛する主その人であったからだ。


「お待たせしてしまったかな?」


 女性秘書を侍らせて登場したのは王者の風格を漂わせるローブ姿の男だった。目部下に被ったフードでその様相をうかがうことはできないが、対峙すればそれがたとえ子供であったとしても強大な存在感を感じることができたであろう。


「王サマ、それってどっちの意味さ?」


 子供の影がおどけたように言う。


「貴様、王に対して無礼であるぞ」


 その言動を黒炎の騎士が咎めるが、彼らの「王」は手で制して「良い良い」と治めた。


「もちろんこの場でしばらく待たせた、という意味もあるがね。……単調でつまらない作戦はこの辺で方針を変えるとしよう」


 ヒューウ! と道化師が調子よく口笛を吹いた。それを無視して王とともに現れた秘書は一言もしゃべらず、機械的にテーブルに地図を広げる。主にゼルヴィアス王国の前線を中心とした地形が描かれている。周辺諸国はおろか、当のゼルヴィアス王国ですら及ばない精巧な地図の一部にはスレイの通うゼルヴィアス学園までもが書かれていた。


「人間は悲しいことに物事に慣れすぎると不意の事態に弱くなるものだ。特にここ一年、前線ですら戦闘は毎回同じことの繰り返し。緩んでいる。そこを、」


 王はそこまで声を発すると、手元の空間が歪む。そこから取り出した二本の針を投げた。それは地図の二か所の地点に綺麗に刺さる。一本は先ほどから話題に上がり続けている『前線』。


「叩くわけだ。待たせたな諸君、お遊びは終わりだ。戦争を再開するとしよう」


 もう一本はゼルヴィアス学園に刺さっていた。



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