第048話 少女の過去はあまりにも

 ダンジョン――ラルフローラン――の五階層の広間全体を覆うように直系三〇メートルほどの金色に輝く魔法陣が刻まれ、コウヘイたち四人が姿を現した――――


 空気が変わった――


 木々の湿っぽい臭いとはまた別のかび臭い湿り気を感じ、ここがダンジョンの洞窟内だと認識できた。


 僕たちは、無事にゴブリンジェネラルを倒したあの広間に戻って来ていた。


「くっ、やっぱりか!」


 転移魔法陣の光が収まり、周囲の状況を確認すると、やっぱり魔獣たちがそこにはいた。

 流石にゴブリンジェネラルはいなかったけど、二〇匹ほどのゴブリンたちに僕たち四人は取り囲まれていた。


「イルマはミラを守って、僕とエルサで殲滅する。エルサ、いいねっ」

「うん、任せて」


 転移魔法で戻ってくる前に僕の魔力をミラに分け与えてはいたけど、まだ本調子でないため、数日は戦闘に参加させないようにと、ニンナからきつく言われていた。


 二〇匹程度のゴブリンであれば、僕は身体強化でゴリ押し気味にメイスを振るい、エルサは魔法とショートボウを器用に使い分け、ものの数分で戦闘は終了した。


「やっぱり誰かがここを通ったあとなのかな?」

「まあ、そうじゃろうな」


 僕たちが倒した以外のゴブリンの死骸が転がっており、右耳が無く胸の部分が抉り取られていた。

 それは十中八九、冒険者が討伐証明部位と魔石のために行った行為の跡だった。


「ダンジョン探索が解禁されたか、ファビオさんたちにも魔獣調査依頼をするってアリエッタさんは言っていたし、あの人たちかな?」


 そんな予想をしながら、四日前に通って来た道を上層へと向かう。


 相変わらずゴブリン相手では魔獣の強さの変化はわからなかったけど、相変わらず数も多かった。


 それでも雑談をする余裕はあった。


「そうそう、何度も聞くようだけど本当に何も覚えていないの?」

「あ、はい。コウヘイさん、ごめんなさい」

「いや、謝ることは無いよ。それにしても本当に不思議だよね……」


 別れ際にミラとどういう経緯で盟約を結ぶことになったのかをニンナに聞いたら、ミラは盟約の相手ではないと断言したのである。


 しかし、ミラを助けに向かう前は、はっきりと、「古き盟約に従い駆け付けた」と言っていたし、名をミラとも言っていた。


 その本人であるミラにも聞いたけど、精霊の樹海の最深部まで来たのはこれがはじめてだし、精霊王であるニンナと会ったのもはじめてだと言う。


 しかも、驚くことに、そこまで来た記憶が無いと言ったのである。


 ニンナは、魔力消失による一時的なショック状態だろうと言ったけど、何とも怪しい。

 あの人は、すぐばれる嘘を付く上に、誤魔化し方が下手だった。


 そんな精霊王の人間臭いとこは、好意を持てる。

 実際は、めんどくさかったけど……


「まあ、それはおいおい思い出していけば良いじゃろうて」

「うん、そうだよね」

「うーん、でも不思議だね」

「ですねー、私も不思議です」


 イルマが一番の年長者らしいセリフを言い、僕は同意する。

 エルサは、さっき僕が言ったように不思議がり、とうとう本人であるミラでさえ不思議がっていた。


 本当に不思議だ……


 はじめて言葉を交わしたときは、貴様呼ばわりされ、一人称がボクだったのに、今では、僕をさん付けで呼び、一人称が私になっている。


 俗に言う多重人格とでもいうのだろうか。


 僕は、この世界でもそんなことがあるものなのか、あとでイルマに聞こうと心のノートにメモをする。


「念のため確認だけど、冒険者で良いんだよね?」


 ニンナから色々と聞いていたけど、そのどれもが信じられなくなってしまった僕は、一から聞き直すことにした。


「あ、はい。アシュタ帝国の冒険者でカッパーランクでした」

