戦闘訓練② 剣なぞいらぬ!~なんか抜けないし~

 俺たちはとある実験のために森林地帯の端の方を目指して歩きだした。


 途中何度か魔獣と遭遇した。一度だけ3匹ほどの四足歩行の魔獣の集団と戦闘をしたが必ず奇襲から入れる俺たちのアドバンテージは圧倒的で、特に苦戦なく突破できた。


 魔獣をスプラッタするたびにすっぱいものがこみ上げてきたが、まぁ最初よりは慣れてきた。……人間の順応力ってすげぇわ。


「この辺が森林地帯の端ね。で、こんなとこで何しようっていうの」


 フィーネが学園から支給された地図をカバンにしまいながら俺に問いかける。どうやら到着したらしい。


「それじゃあ、もう一回聖霊術を起動して隠密状態で魔獣をさがそう。単独でいるやつがいいな。で、遭遇したら俺の合図で聖霊を送還してくれ」

「ん? 聖霊術なしで戦う気か兄弟」

「そこはほれ、我に策アリってやつよ」

「ほほーう?」


 俺はドジャーに不敵な笑みを見せつけてそうのたまう。聖霊術を起動し、隠密状態となった俺たちはやがて、一匹で単独行動をしている犬型の魔獣をみつけた。周囲を確認しても他に魔獣はいない。好都合だ。俺は打ち合わせておいた合図をした。ニアとフィーネが聖霊術を解き、聖霊を送還する。ドジャーは最初から精霊を送還済みだ。


 隠密を解除すると、視覚も聴覚も普段どおりに発揮できている魔獣はすぐにこちらに気が付いた。


「さて、それじゃあ実験開始だ。もし、俺が危なくなったら近接戦闘で援護を頼む。聖霊術は使わないでくれ」


 そう言って俺は魔獣の前に出る。


「グルルルルル……」


 魔獣は臨戦態勢で低い唸り声をあげている。ふっ、いつまでそうしていられるかな!?


「くらえっ! 消臭制限解除!!!」


 掛け声とともに俺はリッキーの消臭効果を解除した。そう、これぞ俺の秘策だ! 魔獣は獣と精霊の魂が入り混じって知性をなくした存在。ならば、ひょっとして聖霊に特効の俺の魂の異臭で無双できちゃったりするんじゃねぇか!? という天才的な俺のひらめきからこの実験は考案された。


 ネタチートで異世界無双することも昨今の転移・転生モノでは珍しくない。なら、俺もその仲間入りしちゃっていいんじゃないか!? かっこよさとかは二の次だ。命には代えられねぇ! 


 というわけで訓練の実施されているエリアの端まで来たのだ。中央だと別のグループの聖霊を無力化させちゃう恐れがあったからな……。まぁ、こんな感じで難儀な体質だが精霊に特効の能力なんだから魔獣に効いても全然おかしくはない!


「グルゥ!?」

「おっ?」


 俺が消臭を解除してまもなく、明らかに魔獣の様子が変わった! これはまさかー……!


「ハァッハァッ、ハゥッハゥッハッハッハッハッ……!」


 ……魔獣は恍惚とした表情で涎を垂らして息を荒げて俺の方を見ている。まるでいい匂いを嗅いで興奮する獣……。というか、まさか魔獣にとって俺の臭いはいい匂いなのか……?


 これは……、もしかして失敗じゃな?


「クゥウウン!」


 魔獣は弱った様子など微塵も見せず、むしろ元気ハツラツな感じで俺にとびかかってきた。ああ、くそっ! なんとなく予想してたんだよなぁ! そんなに世の中甘くねぇよなぁ!?


 心の隅でこんな結果を予想してた俺に隙はない。能力を解除した時点ですでに俺は腰の剣の柄に手をかけていたのだ! やーれやれ、ということはとうとう抜剣だ。異世界に来てしばらく経つがようやく初めての抜剣だ! ファンタジーと言えば剣! 戦闘中にも関わらず、否応なしに心が躍るのを感じる!


 それに、俺は剣の振り方なんてちょっと知識にあるくらいだが修練は体に根付くもの。スレイの体が勝手に反応して剣術無双もあり得る。スレイは次期剣聖とまで呼ばれる男! 頼むぜ、ボディ!


「うおおっ!」


 俺は気合混じりに声を上げながら剣を抜っ、


「おぅっ!?」


 ……こうとしたが切っ先の辺りが鞘に引っ掛かって抜ききれなかった。あ、あれ? おかしい。ラノベとか漫画とかアニメとかじゃここで引っかかる、なんてこと見たことないんですけど!?


 まごついている間に俺は魔獣に体当たりを食らって仰向けに倒れた。すぐに俺の上に跨った犬の魔獣が牙をぎらつかせる。


「た、助けてくれーっ! 実験は失敗だ!」

「何がしたかったの!?」


 ニアが憐れな格好にされた俺にツッコミを入れながらダガーで支援してくれる。


 だよなぁ!? 「我に策アリ」とかドヤ顔かましてたやつが下級魔獣に体当たりされてぶっ倒れてるんだもんなぁ!? しかも剣抜くの失敗してるもんな! 挙句の果てに助け求めてるもんな! そりゃ何がしたいのってなるわ! ああ、もうほんとに導かれてるぜ俺!


