自称記憶喪失系主人公

 さて、どう説明したものか。一から説明すれば一応理解はしてもらえるかもしれないが、その場合の彼女らの心証を考えてみようか。


 俺の魂はこの世界に飛ばされて事故的にスレイに入り込んだ(と思われる)。しかし事故とはいえ、スレイの身体を、それまでのスレイの過去を奪う形になっている。今日が初対面の会長やエイジャはもしかしたら特にそれに感慨はないかもしれない。


 だがこの姉と幼なじみはどうだろうか? スレイを乗っ取っている俺をなんとかして排除すれば元々のスレイが戻ると考えて俺こと鈴木康太郎の魂を何らかの方法で排除する動きに出てくる可能性は全く否定できないわけだ。


 しかも確かに俺が出て行けばスレイ・ベルフォードの人格が戻る可能性だってある。


 そしてこの世界に俺の帰るべき肉体はない。よしんばこの身体から追い出してもらったとしても元の鈴木康太郎の身体に戻れると考えるのは楽観がすぎるというものだろう。


 ということは、だ。とりあえず今、この身体から鈴木康太郎(俺)が追い出されるのはマズイ。本来の宿主のスレイには悪いがこの身体には意地でも居座らさせてもらうしかない。


 では、どうすればいい? どう説明すればこの現状を維持した上でこの身体にしがみつくことができる?


 俺は一呼吸置いておもむろに切り出す。


「実は、校門をくぐった辺りから記憶がすごく曖昧だったんだ。ネーシャが姉で、フィーネが幼なじみということは覚えていても、いつからネーシャが姉で、いつからフィーネが幼なじみなのか思い出せない。自分のこともわからなかった。親の名前も、これまでの自分も、すっぽりと抜け落ちたかのように思い出せない」


 声は震えずに済んだ。後は運を天に任せるだけだ。


「ま、まさか、記憶喪失……ですの?」

「多分……そうだ」


 周囲から驚愕の気配を感じた。特にフィーネとネーシャから。


 どうやら俺の渾身のハッタリはバレずに済んだらしい。


 そう。これしかない。「記憶喪失設定」しか穏便に済ませる方法がない。これ以外にはちょっと俺には思いつかない。


「かなりの記憶が抜けてると思う。言葉を喋るとか、他人の言葉から状況を予想するとか、そういう基本的なことは覚えていてそれができても、魔物化とか、精霊の契約とかはわからない」

「そんな、ことって……」


 フィーネが膝から崩れる。ネーシャがそれを支えたがもうフィーネの膝は床についていた。罪悪感はあるが、こうでもしないと俺に安穏はない。俺は心を鬼にして記憶喪失のふりをすると決めたのだ!


「ですが決闘のことについてはどうですの? 規則も問題ないレベルで覚えてらっしゃいましたし、初対面のはずのダルムール決闘顧問のことも知識にあったみたいですし」


 おっと、会長がちょっと痛いところを突いてくる。アニメの知識と言っても通じまい。


「それは覚えていたんだ。覚えてることと覚えてないことがちぐはぐなんだ。ほとんど覚えていないけど、わかることはわかる。でもどこでその知識を知ったのかはわからない。……自分で言ってて混乱してくるな。とにかく俺はこれまでのほぼ全ての記憶を失っているみたいだが、所々はどうやら覚えているらしい。そんな感じだ」


 ……ということにしておけばとりあえず「異世界から来た魂がスレイの身体を乗っ取った」なんていう話よりは信憑性があるはずだ。さすがに俺みたいなケースは稀の中の稀だろう。


 稀、だよね? ひょっとして同じようなやつ、いたりしないだろうか。……今考えても仕方ないか。


「なるほど。やっと合点がいったよ弟君。ふふん。記憶がなくなってても私は弟君のお姉ちゃんだからね!」


 ネーシャはそう言って膨らみが乏しい胸に俺の頭を抱く。


 姉の慈愛レベルが聖母級な件について。やはり聖杯の精霊なんていう大層な精霊の使役者ともなればその人柄もそれにふさわしいものとなるんだろうか。ならボディも聖母並みにしてあげてください。聖母(貧乳)とか姉が不憫すぎて俺が泣いてしまいそうです。


「フィーネちゃんも、これまでの弟君とは違うかもしれないけどそんなことで私たちの関係がどうなるとかないでしょ?」

「ネーシャさん……」


 さらにネーシャは膝を屈したフィーネのフォローにまで回る。なんだこの姉。ネーシャ株は天井知らずなのか!?


