ラノベの生徒会役員のスペックの高さは異常

 あぁ、このタイミングだったか。アニメ一話ではこの式で会長と俺との決闘フラグが立ってしまうんだったな。彼女らはそのきっかけを持ってくる作者に便利に使われちゃったキャラだ。


 あれ? それまずくね? まだ全然この体慣れてないんだけど! 精霊の使い方とか一ミリも知らないなんてレベルじゃねーぞ!


「何だ貴様ら! 入学式当日に遅刻してくるとは何事か!」


 二人に注意をし始めたのはいつの間にか会場の後ろの方に控えていた先ほどの細剣ポニーテールさんだった。ぐうの音も出ないド正論を開幕にぶっ放す。


「申し訳ありません! でも彼は登校の途中で悪漢に絡まれていた私を助けてくれて遅れてしまったのです。罰するならどうか私だけを罰してください」

「待て待て、そりゃアンタが悪いことじゃないだろう。お互いにチンピラを詰め所にぶち込んだあとに式に間に合わせるだけの力が足りなかったってことだ。首突っ込んだのは俺の責任だしな。だから罰なら俺も受けるぜ。というか彼女は被害者なんだから多少は便宜を図っちゃくれねーか?」


 なるほど。どうやら二人にも言い分があるらしい。確かに聞く分にはやむにやまれぬ事情に聞こえる。情状酌量の余地はあってしかるべきなのかもしれない。


 それにしてもチンピラを撃退した上に詰め所にぶち込むって穏やかじゃねえな。士官候補生ってそんな感じの戦闘力は備えてるのが常識なんだろうか。


 というか何このイケメン。物語の登場人物ともなればこのぐらいの器が俺にも求められるのだろうか。えぇ、正直キツいんだが。ほんの数分前までただの一般人だった俺にはハードル高い……。


 しかしポニーテールさんの表情は険しい。今にも細剣の柄に手をかけそうな雰囲気すらある。鬼ポニーテールさんである。


「ならばせめて式が終わるまで外でどうして待機出来なかった。いたずらに式の進行を妨げてしまう可能性に思い至らなかったのか?」

「それは……」


 鬼ポニーテールさんの正論その2に女子生徒は二の句が継げなくなってしまった。


「大体貴様らはこの学園に何をしに入った? この学園を卒業すれば前線で跋扈する魔物を屠るための尖兵、その末席として名を連ねることになるのだぞ。指定された場所で指定された時間に集合するのは基本中の基本だ。学園の附属初等部の子どもでも出来る。そんな当然の規律を守れない貴様らのどこに学園の規律を司る我々に意見できる道理があるというのだ? もう一度聞く。どうして式典終了まで待てなかった?答えてみろ」


 鬼ポテさん容赦なさ過ぎだろ……。正論なので俺にはなんとも言えないが。


 ひょっとして鬼ポテさんの言い分が普通なのだろうか? 軍学校なら当然の心構えなんだろうか。やばい帰りたい。


 鬼ポテさんの怒濤の言葉責めに女生徒はしくしく泣き始める。一方、男子生徒の方は不機嫌さを隠そうともしない顔で額に青筋を立てていた。そして口角を上げて吐き捨てるように言葉を吐いた。


「そんなのは簡単だ。噂の生徒会長、『無冠の女王』様のご尊顔を一目拝みたかったからさ」


 会場内がざわつく。鬼ポニテの容赦のない言葉責めに黙り込んでいた新入生達はおろか、来賓席までもがなぜかにわかに色めき立つ。何だ? この辺の話は祐司と喋っていたのもあって記憶が薄い。


「フィーネ。今の発言は何がおかしかったんだ?」


 周囲と同じようにざわめく姿勢になっていたフィーネに聞いてみる。


「スレイ、あんた知らないの? 生徒会長は実技試験はあんた、筆記試験はもう一人の天才にそれぞれ奪われて両方二位止まりだったのよ。附属中等部きっての麒麟児として期待されていた会長にここ一月でついた二つ名よ。褒め言葉のときもあるけどこの状況なら会長に対する挑発にとられる発言をあの男子はしたのよ」


