テンプレ主人公の前世はきっと愛を囁くイタリア男

「いや、しかし俺のことを魔人と疑ってからの会長の判断の速さと言ったらまるで神風だったね。もし俺が魔人だったら一瞬の判断ミスでこの部屋の全員に被害が及んでいた可能性もあったわけだ。流石は実技・筆記試験共に次席でこの学園に入ってきただけのことはあるってことはあるよね! 聞けば入学と同時に生徒会長と理事長代理に就任されたとか。いや、凡愚の俺には想像もつかない世界の話ってやつだよね。可憐で凜とした中ににじみ出る淑やかさを内包した会長が執務の席に着く姿は大層見目麗しいんだろうなぁ! いや、ぜひ一度そのお姿を拝見したい。そうそう、最近俺ってば執務疲れを軽減するスーパーな技術で編み上げるメガネの構想があるんだけどそれが形になった暁には会長に是非一度試してもらいたいんですよ。会長は装飾無しのお顔でも美しい名画がそのまま動き出したかのような気品あふれる面持ちをしてらっしゃるがそこに一つ、メガネというアクセントを加えるとただでさえ溢れている知的な印象がより一層引き立てられることは確定的に明らか。さらに会長の名声とは轟き、人気はうなぎのぼること間違いなしってやつよ。だから今度メガネ、試してみない?」

「や、いやですわもう! おじ、お上手ですわね! そこまで言われるほど自分に自信はありませんが、そ、そうですわね。今度メガネ、試してみようかしら?」

「是非」


 エイジャが医務教官とやらを呼びに行っている間、暇つぶしに少しだけ拘束を緩めてくれた会長を思いつく限りの賞賛で褒め殺していた。同時にメガネの着用を勧めているとフィーネが面白くなさそうな顔をしていたのでついでに褒め殺すことにした。


「そう! 考えてみればフィーネもすごいぞ」

「え、あたし?」

「そうとも。俺ってばすっかり記憶がなくなっていることを隠す努力をしていたってのにもかかわらずにそれを見抜いて俺への魔人化の疑いに真っ先に気づいた。記憶にはないがやっぱり幼なじみには隠し事はできないもんだね! いや、恐れ入った。それに入学式の時の会長に物申しに出て行くその気骨! そして俺が一度止めようとしたにもその制止を振り切った膂力と何よりその正義感! あの一件でフィーネがどんな性格をしているのかばっちりわかったし、尊敬できる女性だと思ったね。あの会長相手に啖呵を切っている様に俺ってば戦乙女の姿を幻視しちゃったね。なかなかできることじゃない。すごいぞフィーネ! つきましては入学式で言っていたように今度メガネをかけてきてくれることを今一度承諾してもらえないかな? そのシュッとした表情にシャープなフレームのメガネをかけるとより一層君の魅力を引き上げることは確定的に明らかだし、何より俺がそれを見たい!」

「な、なによ急に。そ、そんなに褒めたって何も出ないわよ!……今度買って着けてくるわ」

「買いに行くとき俺付いていっていい? フィーネのメガネを選んであげたい」

「ここここ今度の連休ならあああ空いてるわよッ!? それでいい!?」

「是非」

「しっかり聞いたからね! 約束破んないでよ!」


 そんな俺たちの様子を見ていたネーシャが自分も褒めて欲しそうな顔をしていたのでついでに褒め殺すことにした。


「弟君弟君、お姉ちゃんは? お姉ちゃんは褒めるところないの?」

「そんなわけないだろう? 記憶喪失だって告白したとき一番最初にそんな俺を受け入れてたのはねーちゃんじゃねーか。ねーちゃんってばマジ聖母。その表情に慈愛が充ち満ちてるよね。俺はねーちゃんの弟であることが誇りであると同時に悔しいぜ。なんせいずれねーちゃんに訪れる伴侶、その候補に俺は加わることができないばかりかそれを一番近くで見る羽目になるんだぜ? 俺ってばかなりの修羅の道に導かれてるぜ。身近にこんなに愛嬌があって天真爛漫をそのまま擬人化してさらに美化したような魅力的な存在がいるのに俺はといえば弟というポジション以外は許されない。こいつはかなりの悲劇だぜ。そんな哀れな弟をもしちょっとでも哀れんでくれるなら、メガネをかけて欲しい。優しげに少し下がった目尻に似合うフレームのメガネがあるんだ。ねーちゃんほどの完成された造形美にメガネは蛇足かもしれない。それでもかけて欲しい。きっとその様相は今でも少なくない魅力をさらに引き出して道行く人々全てをメロメロに魅了することは確定的に明らかなんだよ。だから、メガネかけてみない?」

「も、もう! お姉ちゃんをからかっちゃダメなんだよ弟君! じゃ、じゃあ……連休、私にもメガネ選んでもらっても、いい?」

「是非」

「……そんなにメガネかけて欲しいの?」

「是非」

「どーしてもって言うなら、いいよ?」

「是非。どーしても」

「しょうがないにゃあ……」


 美少女三人を褒め転がしてメガネの着用をきっちりばっちり布教していく。そうして短い時間を潰しているとやがて医務室の扉が開いた。


 そこにはエイジャと白衣を着た金髪の天パで咥え煙管といった出で立ちの気だるそうな女性が立っていた。この女医風の人がセレナ医務教官とやらだろうか。


 医務教官のくせに不健康そうな印象をうける。煙管からもくもくと黒い煙を燻らせているのがダメ押ししてる感じ。めっちゃけむそう。


「魔人の疑いがある生徒がいるんだって? それは誰のこと……ってなんだこの空気」

「何故会長達は顔を赤らめてもじもじしているんだ!? スレイ・ベルフォード! この短時間で一体何をした!? 知られざる魔人の力か!?」

「あの男子がスレイ・ベルフォードか」


 エイジャが俺にあらぬ疑いをかけるが、気だるそうな医務教官はさっさと仕事を終わらせたいのかエイジャの反応は気にせずすでにゆるゆるになった拘束をされている俺の方に歩いてくる。


