第07話 エルサの秘密

 穴を掘るという作戦は、結果的にだが、そのあとの食事でも大いに役立った。


 前線から大分離れた内地まで来てはいたが、肉を焼くための焚火の火は、砂漠地帯では目立ちすぎる。


 そのため、夕飯の調理は、その穴の中で行われることとなった。


「ほら、沢山あるからどんどん食べな」


 焼きあがった肉をカロリーナがエルサの元へ持ってきたが、それを無視された。

 よっぽど、最後の美味しいところを持っていかれたのが悔しかったのだろう。


「なんだい、いらないの?」

「いりません」

「あっそう、それなら私が食べちゃうわよ」

「どうぞ……」


 エルサとカロリーナの脇でベルンハルトが焼きあがった肉にかぶりつく。


「おい、これはマジで上手いぞ! そんなこと言わずに食べてみろよ」

「い、いらない……」


 エルサだってお腹が空いてたまらない。


 解体のときに匂った内臓の匂いは、クセが強そうで、煮込み料理にしないと食べられなさそうだった。


 ムッと少し咽るような臭いだったため、今では魔法袋に収納されている。


 その臭いはエルサの食欲を半減させるほどだったが、胸肉が焼ける匂いが、エルサの鼻腔を刺激し、食欲を搔き立てる。


「ジュルリ」


 唾を啜る音を聞いて、ベルンハルトとアメリアが顔を見合わせて目を見開き、微笑んだ。


「なーんだ、やっぱりお腹空いているんじゃないの。子供は我慢するもんじゃないよー」


 カロリーナもその音を聞き逃さなかった。


「べ、べつに我慢してない……です」


 そう言って顔を背けようとするも、視線はカロリーナが持つ皿の上の肉から離れようとしない。

 カロリーナがゆっくり亀肉のステーキを差し出してみる……


 その差し出された木のお皿へエルサの手が伸びる。


 が、


 寸でのところで出した手をさっと引っ込めてしまった。


 それを見かねたアメリアは、優しくエルサに問いかける。


「エルサ、そう意地を張らないでも良いのよ」

「違うもん……」

「エルサだってわかっているでしょ。パパはね、心配なのよ」


 アメリアは、エルサと同じ青みを帯びた銀色の双眸を細めて微笑んだ。


「そ、それは……わかってる。けど……」

「けど?」

「……何でもない」


 エルサは、自分の置かれている状況を子供なりに理解していた。

 でも、それを納得することは、できなかった。


 魔力弁障害。


 エルサが患ったであろう、病名。


 魔力弁障害は、体内の魔力が勝手に漏れ出してしまう病気で、その量は個人差がある。

 その障害の人は、睡眠時が一番効率よく魔力が回復するため寝たきりで過ごすか、余計な魔力を使用しないように安静にして魔力切れになるのを防ぐ。


 治療薬はあるが、材料の一部が魔族領にしかなく、入手がかなり困難であるため、応急処置としてマジックポーションを飲み、魔力がゼロにならないように気を付ける必要がある。


 病状が深刻化すると朝方調子が良くても、夜には魔力が枯渇して動けなくなる。

 それは、安静にしていてもだ。

 無理して魔法なんか使用したら、「死」あるのみなのである。


 だから、先程の戦闘でエルサが魔法を使用したことを叱り、仕上げの魔法も使用させなかったのは、ベルンハルトの親心であった。


 ただ、エルサは比較的症状が軽く、魔法さえ使用しなければ魔力切れを起こす心配はない。

 むしろ、魔力量が多いエルサであれば、多少の魔法くらい使用しても問題ない。


 だから、エルサはみんなの役に立ちたくて魔法を使ったりするが、ベルンハルトやアメリアからしたら、無理して倒れてしまうのではないかと気が気じゃない。


 魔力残量は、本人であれば感覚的にわかるが、エルサは無理をしがちで危なっかしい。


 そもそも、エルサが魔力弁障害の可能性があると何故わかったかと言うと、先日の訓練時に倒れてしまったからである。


 全てを把握しきれている訳では無いため、心配するなという方が無理である。


 それは、ほんの二週間ほど前。


◆◆◆◆


 エルサは、いつものように強くなりたい一心で訓練に励んでいた。

 

