剣なぞいらぬ ~使えないから~

 Q.「摂理破壊の精霊使い」の主人公が摂理破壊の精霊を使えなくなるとどうなりますか?

  タイトルとか変わっちゃうんでしょうか?


 A.調整中。


 などと現実逃避していると、控え室のドアをたたく音がした。


「弟君、入るよー」


 ノックの返事は待たずに俺の決闘のセコンド役を買って出てくれたネーシャとフィーネが入ってきた。


「ノックの意味ないじゃないか」

「もう。入学初日から決闘だなんてお姉ちゃんびっくりしちゃったよ」

「無視ですか」

「今回ばっかりはスレイの自業自得だと思うけどね。なーんであんなことしちゃったのよ?」

「だから事故だよ。事故」

「あんな加害者が歓喜に叫び出す事故なんてないでしょ!」


 二人の平然とした態度を見るにどうやら魂の匂いとやらは感じていないらしい。精霊特有の知覚機能で認知されるものなのだろうか。なんにせよ精霊とのコミュニケーション以外は交友関係に支障がなさそうで安心だ。…後は無事に生き残れるか、だが。


 努めて気丈に振る舞ってるつもりではあるが、内心は刑を目前に控えた虜囚の気分である。あながち間違っていないが「女生徒のおバスト揉んだ罪で全校生徒の前で全裸土下座の上、鞭(鎖)打ち42回」とかテンプレ学園ファンタジー主人公がおっかぶる罰じゃない。(震え声)


 しかしまずい。「摂理破壊の精霊が出奔」というバッドイベントは切り札を握った手を腕ごと切り落とされたかのような大損害だ。おまけに熱の精霊は俺の魂の臭いに炙られて意識がなくなり今は指輪の精霊石に送還されている。というか勝手に戻っていった。


 つまり、入学実技試験二位を相手に精霊使役ができないに加えて、何もないところですっ転ぶ身体スペックという飛車角金銀落ちで挑まなくちゃならないのだ。


 今の俺が会長に勝っているかもしれないのは変態度、とりまきの数、精神年齢くらいだ。あるいはそれら全てが下回ってる可能性まである。会長が変態だったらちょっとうれしいが。……案外落ち着いてんな、俺。


 だが考えてみればこれから起きる決闘は目に見えた負けイベだし、勝てる可能性もついさっき消えたところだ。きっと壮絶な痛みと大恥をブッこくことになるだろうがここまで差があるとあきらめもつくというものである。


 たしかネーシャの精霊が回復系だって祐司から聞いた気がするし、まぁ死にはしないだろう。ガキの頃優秀だと言われても時が過ぎればただの人、なんて誰かが言っていたし、俺ことスレイがちょっと早めにその誹りを受けるだけだ。


 鈴木康太郎的にはどうやら大した問題ではない、という心境だ。まぁ心残りがあるとすれば会長とのフラグが多分ポッキリ逝くことだな。賞品の「メガネ券」は本当に惜しいが諦める他あるまい。


 あとはこの姉と幼なじみのフラグ管理の予想が全く出来ないという心配事もあるが、元々人の心なんてそう簡単に推し量れる物ではないのだしスレイの体でこの鈴木康太郎が誠心誠意あたっていくしかあるまい。


 それにちょっと今更感もあるしな。特に入学式でのそれまでのスレイでは見られない、鈴木康太郎の嗜好を目の当たりにしたフィーネが俺に抱いている不信感は見た目以上に心中で渦巻いていることだろう。


 最初は穏便にスレイを演じていくつもりでいたのに決闘ルート確定してからは開き直りすぎたな。というかあの時点ならまだ決闘の回避ルートはまだあったかもしれない。


 もういいか。過ぎた話やらifを考えても仕方ない。鈴木康太郎の精神は潔く負けイベも、その後の罰ゲームも受け入れる準備ができている。それでいい。


「ま、スレイならきっと会長にも負けないでしょ」


 ……負ける心の準備が出来た直後にそういうこと言うのやめてもらえませんかね!


「そうそう。死なない限り私が治しちゃうしダルムール先生もその前にジャッジしちゃうと思うし。思いっきりやっても問題ないんじゃないかな」


 思いっきりやろうにも意識のない精霊一匹とすぐ転ぶ体ではどうしようもないんですが!


「あー、が、がんばってくるよ」


 としか言いようがない。これはあっさり負けると彼女らのフラグも多分ポッキリやでぇ…。


 姉と幼なじみの失望をなるべく軽い物にするため、体のいい負け方をああでもない、こうでもない、と考えている内に決闘の時間となってしまい、俺たちは控え室をあとにして闘技場への通路を歩む。


「スレイ、そういえば今日は剣は使わないの?」

「入学式だからいらないだろうって置いてきたんだよね弟君。でも控え室の剣に見向きもしなかったし、会長さんには剣を使わないのね?」


 剣、使えないんだよなぁ……。技量的な意味で。


 そういやスレイもアニメで剣持ってたわ。でもなぁ、中身は俺だぜ? 体を満足に動かせないのに剣が、あともに振れるか? 鞘に入れたままで使えば盾の代わりに位は振るえるかもだが少なくとも抜き身では怖くて扱えないな。


 てか転移もののファンタジーの主人公が貰うチート体力補正が優秀すぎるんだよ! なんで初めて握った剣でゴブリンとか両断して良心の呵責とか殺しの忌避感とかと戦ってるの? 普通は初めて振る剣で刃を立てるのがめっちゃ難しくて結局撲殺、とかもっと苦戦するんじゃないの?


