熱の聖霊

 消臭の聖霊・リッキーと契約した放課後、寮から学園までの間のにあるカフェテラスにネーシャ、フィーネ、ニアのテンプレヒロインズと俺といういつもの面々で集まっていた。学生寮は男女分断されているのでこうして外で集まっているというわけだ。


「というわけで彼が俺の新しいパートナーのリッキー君です」

「特技はにおい消しです!」

「「「かわいい!」」」


 そうだろう、そうだろう。俺もスカンクは臭いってイメージしかなかったけど実際こうしてじっくり見るととても愛嬌のある外見なのだ。しかもほどほどにモフモフである。主人公の相棒的小動物にふさわしくもある。


 まぁ、本筋のルートでスレイの相棒になった可能性は低いと思うが。スレイ本人には消臭効果は必要ないしなぁ。そういう意味でもリッキーは掘り出し物かもしれない。


 ちなみにリッキー君の聖霊石はヴァネッサがペンダントに加工してくれたので俺の首に下げている。これに魔力を注ぐことでリッキーを召喚せずとも俺自身を消臭してくれるという寸法だ。消臭の範囲を広げる場合はリッキーを召喚しないとダメだが。そんな機会あるかね?


 あと、リッキーを召喚している状態で俺の魔力が底をつきそうになったら、魔人化を防ぐ防衛機構が働いてリッキーを強制送還させる機能もついている。……そんな機会あるかね?


「においが消えてほんとに良かったわね。ほら、あそこで働いてるウエイトレスとか聖霊よ? リッキー君がいなきゃこの喫茶店は大惨事だわ」


 フィーネの視線の先を見るとどう見てもただのウェイトレスのお姉さんである。もちろん美少女だ。


 精霊は契約者のイメージと精霊の性質が混ざり合ってそれに応じた形態をとるタイプと本来の姿形でいるタイプがいるらしい。俺のリッキーや会長のガウル君は前者でリコラやこのウェイトレスさんが後者のタイプになるようだ。


 ついでに説明しておくとこの世界における『聖霊』の立ち位置は『良き隣人』である。この世界のあらゆる概念が渦巻く『隣の世界』から古の時代の聖霊術師が召喚したのが始まりで、それ以来精霊と人間はこの世界で共に暮らしている。召喚方法は失われて久しいらしいが……ひょっとして俺のこの状況も関りがあったりなかったりするんだろうか。


 余談だがリッキーのように動物の姿で人語をしゃべる聖霊もいれば人型でも全然しゃべれない聖霊もいる。会話ができる精霊は長い期間こちらの世界にいる証拠と言えるのだ。


 ふふん、どうよこの知識量。もうすでにアニメ一話分の知識のその先に俺はシフトしているのだ。俺もずっと美少女と戯れていたわけではない……。なにせ小学生からやり直して必死に生きてるからな! 聖霊が働いてるとか初耳だけど。


「マジかよ、普通に精霊って働いてんだな。……どうやって見分けてんの?」

「店主や店員の精霊はいっしょに働いてること多いみたいだよ。僕の地元でもよく見たし」

「精霊かどうかは魔力の流れを見たらわかるわよね」


 あーはいはい魔力ね。これも勉強中だ。魔力を見る、ってのは今のところ全然手応えない。だが体内の魔力を操るってのは少しだが今の俺にもできる。というかこれがダメだとリッキー呼び出せないし。


 コツとしては腹のあたりに力を込めて、気合入れて気張るとなんか魔力がいい感じに流れる。大便みたいだと思ったやつ、廊下に立っていなさい。


「なんにせよ明日の実戦訓練はなんとかなりそうでよかったじゃない」

「リッキー君がいればイアレットちゃんと戦えるわけだしね!」

「「イアレットちゃんって誰?」」


 運ばれてきたカップに俺とニアは口をつけながら言うとフィーネとネーシャがギョッとした目でこっちを見てきた。俺とニアはきょとんとしている。


「ああ、そうかそれも記憶喪失なのね。不憫だわ……イアレット」

「イアレットちゃんは弟君が五歳の時に契約した熱の聖霊のことだよ。いつもいっしょで家族同然の聖霊だよ」

「ああ、スレイの契約精霊だっけ。摂理破壊の聖霊が有名だけど熱の聖霊使いとしてもスレイは結構有名だったって聞いたことある」

「ああ、熱の聖霊か! そうか、そんな名前だったのか」


 そう言えば俺の悪臭で気絶したまま放置してたな。大丈夫かな? 任天堂の黄色いネズミ的なアレで言えばセンターに行かずにボールの中に放置したような状態だけど。なつき度とか大丈夫? 一部の技の威力変化してない?


