魔人審問

「魔人化ですって!?」


 会長が驚愕の声を上げる。それは伝染してエイジャ、そしてネーシャまでも表情を変える。ちょ、何。何でそんないきなり剣呑な雰囲気になるの。


「確かに弟君の今日の様子はおかしいところもあったけど、急にそんなことってありえるの?」

「しかし私が入学以前に聞いていたスレイベルフォードと今目の前にいるコレとの大幅な見聞の食い違いを考えると魔人化しているという前提は納得できることもあるな」

「魔人化は精神を蝕んで人を変えるとおっしゃいます。『この』スレイ・ベルフォードはもしや……」


 ネーシャもエイジャも会長も、というか医務室内の全員が剣呑な空気をまとって俺を睨む。会長とエイジャに至ってはそれぞれの得物に手をかけている。


 というかなんだこの状況!? あれ? おかしい。俺の知らない事象のせいで変な疑いかけられてるっぽい!? すでにアニメ一話で得た知識は売り切れだ。彼女らの言う「魔人」が一体何なのか全くわからない。


「ま、待ってくれ! 何を言ってるんだ? 俺は何を疑われてるんだ? 魔人って何だ!?」


 またしても全員の表情は驚愕。そして困惑の入り交じった表情だった。


「貴様、そんな知識量でどうやって学園に入学したんだ。それは附属初等部の学生でもわかる質問だぞ」

「精霊術を行使する生物は、その身に精霊へと供給できる魔力量がないのに精霊を行使し続けると魂が壊れて大抵死にますわ。しかし、それでも生き残った場合は精霊と混じり合って自我の壊れた魔物になるのですわ。これを魔物化、あるいは精霊融合といいます。その現象は獣はもちろん、人にもお起こります。人がそうなった物が魔人。魔人や魔物は正常な周囲の人や動物を無差別に襲う理性なき災害生物。わたくしたち人類全ての敵ですわ。この学園に入学した生徒ならまず知らないわけがない知識ですわよ」


 どうやら小学校的な施設はあったらしい。そこでこの世界の基本を学べたりしちゃうんだろうか? 基礎が圧倒的に足りないからそっちに入りたいんですが。


 というか知らねーよ! 一話は会長との決着すらついてなかったよ! 知るわけねーだろ!


 すがるようにネーシャやフィーネを見るが成り行きを見守るつもりなのか静観の姿勢だ。援護射撃は無しですかそうですか。二人とも俺が魔人なのかどうか判別できないらしい。


 ということはあれか! 急に俺の人格が変わったのは俺が魔人化したって疑われて、しかもその魔人が人類の敵とかいうアレかよ! これはマズイ! このままだと悪堕ち主人公ルートまっしぐらだ。なんかいいわけ考えないと!


「会長、とりあえず厳重に捕縛しましょう。魔人化かどうかはまだわかりませんがここで対処せずに後悔するというのは愚策であると進言します」

「わかりました。エイジャ、とりあえず四肢の自由を奪って差し上げなさい。その後でわたくしが鎖で拘束して差し上げますわ」

「ちょ、ちょ、待った! 待ってくれ! 俺はあんたらの言う魔人じゃない、と思う!」


 俺は恐怖を感じてベッドから降り、下がれるだけ後ずさる。すぐに部屋の隅にたどり着いた。会長とエイジャがすぐに距離を詰めてくる。怖!


 ネーシャもフィーネもどうしたらいいのかわからないという表情でこちらを眺めているばかりだ。援護射撃は……、望めそうにないですか。そうですか。


「なんだその歯切れの悪い弁明は! それは自らが魔人であるという根拠があるからではないのか!」

「わからん!」

「わからんって何だ!」


 いやマジでわからん! だってこのスレイの中に俺がいるという状況はこいつらの言う魔人化してると言えなくもないんじゃないだろうか?


 実際このスレイの身体にはスレイの精神は感じられないし、俺が乗っ取ってると言ってもいい。スレイが魔人化した結果、壊れた自我役として俺の人格が呼び出されたとも考えられるのではないだろうか。


 少なくとも俺にそれを否定する材料はない。ないんだけど……。


「痛いのは嫌だ! おとなしく拘束されるから優しくしてくれ!」


 場合によっては自分の血を見そうな剣呑な雰囲気を感じて俺は精一杯の予防線を張る。会長の折檻をせっかく回避できたのにそれ以上の拷問とかふざけんな!


「魔人は信用ならん! 私は油断しないぞ!」


 だが、エイジャには人類の敵というゴキブリのような存在であることを疑われている俺の言葉には聞く耳を持っていないようだ。


「どうしろってんだ!?」

「おとなしく四肢を差し出せ。穴を開けたら会長がキツく縛ってくださる」

「痛いのは嫌だって言ってんだろうが! あとお前、やたら人の身体に穴を開けたがるな!?」

「問答無用だ。蜂の巣にしてやる!」


 これは詰んだのだろうか。あ、いやいや、待て、さっきの会長の言葉を思い出せ!


