第050話 ランクアップ

 ダンジョンの魔獣対策会議が終わり、みなが立ち上がって部屋の出口に向かい始めたとき。

 ラルフが思い出したかのうにコウヘイたちを呼び止めた――――


「ああ、それから、ゴブリンジェネラルを二頭も討伐したんですから、ミラ殿のパーティー登録と一緒にランクアップの手続きもしていって下さいね」

「おお、やっとカッパーランクですね」


 ラルフさんの申し出を聞いた僕は、やっとアイアンラックから抜け出せることに頬を緩めた。


「何を仰っているんですか。それだけの功績を上げながらカッパーランクな訳ないじゃないですか。ツーランクアップでシルバーランクですよ」

「え! 筆記試験は受けなくていいんですか?」


 快活に笑っているラルフさんの思わぬ発言に僕は、思わず聞き返してしまった。


 この世界の冒険者事情として高い壁となっている筆記試験。


 この世界に召喚された当初から話し言葉は理解できた。

 召喚者特有の恩恵なのか、自動通訳スキルみたいなものがあるのかもしれない。

 それでも、文字は全くの別物で、理解できなかった。


 召喚されてから半年間必死に勉強してある程度理解できるようになったものの、書く方は未だ不安が残るレベルだった。


「そこは、ギルドマスターの権限ですよ。権限は乱用するものではないと思いますが、使うべき時に使わなくてどうするんですか」


 それは何ともありがたい。


「良かったのう、コウヘイ」

「やったね、コウヘイ」

「うん」


 これで胸を張れる。


 僕たちがシルバーランクの冒険者パーティーを名乗れるのは、イルマがゴールドランクだからなのだ。


「当然、エルサ殿もシルバーランクですよ」

「えっ、本当! やったー」


 エルサも相当嬉しいのかその場で飛び跳ね、それを表現した。


 僕がミラを背負っていなかったら、間違いなく抱き付かれただろうな。


 実際、僕の方をチラ見し、変な間があった。


「イルマ殿には申し訳ないですが、ミスリルランクへは流石にギルドマスターであろうと、試験無しでランクアップさせるのは無理でして……」


 やっぱりミスリルランクとなると、そう簡単では無かった。

 ただ、ラルフさんは、申し訳なさそうにペコっと頭を下げ、悔しそうな表情をしていることから、相当残念なのだろう。


 ミスリルランク冒険者が拠点を置いているというだけで、そこの冒険者ギルドに箔が付くらしく、ギルドが設置されてから間もないテレサ冒険者ギルドとしては、是非ともイルマに早くミスリルランクになってほしいのだと思う。


「わしはゆっくりやるつもりじゃからべつに構わんよ」


 イルマはイルマで、そのことを残念に思う素振りはせず、相変わらずだった。


「それでは残っている冒険者たちにダンジョン探索解禁と条件を案内してきますので、私は先に失礼させていただきます」


 そう言うなりラルフさんは、足早にギルドホールの方へ姿を消した。


「それではコウヘイさん、手続きを済ませちゃいましょう」

「はい」


 僕たちは、アリエッタさんの後に続き、ミラのパーティー登録、僕とエルサのランクアップの申請を行うこととなった。


 眠っていたミラには申し訳なかったけど、冒険者カードを出してもらうために起きてもらった。


「あ、コウヘイさん、ごめんなさい。もう大丈夫です」


 目を覚ましたミラは、背負われていることに気が付き、慌てて背中から降りた。


 眠そうに目を擦ってはいたけど、その立っている様子に虚脱感が無かったからもう大丈夫だろう。


 病み上りのミラにとって、五階層から一気に駆け上がったのは無理があったようで、打合せ室に入るなり眠りに落ちてしまったのだ。


 少しずつ魔力を与えるのに苦労をしたけど、僕も魔力操作が大分うまくなってきたと思う。


 僕たちが手続きをしていると、ラルフさんが冒険者たちに向けて先程の件を発表していた。


 ギルドホールは、魔獣が強くなっていることが事実だと発表されどよめいた。

 ただ、それは一瞬のことで、ダンジョン解禁の知らせで歓声が巻き起こった。


 話には聞いていたけど、相当不安だったのだろう。

 既にテレサを離れた冒険者もいると聞いていたし、ここに残った冒険者は住居を構えている者が殆どらしい。


 その様子を見て、苦労はしたけど人の役に立つ情報を持ち帰れたことに、僕は達成感を覚えた。


 色々な面倒ごとの末にテレサを新たな拠点に決めた訳だけど、そうして本当によかったと思う。


 帝都を離れ、もう少しで二週間を迎えようとしていた。

 それでも、帝都からの追手が掛かっていることもなさそうなので、テレサに腰を据えてダンジョン攻略に挑むのも良いかもしれない。


 すると、アリエッタさんが立ち上がり、銀色に輝く冒険者カードを手渡してくれた。


「はい、これで手続きは全て終了です」

「ありがとうございます」


 その輝きを認め、感慨深いものを感じた。

 