 火に油を注ぐ、とはこのことで鬼ポテさんはついに細剣を抜いて男子生徒に突きつける。


「そこに直れ。神聖な式典の邪魔だけでなく会長まで侮辱する不届き者め、今すぐ報いをくれてやるぞ!」

「生徒会と喧嘩かぁ。どれ、一つそのお上品な手さばきで指導してもらおうか。だが俺は結構な跳ねっ返りだしなぁ。その手、焼いちゃうかもだぜ!?」


 男子生徒もファイティングポーズをとって空気は剣呑なものとなる。一触即発。そんな雰囲気である。遅刻女生徒は急な展開に涙をためた目を白黒させる。


 さて、どうするか。実はここまでの展開、詳細までは自信ないがアニメで見てはいる。ちらりと隣を見ると、フィーネが正義漢めいた表情をしていて今にもあのK.B.F決戦のバトルフィールドに躍り出ようとうずうずしている。


 この後この事態を放っておくことができないフィーネがしゃしゃり出てなんぞかんぞ言い争ってそれの仲裁にスレイと会長が入って流れ的に二人が戦う感じになるんだが、だが……。


 べ、別に俺は関わらなくていいよね?多分ほっとけば展開的にフィーネがそこの鬼ポテさんか生徒会長とやり合う流れは予想出来るし。いかに侮辱を受けたとはいえさすがに軍学校で候補官たる新入生を殺処分はしないと思いたい。いやしないはずだ。アニメ一話はそのまま流れるように決闘の話に移行したし。


 厳罰はもらうかもしれないが入学初日に不興を買ってしまってはこれからの生活に何らかの悪影響が出るだろうし。


 なんならフィーネの参戦は俺が今ここで阻止してしまってもいい。慣れない他人の体とはいえ軍学校に入学できた主人公たるスレイさんの膂力だ。女子一人押さえつけるくらいはなんとかなるだろう。主人公補正も期待できる。


 よし、それでいこう。あの男子生徒がこれからの学園生活にどれほど俺と関わってくるかは未知数だが、フィーネは幼なじみ枠だ。厳罰を受ければ間違いなく物語の本筋やら学園生活やらに齟齬が発生するだろう。


 いや、別次元からの異物たる俺が介在してしまってる時点で手遅れかもしれないが。


 まぁスレイが会長と戦うルートともかなり違ってくるだろうがそれは単に会長がデレる機会が失われるだけだろう…と楽観しておこう。


 古今東西幼なじみというものは例えば別キャラのルートを邪魔しに来る鬱陶しい存在ではあるものの、物語では重要なポジションについていることが多い。現にアニメでだってスレイはやれやれとか言いながら幼なじみが不利益を被るのを排除する行動に出ている。


 あの男子生徒と女生徒はキャラ的に嫌いじゃないが俺の保身を脅かして助ける程ではない。だから、俺はここでフィーネを押さえつけて“見”に回らせてもらうぜ!


 俺の思考をよそに周囲は水をうったような静けさである。だがそこには鬼気迫るような緊張感があった。

「そこまでですわ」


 誰もが固唾をのんで見守っている中、場違いにしとやかな声が水を差した。


 いつの間にか壇上から生徒会長が降りてきていた。アニメの展開どおり迷いのない足取りで剣呑な鉄火場へと優雅に歩みを進めている。


 やがてその歩みは鬼ポテさんの傍らで止まった。鬼ポテさんはハッとして細剣を納刀し生徒会長の後ろに傅いて控える。おkおk。そのまま沙汰を下してさっさと終わってくれ。


「エイジャ。ご苦労様です。下がってよろしいですわよ」


 鬼ポテさんの名前はエイジャというらしい。全然思い出せんかった。


「しかし会長!」


 しかし彼女も一度は剣を抜いた手前簡単には引き下がれないのだろう。なおも食い下がろうとする。


「あなたが規律を重んじて違反者をたしなめているのはわかりますが今は式典中です。いくら相手に非があろうと一緒になって騒いでは生徒会の沽券に関わることはわかりますわね?」 


