第28話 スモールユニバース

 北伊勢高校サッカー部の練習に、メシヤがめずらしく参加していた。メシヤは戦術を語るときにサッカーコートを分割して考えることにしている。自陣と敵陣でまず2分割。ゴールラインからハーフウェーラインまでを3分割。タッチラインから反対側のタッチラインまでは5分割だ。


 注意が必要なのは、ペナルティエリアとペナルティアークが接するラインからハーフウェーラインまでは2分割だということ。ペナルティエリアは6分割する。ゴールエリアで1セグメント。ゴールエリアのそれぞれの出角からペナルティエリアのラインに向かって十字になるように線分を伸ばす。これで6つのセグメントが出来上がるのが分かるだろう。


 そうすると、自陣エリアだけで18のセグメントがあることになる。

 このアイデアはプロ野球の名伯楽がストライクゾーンを3×3の9つに分割したことからヒントを得た。ボールゾーンも合わせると5×5の25セグメントになる。サッカーもタッチライン外のエリアを表せないこともないが、そこまでは必要ないだろう。


 メシヤは将棋の棋譜のように、サッカーをシミュレーションする。

自陣コート左上から右に向かってゾーンにナンバリングしていくのだが、上段は1から5と割り振る。自陣真ん中の段は左から6~10。最下段は左隅が11で右隅が12。ペナルティエリアは左上から13、右上が14、真ん中上が15。左下が16、右下が17、ゴールエリアは18となる。


 メシヤは言う。サッカーの試合展開はグラハム数だと。まず、どのゾーンにどの選手がいてという組み合わせが気の遠くなるくらい存在する。しかもそれはゲームの一瞬を切り取ったものだ。

 三秒後に各選手はどのゾーンへ移るか。5秒後にどの程度の長さのパスを出すか。その方角はどちらか。誰がどれだけボールを保持するか。それにつられてほかの選手はどれだけ移動するか。


 走るスピードは時速何キロか。球速は。カーブの軌道は。シュートの位置は。アシストは。得点者は。反則はどの場所か。いつ警告が出たか。いつ退場したか。選手交代は前半なのか。後半何分何秒なのか。誰を引っ込めてどの選手を出すのか。身長は何センチか。体重は何キロか。出身地は。フォーメーションはどのタイミングで変えるのか。


 水はいつ補給するか。かけ声をどの選手がいつ誰に向けて、どんな言葉を発するのか。言葉の一文字目は50音のどれか。二文字目は50音のどれか。三文字目は・・・・・・。

 パフォーマンスやゼスチャーは体のどの部位をどのように動かすか。一人なのか二人なのかあるいは全員なのか。


 サッカーのゲームは、神のごときクリエイティブな行為なのだ。こんなにもサッカーは色んなことができるんだとメシヤは目を輝かせて言う。だからお決まりの戦術、ワンパターンなゲーム展開を見せられると、メシヤはがっかりするのだ。

 全宇宙空間の素粒子の数を合計しても、10の80乗個ほどだと言う。グラハム数に比べたら、宇宙は砂粒よりも小さい存在だ。むしろメシヤにとっては宇宙すらも狭すぎるのだ。


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