唐突に訓練が実戦に変わるとかいうテンプレ
フィーネに魔力強化を教わってから何日か経った。放課後は訓練、というよりは修行の日々が続き、俺はどうにか魔力強化によって身体能力を一時的に強化する術を得た。こんな感じに述べるとどうにもインスタントヒーロ気味に見えるかもしれんが、インスタントヒーローの修行って描写できないくらい濃密で厳しい訓練なくせに絵面が地味っていう理由で省略されていることが多いもんだ。
何が言いたいかというと、フィーネの合格ラインまでの魔力強化の修行がなんか、すごかった……。とりあえず一抱えくらいの石を両足で挟んだ状態で一秒間に八回呼吸しながら逆立ちして歩き回れる程度には俺は成長していると言っておこう。……俺ってサーカスの修行してたんだっけ?
なお、これでもまだ「魔力効率が悪い」とか「操作が未熟」などと日々ダメ出しをされている。その分甘めの言動でいじり倒しているからおあいこということにしとこう。
まぁ、そんなこんなで本日も実践訓練が始まりました。もう三回目である。今日までに二回目の実戦訓練があり、俺は魔獣が死んだ程度では胃の辺りがキュッとなるくらいに抑えられる程度のメンタルを獲得した。あと狩ったあとの魔獣の肉が妙に美味しい。こちらの世界では常食されているんだそうな。……療食に獲物を持っていったら料理してくれるついでに解体体験もさせられたがな……。おかげで俺のグロ耐性はかなり高くなった自信がある。俺も大分この世界に順応してきたもんだぜ……。
「なぁ、ベルフォードなんかとつるんでないで俺らとグループ組もうぜ?」
そんなことを考えていると聞き捨てならないセリフが俺の耳に入ってきた。目を向けると以前も俺のことを噂していた男子グループがニアとドジャーに勧誘をしているようだった。フィーネは教官のもとへ行っていて今はいない。
「前は凄かったらしいけど今はあんなじゃん? ほれ、ちょっと前とかイノシシの下級魔獣に撥ね飛ばされてたし」
「ウケるよな」
ああ、あれなぁ。魔力強化習うのもうちょい遅かったら危なかったなぁ。いや、日本の基準的に考えてイノシシの突進喰らうとか普通に重症だからね? あの出来事は俺にとってダサかったっていうよりは危なかったって印象が強い。いや動物は基本あぶねぇよマジで。
実際あの時の魔力強化はお粗末もいいところで、打ちどころが悪かったらやばかったらしい。ケガはすぐにネーシャが聖霊術で治してくれたので後遺症もなく俺はピンピンしてるが。
それはそれとしてニアとドジャーを引き抜かれるのはマズい。連携も初回から比べてさらに良くなってきてるし、何よりも俺はあいつらしか友達がいない。(重要) あ、同級生って意味ね。初等部のキッズたちはみんな友達。いや、そうじゃなくて阻止しなきゃ。えーっと、こういう時他の主人公はどうしてたっけか……。
「悪いけど、僕はスレイと組むよ。友達だし、ほっとけないし。それに、スレイはああ見えて結構すごい人だと思うよ? 僕がもしスレイと同じ時期に記憶喪失になってたら、今頃はまだ心の整理もつかずに膝を抱えてると思うし」
「俺もパス。まぁ確かに兄弟は前評判が嘘みたいに弱いしダサいかもな。でもあの生徒会長とのタイマンを受ける度胸もあるし努力もしてる。何よりつるんでると面白いのよ」
……どうやら頭を捻る必要はなかったらしい。なんだかんだこの数日は俺が初等部に行っている間以外はほとんど一緒にいたメンバーだ。それなりの関係は築けているとは思ってたけど、こうしてそれを実感するとちょっと照れるな。フォローしてくれるの普通に嬉しいんだが。
「ああ、あともう一個お前らとつるめない理由あるわ」
言うが早いか、ドジャーが勧誘してきた男子生徒の胸倉を掴んで吊り上げた。
「……努力してる人間を笑うんじゃねぇ」
「わ、悪かった」
そうしてドジャーが手を離すと男子生徒たちは逃げるように去って行った。えっちょっと男前すぎません? 主人公はドジャーなんじゃないの? 少なくとも今の俺よりは主人公してる……。