 エルサは、基本魔法である火、水、風と土属性の初級魔法をマスターしていた。


 風魔法であれば、中級まで使用できるようになっており、ついに上位魔法である電撃魔法の訓練を開始したある日のこと。


 上位魔法である電撃魔法は、基本魔法より消費魔力が多いため、万全の状態で臨んだ。


 何度もアメリアの詠唱を聞き、呪文のリズムも覚えた。

 最初の数回は、覚えたつもりでも微妙なズレがあったのか、電撃魔法は発動しなかった。

 五回目の挑戦で、やっと発動に成功した。


 上位魔法であるため消費魔力も多く、一度の行使でエルサの半分近くの魔力を消耗したが、感覚的にもう一発は撃てると思ったエルサは、コツを忘れないうちにもう一度サンダーボルトを撃った。


 そこまでは、問題なかった。


 残りの魔力が心もとなくなったため、その日の訓練を終わりにして、アメリアにコツなどを聞きながら復習していたら、突然エルサは倒れてしまった。

 ただの魔力切れなら、アメリアとカロリーナは、疑問に思わなかっただろう。


 魔法は、魔力が足りないと発動しないが、ギリギリ足りれば発動するのだ。

 その場合、魔法を使用した直後に気を失うもので、エルサみたいに時間差で症状がでることは無い。


 それなのに、エルサはまるで魔力切れの症状のように気を失ったのである。


 更に、魔力切れで気を失ったとしても、ふつうは丸一日眠れば魔力が全快するのだが、エルサは中々目を覚まさず、そのまま丸三日ほど寝込んでしまった。


 当然ベルンハルトとアメリアだけではなく、フォルティーウッドのみんなが心配した。


 エルサが目を覚ましたとき、アメリアは原因を探るためにエルサに色々と質問した。

 エルサは、素直に魔力が流れ出ていることを自覚していたことを説明した。

 ただ、それが微量だったためあまり気にしていなかったことも含めて。


 その結果、魔力弁障害の可能性が浮上し、フォルティーウッドの里は騒然となった。


 魔力弁障害は世界共通で認識されている病で、珍しい病気であるが一定数存在しており、認知もされている。


 問題なのは、安寧の祈願で守られてるはずのエルフ族は、病気に掛かることが無いとされているにも拘わらず、エルサが病気だと判明したことだろう。


 しかも、成長したら巫女を受け継ぐはずのエルサが、だ。


 魔力弁障害は、魔力が漏れ出る病気で、エルフの巫女は魔力を精霊王に捧げる役割がある。

 魔力弁障害のエルサが安寧の祈願を行えるかと言ったら、それは難しいだろう。


 結果、精霊王が全く信用ならない存在だと証明されたのだった。


 ベルンハルトは、ハンドレッドセンティピードの襲撃をきっかけに、精霊王やウッドエルフたちに色々と思うところがあって移住を検討していた。


 当然、夫婦喧嘩になるほどベルンハルトとアメリアは言い合っていた。


 その場面を見たエルサが、アメリアに愛されていないと勘違いしたりもした。


 移住に賛同する者は、巫女であるアメリアが反対しているため少数であったが、エルサの病気が判明したことで、頑なに移住を拒否していたアメリアはベルンハルトの説得に、首を縦に振ることとなった。


 それからアメリアを筆頭にフォルティーウッドの住民全員が移住に賛成し、此度の大移動を行動に移したのだった。


◆◆◆◆


 アメリアに諭されたエルサは、そのときの様子を思い出した。


「みんなわたしのことを心配して……」


 エルサは、反省した声音でそう言ったが、実のところ、もう我慢の限界だった。


 エルサは、カロリーナが持っていた皿を奪うように取り、亀肉ステーキを手掴みで口に放り込んだ。

 しんみりしていた雰囲気はどこかへ吹き飛ばされ、エルサが荒々しく肉にかぶりついている。


「「「えっ……!」」」


 当然、三人は言葉を失った。


 そして、あっという間に皿の肉がなくなり、エルサは空になった皿をカロリーナの方に突き出した。


「……ん……」


 口の中にはまだ残っており、エルサは一生懸命に咀嚼しているせいで話せない。

 

