フィーネの当惑
会長曰く、精霊を出して武器を構えている相手に対して精霊も武器も使わず穏便に降参を勧めるという俺の徹底的に女性を傷つけないスタンスが会場で、主に女生徒に大ウケしてしまい折檻免除の嘆願書が提出されたんだとか。
……乳揉んだんだから鞭打ちはともかく思うさま平手が打ち付けられるくらいは女性側には許されると思うんだが、ひょっとしてこれが主人公&イケメン補正なのだろうか。マジで導かれてんな俺。
しかし会長の鎖を顔面セーフ(意識はアウト)した影響で骨格変わってたりしないだろうか。武器の少ない今の俺には顔面偏差値は貴重な戦力の一つなんだが。後で鏡で確認しよう。
「というわけで若干不本意ですが決闘自体を取り下げという形でダルムール決闘顧問が収めてしまいましたわ」
「なるほどね。で、会長はそれを伝えるためだけにいらっしゃったんですかね?」
そう俺が問うと会長は制服の胸ポケットから手袋を取り出した。
「いいえ。もう一つ貴方に用事がありますの」
それは黒い手袋、男子用手袋だった。それも片方だけ。あれはもしかしなくても俺の手袋だろうか。
「決闘自体がなくなってしまったのでお互いに手袋が片方だけでは不都合が出るとの決闘顧問のご指摘がございましたの。これは貴方の手袋です」
会長は俺の手袋をベッドの備え付けのサイドテーブルに置くとついでとばかりに俺に向けて手を向けて差し出してきた。うん、これはあれだな! 多分違うだろうがせっかくなので俺は会長の手に手を重ねた。
やわこい。けど時々固い感触。まぁあんなゴツい鞭振り回すんだからマメの一つや二つは当たり前か。
「ち、ちょっとスレイ・ベルフォード? この手はなんですの?」
「え? いや、わんころよろしくお手でも要求されているのかと」
「どうしてそんな反応になるんですの!? あなたわたくしをどんな人間だと思ってますの!? 手袋ですわよ! わたくしの手袋を返してくださいまし!」
まぁ話の流れ的にそうだわな。会長から頂いた手袋もまた俺の胸ポケットに入っていた。会長は俺の胸ポケットから顔を出しているそれを指さして催促している。
「やだ! この手袋は渡さん!」
しかし俺はそれを第二の心臓のように大事に抱えて会長を牽制する。
「やだって、貴方わたくしの話聞いてませんでしたの!? 決闘顧問が手袋を両方揃えておくようにとおっしゃってますのよ!?」
「やだっていってるだろ! これはもう俺の手袋だ! 両手にはめなきゃいけないなら俺はこの会長から貰った方の手袋をはめるぞ!」
「女生徒の手袋はピンクではありませんか! 誇り高きゼルヴィアス学園の男子生徒たるもの、そのような女々しい装いをしては正気を疑われますわよ!」
会長が威圧してくるが負けずに俺は胸を張る。だが、その程度の威圧で俺の、俺の手袋を奪えると思うなよ!
「じゃあその手袋を着ける会長は女々しいのかよ? ひっぱたかれたらすぐ泣いて、何かあったらすぐに親か教師に泣きつく女々しい女なのか? 膝を折って這いつくばってでも自らの矜持を持って誇り高く戦い抜くんじゃなかったのか? 例え自分の吐瀉物に倒れ伏したとしても必ず一矢報いるんじゃなかったのか? あがき抜くんじゃなかったのか? 決闘でのあの口上は全部嘘か!?」
「そんなわけありませんわ! ピンクの手袋を着けていようとそれは人の内面をあらわすものではありませんことよ! だからわたくしは女々しくないですわ! 誇りを持って、ゼルヴィアス学園の女生徒として胸を張っているのですわ!」
「じゃあ俺が着けても問題ないですな!」
「そうですわね! わたくしが間違って、うん…?」
こいつチョロいわ。会長ってばすぐに誰かにコロっとだまされそうでちょっと心配になるレベルだぞこれ。入学式の時の凜々しい会長はどうなっちゃったの?
無事に会長を納得させたので俺はかわいらしいピンクの手袋を左手にはめる。会長もそれに倣うように俺の黒手袋をはめた。会長は思案顔してるって? 納得顔じゃないって? 気のせい気のせい。
「貴様! さっきから聞いていれば! 要するに会長の手袋が欲しいだけではないか!」
「最初っからそう言ってるだろうが! この脳みそジャガイモ女! メークイーン!つるつるかちかち! 脳みそ皺なし! スキンケア!」
手袋ほしさに嫉妬してきた風に見えるエイジャに俺はここぞとばかりに罵声を浴びせる。エイジャはみるみる顔を赤くして般若の形相で俺を睨む。鬼ポテトである。
「ぶっ殺す! 私に向かってそんなセリフを吐いたのはお前で二人目だ! 許さん!」
まじか。俺以外に一人いるのか。そいつとはいい友達になれそうだ。
「やっぱり変だよ!」
エイジャが腰の剣に手をかけたところでフィーネが声をあげる。
「変! 変よ! 絶対変! 今日のスレイはおかしい! 全っ然いつもと性格違う!」
油断して会長と戯れていたらフィーネに核心を突かれた。
「おかしいよ。いつものスレイなら手袋を返すのは渋らないだろうし、何を言われても困ったように笑う、そんなスレイだったじゃない。どうしちゃったっていうの?」
「お、おいおい落ち着けって」
自分を落ち着かせる意味も含めて俺はそう相づちをうつ。
これは……ごまかすの無理なんじゃないの? いや、会話があんまりにも楽しすぎて「スレイ」っぽくとり繕うのやめてた俺が悪いんだけど。
や、だって一話しか観てないどうでもいい感じのアニメでもそのキャラが実体化してしかも自分で思考して喋ってくれる、みたいな状況だぜ? 楽しくないわけないだろ!
ついでに声も声優さんのそれそのままだったりする。やったぜ。
「まぁ、今日の弟君はちょっとおかしい気はするけど」
ネーシャも控えめな口調であるが、それは俺のことを訝しむニュアンスが多分に含まれていたものだった。
うーむ。思えば転生やら転移ものの主人公は自分の正体を隠すことに固執して首締めてることが多いし、テンプレ主人公じゃない俺はここいらでカミングアウトしちゃってもいいんじゃないだろうか? どこぞの研究機関とかが俺をネズミさんにしにくる可能性はあるが少なくともネーシャは矢面に立ってくれる気がするし。
……最悪、本当に最悪の場合はスレイの身体を人質にとって逃げちゃおう。主人公の精神を乗っ取って、状況が悪くなったらその身体を人質に、って完全に悪役だな。
まぁこういうのはいつかバレるのがテンプレだし、それがちょっと早まるだけさ。むしろ時を置くとがっつりこじれることもあるからいいタイミングだと思うとしよう。俺はテンプレ主人公ではないのだから。
しかしその思考は既に遅く、ここで事態は急激に変化した。
「まさかスレイ、あんたひょっとして魔人化してるんじゃないの……?」
「はぇ?」
かなり間の抜けた返事が俺の口から出た。
フィーネは俺の全く予想だにしない爆弾を放ってきたのであった。
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