「いやー長かったな……」

「コウヘイさん?」

「何でしょうか?」


 今までの苦労を思い出して思いの内を吐露したら、アリエッタさんが不思議そうな顔をしていた。


「いえ、何と言いますか……ゴブリンジェネラルをたったの三人で倒したとなると、ゴールドランクに上がってもおかしくないくらいの偉業ですよ。ただ、ただですよ、冒険者になって一か月にも満たないので、本来は異例どころか異常な早さなんです」


 そうでした。


 ここ数日が色々とありすぎて、もの凄く長く感じていたけど、勇者パーティーを追放されて二一日、冒険者になって丁度二〇日目だった。


「これは、他の冒険者ギルドに難癖付けられないためのシルバーランク止まりだということを自覚してください」


 偉業と言われたのだから褒められているのだと思うけど、アリエッタさんの語気が心なしか強く、何故か、怒られているのでは? と錯覚し、変な汗が出た。


「い、嫌だなー、違いますよ。召喚されて半年経ってやっと一人前になったんだなと思ったんですって。あはははは……」


 咄嗟の言い訳も渇いた笑い声のせいで、取って付けたような微妙なものとなってしまった。


「それなら良いんです。少しはマスターの苦労も理解してくださいね」

「はい、当然です。ありがとうございます」


 だから、偉業だと褒めながらも、その目が、 と、僕の笑顔は引きつってしまう。


 ただ、アリエッタさんの態度には、ちゃんとした理由があった。


 ダンジョンが発見され、冒険者ギルドが設置されてから未だ一年足らず、ラルフさんはある種の新参者扱いで苦労しているらしい。

 貴族といえども、所詮騎士爵だから風当たりが強いのかもしれない。


 そして、お待ちかねの報酬の話となり期待に口角が上がった。


 何と言っても、この五日間で千匹以上の魔獣を討伐したんだ。


 期待するなという方が無理である。


 が、


 アリエッタさんの話を聞き、僕は落ち込むことになる。


「それと、魔獣討伐の報酬ですが、数が数ですので数日お時間をいただけないでしょうか?」

「あ、やっぱそうなります?」


 討伐した数が数だったため、僕たちは解体をせず、全てイルマの魔法袋にぶち込んでいた。


 だから、冒険者ギルドの解体請負サービスを利用することにした。


 しかし、イルマの魔法袋から放出される魔獣の数に、ギルドの解体担当が途中で待ったを掛けたほど常識はずれな数だったらしい。


 当然、魔石は魔力を抽出するために必要なため、その取り出しも依頼している。


 そういう事情があるため、魔獣調査のクエスト報酬である金貨一枚だけ受け取り、白猫亭に戻ることにした。


「まあ、これだけあれば今夜は十分だよね。さあ、今夜はぱーっとやろう!」


 その金貨をみんなに見せ、高らかに宣言した。


 ミラは、その金貨を見つめて喉を鳴らし、「おおぉぉぉ」と唸った。

 しかも、ありがたいものを見るように拝みはじめたのだった。


 もしかしたら金貨を見るのが、はじめてなのかもしれない。

 エルサとイルマにもミラを見習ってお金のありがたみを理解してほしいよ。


 僕は僕で、その金色に光る硬貨を見つめ、ぐっと握り拳を作った。


 ようやく僕もここまで来た。


 エルサに出会う前。


 サダラーン冒険者ギルドで、他の冒険者が報酬で金貨を受け取っているのを見て、僕は惨めな思いをした。


 まだ……


 まだ、たったの一枚だけと、僕にとってその一枚は大きかった。


 新しくミラが加入し、これから四人で頑張るんだ! と、金貨を魔法の鞄にしまい、ギルドを出ようとしたとき、


「ねえねえ、そこのミスリルの魔法騎士様、ちょっと、お話していかない?」


 と、女性の声が聞こえてきた。


 一瞬、誰のことだろうと思ったけど、


「ねー、そこのミスリルのプレートアーマーの大きなお兄さん!」


 と、言われてようやくそれが僕のことだと理解できた。


 そう言えば、電撃魔法を使えると言ったら、誰かが僕のことをそんな風に言っていたのを思い出した。


 ――――追っ手が掛かっていないことから、テレサを当面の拠点と定めたコウヘイは、このまま平穏に、地道に冒険者をするつもりだった。


 しかし、コウヘイを、「ミスリルの魔法騎士様」と呼び、声を掛けてきたこの女性との出会いが、コウヘイの運命をまた悪戯にかき乱すこととなるのだった。

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