第06話 念願の食糧

 エルサが生き物と言ったそれを目を凝らして見れど、他のダークエルフたちには、やはり岩にしか見えない。


 一見、ゴツゴツとした岩質やその黒檀こくたんのような色まで、右手にそびえるヘヴンスマウンテンの岩肌の感じと全く一緒だった。


 あえて違いを挙げるならば、不自然なとげのような突起物があるくらいだろう。


「いきなり何を言い出すかと思えば、エルサ……あ、わかった。そうやって揶揄からかってるんでしょ」


 カロリーナは、エルサのことだから冗談を言っていると思った。


 確かに、あの襲撃以前であれば、エルサもそんな冗談を言ったに違いない。


 そんなエルサも今では、その行いを見直し、大人を揶揄うことを止めていた。


 今までの行動を悔い、それを正したのだ。


 ただそれは、遊ぶ暇があるなら、その時間を訓練に充てて強くならなくては! という強迫観念にも似たような焦りがエルサをそうさせた。


 そのような考えに至るのは子供らしからぬことだが、あまりにもあの事件はエルサの胸に深く突き刺さって抜けないほどに凄惨せいさんな記憶となって刻まれていたのである。


「揶揄ってないもん。師匠、あれは絶対生き物です」


 エルサは信じてもらえていないことに頬を膨らませ、確信を持って言い切った。


「いや、だって精霊は静かだよ。アレが魔獣ならこんな静かな訳が無い」


 カロリーナの反論には当然根拠がある。


 それは、エルフ族が精霊の声を聞くことができるというものである。


 代表的なものは、意識せずとも害意など危険がせまると精霊が騒がしくなり、そのざわつき具合から危険を察知することができるのだ。


 当然その領域にまで達するには、気の遠くなるような修練を積む必要があるが、能力が高いエルフ族の戦士は、みなそのようにして危機察知に役立てている。


 当然カロリーナは、その戦士に分類されており、エルフ族の戦士階級の中でもハイランクで、精霊の声を聞く能力に長けている。

 そのカロリーナが意識しているにも拘らず、精霊の声が聞こえないということは、生物または害意がある危険な存在が近くにいないことを意味する。


 しかし、その実態は、カロリーナたちが精霊の声を聞き取れていないだけで、岩に見えるアレは、エルサの言う通り魔獣で間違いなかった。


 精霊王とコンタクトを取れるほどのアメリアなら気付いているだろうと思ったエルサは、アメリアに視線を向けたが、首を左右に振られてしまった。


 アメリアの場合は、後遺症の影響もあるが、今はそれは大した問題ではない。

 その他にも歴戦の戦士たちが大勢いるのだ。


 ただ、彼らは気付いていなかった。


 ここが精霊の樹海とは違い、風や水の精霊ではなく、火や土の精霊が多く住む場所だということに。


 基本的に精霊は、魔素マナが存在する場所であればどこにでも存在する。


 場所にもよるが、多かれ少なかれ魔素マナはどこにでも存在する。

 言い換えるならば、精霊はどこにでも存在するのだ。

 ただ、その場所場所で精霊の性質の割合が変化するだけ。


 精霊の樹海にも土の精霊が存在するが、風と水の精霊が大部分を占めており、その環境下で育ったダークエルフたちは、それ以外の精霊の声を聞くことに慣れていなかった。


 それは必然的にこの砂漠地帯では、精霊の声を聞くことが容易でないことを意味していた。


 精霊の樹海に引き籠っていた弊害であると言えよう。


 もし、カロリーナが土の精霊に問いかえるようにしていれば気付くことかができたかもしれない。

 冒険者として外の世界で過ごした期間は、彼女の人生の中であまりにも短い時間であったが故、それを指摘しても酷だろう。


「でも、魔力が見えます。絶対生き物ですよ」

「魔力が見えるだって!」

「おいおい、待ってくれ、エルサ。魔力が見えるとはどういうことだ!」

 

