第047話 行動責任と結果責任

 精霊の樹海での出来事を掻い摘んで説明すること約一時間が過ぎたころ。


 コウヘイの話を一字一句聞き逃すまいと身を乗り出し、ラルフとアリエッタは、その話に聞き入っていた。


 二人揃ってグレーの瞳を輝かせおり、見た目は厳ついおっさんと可愛らしい年頃の女の子で全然違うが、その様子は本当に親子なのだと思わせるのに十分なほど、とても似ていた――


 ラルフさんとアリエッタさんから真剣な視線を受けながらも僕は、呆れていた。


 淡々と経緯を説明しているだけなのに、どこにそんなに真剣になれる要素が……


 あ、そうだよ。

 そんなことより重要なことがあるじゃないか。 


「あ、この話は今は関係ないですね」


 と、今朝の訪問者の件より重要なことを思い出し、一旦話を終えることにした。


「なんと、誰が来たのですか? 精霊王を訪ねるとなると――」

「そ、そうですよっ。続きが気になります」


 続きって……

 別に僕は物語を披露しているんじゃないんだけどな。


「でも、大したことじゃないですよ」


 僕は呆れ気味にそう言っても、二人とも訪問者の正体が気になって仕方がない様子だった。

 魔獣対策の話をしたいのに、このままでは集中してくれない恐れがあったため、簡単に説明することにした。


「まあ、大方予想ついていると思いますけど、その訪問者は、エルフですよ」

「やはり!」

「やっぱり!」


 訪問者の正体を明かすと、私はわかっていましたと言わんばかりの反応を二人が見せた。


「ほらっ、大した話じゃないですよね? それでは、さっきの続きですが――」

「そうじゃなくて、その続きですよ。目的は何ですか? やっぱり、イルマさんに会いに来たんですか?」

「な、私もそれを言おうと思っていたところですが、如何ですかな?」


 ラルフさんは何を張り合っているんだ?


 娘に先を越されたのが嫌なのか、ラルフさんもアリエッタさんに同意見だと言って先を聞きたがった。


 こんな様子のラルフさんを見てしまうと、ファビオさんたちを視線だけで制した威厳など一欠けらも見当たらない。


 この人がギルドマスターで大丈夫かな、と僕は、少しだけ不安を覚えた。


「まあ、そんなところですね。エルフの里宛に女王の名で書状を出した訳ですから、その事実確認のために大慌てでやって来たみたいですよ」


 あのときの使者の様子を思い出しただけでも、僕は思い出し笑いをしてしまう。

 まあ、そのあとは散々な目にあって大変だったけどね。


「イルマ本人がいるわけですから証明は簡単でした。それで納得した使者たちは、精霊の樹海に面している周辺諸国の冒険者ギルドに魔獣討伐依頼を出すことを決断したらしいですよ」


 詳しく何があったか説明する気が無いので、適当にそう説明した。

 一〇〇年もの間、消息不明だった訳だから、そんなにあっさり引き下がる訳が無いのだ。


 余計なことは言わず簡単に説明を終えた僕を見たイルマは、いつものようにクツクツと喉を鳴らし、楽しそうに笑った。

 エルサは苦笑いをしており、今朝の出来事を思い出しているようだった。


 世間から身を隠し歴史上の存在となっていたウェイスェンフェルト王朝が、再び姿を現すからにはそれなりの混乱があるはずだ。

 それでも、魔獣討伐なら金さえ積めば冒険者ギルドという組織は動くはずなので、依頼者が偽物だと疑われてもその依頼が受理されないないことは無いだろう。


 むしろ樹海に住むエルフたちがそれほど困っていると思わせるのに効果的だ。


 そのあとも、精霊王と世界樹の様子やイルマのことを色々と質問されたり、ホーンラビットの肉を分けてほしいだの、本来の目的とは関係ない質問ばかりが続き、「魔獣調査の結果わかった事実への対策を考える」という一番重要な話をできないでいた。


 だから、強引に話の路線を戻すことにした。


「それはさて置き、先程も話したように魔獣の能力は封印されていたのが真実で、決して強くなった訳では無いようです。でも、今までの感覚で魔獣を相手にしてはいけないのもまた事実です」


 うんざりした僕が話を切り上げて、やっと本題に入れたと思ったのもつかの間、


「確かにそれには驚きましたが、その少女がミラさんですかな?」


 だあああー!