 全くの正論である。規律規律言ってる人が式典で剣抜いちゃだめでしょ。ひょっとしてあのポニーテールってばポンコツさんなのかしら。


「そ、それは……申し訳ございません」

「良いのです。あなたがわたくしたち生徒会、ひいては学園全体の規律を重んじる意気込みは承知しております。ですがそれが強すぎて視野狭窄になるきらいもありますわ」


 会長の言葉に目を伏せて羞恥に顔を赤くするエイジャ。一応入学生全てに注目されているのだからその恥ずかしさも一入だろう。規律重視というよりは会長至上主義に見えるな。会長を侮辱された辺りで剣を抜いたわけだし。


「ですから無駄に一戦交えることもなく、スマートに、私がこの場で沙汰を下して差し上げますわ」


 お嬢様キャラの標準装備ともいえる扇を懐から取り出すとそれを拡げて口元を隠すようなポーズをとる。


「ゼルヴィアス学園生徒会長兼、理事長代理たるキャサリン・リリアーノが沙汰を下します。あなた方二人には神聖なる学園の入学式に遅刻、式典の妨害という規律違反を犯しました。よって厳罰として……」


 理事長代理でもあったのかよ。魔物の脅威から人々を守る兵士を育てる学園の理事長の娘であり理事長代理であり生徒会長。権力インフレしてね?


 それはさておき、そこまで会長が口にしたとき、俺の隣の席からガタッと何者かが立ち上がった。もちろんフィーネである。だがそれは計算済みだぜ!


 俺はすぐにフィーネの制服の袖を掴んで引っ張る。さすが主人公の握力だ。鈴木康太郎の握力の倍はくだらない膂力を発揮してくれる。よっしゃ絶対離さないぜ!


 フィーネはそれを見て一瞬呆けたような表情になったが、口角を上げると袖を掴んだままの俺ごと、スレイの体重など感じさせないような動きで素早く生徒会長の下に移動した。


「……ファッ!?」


 そう。俺は失念していたのだ。ここは元の世界のように同じように言葉を交わし、心を通わせることこそできるが、常識までが同じとは限らないのだ。


 精霊を使う、なんて魔法めいたことができることが常識の世界なのだ。男より膂力のある女性がいたっておかしくない。これはそういうことなのであろう。


 と、冷静な部分の俺はそう思っているのだが内心は寝耳に水をたっぷり注がれたような気分でかなり狼狽えていた。フィーネお前、よりによってパワータイプ幼なじみかよォ!?


 アニメ一話とは違った行動をスレイがとったので、本来は後々その力が露呈する場面が先送りで描写されたのだろうか。俺にとってはたまったもんじゃないが。


「その沙汰、待ってください!」


 張りのある、通りの良い声が会長の沙汰に割って入る。もちろんフィーネである。


 俺? 俺はしゃがんだ格好でフィーネの袖引っ張ってますが。まるで大人が無理矢理甘えん坊の子どもを演じているかのような構図だ。


 会長は突然の闖入者で扇を取り落としてしまうし、周囲も俺もぽかーんとしている。


「確かに二人とも遅刻したし、式典の邪魔をしたかもしれない。でも聞く限り遅刻は本当に運が悪かったとしか言えないし、式典の邪魔したっていう点はそこの役員さんだって同じじゃない! ……私もだけど!」


 フィーネの言葉に苦虫を噛んだような表情になるエイジャ。


「悪漢に絡まれたってことはその通学路を通れば誰でも絡まれる可能性があったってことだよ。それがたまたまその二人だったってだけでそれは別の誰かにも起こりえたことでしょ。ほら、よくよく考えれば悪漢以外は誰も悪くない。違う?」

「それは、屁理屈が過ぎるのではありませんこと?」


 フリーズしていた会長がなんとか再起動する。言葉を返されたフィーネであったが平然とまた言葉を繰る。


「私からすれば会長さん達だって結構屁理屈こねてると思うよ。何にせよこの場で沙汰を下すのはちょっと乱暴すぎると思う。詰め所にいる悪漢や目撃者の話を聞いてからでも遅くはないんじゃないの?」