 エルサは尚も言い切った。

 そして、「魔力が見える」ことに、カロリーナとベルンハルトは驚愕した。

 アメリアは、声に出さずとも二人と同様に驚きの表情を浮かべた。


 そして、


「エルサ……まさか、魔法眼のスキルを持っているのかしら?」


 アメリアが口にしたはじめて聞くスキルの名前に、エルサは聞き返す。


「魔法眼?」

「そ、そうよ、魔法眼……エルサは、魔力が見えるのよね?」

「うん、だからそう言ってるよ」


 信じられない思いから再びが確認したが、あっさりそうだと言われ息をのむ。


「ベルンハルト……」

「ああ、本当にエルサが魔法眼のスキル持ちならアレは魔獣で間違いないな……」


 エルサの衝撃発言に色々と思うところがあるベルンハルトであったが、今はそれよりもアレが魔獣だとしたら、その相手が先だと決めた。


 正常な考えができたのなら魔獣の方が、後回しにされただろう。


 が、飢えに飢えたベルンハルトは、待ちに待った食料を後回しになんぞできる訳がなかった。


 見た目は完全に岩だが、それが擬態でその中身は肉であることを期待したベルンハルトは、腹の部分に手を当てて摩り、唾を呑み込む。


 この世界には、ゴーレムなどの無機質の魔獣もいるが、それは稀である。


 そしてカロリーナが呟く。


「アレは恐らく……ロッキングヒュージタートル……」

「何? カロリーナはアレを知っているのか?」

「いえ、聞いたことがあるだけで、実際に見るのはこれがはじめてよ。そうか……そう言うことなのね。私としたことがうっかりしていたわ」

「ん、どういうことだよ。わかるように説明してくれ」


 ベルンハルトは、精霊の樹海に住む魔獣のことであれば全て把握している。


 しかし、ここはその樹海ではなく、外の魔獣のこととなると、さすがのベルンハルトもカロリーナの知識に頼らざるを得ない。


 いくら空腹であっても、未知の魔獣相手に何の対策もせずに襲い掛かるほど、理性を失っていなかった。


 ロッキングタートル――岩山や砂漠地帯に生息し、周辺の環境に擬態する陸亀の魔獣で、体長は二メートルほど。


 外皮は見た目通りで物理耐性がもの凄く高いが、ひっくり返せば自分では起き上がることができず簡単に倒せる魔獣でもある。


 その肉は、見た目以上に美味で、その外皮は防具などの素材等にも使われ、食べて良し、使って良しの万能魔獣である。


 生息数はそれなりなのだが、擬態が上手いため見つけることが困難な魔獣としても有名である。


 そのはずが、目の前の岩は、二〇メートルを超えており、岩山と言っていいほど巨大だった。

 だから、カロリーナは、気付くことができなかった。


 つまり、あれはロッキングヒュージタートルで、ロッキングタートルの上位種だった。


「な、なんだと! 美味だと……ジュルリ」

「「「「「ジュルリ」」」」」


 カロリーナから説明を受けたベルンハルトだけではなく、周りの戦士たちも涎が自然と溢れ出した。


 みんな腹ペコもとい、飢えたダークエルフたちが勢ぞろいしていた。


 ただ、問題があった。


「でも、どうやってひっくり返すかよね……」

「確かに、な。あんだけ大きいと持ち上げる訳にもいかんしな……」


 カロリーナの懸念に、ベルンハルトが相槌を打つ。


「風魔法で吹き飛ばすとかは?」

「いやいや、無理だろ」

「ロッキングタートルならアーススパイクでひっくり返るんだけどな……」

「それこそ無理だろ。俺たちで土魔法が得意な奴はいたっけか?」


 カロリーナとベルンハルトが討伐方法を話し合うが、良い案が浮かばない。

 そこに、アメリアや他の戦士たちも話し合いに参加するが、どうやら難航しそうだった。


 肉を目の前にして成す術がないとは、何とも残念である。

 得意の弓ではあの装甲を打ち抜くことはできないだろう。

 魔法であればダメージを与えられそうだが、あの状態で倒しても解体に苦労しそうなため、是非ともひっくり返したい。


「大地に宿りし風の精霊よ……」


 大人たちが作戦会議に夢中になっている最中、エルサは一人、ロッキングヒュージタートルの元へ向かって歩いて行く。


 そして呪文を紡ぐ。


「我の問いに応え汝の力をもたらさん、今その風を解き放て、ウィンド!」


 エルサが風の初級魔法を唱え、風が発生した。

 そして、その風が砂漠の砂を巻き上げる。


 所詮初級魔法の威力は弱く、少し窪みができたくらいだった。


 しかし、エルサの行動に気付いたベルンハルトたちが慌てて駆け寄ってきた。