「えっ、そんなに魔法を扱えるのに?」


 アシュタ帝国は、精霊の樹海の南にある国で、デミウルゴス神皇国を除いて、サーデン帝国の次に国土が広い国力第二位の大国だと、イルマから先日聞いていた。


 ゴブリンジェネラルたちとの戦闘の記憶が無いと言ってはいたけど、あの場に他の勢力はいなかった。


 となると、覚えていないだけで数百匹のゴブリンを倒した存在は、ミラ以外ではあり得ない。


 しかも、ミラから千発の魔法を撃ったことがあると聞いているので、冒険者であれば間違いなく高ランクだと思っていた。


 アシュタ帝国も実力主義の軍事国家だと言っていたから、冒険者のレベルも高いのかもしれない。


「……それが、私は読み書きができなくてランクアップ試験を受けられないんです」

「そ、それは……」


 それは残念だと言おうとして止めた。

 実力以前の問題で、ギルド規約による制限だったようだ。


 そうなると、実際の強さは不明だな。


「実は、仲間たちの間でも有名な話で、日の目を見ない天才と呼ばれていました」


 これはまずいことを聞いたと反省するも、つい余計なことを聞いてしまった。


「仲間? そう言えば、こんな状況でいうのは……申し訳ないというか、なんというか、急にこんなことになって大丈夫だった?」


 ミラは答えなかった。


「あたっ。イルマ、何するんだよ」


 後ろにいたイルマに飛び蹴りされ、小声で、「あほっ」と言われてしまった。


「あ……、ごめん」


 何が大丈夫だった? だよ。


 無神経な発言を取り消したくても、既に発してしまったことを無かったことにはできない。

 だから僕は謝ることしかできなかった。


 ニンナからミラを魔法が使用できない身体にしたと言われたけど、それは不可能だと考えており、心のどこかでそれは自分のせいじゃないと思っていた。

 だから僕は他人事のように考えていたせいか、ミラへの配慮に欠けていた。


 つい最近まで魔法が使えなくて悩んで、悩んで、悩んで苦しんでいたこと。

 勇者パーティーから追放され、想い人の葵先輩からも拒絶され、悲しい想いをした自分自身のことをすっかり忘れてしまっていた。


 いつから僕は、こんなにも無神経な男になったのだろうか。

 内気だった僕は、あまり積極的に人と関わってこなかった。

 だから、適切な距離感という物がよくわかっていなかった。


 その経験の少なさから、僕はつい思ったことをそのまま言ってしまうという過ちを犯した。


「気にしないで下さい。正直……良かったとさえ思っているんですよ」


 ミラの表情は、何故か晴れ晴れとしていた。


 なんか、凄く良い子じゃないか。


 僕は、どうしてそう思うのか聞きたかったけど、これ以上余計なことを言うまいと黙っていたら、今度はエルサが天然ぶりを発揮した。


「えー何でー? わたしだったら絶対許さないけどな。無詠唱ができて何万発も魔法が使えたら無敵じゃん」

「うっ」


 僕は再び胸を抉り取られた気分になった。

 僕が一番気にしていたことを言われ、ミラの反応が気になってその顔を盗み見た。


「あは、そういう考え方もあるかもしれませんね」


 僕の予想とは裏腹に、ミラは少女らしい花のように笑いながらエルサに答えた。


「でも、無詠唱って、何ですか?」


 世界樹の謁見の間で、ミラが無詠唱で魔法を放とうとしたことを説明してあげた。

 どうやらそのことも覚えていなかったようだった。


「そ、それは記憶が無いとはいえ、ごめんなさい」

「実際に攻撃された訳じゃないから大丈夫だよ」


 杖で思いっきり殴られたことは、ミラのために黙っておいた。


「それにしても、無詠唱魔法に驚かれないんですね?」


 まあ、当然の疑問だよね。


「うん、だってコウヘイも無詠唱魔法使えるもん。わたしとイルマも特訓中なんだ」


