精霊出奔事件

 その後、ようやくといった感じで式は終わり、学園内の施設の中でもかなりの違和感を放つコロッセオの控え室に俺は決闘委員会と呼ばれる学生組織に連れて行かれた。


 室内はちょっと上等そうな赤いカーペットや趣を感じる古めかしい机、そして部屋の隅では傘立てのような調度品の中に剣やら斧やらが立てかけられている。中二心をくすぐる素敵な部屋だな!


 それはさておき、ここいらで整理するとしよう。半ば事故的に決まった今回の決闘だが九分九厘負ける。


 このスレイ・ベルフォードの体はその操縦者である鈴木康太郎になじんでいない。あるいは俺自身がこの体になじんでいないのが現状だがその辺の議論は一旦後回しだ。


 重要なのは今俺は自分が動かす体すら十全満足に操縦できないという事実だ。少なくともほんのちょっと前まで使っていた鈴木康太郎の体ならばあの会長とポニテとのラキスケしてしまった場面、そこで何もないところですっ転ぶなんてことは皆無に等しい。


 いくら運動不足の身体であろうとそんなTOらぶる展開はなかなかない。今は歩くだけでふらつくのだ。走るとか激しい動きは割と自殺行為といえる。


 だからスレイの身体能力に頼った戦法はとれない。もちろん要所要所で使用を強いられる場面はあるだろう。アニメの会長が使役する炎は広範囲攻撃多かったし。


 そう。会長は炎を使う。正しくは炎を司る獅子の精霊を従えているのだが。まぁその情報は蛇足か。アニメを見るに戦法はあの特徴的な鎖の鞭で獅子に合図を出し、多種の多様な形の炎と会長自身の鞭術で相手を追い込んでいくスタイルだ。


 炎の形は放射状だったり火球だったり光線状だったりとバリエーションが多い。その上会長が繰る鎖が合いの手のように襲いかかってくるらしいのだから対処が面倒くさいのが目に見えている。


 あれ? というか負けたら会長のお手製の鞭42回ぶたれるんだっけ? お手製の鞭ってまさかあの鎖の鞭のこととちゃうんですか? これ死んじゃうやつじゃん…。


 ま、まあそれは一端置いとくとしよう。そして最後に、この俺、鈴木康太郎自身は精霊とやらを使役した経験が当然ながらないこと。アニメではつえーすげー言われてたスレイのスペックで二体同時行使とやらができるらしいが中身が鈴木康太郎では宝の持ち腐れというやつだろう。二体同時行使のいったい何がすごいのかよくわからんかったし。


 今挙げたいくつかの点が俺の絶対的不利の理由だ。アニメ一話のスレイも一話の最後は壁際に追い込まれていた。つまり会長はくっそ強くて有利、俺は体が誤作動起こす上に鈴木康太郎的には精霊とやらを使ったことがなくて不利ってことだ。九分九厘負ける。


 だがそれは絶対ではない。光明はある。


「確かこの指輪と腕輪から出してたな。えーと、『きたれ。我が同胞。呼び出しに応えよ』」


 アニメでもあった控え室での精霊との対話イベントである。あの時のスレイの中二なセリフをがんばって思い出してポーズまで再現しながら唱える。そこそこさまになっているはずだ。


 すると腕輪と指輪からそれぞれ女性型の、しかし本能で人ではないと直感できる存在が二体顕現した。腕輪と指輪にはめられた宝石は輝き、光のラインが伸びて、やがてそれぞれが像を結んだ。


 片方は気の強そうなつり目が特徴的で翼が生えている精霊だった。神話に出てくる神が着用するようなデザインの服装は全体的に赤を基調とした佇まいである。その腰には白い棒としか表現できないが一目で神聖なものだと理解してしまう物がアクセントとなっている。平均的な胸を潰して偉そうに腕を組んでいる姿はどこか荘厳な雰囲気を与える。