「エルサ、勝手なことをするんじゃない! 気付かれたらどうするんだ!」


 開口一番ベルンハルトが叱るように注意したが、エルサは引き下がらない。


「だって、声を掛けても無視するから……それにパパの声の方がうるさい……」

「ぐっ……」


 エルサは、妙案を思いつき、それを提案しようと何度も声を掛けていた。

 それでも、肉を得るために興奮気味で夢中になって話込んでいた大人たちの耳には、エルサの声が届いていなかったのだ。


「それに、既に気付いている。魔力の色が少し青になったから怯えているのかも」

「ほう、やはり魔法眼で間違いないようだな」


 魔法眼とは、魔力の流れや色を見ることができるスキルで、それをで相手が使ってくる魔法を判断したり、感情を理解することができる魔力を見る目のことである。


 エルサの説明からベルンハルトは、エルサが魔法眼のスキル持ちであることを確信する。


「つまり、こいつは臆病な魔獣なのか?」

「わたしにはわからないよー」

「まあ、そういうことなんだろうね。擬態して身を隠すくらいだし……」


 ベルンハルトの予測に対し、エルサの代わりにカロリーナが答える。


 エルサたちに気付いているにも拘らず、この場から逃げないということは、耐え抜く自信の表れなのかもしれない。


 が、その自信が脆く崩れ去るとは思いもよらなかっただろう。


 ロッキングヒュージタートルは、このあと直ぐ後悔することになる。


「それで、エルサは何を思いついたんだ?」

「それはねー。風魔法で腹の下側まで穴を掘って、水魔法で固めるでしょー」

「「「「「ふむふむ」」」」」


 大の大人たちが真剣にエルサの話に耳を傾ける。

 その様子があまりにも真剣で、エルサは途中笑いそうになったが、なんとか耐えた。


 やっと聞いてくれた。嬉しいな、とエルサは上機嫌な笑顔でその説明を続けた。


「最後に氷魔法で滑らせれば、ひっくり返せるかなーって」

「「「「「おおー!」」」」」


 そこで歓声が沸いた。


 それくらいなら簡単に思いつきそうだが、真っ向勝負しかしたことのない誇り高き戦士たちにとってその方法は盲点だった。


 大人を罠にはめたりと悪戯っ子だったエルサだから思いついたのかもしれない。


「よーし、みんなエルサの説明を聞いたな! 準備に掛かれー!」

「「「「「おおおおおおー!」」」」」


 ロッキングヒュージタートルが言葉を理解していたら、冷や汗をかく場面であるが、己を襲う不幸に未だ気付いていない。


 ひっくり返せるものならひっくり返してみろっ! と余裕をかましていた。


 一方、ダークエルフたちは飢えた獣のように血走った目で興奮状態にあった。

 みな空腹で今にも倒れそうだったが、そこは意地で魔法を放ち続けた。


 時間が経つに連れて戦士階級以外のダークエルフたちも集まり、その作戦は順調に進んだ。


 砂漠の砂が吹き飛ばされて、ロッキングヒュージタートルの足元まで及んだとき、足があらわになった。


 そのことに気付いたロッキングヒュージタートルであったが、今更気付いても、「時すでに遅し」だった。


 逃げようと必死に足を動かしても蟻地獄のように深みにはまっていく。

 更に、逃げられまいとその穴はドーナツ状にロッキングヒュージタートルを囲って包囲網を完成させていた。


 そのまま崩れては意味がないので、水魔法で慎重に地盤を固めていく。

 最終的に六本の足が現れたが、既にその足を付けられる足場は無く、必死にもがくも惨めにその足が空を切る。


「よし、そろそろだな。アイスロックかアイススピアで突起を作って仕上げだな」


 せっかく穴に落としても転がらなければ意味が無いため、引っ掛かりを作る必要があった。


「そ、それならわた――「エルサはダメだ!」」


 その役目をエルサが申し出ようとして被せ気味に却下された。


「今は無理しないでくれ、頼むから」


 本当であれば子供には花を持たせたいものだが、悪いと思いながらも事情が事情なだけにベルンハルトは、そう言わざるを得なかった。


「それじゃあ、私がやるよ」


 エルサとベルンハルトのやり取りを見ていた大人たちが遠慮していた中、カロリーナが名乗り出た。


 それを恨めしそうにエルサが見ていたが、「嫌われ役も師匠の務め」と、カロリーナは考えていた。


 そんなこんなでエルサの作戦のおかげで、ロッキングヒュージタートルの討伐に成功したのだった。

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