 そして俺の目の前で止まると俺のあごを掴んでくいっと持ち上げる。そして俺の顔に顔を近づける。


 近い近い! けど出で立ちに反してかなりフローラルな香りが俺の鼻孔をくすぐる。顔立ちも綺麗で姉御肌な印象を受ける。全然煙くない。


「んー……、っぷはぁぁぁぁぁ」

「ぁなんにゃぁぁぁぁ!?」


 なんだこいつ!? おもむろに煙管を吸ったかと思うと俺の顔めがけて黒煙を吹き付けてきやがった!


「あれ、煙くない?」


 びっくりして変な声が出たが不思議とたばこ独特の渋みのある香りがしない。それどころか無臭であった。


「ふぅ……。あたしの煙管は魔道具。この煙管の煙は精霊や魔物に触れて反応すると色が変わる。デフォルトが黒で、それが変わらなかった。だから君は人だ。魔人ではない。……毎年こういう疑いをかける生徒がいるんだ。全部杞憂に終わってるがね。全く、私は忙しいというのに」


 それだけ言うと医務教官は気だるそうに出入り口の扉から出て行った。……忙しい? 仕事はどうした? あの教官のホームはこの医務室ではないのだろうか。ともかく、俺の疑いはこれで晴れたらしい。


「魔人ではなかったか。人騒がせなやつだ」


 エイジャがやれやれといった感じでため息をつく。こいつも大概人騒がせだと思うんだけどちょっと色々ありすぎてそれを指摘する元気はもうない。


「やっと一件落着、という感じですわね。私は手袋を揃えに来ただけでしたのに」

「何もなくて良かったね、弟君!」

「スレイって記憶がなくなっても人騒がせよね」


 つっこまないぞ。乳揉みの件はすっかり忘れてくれたんですね! とか、


 記憶失ったり魂の匂いが臭くなったりして何もなかったわけではないね! とか、


 そもそも入学式で君が出しゃばらなければこんな面倒くさいことにはならなかったね! とかつっこまない。そういう細かいところをつっこむ気力は今日はもうない。


 今は無事にこの医務室を出られそうという事実だけで大体のことが許せちゃいそうだぜ。


 いや、実際体験してみるとテンプレ主人公のスタートダッシュ一日目って何気に長いよな。びっくりした。今日一日だけでも濃すぎてもうこのまま医務室のベッドで寝てしまいたい気分だ。


「では解散としましょうか。スレイ・ベルフォード……スレイ君の件は生徒と教諭、ベルフォード家の方にも私がお触れを出しておきます。悪いようにはしませんので心配は無用ですわ」


 おお! 会長の俺の呼び方が変わった!? これは好感度稼いだ甲斐があったか? とりあえず他人行儀なフルネーム呼びはやめてもらえるらしい。


「それと摂理破壊の精霊の出奔の件ですが、口外することはあまりお勧めしませんわ。貴方は……以前の貴方はあの精霊を使役できたことで国や貴族、様々な人々に良くも悪くも目をかけられていました。このことが周知されれば間違いなく良くないことが起こりますわよ」


 そりゃそうだよなぁ。仮にも俺TUTEE系の物語の主人公だもんな。その目立つチート気味の能力が失われたと周知されれば嫉妬心が許容量を超えた誰かにシメられるくらいは想像できる。


 精霊相手なら今の俺は体質的にそうは負けないだろうが対人戦となると負けるに違いない。その辺はこれから補うにしても今はいらぬ諍いを起こすことは得策ではないって事だな。


「肝に銘じておくよ」

「それがよろしいですわ。エイジャ」

「はい」


 会長に声をかけられたエイジャが懐からたたまれた紙のようなものと鍵を取り出して俺に差し出す。


「……ほら、スレイ・ベルフォード。これがお前の寮の部屋の鍵と寮を含めた学園の見取り図のパンフレットだ。会長の慈悲に感謝することだ」

「ああ、すまない」


 どうやら会長が気を利かせてくれたらしい。というかスレイは寮生なのか。本当にアニメ一話で得られる知識って微少だな。


 独りごちながらエイジャからパンフと鍵を受け取る。


「記憶喪失の件もありますし本当なら役員をつけて差し上げたいところなのですが役員を女性陣で固めてしまったのが徒となってしまいましたわ」


 マジか。ということは生徒会室は花園めいた素敵空間なのだろうか。是非そのうちお邪魔しなければ。


「それではごきげんよう。明日からの学園生活がお互いに実りの多いものであるといいですわね」


 会長はすでに胸の辺りに二つほどバッチリ実ってますね! と心の中でセクハラしている間にエイジャと会長は医務室から退室していった。


「弟君、間違えて隣の女子寮に来ちゃダメだよ? 怖い寮長さんに口に出すのもおぞましい厳罰をうけちゃうよ」

「マジかよ? 気をつけるよ」


 寮長やら大家が強いのもテンプレだよなぁ。とある禁じられた魔術本の索引とか、六畳一間がインベーションされたりする作品とか。


「寮までの道のりは同じなんだから一緒に行けばいいじゃない。そしたら間違いないわ」


 俺はその提案に乗って学生寮まで二人と連れだって歩くことになった。



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