 もう片方は淑やかさを感じさせる幼い顔立ちと背丈で、しかし押しに弱そうな雰囲気を感じさせる精霊だった。いかにも精霊が着てますよ、というような純白のワンピースを着ておりどこか儚げな印象を与える。白銀の髪は長く腰にまで伸びており、小さな髪飾りを付けているのが印象的であった。


 そんな彼女らが俺を見つめている。前者がタイトルにも冠されている「摂理破壊の精霊」で、後者がアニメ一話で火を出して活躍していた「熱の精霊」である。


 そう。これこそが光明。精霊である。前述したように確かに俺は精霊を扱えない。しかしそれは「スレイのように」という枕詞が付く。一話のスレイは追い詰められた。


 しかしそれは熱の精霊のみを使役していたからだ。おそらく自分自身で摂理破壊の精霊の力を極力戒めていたからだろう。それにどういう意味があったのかは知るよしもないが。


 だが、今はなりふり構っていられない。構わない。負けたら鞭(鎖)打ち42回だからだ。スレイの体はともかくその痛みには日本社会でぬくぬく生きてきた俺の精神が保たないだろう。想像もしたくない。


 だから使う。最初から摂理破壊の力で圧倒して何もさせずに戦意をそいで勝つ。多分これが一番早いと思います。勝てばよかろうなのだぁぁぁ!


 という訳なのでこの精霊との対話イベントのついでに今回の作戦方針を伝えちゃおうという腹づもりである。アニメのスレイの行動を見るにおそらく摂理破壊の精霊は使役時にデメリットを含むと思われる。


 デメリットがないなら出し惜しみをする理由がなかったからな。こう、実力を発揮しちゃうと周囲に被害を出しちゃう、とか制御に融通が利かない、とか魔力消費が激しい、とか王道的でいかにもありそう。


 ともかく勝ち筋が今のところこれしか思い浮かばないのでよほどのデメリットでない限りは敢行する予定ではあるが、はてさて。まずは彼女らの能力を把握するところから始めるとしよう。


「うっぷ!?」

「ホゲェ!?」

「え?」


 俺を見ていた摂理破壊の精霊が突如片手で鼻と口を覆う。それに倣うようにして熱の精霊も同じように顔をしかめながら顔を覆う。どうかしたのだろうか。二日酔いだろうか。そもそも酒は飲むのだろうか。


 てかすっごい可憐な見た目した熱の精霊がホゲェとか言っちゃったよ? 鈴鳴りがするようなかわいい声でホゲェとか言っちゃったよ?


 「くっせえええ! す、スレイ。てめぇいつからこんな魂のにおいをさせるようになりやがった!? というかお前は本当にスレイなのか?」

 「え!? どこからどう見てもスレイ・ベルフォードだろ?」


 摂理破壊の精霊は困惑顔で口と鼻を覆いながらしげしげとこちらを見つめてくる。


 いきなり見透かされたのだろうか。知らずに語尾が震える。首根っこの辺りから汗が噴き出る。 


「た、確かにスレイ……のハズだ。……だと思う」


 よ、よかった。気は抜けないがどうやら杞憂に終わってくれたらしい。熱の精霊は喋る余裕もないのか部屋の隅へと離れて頭を抱えてうずくまっている。それ傷つくんですけど!


「し、しかし、同一人物とは思えない魂の臭さだ…。まるで熟成させたチーズと発酵させた魚を煮詰めてできた煮こごりをさらに発酵……いや腐らせた上にバニラエッセンスをふりかけて無理矢理匂いの体裁を保とうとした結果それがアクセントとなってもう臭いとしか言いようのない。この香りを嗅ぐならば一月放置した生ゴミを食った方がマシ。そんな臭いがするゥオエェッ!」


 やたらと解説口調の摂理破壊の精霊はうずくまってなお嘔吐く。どうやら俺の魂の匂いとやらはものすごく臭いらしい。解説を聞くにおそらく飛行機に持ち込みを拒否されるあのシュールな缶詰並みだと予想される。


