第05話 砂漠の行軍
フォルティーウッドのダークエルフたちは、順調に移住先の大森林へと歩を進めていた。
精霊の樹海を出たばかりのころは、幾度となくヒューマンに襲われたりした。
それでも、アシュタ帝国から離れてバステウス連邦王国入りして数日経ったころになると、全くと言っていいほどに襲われることは無くなった。
それも当然だろう。
彼らが進んでいるのは、見渡す限りの砂漠地帯なのだから。
そんな場所に盗賊たちがいるはずも無かった。
ただ、ここまで襲ってきたのは、何も盗賊ばかりだけではない。
戦争中に国境付近を完全武装した数百人の集団が居れば、バステウス連邦王国がアシュタ帝国の部隊と勘違いして攻撃してくるのは道理である。
それが昼間であれば、敵ではないと判別できた可能性もあったが、こそこそと闇夜に紛れて移動する様は、あまりにも怪しかった。
ベルンハルトは、襲い掛かってくる者には容赦しなかった。
動物や果物といった食料に恵まれた精霊の樹海に引き籠っていたため、樹海を出たらそう簡単に食料を入手することができないことを知らなかった。
ある程度の食料を準備してはいたが、瞬く間に食料が底をついた。
そのため、襲い掛かって来る盗賊たちから食料を得ようとしたが、戦時中で食料に困っているから、手っ取り早く奪う側になった盗賊たちが殆どのため、撃退してもろくな物を入手することはできなかった。
となるとベルンハルトたちが積極的に戦ったのは、正規兵たちだった。
つまり、それは軍であり、糧食部隊が存在した。
正規兵は統率が取れており多少てこずったが、魔法が得意なダークエルフたちを前に呆気なく壊滅した。
当然、取り残された糧食が彼らの腹を満たした。
彼らの意図せぬところで、それが結果的にアシュタ帝国を勝利に導いたとか、導かなかったとか……
これではどちらが盗賊かわからないが、正当防衛なため文句を言われる筋合いはない。
むしろ、日が経つにつれて、糧食を持った軍隊に襲ってほしいとさえ考えはじめたくらいである。
「まさか、砂漠が広がっているとは……」
ベルンハルトは、自分の考えが甘かったことに後悔を口にしたが、今更である。
ヘヴンスマウンテンを右手に北西に進むこと五日が経ち、エルサたちは砂漠のど真ん中を移動中だった。
バステウス連邦王国の首都を囲うようにバウス砂漠が広がっており、ここは既にダークエルフたちからすると未知の世界だった。
「お腹空いた……」
「いや、水……喉がカラカラだ……」
魔法袋にできるだけ水を満たしてきたが、この砂漠の終わりが見えないことから、朝昼夜の一日三回、一回コップ一杯までと分配する量を制限していた。
周りから、空腹や喉の渇きを訴える声が次第に大きくなっていく。
人は、極度の飢餓状態になると精神に異常をきたすと言うが、それはダークエルフであっても例外ではない。
早急に何か手を打つ必要があったが、何度も言うように辺りは見渡す限りの砂漠地帯。
食料になるものなど見当たらなかった。
「そろそろヤバいな……こうなったら魔獣でも出てくれないと、西の大森林に辿り着く前に空腹に倒れ干からびてしまう……」
「ねー、パパ。その大森林はどんな場所なの?」
「ん? えっとー、それはだな……」
エルサの意表を突く質問にベルンハルトは言葉を詰まらせた。
実は、目的地の大森林は、噂でしか聞いたことが無く、その存在も怪しいものだった。
何しろその情報の出所がウッドエルフなのだから。
「私たちの故郷より、魔力溜まりが少なくて精霊の声が聞き辛いらしいけど、魔獣も比較的弱くて住みやすい場所らしいわよ」
ベルンハルトの沈黙を見かねたのか、アメリアが
「ふーん、ママは行ったことがあるの?」
「いえ、私は無いわよ。ただ、イルマさんから外の話をお伺いする機会があっただけよ」
「イルマさん?」
エルサは、聞き覚えの無い名前に小首を傾げた。
「そーそー、俺もその話を思い出して、今回の決断をした訳だが……」
ベルンハルトは、精霊の樹海を飛び出したことを後悔しはじめたが、今更の話で、あとはその話を信じで進む他なかった。
正に精神論で、知性が高いダークエルフらしからぬ非理論的、且つ希望的観測といった稚拙な考えだった。
「この期に及んで 後悔しても遅いですよ、ベルンハルト」
アメリはそう言ってベルンハルトを
「イルマさんはね、ウッドエルフの女王様なのよ。あの人は、エルフ族らしからぬと言うか、何というか、とても自由な人なのよ。珍しい食べ物の話を耳にしては、態々その国にまで足を運び、魔道具の実験のために樹海を火の海にしたことがあるとか聞いたこともあるわね……あとは……」
アメリアは、そのあともウッドエルフの女王様の武勇伝ともいえる珍事件の話を披露した。