「いやちょっと待て、会長! あんたさっき精霊と混じり合って自我の壊れた魔物になるって言ってたな!?」

「ええ、そうですわ。貴方のように急に人が変わるらしいですわよ」

「だったら! 『きたれ。我が同胞。呼び出しに応えよ』!」


 小っ恥ずかしい文言を唱えると指輪の宝石から熱の精霊が現れた。


「うぇホゲェ!? ま、またこの臭いぃぃ……」


 出た途端に嘔吐いてぐったりする熱の精霊。またかわいい声でホゲェって言ってるよ。ということは状況的に察するにどうやら精霊石の中は臭いがカットされてるっぽい? いや、そんな考察は後だ!


「精霊と混じって魔人が生まれるなら、無事な精霊をこうして呼び出すことはできないはずだ!」


 祐司の情報どおりならスレイの精霊は二体。控え室での悲しい事件の前までは二体ともそろっていた。つまりスレイ・ベルフォードは魔人ではない!(論破)


「た、確かにそうですわね……」

「無事……? その精霊は無事なのか?」

「無事だ! 顔色は気にすんな!」


 ちょっと臭いに当てられてグロッキーだけど立派な精霊だ! 精霊を召喚できる。それこそが俺が魔人でないという証明! 逆転な法廷の神BGMが聞こえるぜ!


「でしたら急に人が変わるというのはどう説明をつけられるのです?」

「それには理由があってだな……」

「待てスレイ・ベルフォード、摂理破壊の精霊はどうした!」


 このクソポニテ! 今話題がシフトしそうになってただろうが! 空気読め! しかも話辛いことを……。


「あー……彼女は、俺との契約を切って逃げた。出奔ってやつだ。多分」


 エイジャが胡乱げな目つきでこちらを睨む。

 少し考えたがやはりこれ以外答えはない。だって、出て行っちゃったんだもの! 窓からぴゅーって! どう説明しろと! どう納得させろと!


「そんな言い訳が通るかぁぁ!! 精霊との契約がそんな簡単に切れるわけなかろうがぁぁぁぁ!!」


 デスヨネー。いやまごう事なき真実なんだけど。


 ついにエイジャは俺への猜疑心が有頂天に達したらしくおもむろに腰の細剣を抜く。滑らかで薄く青みがかった剣身をエイジャが手繰って閃かせる。その切っ先はもちろん俺に向けられている。素人目ながらそれは業物に見えた。


「来い! リディグ! へカリー! ジュスト! こいつの四肢を全力で突くぞ!!」


 エイジャがそう言うと彼女のイヤリング、ネックレス、指輪からそれぞれ光のラインが伸びてその延長線に可憐で凜とした精霊達が顕現する。


 こいつ精霊3体も持ってるじゃねーか! 話が違うぞ祐司! あれか、原作3巻までに描写されてない情報なのか!?


 てかこいつのかませ臭が凄すぎて嘗めてたけどこいつ強そう!? あれ、そういえば会長のとりまきは二人だって聞いたけどエイジャ一人だな。いや、今はそんな場合じゃなくて!


 エイジャの抜き身の細剣の柄にはめられた宝石に顕現した精霊達が入っていく!


 ……というところで3体の精霊は急に顔を覆ってどたばたとのたうつ。


「にゃあああ!? 何この臭いぃぃぃぃ!」

「何コレ! 何なの!? 目にしみて痛いレベルなんですけど!?」

「いやだー! オエエ…もう精霊石に帰る! かえりゅうううう!!」


 のたうつばかりか涙まで見せ始める哀れ精霊三人組。


「何ィ!? これは会長の決闘の時と似たような現象!? 貴様! 本当に何者だ!? 何をした!?」

「一旦落ち着け! 説明するから! 全部説明するからとりあえず全員落ち着いてくれ!」

「……わかりましたわ」


 幾ばくか冷静さを取り戻したらしい会長がそう言う。あっぶねー…。この体質、いや魂質じゃなかったら四肢に穴が開くところだったぜ……。


 ……いやいや、大元の原因は魂が臭いことじゃねーか! この臭いがなければそもそも摂理破壊の聖霊は逃げてねーよ。あぶねぇ、騙されるところだったわ。(自己完結)


「会長!? しかし……!」

「どうやら彼には精霊を封じる『何か』があるみたいですが、思えば決闘のときもわたくしの躱せて当然の直線的な攻撃を顔面にもらって倒されるような練度なのです。……前情報から察するに期待外れもいいところでしたが。ちょっと大げさに騒ぎすぎたのかもしれませんわ」


 会長はさらっと酷いセリフを間に挟みながら鎖の鞭を繰って俺の身体を縛る。ギチギチに。あれっ。


「ぐええええ何でええええええ!?」

「その状態でなら、話を聞きますわ」

「ち、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから緩めてもらえませんかね!?」


 こうしてどうにか俺がキツめに会長に拘束されることでどうにか弁明の機会を得ることができたのだった。この展開は予想出来なかったわ……。


 倒れ伏して精霊石に送還されていく4体の精霊だけが報われていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る