 しかしこれはどういうことだ? アニメにはこんな描写はなかった。精霊石とやらに在駐させた契約精霊達に使役する対価として魔力を食わせるという設定と精霊には魂の香りと魔力の味の好みがあるってことは祐司から聞いたが。


 ……これはもしかして鈴木康太郎という魂がスレイ・ベルフォードの魂が融合したから、その魂のあり方が変わってしまって匂いが変わってしまったということだろうか。俺の魂って臭いんだろうか。爽やかさを謳う8と4のスプレー缶で対処可能だろうか。


 あれ? だとすれば俺の魂にもスレイの魂から影響を受けているのでは。思えば世界を跨いでいるってのに言葉が通じているのはおかしい。しかし今の今までそれを違和感に感じなかった。これはスレイの体と魂が言語を覚えていたからなのでは?


 混ざってしまった、と仮定するならば今、鈴木康太郎とは一体どのような存在になっているんだろう。少なくとももうスレイ・ベルフォードではない。意識が俺であるし、スレイ側の記憶は一切ないんだし、どちらかと言えば鈴木康太郎という存在の方が強い。……はず。


 ……や、やめよう。これ考えるのは今じゃない。考えると怖すぎだろ今の俺の状況……。俺が気づかない内にすでにもう俺じゃないとか冗談じゃねーぞマジで。


「ス、スレイ。悪いが、本当に悪いがもう限界だ。精霊としての誇りをオレは捨てる。お前のことは嫌いじゃないがこの臭いの側にこれから一分も一緒にいたくない。契約を切らせてもらう」


 自分とは何なのかを真剣に考えかけていた俺はその言葉に我にかえる。


「え゛!? ま、待ってくれ! いきなりそんなこと……。というか契約ってそんなに簡単に破棄できるの!?」

「普通は無理だな。だがオレは摂理の破壊を司る。精霊契約という摂理の破壊はそれなりに長く存在し続けていたオレも初めてだ。まぁやってやれないことはないかな」


 それは困る! 会長に勝てる一縷の望みが突然拒否反応とかやめろ! そんなドラマ今求めてないよ! 成り上がりは傍から見ると面白いけど体験するのとかは勘弁だぜ! 俺TUEEEEさせてくれよ!


 そんな俺の気持ちとは裏腹に摂理破壊の精霊は腰に差していた白い棒で光のラインをツンツンつっついている。嫌な予感しかしない。


「ちょちょちょ、これから決闘なんですけど!? 君無しで勝てる程相手弱くないんですけど!?」

「本当にすまん。いずれ何らかの形で詫びさせてもらう。すまん。お、試したことなかったが案外なんとかなるもんだな。契約は無事に壊れたぞ」


 淡い光をたたえていた腕輪は光を失い、どこからか電話が突然切れたかのようなブツッという音がしたかと思うと俺の、いや、俺と摂理破壊の精霊との何かのつながりが半ばから切れて霧散した。



「なんか腕輪から光消えてるんですけど! あとなんか言いしれぬ喪失感が襲ってくるんですけど!」

「死に別れの契約断絶のときの感じと同じだな。なんだか結構切ない気持ちになるな」

「そう思うならちょっと待っていただけませんかね!」

「あばよスレイ。オレらは目的の先で必ず交わることになる。そのときにはこの臭いの対処をオレも考えておくからお前もなんとか抑える努力はしておくんだぞ」

「感傷に浸る割にはとりつく島もねーな! あ、ちょ、まっ」


 そう言って摂理破壊の精霊は窓の外に消えていった。


 えっ。えぇっ?


 部屋に残ったのは俺と部屋の隅の方で膝を抱えて顔を覆ったまま白目をむいてビクビク痙攣して気を失っている熱の精霊だけだった。

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