入学式は面倒ごとの予感

 失敗した。悔やんでも悔やみきれない。


 先ほど幼なじみのスキンシップ力を目の当たりにした俺は腕を抱えられていたときに欲が出て、おバストに触りたいと思ったのである。男ならその頂を目指すのは当然だよなぁ!?


 そこで『摂理破壊の精霊使い』の第一話の展開を思い出したのである。現在、俺こと鈴木康太郎がスレイの中の人をやっている以外は概ねアニメの第一話の展開をなぞり続けている。


 つまり、何が言いたいのかというと


「フィーネとのラキスケイベント逃した……!」


 そう。本来ならシャイなハートの純情ヤングな主人公スレイは幼なじみの積極的なアプローチに戸惑って抱え込まれた腕を強引に解除しようとしたのだ。


 そこで物理とエロとハプニングの神様が同時にほほえみかけたかのようにお互いの足がもつれ合いスレイがフィーネに覆い被さる形ですっころんでその拍子に胸を揉むというテンプレで絶対外せない展開が待っていたのに! 俺はあててんのよにかまけてウルトラチャンスを逃したのである。ふぁっく!


「ど、どうしたのスレイ。急に不機嫌になって」

「いや、自分の不甲斐なさに歯噛みしてるだけだよ」


 あるいはフィーネに揉ませて!(直球) と言えば案外いけるかもしれない。だがそれでは面白くない。無許可で事故的に揉んじゃうのがいいのだ。悪くてもいたずらの延長だから、ラッキースケベだからいいのだ。こう、故意なんだけどなるべく偶然を装って他意がない感じのやつな。俺はロマンを追う大人でいたい。


 とにかく悔しい。次は絶対うまくやってやる……!


 そういや知ってるか? その程度のことですっ転ぶ主人公がこの並みいる新入生の中で実技試験一位らしいぜ? テンプレ主人公マジバロス。


 まぁ今は俺なんですが! これから起こるやもしれないラキスケ展開を妄想すると今度は口角がつり上がっていくのがわかった。


「今度は笑ってる。今日のスレイは変よ」

「そんなことはないさ」


 一話しか視聴していないから当たり前だがスレイがどういうキャラだったのかつかめてない。すぐにボロが出そうでひやひやする。


 それにしても自分の意のままに動く他人の体とは妙なものだ。例えば憑依前の俺はメガネをかけていたし、スレイより少し身長が高かった。だから自由な視界は意外に違和感あるし、視力の差が結構あって目の疲れを感じる。


 足の長さも地味に変わっているので歩くのにも時折ふらつきそうになる。というかふらつく。時間が経てばこの辺りの齟齬はなんとかなるだろうか。


 だが、一番の問題はこれまでのスレイの記憶を一切引き継いでないことだ。絶対どこかで致命的な齟齬が発生するだろう。


 例えばこのフィーネという幼なじみがいつから幼なじみなのかわからない。生まれてからすぐに引き合わされたのかもしれないし、小学校からの幼なじみなのかもしれない。


 そもそもこの世界に小学校はあるんだろうか?まぁそれは後々調べられるか。


 それにしてもうーむ、何か手はないものか……。今、隣からあの頃のこと覚えてる?なんて切り出されたら俺のトークスキルでごまかしきれる自信はない。ただでさえ今の俺は違和感出まくりなのである。というかマジでそういう話題振らないでくれ。フリじゃねーぞ?


 不意にリンゴーン、という独特な音色の音が、館外から聞こえた。学園のチャイムのような物だろうか。


『静粛に!』

「あ、始まるみたいだよ」


 どうやら過去を探られるという俺の心配は杞憂に終わってくれたらしい。


 凜とした声が場内に響く。フィーネから視線を切って正面を向くと正面に備え付けられた大型モニターに腰に細剣らしきものを帯びたポニーテール女子がマイクを持って映っていた。先ほどの注意の声は彼女のものだったみたいだ。アニメで観たけど名前思い出せないわ。なんなら名前が出てないまである。


 というかやっぱり帯剣してるんすね。物騒だわー……。


 アニメでは式の前にフィーネと軽い会話があったが、今回は校門周辺でグダグダやってたのも手伝って会話イベントを潰せたようだ。


 会場はにわかに静まりかえり、学園長やら来賓やらが退屈な祝辞などを述べていく。


 誰かこういうときにあくびを殺すコツを教えてくれ。俺は口は閉じれるけど涙が出ちゃうのだ。俺の内心に答える者はもちろんなく式は緩やかに粛々と進行していく。


『……-であるからして、君たちはこの栄えあるゼルヴィアス学園で国防とは何か、魔獣から如何にして身近な隣人を守るかについて向き合わなくてはならないのです』


 国立ゼルヴィアス学園。それまで緩慢であった魔獣の被害はある日を境に突如として激増した。ゼルヴィアス王国政府は魔獣対策部隊「シールド」を発足し、これに対応。多くの屍を踏み越えて昨今、ようやく魔獣との戦いは我々人類側が優勢となった。


 人類はさらなる攻勢をしかけ、在りし日の平穏を取り戻すべく、作られたのがこの対魔獣対策軍人養成学校「ゼルヴィアス対魔軍養成学園」である。ってアニメ一話で言ってた。


 そこに「誇りを持って秩序ある学生生活を心がけてね!」と付け加えたものが話の長いおっさんの演説の要約である。長くても三分で終わる話を延々長々してんじゃねーよと野次の一つも飛ばしたくなっちゃうのは内緒だ。


 熱の入った演説がようやく終わり、壇上からやりきった顔の禿げたおっさんが舞台袖に消えていく。すると入れ替わるように新たに角刈りのおっさんが現れた。そしてまた似たような話をくっちゃべりはじめる。ヒマ過ぎる。


 なに? このおっさん達ってば漫談家でも目指してるの? 喋らなきゃ死んじゃうの? そういう病気なの? とりあえずトークのセンスは皆無だってことは把握した。


『生徒会長ご挨拶』


 ヒマにかまけてお気に入りのアニソンをヘビーローテーションし始めたとき、壇上に生徒会長が現れた。どうやらおっさんの漫談練習会は終わったらしい。


 そう。件の設定盛り盛りお嬢様である。というかなんだこの会長のクオリティ……。フィーネやネーシャも一緒だが二次元と区別がつかないレベルで三次元化されてるんですが! サブカル転移ものってすげぇ。


『わたくしがこの度ゼルヴィアス学園生徒会長の座を賜りました、キャサリンリリアーノと申します。任期の初日に皆様にご挨拶できるという栄誉を授からせて頂いた学園側の配慮には言葉もございません』


 気品あふれる佇まいでマイク片手に祝辞を述べるお嬢様。ぶっちゃけアニメで見るよりかわいく見える。テンプレ学園もののお約束とも言えるが、やっぱりちょっと主人公の周囲のキャラの顔面偏差値おかしくないですかね?


『ですので、我々はゼルヴィアス学園の一生徒としての行動を心がけることが大切で-……』


 しかし退屈な時間もそろそろ終わるな。予定では生徒会長の挨拶が終わったら閉会の言葉をもってこの式は終了の流れのはずだ。会長のお言葉もそろそろ締めを括る雰囲気が伝わる。


 と、思ったところでバタン、という音が会長の声を静聴していた会場に響く。何事か、と音のした方を振り向くと会場入り口で息を切らした男子生徒と女子生徒がいた。装いはゼルヴィアス学園の制服である。


「うわ、やっぱり遅刻しちまったか!」

「私のせいで申し訳ありません!どうお詫びしたらいいか……」


 どっかで見たような展開ですねぇ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る