 フィーネとドジャーが加勢に入ると程なくして犬の魔獣は討伐された。


 しかし、これだけで事態は終わらなかった。


「ギイイイイイ!」

「クルォッ! クルォッ!」

「フンスッ、ハフッ!」


 茂みから新たな魔獣が飛び出してきたのだ。それも次々と。


 あ、やべっ。そういえば俺の臭いの射程距離って結構広いみたいなんだよな。会長とやった時は闘技場の舞台という結構開けた場所なのにもかかわらずガウル君立てなくなってたし。つまりあの舞台全体くらいは少なくとも俺の臭いの効果はあってもおかしくないってことだ。


 ……ということは効果範囲内の魔獣が俺に引き寄せられている? え、ヤバイじゃん。


「……は? なんで急にこんなに魔獣が出て来るの!?」

「ちょ、ちょっとスレイ! まさかあんたの仕業なんじゃ……」

「おいおい、兄弟と一緒にいたら退屈しねぇなぁ!?」


 三人とも困惑の表情だが仕事は卒ない。精霊を召喚しないというオーダーを守りながら魔獣たちの攻撃をさばきながら逆撃し、一体ずつ処理いていく。とても今日組んだばかりのチーム連携とは思えない。なんてタフな連中なんだ……!(他人事)


「うおおお、『来たれリッキー!』消臭だ! 早よう! 早よう!」

「消臭ゥ!」


 すぐにリッキーを召喚し、臭いを消したが残り香があるのか、それとも他の魔獣に便乗してかぞろぞろと魔獣が現れる。


「も、もう精霊を使ってもオッケーだ! やるぞ!」

「結局何だったの!?」

「数的不利な状態でこのグループならどのくらい戦えるか実験したかったって辺りじゃない?」

「なるほど。これはなかなかのサプライズだな兄弟」

「違くて! いやもういい、迎撃ぃ!」


 俺が号令をかけるまでもなく、三人は聖霊を召喚し、連携して戦い始める。前衛はドジャーとフィーネが受け持ち、魔獣の攻撃をさばく。その合間を縫ってニアが幻想の聖霊術で魔獣を撹乱しながらダガーを投げ込んで支援する。俺もなんとか戦列に加わろうと剣を抜こうとするが、さっき魔獣に組み敷かれたときに取り落としてしまったらしい。剣の落ちている場所は今は魔獣たちがうようよいる。無理ぃ……。


 やがて後衛でドジャーの火の聖霊・レッドが大きめの火球を生成して魔力を込め終わると、魔獣たちに範囲攻撃を仕掛けた。


 レッドの聖霊術による爆炎が多数の魔獣たちを巻き込んでその命を奪う。残った魔獣たちも近接組がすぐに一体ずつ処理していった。


 ……えーっと、これ、俺要りますかね?


☆☆☆


「なるほどね。魂の臭いが魔獣に効くか試してたんだ」


 一番俺の行動が理解できなかったらしいニアは丁寧に説明をした結果、ようやく得心がいったようだった。


「だから訓練エリアの端の方で実験したんだが……思ったより俺の魂の臭いの効果範囲は広いらしいな。大丈夫かな? 他のグループの聖霊無力化してないか……?」

「大丈夫じゃない? この辺は滅多に人来ないし」

「そうなん? というかここって『森林地帯』っていうエリアの端なんだよな? まだしばらく森が見えてるんだけど」


 目をやるとこの場所が訓練エリアの端と言う割には森が鬱蒼と続いている。明らかに森の木々が黒ずんでいるのと関係があるのだろうか。


「あの辺から森の雰囲気違うでしょ? 森の色とか黒っぽくなってて。あの辺からは有名な『黒の森』なのよ。ほら、そこにも『危険地帯注意』って看板が立ってる」

「ああ、そういや初等部の授業で聞いたわ」


 フィーネの言葉に俺は納得した。なんでも数十年前から魔力的力場の暴走による異常災害があのあたりの森で起こったらしい。突如発生した毒ガスで誰も近づけず、内部の様子もわからない危険地帯なのだ。通称『黒の森』。実戦訓練を始める前に「近づくな」と再三注意される程度には危険な森なんだそうだ。なるほど。この辺はたとえ用事があっても近づきたくないな。昨日平気だった場所が風向きの問題で毒ガスが来てる可能性もあるし。……ここは安全だよな?


「ねぇ、スレイの実験が終わったのならそろそろ一回戻らない? 魔石もちょっと重くなってきたみたいだし」

「それもそうだな。ぼちぼち昼になるし一回戻るか」


 ニアの言葉を受けて俺たちは撤収する。魔石とは魔物の心臓部に生成されている石である。魔物が生命活動を終えた後も魔力を帯びている性質を利用して、様々な魔道具の動力に活かされている。そのため、実戦訓練は学生たちの小遣い稼ぎの側面を持っている。


 俺という撒き餌によって予定外の収穫を得たためその魔石も無視できない重さになりつつある。とりあえずほぼ役立たずな俺が荷物持ちを買って出ている。この石ころを取り出すのにせっせと解体作業をするメンバーの光景にはクラッときたが俺はどうにか正気を保っている。慣れろ……これがこの世界の日常だ……。


 最初の狩りからお世話になりっぱなしの水筒の中身はたった半日でもう、コップ一杯分に減っていた。しょうがないね。出したら足さなきゃ不具合出るのが人体だしな。俺は水筒の残った中身をすべて呷ると、全員を引き連れて訓練拠点へと戻り始めた。


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