「そ、そうね。いつかひょっこり思い出すかもしれないし。そのくらいで壊れるような絆は築いていないわ。……さっきスレイのこと魔人だと疑ってしまった自分が恥ずかしい」


 フィーネは立ち上がってそう言う。ネーシャにはベストアシスト賞をあげよう。


 しっかしスレイってば愛されてんな。少なくとも鈴木康太郎時代の俺なら、例えば祐司が記憶喪失になったら距離を置いたりはしないだろうが多分関係は変わってしまうと思う。


 記憶を失った本人を目の前にしては肉親と幼なじみとはいえこんなセリフはなかなか吐けないだろう。それともこれも異世界クオリティなんだろうか。主人公&イケメン補正なのだろうか。


 ちょっとばかしスレイが羨ましくなっちゃうな。


「……事情はわかりましたわ。それが私たちの知識にあったスレイ・ベルフォードと現実のスレイ・ベルフォードとの齟齬が原因でしたのね」


 人をアニメから飛び出てきた存在みたいな物言いをして会長が思案顔で頷く。実際は君らが二次元の住人なんだからね!でもそんな表情もいい。流石は動く美術品である。


「会長さん。納得できたなら弟君の拘束を解いてあげてくれませんか」


 ネーシャが俺の拘束を解くように促す。しかし会長は目を伏せて首を横に振る。


「それはまだ、ですわ」


 会長はまだ俺の拘束を解こうとはしなかった。


「そんな、どうして!? 精霊融合、魔物化は契約している全ての精霊と混じるものだからスレイの魔人化の疑いはすでに晴れているはずでしょう?」


 先ほど熱の精霊を召喚した件を証言してフィーネが助け船を出してくれる。しかし会長は表情を崩さない。


「では、その精霊を無力化する力はどう説明しますの?」

「その通り。会長がご指摘したようにこの男の周囲の精霊はことごとく行動不能に陥る。この危険な力に関して納得のいく説明をせん限りはこの男を開放するしないの話にはたどり着かないのだ」


 会長とエイジャがやはり怪訝そうな顔でこちらを見る。


 あー、それ聞いちゃうか。面と向かって自分の魂が臭いとかいう話をしなきゃならんのか。これ気づいてない周囲に「実はワキガでした」って告白するのとかわらんやつよ?


 顔から火が出る思いをするはめになるが背に腹は代えられない。摂理破壊の精霊が三行半を突きつけるレベルの臭いだということを羞恥、いや周知せねば今後の俺の安寧はないだろう。


「えーと、それはだな」


 俺は魂の匂いが急に臭くなった話を会長達に話し始めた。


 字面にすると何言ってるのかわかんないな!


☆☆☆


「魂の匂いが、変わっただと?」

「事例は少ないながらも確認されていますが、まさか入学実技試験主席の生徒が入学初日にそんなことになるだなんて。その上に記憶喪失だなんて。貴方の人生はなかなか数奇なものになりそうですわね」