「もう臭いの問題はクリアしたんだし呼び出してあげたら?」

「そうだよねぇ。弟君の今日までの経緯を説明してあげないと納得いかないと思うし」

「だよなぁ。これまで付き従っていた相棒が急に耐えられないほど臭くなって、気絶させられてそのまま今日まで放置されてんだもんな……俺、これ許されるの?」

「ふ、不可抗力だし……ね。ほ、ほら僕も一緒に説明してあげるから」

「頼むぜその辺……『来たれ、我が同胞。呼び出しに応えよ』」


 ニアの涙ぐましいフォローとフィーネとネーシャからの同調圧力を受けながら俺はいつものこっ恥ずかしい文言を唱える。まぁさっきもリッキーを出すときに唱えたけど。


「スレイ、『来たれ』の後は聖霊の名前を呼べば召喚できるわよ」

「あ、そうなん?」


 アニメ一話分の知識の限界を改めて思い知っていると右手の中指にハマった指輪が輝き、長く腰にまで伸びた白銀の髪が特徴的な、淑やかさを感じさせる幼い顔立ちと背丈、白いワンピースを着ている儚げな雰囲気の少女が、鼻と口を押えるようにして顕現した。


 ……精一杯の対策だったんやろなぁ。不憫でならねぇ。


「……えっ!? 臭わないのです!?」


 洗剤のCMかな?


☆☆☆


「というわけなのイアレットちゃん」

「スレイも悪気があったわけじゃないのよ」


 俺を警戒してリッキーを抱きしめながら店の隅の方まで距離を取っていた熱の聖霊・イアレットにネーシャとフィーネが今日までの経緯を説明し終えたらしい。消臭の聖霊だと知った途端にリッキーはあのように拉致されてしまった。よっぽどトラウマなんやろなぁ……俺の臭い。


 最初はじたばたして何か言っていたリッキーも今は大人しく、ぐったりとされるがままになっている。俺はニアと一緒にレモンティーをすすりながらその光景を黙視していた。


「な、な、な、なんてこったなのです。スレイ様の臭いが気絶するほど臭いものになったのは身をもって体験したですがまさか記憶まで失っているなんて、嘘、なのです……」


 一通りの説明をうけた熱の精霊はその場にくずおれて二の句が継げないようだ。まぁ俺も近しい人間、例えば祐司がいきなり記憶喪失になったりしたら多分こんな感じになるだろうしな。仕方ない。


 しばらくするとイアレットは立ち上がり、こちらにツカツカと歩いて詰めよってきた。表情は……涙目である。あ、知ってる。これ面倒くさいやつだ。


「じゃ、じゃあ5年前の契約記念日にプレゼントしてくれたこの花の髪飾りのことは!? 最初に出会ったときに大きくなったらお嫁さんにしてくれるって約束はどうなったですか!?」

「あ、ごめん。全然全部覚えてないわ」

「うなあああ!」


 だって君のことはアニメ一話分の知識しかないもんよ。ほとんどセリフなかったからどんなキャラかも知らなかったし。というかスレイさんってばやっぱり精霊にもきっちりフラグ立ててたんですね。容赦ないわー。主人公特有のヒロインキラーな属性怖いわー。


 綺麗な白銀の髪をもしゃもしゃかきむしって唸る熱の精霊はとても哀れに見えた。あ、件の花の髪飾り落ちた。髪飾りのサイズは親指サイズで小さく、彼女の髪色に似たような色をしていたので一目見ただけでは気づきそうにないものだった。


「なぁニア、精霊と人って結婚できるの?」

「法的には問題ないよ。いろいろ問題があるみたいだから結婚するならそれなりの覚悟がいるって聞いたことがあるけど」

「……興味本位で聞くけど問題って何?」

「まず、精霊が顕現するには契約者の魔力が必要になるのは知ってるよね。だから魔力が続く限りでしかお互いに触れあえない。そして精霊は精霊石にいる間、つまり顕現していない間に外の様子が知れない。だから浮気とか心配して気分がささくれる。そして精霊と人間の間に子供ができない。ざっと挙げるとこんな感じかなぁ」

