戦闘訓練① 合わせ技『隠密』

「では各グループは散会して魔獣を狩ってください。いつもどおり下級魔獣しか出ないはずですが、何か緊急事態があった場合はグループ代表に渡してある『アラート』の魔道具を使用して下さい」


 教官の号令が終わるとともに生徒たちは駆け出した。俺たちはこの森林地帯では初めての訓練になるので地理を覚えつつ緩やかな速度で浸透する方針だ。ちなみに魔道具とは読んで字のごとく、魔力を込めることで作動する機械のようなもので、軍事から日常まで幅広く使われているものである。


 今回、フィーネが預かってきた『アラート』の魔道具は魔力を込めて使用することで効果が発動し、対となる魔道具に信号が送られ、危険を伝える魔道具であり、前線でも使われているものらしい。発動後は位置情報と時間差はあるが音声を拾って対となる魔道具に魔力が続く限り送られるという、一方だけ状況だけ伝えられる無線機みたいな感じらしい。


 まぁ訓練には本当に下級魔獣しか出ないから今までアラートが使われたことはないらしいんだが。そこは安心だな。……これフラグにならんだろうな?


「そんじゃまぁ、打合せ通りやりますか。頼むぜ? ニア、フィーネ」

「うん。やるよ、アニ」

「任さなさい。行くわよパリパッキー」


 俺の号令に合わせてニアとフィーネが聖霊術を行使する。それに合わせて俺も聖霊術を起動した。


 作戦はいたってシンプルな組み合わせだ。リッキーで周囲の臭いを、パリパッキーが音を消す。そしてアニの幻想の効果で一定範囲の風景を虚像とし、俺たちのグループの姿を消す。魔獣は獣の頃の感覚器官を頼りに行動している。それは人間にも言えることであるが、匂いもなく、音もせず、姿も見えないものを認識することは非常に難しい。


 簡潔に言うと俺たちの支援精霊の組み合わせは初手の奇襲がほぼ確実に成立する組み合わせなのだ。事前に説明しておいたボディランゲージでドジャーを促しながらしばらく歩く。消音しているのでお互いの声も聞こえないのだ。フィーネいわく消音下でも会話をできるように調整はできるが余計な魔力がかかるらしい。


 下級魔獣相手の訓練でそこまで気を回さなくてもいいと言われていたが、まぁ何が起こるかわからんからな。とりあえず最大限の警戒で臨んでみたいと打診したところ、メンバー全員の了解は得られた。緊急時は遠慮なく声がけしてほしいとも言ってある。


 俺たちの周囲だけが音もなく、匂いもなく、姿もない。しばらくそうして進んでいると、俺たちの前に全く警戒していない動物が現れた。いや、普通の動物ではない。


 遠目から見れば鹿だ。しかし近づけばその異様さに気付くだろう。アンテナのような角が頭の左右から延びているのが鹿の最大の特徴だろうが、目の前の鹿は額からねじくれた一本角が伸びている。体も青みがかっている。緑とかそういう比喩ではなく青カビみたいな青だ。その色が全身を覆っている。普通の鹿ではない。


 これが、魔獣か。


 俺は無意識に息をのんだ。精霊とかが存在するんだ。その存在自体に何かを感じたわけではない。どう見ても生きているコイツを今から俺は自分の都合で殺すのだ。その事実に俺は名状しがたい気分になった。


 とんとん。


 足が固まってしまった俺の背中を誰かが叩く。振り向けばニアの顔があった。フィーネも、ドジャーも俺を心配そうな顔をしている。


 ……おっといけねぇ。おちつけ? 俺。よく考えろ。目の前のこいつは下級魔獣だ。話によると危険度は少ない。だが俺の指示ミス一つで誰かがケガをするかもしれない。いや、ケガで済めばいいが打ちどころが悪ければ死ぬ可能性もある。腹をくくるしかない。大丈夫だ。日本でもたまに鹿肉食ってたじゃねぇか。あれを狩りからやるだけだ。大したことじゃない。……いや狩りは大したことだな? よしよし、調子出てきたじゃん。ポジティブにテンション上げてけ?