簡単にまとめると、そのイルマなる人は、己の欲望に素直な人柄であるようだ。
女王という地位に就きながらも、その行動理念は彼女が面白いと思うかそうでないかの二択のようであった。
白黒はっきりしていて中間のグレーが無いことから清々しい性格ともいえるが、その迷惑を
その話を聞いたエルサは、世の中は広いのだなと思ったとか思わなかったとか。
「そうだ! 師匠おおおー!」
エルサは、外の話を聞くならと、カロリーナを呼ぶことにした。
「なんだ騒々しい。こっちは腹ペコで死にそうなんだが……」
空腹のせいかイラつき気味に、エルサの元にカロリーナがやって来た。
「ごめんなさいね、カロリーナ」
「あっ、とんでもないです、アメリア様」
アメリアに謝られ、猫背気味になっていたカロリーナは、背筋を伸ばして恐縮する。
「ねえねえ、師匠。大森林ってどんなところか知ってますか?」
「どうしたんだいきなり?」
「冒険者をしていたときに行ったことがあるなら教えてほしいなと思いまして」
カロリーナが冒険者をしていたことを思い出したエルサは、もしかしたらという思いから、カロリーナを呼び寄せたのであった。
「そう言えば、おまえは俺たちの制止も聞かずにそんなことをやっていたな」
ベルンハルトは思い出したというように、カロリーナのわんぱくぶりを
エルサが居る手前、その話を突っ込まれたくないカロリーナが釘を刺す。
「何よ今更! そんな昔のことを蒸し返さないでくれる、兄さん?」
「昔って言ったってたったの五〇年前じゃないか」
「まあ、そうだけどさ……」
ヒューマンからしたら五〇年は一生と言ってもいいくらいだが、エルフ族からしたらヒューマンの一〇年ほどの感覚だろう。
「ほらほら、二人とも。昔話はそれくらいにして、エルサの質問に答えて下さいまし」
「「あっ……」」
ベルンハルトとカロリーナは、完全にエルサの質問を忘れ、ついつい昔話に花を咲かせてしまった。
アメリアが指摘するまでそのことに気付かず二人がエルサに視線を向けると、青みを帯びた銀色の双眸に涙を湛え、口を真一文字に固く引き結んでおり、そこには今にも泣きだしてしまいそうな幼子の顔があった。
エルサは、既に一四歳になるのだが、まだまだ幼かった。
「ああー、ごめんよ、エルサ。悪気はなかったんだ」
慌ててカロリーナが謝ると、「それで?」とエルサから鋭い視線が返ってきた。
「ああ……それなんだが……」
嫌な予感がする。
「実は、もっぱら東のヴァーティス王国やルドランド王国での活動がメインだったから、西のことはさっぱりなんだよねえーあはは……まいったなー」
それは当然エルサが望んだ回答になっておらず、気まずさからカロリーナは笑って誤魔化すしかなかった。
「そ、そうなんですね。それなら仕方がないです……」
結局、西の大森林のことはわからず仕舞いで、エルサは残念に思い俯いてしまった。
「ああー、だからごめんて。頼むから元気を出してよ」
ハンドレットセンティピードの襲撃から大人しくなったとはいえ、昔のわんぱくエルサを相手していたカロリーナは、見慣れないエルサの落ち込み具合を見て胸が痛くなった。
「あっ、そうだ!」
突然カロリーナが大声を出したものだから、エルサだけではなく、近くにいたダークエルフたちがぎょっとなった。
「ど、そうしたんですか、師匠?」
「良いこと思いついちゃった。あそこの岩までどっちが先に到着するか勝負しない?」
「はい? それでは余計にお腹が空くじゃないですか……」
実は、エルサも相当お腹を空かせており、気晴らしのために西の大森林の話をし出したのだが、そんなことは誰にもわからなかった。
あの襲撃事件から同年代の子供たちと遊ぶことも無くなり、日に日に笑顔が消えていく様に、大人たちは頭を悩ませていた。
だから、カロリーナも空腹で辛いのだが、エルサに元気を出してもらおうと遊びめいたことを提案したのだが、エルサから尤もな指摘を受け、失敗したと悔やむのだった。
完全に失敗だった。
否、失敗に思えてそれはまさかの結果を引き起こした。
「それで、師匠。どこに岩があるんですか?」
「「「「「んん?」」」」」
カロリーナ、ベルンハルトやアメリア以外にも周りのダークエルフたちもその話を聞いており、その全員の頭に疑問符が浮かんだ。
「どこって……すぐ目の前にあるじゃないか!」
五〇メートルほど離れたとげとげした巨大な岩山を指さし、エルサの問いに答えたのは、ベルンハルトだった。
「パパ、あれは生き物だよ?」
エルサは、さも当たり前のように言い、大人たちを混乱させたのだった。
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