「大体予想の範疇だけど、どうなのソレ」

「精霊教っていう大きな宗教が推奨してるからねぇ。国がそれに反対しちゃうといらない争いに発展しちゃうから法改正とかはないと思うよ。推奨とはいえ強制じゃないから国も静観の構えなんじゃないかな」


 数百年にわたって魔獣が人類圏を脅かしているってのに、人口が減るかもしれない方策をとるポーズをせざるを得ないほどその精霊教とやらは大きな組織なのか。……関わらないようにしよう。テンプレラノベものの宗教系は大体ダメだからな。いい関係結べるのは極稀。


「しかし、なんだってそんな悪く言えば非生産的なことをその精霊教とやらは推すんだ? 人類の総人口が減るのはあんまりよくないと思うんだけど」

「なんでも神子の誕生が彼らにとって悲願らしいよ。その、精霊と人とで子作りに似たようなことはできるらしいんだけど、今まで子が産まれたことがないから。だからもし生まれたらそれは神子として奉られるんだそうだよ」

「なるほどなぁ。やっぱり宗教ってあんまり理解できないわ」


 何の気なしにそんな感想をぽつりと漏らした俺にニアが神妙な顔をして俺を見る。


「スレイ、僕は精霊教徒じゃないからいいけど一応国教だからね? 年々信者は減ってるらしいけど万が一信徒にそんな発言を聞かれたら追い回されちゃうかもしれないから気をつけてね?」

「宗教やっぱ怖ぇ!」


 ほら、もう絶対その宗教ヤバいフラグじゃんよ。絶対原作のスレイは精霊教にいらんことされて四苦八苦してるよ。ましてや今の俺なんて消臭の精霊のリッキーの加護が切れたら精霊を害する臭いを散布するちょっとしたバイオ兵器だぜ? 絶対粛清対象だよ。


「……とりあえず、現状は理解したのです。もう完全に前のスレイ様とは別人みたいですが契約は契約なのです。こき使うがいいですよ」


 席について頬杖を突きながらため息をついてイアレットはそう言った。不機嫌さを隠そうともしないねぇ……。こんなんでやっていけるんだろうか。


「あー……早速なんだけど明日は実戦訓練ってのがあってだな? できたら力を貸してほしいなぁ、なんて」

「いいですよ。指示には従うです。契約なのですから」


 すっごいドライな対応……。これ後で絶対支障出るやつじゃん? なんとか機嫌を取れないもんかね。


「もう、イアレットちゃん。一番今の状況に困惑してるのは弟君なんだよ? そんな時にイアレットちゃんが支えてあげなくてどうするの?」

「むぅ、ネーシャ様は今のスレイ様をどう思ってるですか?」

「弟君はたとえどうなっても弟君だよ。弟君が今までのことを忘れていようがあたしがお姉ちゃんであることに変わりはないからね!」

「ねーちゃん……!」


 そう言うとネーシャは俺にハグする。なんという姉力! イアレットのフォローと同時に俺の好感度を稼ぐだと!?


 やるじゃん……! 俺も負けずにネーシャを強く抱きしめる。 愛情には愛情で返さないとな!


「ぁん! 弟君いつもより強い……」

「あ、悪い。痛かった?」

「んーん。ちょっとドキッとした」

「マジ? ごめんな、ねーちゃんの魅力に当てられてつい張り切っちまった」

「もう、弟君ったら」


 俺とネーシャは人目もはばからずさらにひしっと抱き合った。間違いない。中毒性がある……!