 魔獣がこちらに気付いた様子はない。なら、作戦の変更は必要ないな。


 俺はメンバーに向けて笑いながらサムズアップして前を向き、攻撃目標の鹿の魔獣に指を突き付けた。


 ドジャーがそれに呼応するように魔力を発露させる。連動するようにレッドの両手に火球が形成される。


 ニアが制服の懐からダガーを両手に三本ずつ取り出す。


 フィーネが鞘から剣を抜いた。


 それを見て俺はゆっくり頷いた。


(突撃ぃ!!)


 声が消えているのを承知で俺は叫んだ。


 間を置かずしてレッドが火球を放つ。ごうごうと燃える紅蓮の魔弾は上書きされた風景から突如として出現し、魔獣の体を捉えた。紅蓮は爆発し、魔獣を焦がす。


「キィィィ!?」


 魔獣はよろめき、悲鳴を上げながらも四肢で踏ん張り、何事かと周囲を今更警戒し始めるが、その時には軽業師のように跳び上がったニアの姿がすでに魔獣の頭上にあった。すぐにニアの両手からダガーが放たれる。それは魔獣の背中に吸い込まれるようにして刺さった。


 魔獣が息を吐く暇もなくアニの作り上げた幻想の空間から鋲の付いたバンテージが巻かれた拳が二つ、前触れなく表れて魔獣の鼻先と顎を殴りぬいた。脳震盪でも起こしたのかついに魔獣の四肢がくずおれる。


 そして最後に、最後まで魔獣が知覚できなかった空間から踊り出たフィーネが白銀に輝く剣閃で残像をたなびかせながら魔獣とすれ違った。


 一瞬置いて、魔獣の首がするりとズレて地に落ちた。


「ま、ざっとこんなもんね。初めての連携にしては滅茶苦茶うまくいったと思うわ。……どう? かっこよかったでしょ?」


 ぼけーっと突っ立っている俺に向かって、消音を消してフィーネがウインクしながら血のりを振り払って納剣した。


 ちょっと想像してほしい。数日前まで日本でのほほんと暮らしてた人間がいきなりアニメやラノベやらで見る戦闘風景を特等席で、かぶりつきで見たのだ。


 それもアニメ的表現ではない、ましてや年齢制限とかいろいろ配慮した不自然なくらい画面とかでなく、言ってみれば全部ナマの実写だ。断面図とかすごいリアルっていうかこれが現実っていうか。まぁ、何が言いたいのかというと、


「ぅうううっぷ、ぃぅるろろろろろろろろォ……」

「ひゃああ!? す、スレイ!? あたしのウィンクで……?」

「き、兄弟が吐いた! ニア、バッグから水取ってくれ!」

「わ、わかった!」


 すっごいグロかったんだが!? い、いいい異世界転生系の主人公はこれ平気なのかよ!? しかも最初の戦闘って大体ゴブリンとか盗賊だろ? おおむね人じゃん! 盗賊に至っては人種が違うだけのモロ人じゃん!? ええ、俺、獣でコレなんだけど……うそ、私の異世界適性低すぎ……?


☆☆☆


 そういえば小学校でみんなで育てた豚を給食にしちゃう、なんてテレビでやってたな。異世界渡航希望者諸君、せめてあれだけは体験しておけ。グロ耐性と一定のメンタルは必須事項だぞ……。俺は今日ついにメンタルにダメージ入ったわ。しばらく肉食えねぇかも……。


