高火力ぼっちをさがせ!

 学園が管理する森林地帯。そこは稀代の天才、ヴァネッサ・ヘルムントが開発した対魔族結界により中級魔獣以上の魔力を持つ魔物が排除された比較的安全な森林であり、格好の訓練スポットである。この結界は前線でも活躍しているという国レベルでお墨付きのスゴイ結界だ。


 軍への入隊を目指す生徒はもちろん、街と街を行き来するための街道に度々現れる魔物の討伐を主な仕事とするハンターを目指す生徒も最初はこの森の下級魔獣を相手にセオリーを学び、日進月歩に強くなるのだ。


「それじゃあこれ、お願いします」

「はい。たしかに預かったよ。訓練が終わったら返しますからね」


 俺は人のよさそうな先生にイアレットの指輪を預けた。イアレットは学生寮に帰っても憂鬱そうな表情をしていたが学食でプリンを与えると幸せそうな顔で眠って送還されていった。ちょろい。


 ゼルヴィアス学園は中等部から実戦訓練のカリキュラムが組まれるが、それが始まる時期は2学期以降なのだそうだ。なので俺が参加するこの実戦訓練はちゃんと高等部1年生に混じっての参加となる。周囲には高等部の制服を着た学生や教官と思われるまばらな服装の大人たちが散見される。しっかし……。


「おい、あれ見ろよ。パイ揉みスレイだぜ? 決闘以降全然見なかったけど何してたの?」

「生徒会長の奴隷になった説が最有力だったけど、なんか昨日弟がクラスメイトになったって言ってたわ」

「え、お前の弟って初等部だったよな? ってことは初等部からやり直してんの!?」

「らしいぜ。授業中に隣の女子(初等部生)とおしゃべりしてて先生によく叱られてるんだとよ」

「ぶふっ、ば、馬鹿、想像させるな。笑っちまうだろ」


 そんな声が俺の耳に届いた。俺をテンプレ難聴系主人公だと思って油断してやがるなぁ!?


 ああ、畜生! 予想通り居心地悪いわ! パイ揉みはタッチした時点までは事故なんですぅー! 俺だって好きで初等部生やってないんですぅー! あ、でも意外に子供と触れ合うの楽しいから騙されたと思って一緒に授業受けてみ? そして俺の話し相手になれ……! 俺は怨嗟のこもった視線を歓談あそばされていた生徒らに向ける。


「な、なんかすごい表情でこっち見てるな」

「お前、声デカすぎなんだよ。ほれ、向こう行こうぜ」


 ふん、雑魚が。この俺のメンタルを折ろうと思ったら中二病ノートの校内放送朗読くらいするんだな! 放送部の野村は絶対許さん。


 くっちゃべっていた生徒らを生暖かい目で見送っていると見慣れた二人が駆けてきた。フィーネとニアだ。


「おまたせスレイ」

「グループ決めの用紙貰ってきたよ」


 訓練はグループを組んで行われる。それは戦闘の効率化と同時に身を守る手段である。


 魔物は基本的に人間よりも強い。混ざり合った聖霊の力を行使する上に、獣被と魔力で強化された肉体は強靭で硬い。魔物との一対一以上の戦闘は基本的に避けるのが人間側のセオリーとされるほどだ。


 確かに強力な上級聖霊を連れていれば大勢の魔物を相手にしても戦えるかもしれないが、大技に隙はつきものだし、魔力が切れた瞬間に勝敗は決する。したがって何度戦闘があるかわからない実戦ではどれだけ効率よく魔力を節約しながら安全に敵を倒せるかが重要なのである。


 だからこそのグループ分けだ。例えば前衛が魔獣の攻撃を受け持つ。その間に中衛が槍なり弓なりの中距離武器で支援しつつ、その間に後衛が大威力の聖霊術を行使して魔獣を倒す。これが効率化すれば安全度は飛躍的に上がる。教科書によるとこういった戦法をマニュアル化して実戦に導入してからというもの、人類圏は魔物側に大敗したことがないというのだから戦法はお墨付きだ。