 エルサが僕の代わりに説明してくれた。


「へー、そうなんですか。それはなんだか嬉しいです。実のところ無詠唱魔法のことは、ずっと隠していたのでやり辛かったんですよ」


 ミラは秘密を共有できる仲間を見つけたかのような笑みを僕に向けてきた。


 やっぱり考えることは同じなんだね。

 僕たちも、他人には無詠唱のことを秘密にしている。


 魔法の三大法則は、デミウルゴス神皇国が大々的にいっていることであり、それを否定することは、神の冒涜になる可能性があるのだ。


「てか、私は何万発も使えるとは言っていませんよ。もしかしたら可能かもしれませんけど、そこまで試す前に怖くなっちゃったんです」

「ん、どういうこと?」


 ミラとの会話を完全にエルサに任せ、僕は完全に聞き役に徹した。


「何故かわかりませんが、自我が芽生えたころには誰かに教わった訳でもないのに、魔法の使い方が感覚でわかっていたんです」

「え! パパやママに教わった訳じゃなくて?」

「ええ、実は、私、修道院で育った孤児なんです。あの当時は、隣国のバステウス連邦王国とユスティ王国に挟撃され、至る所で戦火が絶えなかったそうで、マザーが言うには戦争孤児らしいですよ」


 ミラの表情に悲壮感はなく、そうらしいと淡々と言ったけど、


「あ……、ごめん」


 と、エルサは、肩を落として落ち込んだ。


「やっぱり二人は揃いも揃ってあほじゃな」


 イルマが僕まで含めて、後ろから言ってくる。


 日本と比べてこの世界は、戦争や魔獣被害による孤児は珍しくなかった。

 イルマ曰く、親の話を他人から振るのは、日本で宗教や政治の話をするのと同様に初対面では、タブーとされているらしい。


 ミラは、気にした様子もなく説明を続けた。


「まあ、孤児でしたから大人になってもやれることは限られているので、冒険者登録ができる一三歳の年に私は冒険者になったんです。幸い魔法が得意でしたので冒険者として順調にやっていたのですが、そのころから記憶を無くすことが増えたんです」


 そうミラが言葉を切り、沈黙した。


「そ、それで?」


 僕が意を決して先を促してみる。


「それで、気が付くと必ず一緒にパーティーを組んでいたメンバーが死亡していたんです。それも全員……」


 今度のミラの表情は暗い。

 その当時を思い出しているのだろう。


 走る足を止めることは無かったけど、ミラは自分の身体をかき抱くように身を小さくさせていた。


「しかし、それはお前さんがやった訳では無いんじゃろ?」


 イルマが言うように僕もそう思いたいけど、怖くて聞けなかった。


 もし、これでミラがやったと言われたら、イルマも加入して三バカトリオならぬ三あほトリオ結成である。


「はい、それだけは絶対ありません。みんな魔獣にやられた傷跡があったので、私が罪に問われることは一度もありませんでした。ただ、その噂が広まり誰も私とパーティーを組んでくれる人はいなくなり、ここ二年程ずっとソロでやってきました」


 ミラがやったのでは無いと聞いて僕は安心した。


 更に、身寄りもなく、ソロでやっていたなら、魔法の制限ができたかもしれないけど、ミラはそういう意味で、「正直、良かったとさえ思っているんですよ」と言ったのだろう。 


「ふむ、それなら問題ないじゃろ」


 ミラの答えを聞いて、イルマは安心したのか一歩後ろの位置に戻った。

 イルマは、ミラが僕たちのところにいても問題ないか、確かめたかったのかもしれない。


「あ、はい。それで話を戻すと、一人になってから自分の実力というか、限界を確かめる意味で人が寄り付かないような場所で、魔法を撃ち続けたのですが……何発撃っても魔力切れになることが無かったんです。途中で数を数えるのも止めてしまい、日が暮れる頃には辺りには何もない荒野となり果てていました」