 しくしく泣きながら吐く俺をフィーネとニアが背中をさすり、ドジャーが水を飲ませてくれることかれこれ20分、俺はようやくなんとか比較的平常心に戻った。


「いや、みんな悪かった。昔の俺がどうだったかは知らんがさっきのは、……今の俺にはちょっと刺激的だった。あとフィーネのウィンクは関係ない」

「そ、そうだったのね。まぁ、最初は吐いちゃう子結構いるしね」

「僕は10歳くらいから吐かなくなったかな」

「俺は吐かなかったな。殴って倒すからかもしれねーけど」


 ああ、一応他にも俺みたいになっちゃう人いるのね。日本よりは間違いなく命が軽い世界だし、この辺の感覚結構違うもんだと思ってたからちょっとだけ安心したぜ。


 そこに別のグループが通りかかる。男子ばっかりで構成されてるグループだ。


「おい、あれベルフォードだろ? 次期剣聖とか言われてた」

「めっちゃ吐いてたな。記憶喪失って聞いたしまぁ仕方ないんじゃね?」

「いや、それにしたってあの歳であんなだっせぇ姿晒すとか、俺なら耐えられねぇなぁ」

「まぁ遅くても12歳には経験することだもんな。仕方なくてもダサいもんはダサい」


 とまぁ、すっごいテンプレな嫌味をつぶやきながらそのグループはケラケラ笑って俺たちを素通りして行った。


「あいつら……!」

「スレイ、ちょっと用事ができたわ」

「まぁ待てって二人とも」


 怒りをあらわにするドジャーとフィーネを俺は制する。なに、ラノベの世界じゃよくあることだ。俺はその辺よくわきまえてる。


「そ、そうだよ二人とも。ここで争っても、」

「ぶっちめるなら全力で行こう。さっきみたく聖霊術で隠密状態になって囲んで不意打ちしよう」

「ええっ!?」


 したり顔で俺はそう提案すると、ニアは「うそでしょ……!?」とつぶやきながらこちらを見る。ドジャーもフィーネも意外そうな顔をしている。よしよし頭は冷えたらしいな。


「冗談だよ。事実を言われてキレるとかそれこそダセェじゃん? まぁ見とけよ。今に連中がなめててすみませんでしたって言わせるような実績を作るからさ。三人とも協力してくれよ、な? 今の俺一人じゃにおい消しが限界なんだ」


 俺は口元の吐瀉物を袖で拭いながら立ち上がる。こんなところで立ち止まってちゃ前に進めない。ここはラノベの世界で、俺のボディはメインキャラ。となるとどうあがいても敵は向こうから現れる。これくらいで泣きが入ってるようじゃ、帰るどころか生きていくことも厳しいだろう。


 当たり前だが俺は死にたくねぇ。さっきのは衝撃映像だったが、これから多分飽きるほど見ることになるんだろう。正直そんなのは御免だがそうも言ってられねぇ。なら、俺が今しなきゃならんのは色んな意味で強くなることだ。


「兄弟は面白れぇなぁ。すっかり毒気抜かれちまった」

「もちろん、僕は協力するよ。ルームメイトのよしみってやつさ」

「……まぁ、スレイがいいって言うならいいわ。でもあたしはあんたが馬鹿にされるのすっごいムカつくから、早くその実績ってやつを作って見せてよね」


 ドジャーに背中を叩かれ、ニアに暖かい言葉を貰い、フィーネに発破をかけられる。さっきまでの嫌なムードはどうにか払拭できたらしい。あぶねぇあぶねぇ。まがいなりにも訓練中だもんな。テンプレ的によそのグループと揉め事起こすと強敵との戦闘フラグになること結構あるからな。


 とりあえず俺たちのグループは奇襲から始めればかなり戦えそうな部類であることはわかったが、じゃあ強い魔物と戦えるか、と聞かれるとそれはまた別の話だ。徒党を組んだ魔物とやりあった時にどうなるかもわからない。検証は必要だ。生き抜くために。


 三者三様の言葉を頂戴した俺は一つこっくりとうなずいて、


「それでちょっと試したいことがあるんだが、この森林地帯の端っこってどの辺り?」


 そう切り出したのだった。










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