 というわけでこのグループ分けは俺が、ひいてはみんながケガをしないための大事なコトなのだが……。


「えっと、これが僕の使役する幻想の聖霊のアニ。僕と同じ顔でややこしいけど、女の子の格好してるのがアニね」

「ヤ、初めましテ。ニアの聖霊のアニだヨ」

「で、こっちが音の聖霊のパリパッキー。周囲の音量を上下させられるわ」

「ゲーコゲコッ」

「お、おう。よろしくな」


 ニアが紹介したとおり幻想の聖霊・アニはニアとうり二つの容貌をしている。しかも女装をしており、というか完全に女性服を着たニアである。いたずらが好きそうな笑み以外は完璧にニアである。


 フィーネが紹介した音の聖霊は鳴き声でお察しのとおりカエルだ。しかもシルクハットにタキシード、ステッキを持ったトゥーンな感じのカエルだ。ガウル以来のしゃべれないタイプの聖霊だが意思疎通はしっかりできるらしい。


 とりあえず昨日のうちに喫茶店で各々の聖霊が基本的にどのようなことができるかは全員で共有したうえで作戦も練ってきた。少なくとも俺たちのグループは相性がいい。まぁ問題点もあるんだが……。


「……にしてもニア君、女の子の格好似合いすぎじゃない?」

「アニが勝手にやってる格好だから! 僕はちゃんと男の子だよ!」

「ケケケ、ニアが女の格好したら嬢ちゃんよりも可愛いかもナ?」

「ちょ、ちょっとアニ! もう、いい加減にしてよ!」

「……アニの言ってることにはムカつくんだけど本当にあたしより可愛い気がするから複雑な気分だわ」


 ニアとアニの容姿が完全に双子のそれだからなぁ……ニアさんが女装も男装もイケるパーフェクトな美少女なのが悪い。


 それはそれとしてだ。


 精霊でボロを出している様子のニアと怪訝そうなフィーネを尻目に俺は考え込む。


「『来たれ、リッキー』」

「リッキー推参!」


 とりあえず俺はリッキーを呼び出した。昨日習った詠唱短縮も実践だ。言わずもがな俺のリッキー君は消臭の聖霊だ。うーん……。


「……うちのグループに必要なのは火力だな」


 火力不足。それが俺たちのグループが現状抱える最大の問題点だ。


 幻想、音、消臭。全部基本的にサポート要素の能力だ。前衛はフィーネがやれるって言ってたし、中衛は俺とニアでなんとか支援する感じになるかな? となると後衛からドカンと一発かませるような火力のある聖霊使いが欲しい。RPGで言えば魔法職不在の支援職メインのパーティだな。というわけで適した人材が欲しいのだが……。


「おう、いつもどおり組もうぜ」

「中等部から私たちメンバー変わんないよね」

「誰が何やれるかわかってるし、連携も取りやすいもんな」


 ゼルヴィアス学園はエスカレーター式の中央に近い貴族が通う坊ちゃん学校だが、高等部から兵士や自警団などの荒事系の職を目指す連中が特待生枠で迎え入れられるのが特徴だ。俺ことスレイやフィーネ、ニアはどうやら地方出身の貴族らしく、高等部からの入学となっている。それまでは家庭教師に勉強と戦闘のイロハを叩きこまれていたらしい。というわけで、俺の視線の先のグループの連中のようにメンバーがある程度決まっているところが多いみたいだ。