 なるほど……自分の力が怖くなった口かな。


「ひょえー、それは凄いね。わたしもそうすれば良かったのかも」


 エルサは、魔力弁障害で床に伏せっていたときのことを言っているのだろう。


「いやいや、私は自分の力に恐怖を覚えましたよ。それと、エルサさんは大森林の出身ですよね? ダークエルフがそんなことしちゃだめですよ」

「それもあるし、エルサの場合は、自分の魔力に中てられていたことに気付いてなかったんだから無理でしょ」

「あ、そっか」


 ミラと僕に言われたエルサは、えへへと舌を出して笑った。


「それにしても魔力に中てられていた、とはなんですか?」


 おっ、今度はミラからの質問だ。

 こうやってお互いのことを知ることは良いことだな、と僕は一人満足げに頷く。


「えーっとね。魔力が沢山あってそれが漏れ出して気分が悪くなった感じ?」

「えっと、それは?」


 ダメだった。

 エルサの説明にミラは、疑問符を浮かていた。


「エルサは、自動魔力回復のスキル持ちなんだよ。でも、残念なことに魔力弁障害もあって、自分の魔力に溺れて体調を崩していたんだよ。でも、今は僕のスキルで定期的に吸収しているから問題ないんだ」


 僕は助け舟を出すことにし、代わりに説明してあげた。


「ああ、なるほど。てか、そんな伝説級のスキル持ちだったんですね!」

「凄いでしょー。あーでもわたしのことはいいからミラちゃんの話続けて」


 やっぱり、エルサのスキルは凄いんだ。


 伝説級、か……


 そうなると僕のスキルは、もう一つ上の幻想級になるのかもしれないな、と僕は自分のスキルのことを考えながらも、ミラの説明に耳を傾ける。


「そうでした。感覚的に魔法を使っていたのでよくわかっていなかったのですが、自分の魔力というより外から魔力が流れ込む感じがしていたんですよね。だから魔力切れにならなかったのかもしれません」


 もしやそれは僕と同じ系統のスキルを持っているのかもしれない。

 僕がそう考えていると、ミラは先回りして説明を続けた。


「でも、それはコウヘイさんのようなスキルとは違いますね。魔法を使うときだけ無尽蔵に沸くイメージです」

「そっか、でも改めてごめんね。限りはあるけど、僕がちゃんと魔力を分け与えるから」

「いえ、ソロでやって来たのでこう見えても近接戦闘も得意なんですよ」


 ミラは杖を両手で振るう動作をして見せて、にかっと笑った。


「私としては、再び仲間ができたことの方が嬉しいんです。だから良かったと思っているとさっき言ったのです」


 やっぱり、僕の予想通りだった。


 魔力を集める負担が増えたけど、仲間が増えたことの方が僕としては嬉しかった。


 イルマの考えでは、僕のために魔力を吸収できるメンバーを増やしたがっていたけど、僕としては賑やかになることの方が嬉しかった。


 日本にいたときには感じられなかった、「仲間との絆」を築けるのでは? と僕は、それをとても心地よく感じていた。


 エルフの使者が来たときには、イルマともこれでお別れだなと、覚悟をしていてあの数時間は、正直しんどかった。


 でも、イルマは執拗な使者の説得を断り、僕たちと一緒にいることを決断してくれた。

 それから僕は、絆で固く結ばれた仲間をもっともっと増やしたいと思った。


「ありがとう。冒険者ギルドに戻ったら早速パーティー登録しよう」

「はい、宜しくお願いします」

「よーし、じゃあ今日は、ミラちゃん加入で盛大にお祝いしよう!」


 ミラは、走りながらなのに、なんとも器用に畏まってお辞儀しながら答えた。


 エルサは食い意地が張っているのか、食べ物の名前を色々とあげ始めた。

 その殆どが肉料理だったけど、魚料理メインの白猫亭にあるかは疑問だ。


 もしかしたら別のところに出かけた方が良いかもしれない。


 ――――こうして、ミラの加入を喜んでいるコウヘイとエルサの二人だったが、イルマだけが浮かない表情をしていた。


 当然、イルマの先を行くコウヘイたちが、その表情に気付くことは無かった。

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