「き、貴様! 沙汰を下している最中に割り込んでくるわ、会長に意見するわ、何様のつもりだ!? あと、その袖にひっついてる男は何だ!」


 エイジャも遅ればせながら再起動する。フィーネに意見するついでに俺のことも指さしてくる。こっちの世界では失礼に当たる行動にはならないのだろうか。


 まぁ、先に失礼を働いているのはこっち(主にフィーネ)なのだからおあいこというやつだが。

 うわ、鬼ポテがめっちゃにらんできてるわ。余所向いとこ。 


「それは失礼だったね。ごめん。あ、こっちのかわいいのは私の連れだよ」

「ウェーイ」


 俺はそっぽを向きながら大学生のノリでピースしながら返答する。


「貴様ッ! なめているのか!? おいそこの男、こっちを向け!」

「おやめなさい、エイジャ」


 憤慨するエイジャを会長がたしなめる。


「か、会長」

「その子の言い分、たしかに一理りますわ」

「いえ、ですが」

「エイジャ」


 会長は落とした扇を拾ってまた口元を隠すように開く。どうやら会長のクセらしい。


 扇を拾う拍子に俺と一瞬目が合ったが、すぐにフィーネに向き直った。まぁ体はそっぽ向いてるし当たり前か。


「上に立つ者は常に公平で良い統治を心がけなければなりませんわ。今回は彼女の方が正しい。わたくしもそう思いましたわ。ですからその二人には今件の詳細を確認して、追って沙汰を伝えるようにしましょう。あなたもそれでいいですわよね?」

 「もちろん。規律ばかりに固執して組織内の不和を招いて結果的に規律が乱れちゃ本末転倒だものね。いやいや会長さんってば話がわかる!」


 さりげなく予防線張りやがった。フィーネさんったら抜け目のない娘やでぇ。


 会長もその様子に苦笑する。


「ええ、わかりましたわ。エイジャも納得してくださいませ」

「……仰せのままに」


 ありゃ? 流れ変わった? 本来この場面はフィーネの感情的な弁護にエイジャがキレて喧々囂々と言い争ったあげくエイジャが会長自慢→フィーネがスレイ自慢を始めてしまい、入学試験の実技で心に確執を抱えていた会長が暴走→スレイは会長と決闘する羽目になる、って流れだったんだが?


 しかしフィーネの弁は客観的に見て、少なくとも俺には理性的に見えたし、その舌戦の相手もエイジャではなく会長だった。


 推測になるがこれは俺が一度フィーネの突撃を押さえようとしたのが彼女の心的な余裕を引き起こし、会長との決闘ルートを回避できた、って考えられないだろうか。わからん。


 何にせよ結果オーライだ! 歩くにもたまによろめく慣れない体で決闘とか普通に無茶無謀。無理難題というやつだ。いやー良かった良かった。


「それにしても、その袖にひっついてる男、自分で立てないのか!」


 そんなことを考えていると不意打ち気味にエイジャが俺のことをたしなめる。ちっ。俺に構うなよ面倒くせぇ。


 しかしそういえばさっきからこの姿勢のままだった。生徒会役員に注意された手前、しゃがんだ格好のままではまたいらぬ諍いを招くだろう。俺は普段どおりすくっと立ち上がる。


 このとき、俺は決闘ルートを回避した気でいて油断していた。普段どおり、つまり元の世界での生活どおりに立ち上がってしまったのだ。俺の、スレイの体は感覚的に齟齬が発生している。


 要するに今とってもすっ転びやすいことを忘れていたのだ。


「おっと!?」

「きゃっ!?」

「なんっ!?」


 俺は平坦な床を踏み外すかのように足を滑らせてたたらを踏みながら前へ前へつんのめって倒れた。会長とエイジャに覆い被さるように巻き込んで。


 うん、テンプレどおりのアレだ。そうなんだ。ここでラキスケイベントなんだ。すまない。

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