 ってことはなんだ? これから俺がする作業は高火力ぼっちを探す作業か? 高火力ぼっちのパワーワード感よ。


「というわけでフィーネ、ニア。高火力ぼっちを探そう」

「言いたいことはわかるけど呼び方なんとかしなさいよ」

「あ、そうだ。僕、心当たりあるよ」


 そう言うとニアはいずこかへ駆けていき、程なくして一人の男子生徒を連れて帰ってきた。見覚えのある赤みがかった黒髪の男子生徒はニアの隣で不敵な笑みを浮かべている。


「紹介はいらないよね?」

「ドジャー! お前、高火力ぼっちだったのか!?」

「ご挨拶だな兄弟!?」

「あ、入学式に遅れてきた人じゃない」

「ご挨拶だなアンタも!?」


 ニアが連れてきたのは入学式ので遅刻した生徒で、同じ寮生で、会長との決闘後にニアといっしょに食事をしたドジャー・バグナーその人だった。


☆☆☆


 平民出身、つまり特待生枠のドジャーは聖霊召喚の文言を唱えて改めて自己紹介する。


「俺はドジャー・バグナー。聖霊は火の中級精霊だ。格闘もできる人型の聖霊だから単純に前衛が二枚増えると思ってくれていいぜ」

「契約精霊のレッドだ。ドジャーに喧嘩の仕方も教えてる。夜露死苦ゥ!」


 ドジャーの火の聖霊・レッドは金髪のオールバックにスーツ服の、なんか任侠を売りにしてそうな感じの容姿をしたやつだった。拳にはバンテージが負けれていていかにも素手で魔物を倒しますって感じで分かりやすい。ドジャーの拳にも同じようなバンテージが巻かれているがレッドと違い、鋲があしらわれている。あれで殴られたら痛いだろうなぁ。


 レッドの能力は火の聖霊と銘打つだけあって火の生成とその操作の能力だ。出力こそ会長のガウルに劣るものの当人らの見た目に反して繊細な操作性を誇るのだとか。火力も中級精霊の枠内にしてはかなり高い部類の優秀な聖霊らしい。となるとレッドを後衛に据えるのが最適解か。


 それにしてもドジャーの髪の色で何となく察していたがこいつの聖霊も炎熱系かよ。祐司の言ってた5人の炎使いってお前か。お前も爆熱戦隊モエルンジャーの一員なのか。リーダーは会長な。俺はブルーポジで。


 冗談はさておき、ドジャーとレッドが来てくれたのはありがたい。レッドの性能は申し分ないし、俺たち全員と面識があってついでに俺のことを奇異の目で見ない。(重要)


 俺の個人的な感想としてはとりあえずこれで最低限のメンバーはそろったと思う。欲を言えばもう一人ぐらい火力に貢献してくれる人がいれば万々歳だが。……そもそも俺の存在が一番のお荷物なんだよなぁ。


 昨日のすり合わせで発覚したのだがフィーネもニアも聖霊は支援系でありながら当人たちのバトルスタイルは近接型だったのだ。フィーネは剣術と格闘術、ニアはダガーによる短剣術と投擲術をそれぞれみっちり仕上げているそうな。


 俺? ……鈴木康太郎の魂が入る前は国で最も剣の技巧が高い『剣聖』の資格を持っている男に「次期剣聖」として称えられる程度の剣術が仕えたらしい。今? どうやったら刃を立てて振れるのかすらわからないんだよなぁ、これが。握り方すらわからん。バット持つ感じか? それともテニス持ちか?


「このテの憑依モノなら宿主のスキルは一通り使えるもんじゃねぇかなぁ……普通」

「なんか言った? スレイ」

「いや? フィーネは今日もかわいいなって言っただけ」

「かかかかかかっわわ、何言い出すの急に!」


 からかうと楽しいフィーネでいつものように癒やされようとしたが今日はまだちょっとブルーな気分だ。おかしいな? 異世界物での魔物との初戦闘ってもうちょっとワクワクするもんだと思ったけどなぁ。命を奪う忌避感が勝ってる感じだ。日本人的、なんだろうか。


 まぁ、幸い俺の仕事は消臭と指示出しという本当に必要なのかかなり微妙なラインのポジションだ。運が良ければ魔物と接触することもないかもしれない。一応丸腰はやばい、ってんで腰のベルトに剣を差してはいるが……出番がないと助かるな。


「はい、それではすべてのループが決まったようなので高等部第一回実戦訓練を開始したいと思います」


 これから嫌でも始まる戦闘訓練に貧乏ゆすりをしていた俺の耳に名前も知らない教官の声が届いた。憂鬱だぜ……。








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