「俺って導かれてるだろ?」

「弟君、今日の内に一生分の不幸被ってそう」

「スレイってばあたしらだけじゃなくて運命にもからかわれてるの…?」


 どうやら稀ではあるが確認された事象であるらしい。良かった。これが世界初、とかだったらさらにこじれてたところだ。


 しかしフィーネの俺に対する印象が酷い。全く悪気のないポカンとした表情なのがまた質が悪い。でも運命にからかわれてるって表現は導かれてる感があって好き。


「精霊が無力化されるレベルってどんだけ臭いんだお前の魂は」

「出奔した摂理破壊の精霊曰く、まるで熟成させたチーズと発酵させた魚を煮詰めてできた煮こごりをさらに腐らせた上にバニラエッセンスをふりかけて無理矢理匂いの体裁を保とうとした結果それがアクセントとなってもう臭いとしか言いようのない、その香りを嗅ぐならば一月放置した生ゴミを食った方がマシ。そんな臭いらしいぞ」

「想像も付かない臭いだと言うことはわかった。精霊達が不憫でならないぞ」

「わたくしのガウル、そんな臭いを嗅いでしまったんですの…? 丸洗いした方がよろしいのかしら」


 丸洗いっておま……。会長の何気ない一言、切れ味良すぎだろ。包丁で指をざっくりやっちまった様な心境だわ。やめろ……その口撃は俺に効く。


「私の倒れた精霊達も丸洗いです。会長もいっしょにお風呂ですね」

「え? ええ、そうですわね。じゃあいっしょに入りましょうか」


 火属性で猫科っぽい見た目のガウル君はいかにも水浴び云々は苦手そうなんですがその辺は大丈夫なんですか会長さん?


 あと、どさくさに紛れて会長とお風呂フラグ立てて会長には見えない角度でガッツポーズしてる馬鈴薯お化け。お前はやはりクレイジーでサイコなあれなのか。


 某雷巡二隻で百合百合なのか。尊いな。あたしそういうの嫌いじゃないから! ついでに俺もいっしょにお風呂入りたい。二輪の百合に添えられる一輪の薔薇でいたい。(意味不明)


 まぁ魂の臭い的な意味ではラフレシアみたいなあれだが。二輪の百合に添えるにはサイズオーバーが過ぎる。絵面も酷い。でもスレイはイケメンだから問題ない。ラフレシアの匂いがする薔薇ってやつだ。(意味不明)


「とにかくこれで俺の疑いは晴れましたかね。会長さん、拘束を解いてもらえます?」

「申し訳ありませんがまだですわ」

「なんでさ! 会長、そろそろ俺も限界よ? 鎖でぎちぎちに絞られているせいで胃の中の内容物をフルバーストしちゃうかもだよ? ゲロインならぬゲーローだよ? このイケメンの吐瀉シーンとか千年の恋も冷めちゃうよ? ひょっとして会長には需用あるの?」


 まぁ俺が主人公ヒーローポジなのかどうかは議論の余地ありだが。


「そんな需用はないですわ! も、もう少し我慢して頂けます? 私はここまでのやりとりで九分九厘、とまでは言いませんが信用できる、気がします。少なくとも発生したての魔人とはいえ、人族を前にして不意打ちの隙がいくらでもあったにもかかわらず、ここまで自我を保って会話できる時点で魔人であるかもしれないというのは眉唾な話です。あとは万が一の場合に備えて専門の教師に検査をして頂き、貴方が魔人でないことを証明して頂きたいのですわ」


 会長が俺の勢いに圧されるようにそう説明してくれる。


 なるほど納得できる話だ。なんなら精霊が「臭い」と証言しているとはいえそれが魂の匂いとかではなく魔人の特殊能力とかである可能性もあるわけだしな。


 全人類の敵、なんてのが側にいるかもしれない状況なのだしこのくらい慎重であってしかるべきなのかもしれない。となれば完全に潔白を証明するためにもその検査とやらを受けない選択肢はないだろう。


「そういうことならその検査、受けましょう」

「賢明ですわ。それでは今しばらくご不自由をおかけしますがお待ちくださいまし。エイジャ」

「はい。セレナ医務教官を呼んで参ります」


 会長の意図を察したエイジャが医務室から出て行く。そういやここ医務室なのに養護教諭いなかったな。


 しかしどうやらこの長い悶着ももうすぐ終わりそうだ。


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