 剣道部に仮入部した際に竹刀の刃を立てて全然振れなかった俺が察するにあの主人公達の基礎身体スペックはお馴染みの「鑑定」とかよりよっぽど優秀だわ。そしてその「なんとなくわかる体の動かし方」は今俺が一番欲してるものでもある。


 正確には今すぐに体を動かす違和感が消えてアニメのスレイ並に動ければまだ勝負になりそうだが、無い物ねだりである。


 などと、詮無いことを考えていたらもう通路が終わって出口の手前だった。すでにもう目線の先には地面から丸っこく隆起した闘技場が見えている。当たり前だね。控え室からの通路だもんね。そんなに距離ないよね。


「剣なんて必要ないさ」


 あっても使えないし負けるからな!


 せめてもの強がりを口にして俺は出口をくぐった。負ける準備は出来ている。大丈夫とはほど遠いが問題ないな!


 俺はやけくそ気味に一歩踏み出した。


 ☆☆☆


 天啓という言葉をご存じだろうか? 古くは神などの超自然物から与えられたお告げのことを指し、最近は突然のひらめきとかもそれを意味する。


 それが来た。丁度ネーシャとフィーネに見送られて闘技場の舞台に上がるための階段を上がりきったときにスマートに負けるクールでクレバーな方法をひらめいたのだ。でも会長が実は某世紀末漫画の覇者拳王みたいな性格を隠していたら容赦なく死ねるが。


 目線の先には会長、キャサリン・リリアーノが鬼ポテを傍らに侍らせて俺と同じように反対側の階段を上がってきたところだった。スレイと同い年のはずなのに漂う威厳、風格は壮年の女帝にも似た雰囲気を醸しだし、その中に気品が混じって彼女自体が一つの動く美術品のようだ。


 まぁ胸を揉まれているときとか頭に血が上ってるときは年相応に女の子してるがな!


「逃げずに来たんですのね」


 会長は心の中でセクハラされているとも知らず俺に話しかけてきた。


「あぁ。準備はバッチリだ」


 負ける準備がな! 俺の華麗な負けっぷりを見とけよ!


「そうですの。では、宣言どおりぐちゃぐちゃにしてやりますわ」


 物騒な物言いに渇いた笑いが自然に出て足もいっしょに笑いそうになった。なんせアニメで見たから初見ではないにしても、これから俺が体験することはアニメではない現実のことなのだ。


 スレイ・ベルフォードという主人公の体がどのくらい丈夫であろうとそれを操り体感する精神は鈴木康太郎たる俺なのだ。安穏と日本で暮らしてきた人間が、魔物との戦いの前線で通用するために磨いてきたらしい技を受けるのだ。


 ちょっとこれは並大抵のことではない。初撃を受けた痛みでショック死すらあり得る。だってこれから受けるかもしれないのは人間より丈夫に出来ているであろう魔獣を殺す攻撃だもの。ビビらないわけないぜ。


 そしてそんな力を行使する相手からぐちゃぐちゃ宣言だ。骨折だけですむとは思えない。


 だから、負ける。完膚なきまでに、負けてやる。


「……? あなた武器はどうしましたの」

「ない。会長相手には必要ないな」


 使えないからね! あと、女の子に向けて剣を振りかぶるとか一般的な日本人男子たる俺にはそれに耐えられる心のキャパシティが足りない。たとえヤンデレが襲ってきたとしても徒手格闘(乳揉み)が俺にはきっと限界である。


「すぐに吠え面かかせてやりますわ!!」


 会長はそれを挑発と受け取ったのかものすごい勢いでにらみつけてくる。怖っ。いや、俺の言い方が悪かったよ。めんごめんご。とか言えない空気ですやん…。


 じ、上等だ! ソッコーで吠え面かいてやんよ!


「貴様……会長を愚弄するのもいい加減にしろよ?」


 突如、会長の後ろに侍っていたエイジャが俺の胸ぐらを掴んでいた。俺の反応できない速度で。傍目にもわかる怒気をはらんだ様子で俺を睨んでいる。


 あれか。これが縮地か。びっくりした。びっくりして下半身がおしめりしそうになったぜ……。力つっよ。足が浮いてんだけど。


「おやめなさいエイジャ。これから決闘を行う相手にその振る舞いは生徒会陣営からの妨害ととられかねませんわ」

「っ! これは失礼しました」


 敬愛しているであろう会長からの指摘にエイジャは慌てて俺の胸ぐらから手を離す。


 こいつ会長が絡むとすぐポンコツになるな。鬼ポテトさんだな。脳みそジャガイモ。メークイーン的な意味で。


「でもわたくしを思っての行動でしょう。その忠義にこの決闘で応えて見せますわ」

「もったいなきお言葉です会長! なんと麗しくも凜々しい!」

「も、もう、褒めすぎですわよエイジャ」


 傍から見れば美しい主従関係に見えるんだろうか。でも急に二人の世界を作るのはやめていただきたい。エイジャにおだてられた会長に少しだけ喜色ばんだ表情が窺える。会長は褒め殺しに弱いんだろうか。覚えとこう。


「さぁエイジャ。貴方が舞台に残ったままでは決闘を始められませんわ。セコンド席でわたくしの勇姿を見ていてくださいませ」

「御意に」


 そう言うとエイジャはなぜか小芝居でも見せられた気分の俺の方に向かって歩いてきた。なんだ?会長の背後に舞台から降りる階段があるのにわざわざ俺の方にある階段を使おうとしているのだろうか。程なくしてエイジャとすれ違う。


「会長を傷つけたらぶっ殺す。食ったものが胃に入る前に外にこぼれる穴をこさえてやる」


 すれ違いざまにそれだけ言うと鬼は俺の後ろの階段を降りて言った。


 俺は視線を下げて股間の辺りを見つめる。


 スレイの体でよかった。俺の体より膀胱が丈夫でよかった(震え声)。


 股間のおしめりを回避した俺は改めて会長に向き直る。……なんとかなるんだろうか。



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