 これは、「おかわり」の要求だろう。


「あー、はいはい、ちょっと待ってな。今すぐ持ってくるから」


 カロリーナは苦笑いしながら皿を受け取り、肉焼き場に向かって、穴の中に飛び降りた。


「エルサ、食べるならこれ――「ん」」


 ベルンハルトが言い終わる前に、エルサはその肉に手を伸ばし、また肉を頬張った。


 そこへ、カロリーナが戻ってきた。


「なんだよ、エルサ。すぐ持ってくるって言ったのに我慢できなかったのかい?」


 その様子がおかしくて、カロリーナはクツクツと喉を鳴らして笑った。


 エルサの無言のおかわり要求が五回ほど続き、満腹で満足したのかエルサに笑顔が戻っていた。


「よっぽどお腹を空かしていたのね」

「ああ、そうだな。これで機嫌は直ったかな?」


 その様子を見たアメリアとベルンハルトは、笑い合いほっと一安心。


「そう言えば、他に隠していることは無いだろうな?」

「え、何のこと?」

「何のことって、そりゃあ魔法眼のことだよ。魔力が漏れていることも黙っていたし、あのときのように、『みんなも同じだと思った』は、無しだからな!」


 魔力弁障害で倒れてしまったときのエルサは、漏れ魔力が微量で生活に支障が無かったため、みんなも同じだと思っていたと説明した。


 それは勘違いなのだが、そう考えたのは魔法眼のせいだと思えば納得できる。

 何故そう思ったのか聞く余裕があれば、もっと早く魔法眼のスキルのことがわかっただろう。

 ただ、あのときのベルンハルトたちには、その余裕が無かった。


 魔力は、呪文を詠唱して魔法を行使しない限り消費されることは無いと言われているが、微量の魔力が大気中に放出されることがあり、その代わりに大気中の魔素マナを取り込んでいるため過不足は無い。


 皮膚呼吸をイメージしてもらうとわかり易いだろう。


 それを魔法眼で見たエルサは、その量が少し多いだけで自分とみんなは同じだと考えており、病気だと認識していなかった。


「これって精霊の声じゃないの?」

「ま、まあ、そうなるか……」


 エルサの勘違いを知り、ベルンハルトは天を見上げた。

 そこには満天の星空が広がっており、ベルンハルトの気苦労を他所に、その星々が光り輝いていた。


「でも、私は納得ですよ、ベルンハルト。何と言っても電撃魔法を数回で成功させたのですから。きっと私の魔力の流れを見ていたのね、エルサ」

「うん、そうなの。他の魔法もみんなのを見て感覚を掴んだの」


 この世界の常識では、魔法は呪文を正確に唱えられれば発動するものとされている。

 真実は、イメージが最も重要で、イメージがしっかりしてさえいれば呪文の詠唱は必要ない。

 呪文は、あくまでイメージを補うものであるはずが、魔法が開発されてから二千年の時を経て歪められ、呪文が最重要だと誤って伝わっているのだった。


 エルサが風魔法だけ中級まで使えるのは、周りの大人たちが使うのが風魔法を基本としていたからである。

 魔力の流れを見ているため、無意識にエルサも同じように魔力操作をしていたのだった。


 しかし、このときは誰もそのことに気付くことはなかった。

 いや、気付くことなどできるはずも無かった。


 魔法三大原則――

 魔法とは、この大地に宿る神聖な力を行使するもの。

 魔法とは、詠唱をして発動するもの。

 魔法とは、詠唱を省略すると効果が弱まる。


 それほど、魔法の三大原則は種族問わず有名で、それが常識とされていた。

 もし、気が付いたとしても魔法の三大原則が有名すぎて試しもしないだろう。


 しかし、エルサはその真理を知ることになる。

 それは、もう少し先の話だが、エルサの人生を変える出会いとなるのだった。

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