第049話 ラルフの秘密
ミラのことを説明し終えたコウヘイは、冷めきったお茶を飲みながら、ラルフとアリエッタの反応を待った。
色々と隠すと話が繋がらないため、無詠唱のことも含めて説明したことで、色々と悩んでいるのだろうか――――
僕は、沈黙の中、無詠唱のことまで話す必要はなかったかなと、今更後悔し始めた。
この二人なら口は堅いだろうと、何の根拠も無いままそう信じたのだった。
ただし、それは完全に賭けだった。
万一、二人が敬虔なデミウルゴス神教徒だった場合、「神への冒涜だ!」と僕たちを批判してきてもおかしくないのだから。
それでも、押し黙っている様子から、反応に困っているだけかもしれない。
そうして、ひとしきり唸ってからラルフさんが口を開いた。
「なるほど……通りで見かけたことがないと思ったら、他国の冒険者でしたか」
あれ? 無詠唱のことには触れないのか?
無詠唱のことを抜きにしても、もっと突っ込むところがあったけど、大方ダンジョンで倒れていた冒険者を僕たちが保護をしたとでも思っていたのかもしれない。
僕としては、また質問攻めにあわなくて済むため安心した。
「まあ、他国でもランクは共通ですから、問題ないでしょう。アリエッタくん、パーティー登録の手続きを話しのあとにするように」
「承知しました」
他人行儀な二人の遣り取りに違和感を感じたけど、それは仕事モードに入ってくれたということだろう。
それじゃあ、早速本題に入りますかな、と僕が口を開こうとしたら。
「ふうむ、無詠唱には触れないんじゃな」
おっと、イルマさん!
何を考えているんですかあなた!
僕が良かれと思って言うときは、余計なことを言うなと言い。
僕が余計なことを言わないようにしていると、イルマが言う。
でも、待てよ……
僕は考え直す。
そういうときに限って、イルマの言動が正解だったりする。
「えっ、あ、いやー、無詠唱なんて珍しくないですからな」
「ほーう、無詠唱が珍しくない、じゃと?」
やっぱり今度もイルマが正しかったようだった。
ラルフさんは、取り繕おうとして墓穴を掘った。
魔法の三大原則があるこの世界で、無詠唱が珍しくない訳はなかった。
そもそも、無詠唱が世に知れ渡っているなら、そんな法則は破綻してしまう。
まあ、実際、破綻しているんだけど、今はそうじゃない。
どうやら、ラルフさんはデミウルゴス神教徒ではないのかもしれない。
それに、僕たちだけが秘密を話すのは面白くない。
そう思った僕は、ラルフさんの秘密を知りたくなった。
「無詠唱が珍しくないとは、どういうことでしょうか? 僕も色々と説明したのですから、そこのところ詳しくお聞かせ願いたいですね」
絶対、今の僕は悪い顔をしていると思う。
その証拠に、僕の追撃の言葉にラルフさんは頬を引くつかせている。
その隣で、アリエッタさんは、盛大にため息を吐いていた。
「うっ、いや、実は……私も無詠唱を使えるんですよ。身体強化だけですけどね」
諦めたのかラルフさんが白状した。
まさかとは思ったけど、ラルフさんは、凄い人だったようだ。
「それはどうしてできるようになったんですか? この世界ではかなり凄いことですよね」
僕は、もう少し突っ込んで聞いてみることにした。
「私はこう見えても戦場で生きてきた口なんですよ」
そうは見えないでしょうがね、と言いたそうな口ぶりで話し出したラルフさんに対し、「言われなくてもわかる」と、突っ込みたい衝動に駆られたけど、僕は堪えた。
そのガチムチの隆起する筋肉を見れば明らかだし、どこをどう見ても戦士にしか見えない。
「ある戦で、私の腹を穿とうとした敵の槍が迫るのを見て、もう駄目だと思ったときに勝手にプロテクションが発動したんです。それからですかね、身体強化なら意識しただけで発動できるようになったのは」
「それは凄いですね」
僕が無詠唱を使えるようになったのは、日本での知識によるイメージ力に因ることが強い。
それをラルフさんは、無意識に行ったというのだから、素直に凄いと思った。
「うむ、確かに凄いのう。やはりヒューマンは、面白い」
イルマもラルフさんの説明を聞いて驚いていた。
イルマは、何百年も生きているのに、そのことに気が付いたのは僕の存在が大きかった。
「でも、このことは領主様や近しい者以外、私も秘密にしていますので、そこのところは宜しくお願いします」
「ええ、お互い様ですから、僕たちのことも宜しくお願いしますね」
ラルフさんも同じ考えなのか、手の内を明かしたくないのだろう。
これで僕たちの秘密も守られるだろう。
もしかしたら、僕たちやラルフさんが秘密にしていたように、他の誰かもそのことに気付いていたのかもしれない。
それを公にしなかったのは、恐らくデミウルゴス神の存在が大きいかもしれない。
話に一区切りついたところで、ラルフさんがやっと本題に入ってくれた。
「さて、それでは魔獣の対策ですが、どうしましょうかね」
僕たちに聞いてくるけど、正直どうしたら良いのかわからない。
「まあ、一般的には、ソロ行動を禁止して、単独パーティーでの行動も禁止じゃな。ダンジョンに潜る場合は、一〇人前後が妥当じゃろう。多すぎても身動きが取れんからの」
「そうですな。イルマ殿の案で行きますか」
対策会議は呆気なくそれで終わった。
本当に呆気なかった。
今までの僕の説明が何だったのだと言いたいくらい、イルマの一言で全てが解決した。
「えっ、本当にそれだけで良いんですか? ほら、ランクで制限を設けるとか他にも決めることがあると思うんですけど」
悔しくなった僕は、無駄に会議を長引かせようとした。
「そう言われましても、正直ここにいるカッパーランクの冒険者も実力的にはシルバーランクと大して変わらないんですよ。そこのミラ殿と同じで、筆記試験に落ちているだけで、実践経験は豊富ですし、帝都と違ってゴールドランク冒険者なんてイルマ殿とファビオの二人だけですからね」
なんだってー!
まさかの事実に、空いた口が塞がらなかった。
「正直、制限を掛けてギルドの儲けが無いのは、テレサにとっては、財政的に死活問題なんですよ」
まさかの経営上の理由だった。
「ギルドマスターがそれで良いんですか? 冒険者が危険な目に合うんですよ」
僕は負けじと情に訴えてみた。
「いや、だからこその集団行動です。そうすれば、中々パーティーを組めなかった者も仲間を見つけられるし、かえって良い方向に進むと思いますよ」
「た、確かに……」
そう言われてしまっては、僕は何も言えなくなった。
「それでは、以上で良いですかな?」
「あ、はい。ありがとうございました……」
今度こそ打ち合わせは終わりとなり、それぞれ立ち上がって打ち合わせ室を出ることになった。
――――コウヘイは、釈然としない様子であったが、こればかりは仕方がないだろう。
それだけテレサにとってダンジョンから得られる恩恵が大きい。
既に多くの冒険者がテレサを離れ、商業施設の売り上げが落ち込んでおり、その収入が減れば、税収が減ってしまう。
更に、コウヘイは、勇者として魔獣被害から人々を守ってきたが、それは冒険者とて同じである。
魔獣を恐れていては冒険者稼業など務まる訳がなかった。
コウヘイの考えは、冒険者たちを少し甘く見ていたのだ。
そのことで、今後不要ないざこざが起きないことを祈るばかりである。
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