「か、完全に別物ではないですか!? いつものスレイ様なら顔を真っ赤にさせて慌てて飛びのいてその辺のウェイトレスに引っ掛かった拍子にのしかかるところなのです! なに当然のように余裕を見せながらイチャついてるですか!?」

「しまった、店員さんとフラグ立てるルートがあったか……。今後は周囲に女性がいるときは大げさに照れ隠しを装いながら倒れ込んでみるわ」

「誰!? ほんとにこの人は誰なのです!?」


 面白いくらいラノベの主人公を踏襲した予想解説をしたイアレットが知らない間に豹変した俺ことスレイを指さしてわめき始める。


「今のスレイはこんななのよ。諦めて現実を受け入れて、イアレット」

「フィーネ様まで諦めてるですか!?」

「いつか戻るかもしれないし、それに今のスレイもダメってわけじゃないし。……むしろ今までより手助けが必要になるだろうから好感度アップのチャンスだと最近は思ってるわ」

「だ、打算……! 私もこのくらい強かにならないとダメなのですか……?」


 途中から小声の会話になったがテーブル一つ分の距離だ。聞こえてる。本人のいないところでそういう話はしろよな……。それともスレイならこういう時に難聴スキルを起動するのだろうか。


「わ、わかったのです! 私も全力で頑張るので、スレイ様。明日の実戦訓練は期待するといいのですよ!」

「おお、やる気だなイアレット! よしよし、明日は俺とお前の力をみんなに見せつけてやるとしようぜ!」

「当然なのです! 私の実力に恐れおののくがいいのですよ!」


 ネーシャのフォローとフィーネの発破が聞いたのか急にイアレットは胸を張って気合を入れている。俺としてはやる気なのはありがたい。なにせ俺は武器も使えないし、リッキーでは攻撃はできないという軍学校に何しに来たの状態なのだ。


 アニメ一話の活躍を見るに会長の炎の上級精霊・ガウルと互角に渡り合えるほどの聖霊だ。火力は期待していいはず! おお、ということはとうとう俺の輝かしい異世界デビューの時が近いというわけか!


 俺の現在の魔力量はスレイの魂に上乗せされた影響か滅茶苦茶多いらしいからな。魔力の操作方法とかは今後要勉強だが大量の魔力量に任せた大火力攻撃とか可能かもしれない……! おいおい、これはここにきて異世界転移無双できるやつなんじゃねぇの!?


「あ、イアレットさん、えっと、気合入れてるところに水を差すようなんだけど……イアレットさんは上位聖霊だよね?」


 精霊には階級が存在し、それぞれ下級、中級、上級に分けられている。それぞれ聖霊が起こす超常現象の強さ、出力、知性によって階級が決められており、階級が高ければ高いほど高威力・高出力の代わりに高燃費になり操作難易度も上がると教科書には書かれていた。


 イアレットが上級精霊だというのは初耳だが嬉しい誤算だな。俺は魔力の扱いはまだまだ実戦レベルに及ばないが、魔力量だけはある。つまり俺は上位精霊と相性がいい。期待できますよこれは!


 しかしそんな俺のウキウキな考えとは裏腹にニアの表情は微妙な感じだ。気の毒そうに俺とイアレットを見つめている。


「そうですよ?」

「あっ」


 ニアの質問にイアレットが肯定するとフィーネが何かを思い出したように声を上げた。


「……そういえば明日からのしばらくの訓練は上位聖霊は使用禁止だったわね」

「う、うん。下級魔獣との戦闘メインだから上位聖霊だと火力過多でケガの元になる、とか訓練にならない、とかで聖霊石は一時的に教官らに預けることになってるよね」

「「……へ?」」


 俺とイアレットが同時にマヌケな声を上げる。……やりやがったな!? 作者ぁ!!!


 これ絶対イアレットと摂理破壊の聖霊のスペック高すぎで話が面白くならないから主人公の身体能力だけで戦わせやがる構成だな!? テンプレだから手に取るように作者の思考が読み取れるぜ! 俺TUEEE主人公はすぐ飽きられるからな。適度な苦戦は大事だ。


 大事だけど……! くそ、そういうのは俺に関係のないところでやれよ! 序盤なんだからもっと無双していいのよ!? 自分の作品の世界に転移してくる誰かが発生することを配慮して欲しいもんだぜまったく! 無理か! 予想すらしねぇよな! ちくしょう!


「ま、まぁなんとかなるわよ。ほら、スレイにはあたしがついてるし」

「僕も頑張るから、ね? そんな気を落とさないで」

「私は医療班に参加することになってるけど訓練自体には参加できないんだよねぇ。弟君、ファイトだよっ!」


 ま、まぁいい。決闘だってなんとかなったんだ。やってやれないことはないだろ……。俺は励ましをありがたく受けながらカップのレモンティーを飲み干した。


 そして翌日。とうとう俺の魔獣戦デビューの日がやってきた。

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