 僕は思いっきり心の中で叫ぶ。


 今までの一時間黙って話を聞いていた反動なのか、マシンガンのように質問が止まらない。


 何なんだよ本当に、とラルフさんの質問にうんざりを通り越して、イライラを感じた。

 思わずこの僕がキッとラルフさんを睨んでしまったほどだった。


「あ、いや、済みません。実はずっと気になってしまって……」

「む」


 そうラルフさんに言われては、僕も言葉を詰まらせる。


 確かにそうだよね。

 てか、それを一番先に聞くべきじゃないのか? 


 と、僕は思いながらも、縮こまって僕の膝の上に頭を乗せ、スヤスヤと眠っているミラの赤みを帯びた金髪を撫でながら、ミラの説明をすることにした。


 当然、


「これが最後ですからね」


 と、釘を刺すのを忘れない。



――――――



 時は数時間遡り、七月一五日の午後。


 エルフの里からの使者たちをやっとの思いで追い返したコウヘイたちは、精霊の樹海の魔獣たちへの対策に目途が立ったことから、精霊王ニンナの転移魔法でテレサのダンジョンまで帰してもらうこととなった。


 ゴブリンジェネラル討伐に加え、大量の魔獣をこの四日間で討伐したため、世界樹周辺のマナが大分安定した。

 それでも、できる限りマナの消費を抑えなければならないことに変わりはない。


 そんな状況で転移魔法を使用するのは、討伐の報酬として精霊王なりの配慮だった。


 元々は強制的に連れてこられたのだから、コウヘイとしては当然の権利と主張しても良いのだが、そこコウヘイらしく素直に感謝を述べたりした。


 ただ、陸路でテレサの町へ戻るとしたら一か月以上掛かると言われれば、余計なことを言って精霊王を怒らせまいと思ったからでもある――――


「あ、ミラさん。もう大丈夫なんですか?」


 話がまとまり謁見の間を出ようとしたら、ニンノがミラさんを連れてきた。


「まだ本調子じゃないですわね。このヒューマンがさっき話したコウヘイですわ」


 代わりにニンナが僕に返事をし、ニンナはミラさんにそう説明した。


 僕たちが助けに入った話でもしたのだろうか。


 それにしてもヒューマンって……


 ファンタジーらしい髪と瞳の色を抜かせばミラさんの見た目は、完全に人間にしか見えないけど、ニンナがそんな紹介をしたということは、ハーフエルフとかなのかもしれない。


 僕よりも幼く少女の年頃に見え、古き盟約の相手というくらいだし、と僕は勝手に結論付けた。


 そして、それは突然だった。


「痛っ! えっ、ええ?」


 ミラさんは、僕のとこまで来るなり、杖でいきなり殴ってきたのだ。

 その攻撃は、プレートアーマーなのが幸いして全然痛くはなかったけど、反射的に口を衝いて出た。 


 感謝の言葉でも言われると思っていた僕は、無防備だったせいか、余計に今起きたことに混乱した。


「貴様か……」

「えっ?」


 肩を震わせ何かを言ったようだけど、俯いているためよく聞き取れなかった。


「き、貴様かあー、ボクをこんなにしたのはっ!」


 今度は、はっきりと聞こえた。


 ミラさんは、クワッと目を見開き、瞳には涙を湛えていた。

 あまりの形相に僕はたじろぐ。


 親の仇を見るような目といったものだろうか……その双眸は恨みの感情がこもっている気がした。


「ちょっと何よ、その言い方はっ。わたしたちはあなたを助けたのよ」


 僕が固まっていると、エルサが庇うように僕とミラさんの間に割って入った。

 普段のエルサからは想像もできない厳しい言い様だった。


「何だ貴様は? ダークエルフごときがボクの邪魔をするのかい?」


 ミラさんは、侮蔑の視線をエルサに向け挑発するような言葉を発した。

 ウッドエルフとダークエルフは仲が悪いというけど、そういう類のものではなかった。


 種族として見下しているような言い方だった。


「いいだろう」


 そして、そう呟いたミラさんから魔力が凝縮されるときの反応を感じた。


「なっ、無詠唱!」


 ミラさんは、呪文を詠唱していないのにも拘わらず、電撃魔法の発動直前のように、ミラさんの両手が帯電状態でバチバチっと音を立てていた。