「おまたせ、スレイ……ってどうしたのアンタ、機嫌よさそうじゃない」
後ろから話しかけてきたのはフィーネだった。いつもの手続きを終えて戻ってきたようだ。というかやっぱり傍目から見て喜んでるように見えちゃうか。俺は
「そう? フィーネがいつもより可愛いからかな?」
「いいいい、いきなり何なのよ! もう! ああ、もう、からかわれてるのわかってるのに! どもる!」
最近からかわれている自覚が出てきたらしいフィーネだが、わかっていてもイケメン主人公の甘いセリフは受け流せないらしい。スレイのこと大好きだなぁ、この幼馴染。できれば俺もさっさとスレイの身体を返して元の世界に帰りたいんだが、今のところ手掛かり一つないんだよなぁ。手段があればいいんだが。
「あ、フィーネちゃん。もう戻ってたんだね」
「よっしゃ、今日も気合入れていこうぜ兄弟!」
俺とフィーネの会話に気付いたニアとドジャーがこちらに寄ってきた。どうやらさっきのやり取りを俺が見てたことには気づいてないらしい。やれやれ、かっこいい連中だぜ。俺も負けてられないな。
「そんじゃ行きますか!」
俺が号令をかけると三人が「おー!」と続いてくれる。ほんといい連中だよなぁ。
☆☆☆
スレイたちゼルヴィアス学園高等部生らが戦闘の実戦訓練を行っている『森林地帯』はヴァネッサ・ヘルムントが考案した特殊な結界に守られており、中級魔獣レベルの魔力量以上の魔物は結界内に入ることができない。この結界は前線でも扱われているほど、有用なものである。
「へぇ? これが噂の結界ってわけだ。たしかに厄介かもね」
その結界の外に、一つの小柄な人影があった。ハンチング帽を被り、小鳥を肩に乗せた少年は興味深そうに結界を眺めている。なかなかのん気な絵面に見える。
その後ろにいる中級魔獣や上級魔獣の大群がいなければ。
「仕組みがわかれば僕にとっては意味がないのと一緒だけどね」
ケラケラと少年は笑う。愉しそうな少年とは裏腹に後ろの魔獣たちは興奮気味に低く唸る物がいた。
「わかってるよ。暴れたいんだよね? いいよ。さぁ、みんなお待ちかねの時間だ。ここまで暴れずに僕についてきてくれてありがとう。ここからは真っすぐさ。真っすぐ進んで、そこにいる人間たちを見つけたら暴れる。お楽しみだね」
「「「グロロロロロロロ!!」」」
興奮が最高潮になったのか声を上げるものが現れる。
「それじゃ、あとはお好きにどうぞ。まだるっこしい命令はなし。ただ真っすぐだ! 進め!」
少年がそう号令をかけると魔獣たちが『森林地帯』へと殺到する。すべてが中級以上の魔獣だ。ただ一匹として結界を通れる道理はない。この結界はその昔前線で魔物の大群を阻んだお墨付きもあるのだ。
当然のように能力を十全に発揮して魔獣たちを、阻まなかった。
「ま、知性ある魔人リーブラ様にかかればこんなもんだね」
少年、いや、魔人・リーブラはそう独り言ちるとニヤリと酷薄な笑みを浮かべた。
「真っすぐ、真っすぐ、だ」
結界に入り込んだ魔獣たちの進行方向はおおよそ一方向に真っすぐ、ゼルヴィアス学園へ真っすぐだった。
☆☆☆
同時刻、先日の国の議会で一割ほど軍縮された『前線』の防衛部隊は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。何故か中級以上の魔力を持つ魔獣を阻む結界を素通りして大多数の強力な魔物たちが一挙に押し寄せてきたからだ。
「ちくしょう、どうなってやがる!?」
「知るか! さっさと持ち場に着け!」
「こんな状況で普段の陣形が通用するのか!?」
「どうすんだマジで、決めるならさっさとしてくれ!」
一年で緩い防衛線に慣らされてしまった防衛部隊は対応が後手後手に回り、押し寄せる魔物たちに有効な手段をとることができないでいた。
「とにかく本部と王国に連絡だ! 他の部隊にも応援を要請するんだ!」
防衛部隊の長い一日が、始まる。
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