 その状況に僕たち三人が驚いていると、ニンナが後ろからミラさんを抱きすくめ、耳元で何事かを囁いたように見えた。


「あ、あれ? 私は……」


 電撃魔法の発動が中断されると、正に豹変したようにミラさんの雰囲気がガラッと変わった。


「ひっ、これは精霊王様っ」


 ニンナに抱きすくめられているのに気が付いたミラさんは、慌ててその手を振りほどき、ニンナから距離を取ると僕の方へ向き直った。


 なんだなんだと、僕が身構えたら、思いがけないことを言われた。


「あ、コウヘイさんですね。この度は危ないところを助けてもらったみたいでありがとうございます。ご迷惑をお掛けするようでごめんなさい。でも、助かります」

「「「は?」」」


 見事に僕、エルサとイルマの三人の声がハモった。


「あれ?」


 僕たちの反応に、ミラさんは不思議そうな表情をし、コテンと小首を傾げた。


「おっほん」


 わざとらしく咳ばらいをしたあと、ニンナが説明してくれた。


「え、つまりは、僕のせいってこと?」


 ミラさんの変わりようには一切触れず、精霊の樹海に転移されたあとに僕が大気中の魔力を吸収した際に、ミラさんの魔力をも僕が全て吸い取ったことを強調してきた。


「いやいや、それはあり得ないよ」


 だって、直接触れていないと人からは魔力を吸収できない、はず……

 いや、待てよ? んんん?


 エルサのときを思い返したけど、アレは漏れ出した魔力を吸収しただけだ。


 でも、ニンナの説明が本当だとしたら大分話は変わってくる。


「ふうむ、でもかなりの量を吸収しましたわよね? そもそもあれだけの量を吸収できるほどのマナは、ここには残っていなかったんですわよ」


 確かにそれもそうだ。

 僕が魔力を返したあと、ニンナがその魔力を還元した途端、大気中の魔力の密度が段違いに濃くなっていた。


「も、もしそうだとしたらミラさんの魔力量はどれだけなんですか?」


 僕が吸収したかどうかは別として、当然の疑問を僕がニンナにぶつけると、ミラさんが答えてくれた。


「あ、あの、名前はミランダですが、私のことはミラと呼び捨てでいいですよ。みなさんもそう呼んでますし。それと、魔力のことですけど、私は生まれてから今まで一度も魔力切れになったことが無いんです。百発どころか千発撃っても……」


 その告白に僕は言葉が出なかった。


 魔力満タンのエルサでさえ、五〇発が限界だろう。

 イルマはどうだろうかと思ってイルマを見たけど、かぶりを振った。

 エルサより数倍の魔力量を誇るイルマでさえ千発は無理なようだ。


 そもそも千発も魔法を撃つ事態を経験していることにも驚きだ。


「原因はわかりませんが、そのことで魔力がゼロとなり、ミラは自分で魔力を生成できない身体となったのですわ。つまり、コウヘイのとった行動でミラの人生は狂ったというところですわね」

「うっ……」


 そのニンナの言葉は、僕の胸の奥底まで深く刺さった。

 そこまで言わなくてもと思わなくもないけど、先日僕はこう考えていた。


『今後ミラさんが冒険者として活動することはできないだろう』


 と……


 それがずっと気に掛かっていたため、その原因が僕であると指摘され、僕は何てことをしてしまったのだろうか、と悔やんでも悔やみきれなかった。


「でも、コウヘイにはそれを解決できる素晴らしいスキルがあるではありませんか?」

「あ……」


 ニンナからそう言われて自分のスキルを思い出した。

 僕の固有スキル、「エナジーアブソポーションドレイン」は、吸収だけではなく放射することもできる。


 真実のほどはわからないけど、精霊王からそうだと言われてしまえば何も言えなかった。

 あのイルマでさえ静かに頷くのみだった。


 ――――原因の審議はともかく、精霊王ニンナに言いくるめられたコウヘイは、その結果、償いとしてミラを引き取ることとなった。


 そうして、転移魔法で接続点となっているラルフローランのダンジョン、五階層の広間まで四人で戻って来たのだった。

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