第011話 魔力の導き

 目的の場所に到着した僕は、予想との違いに呆けてしまう。


 商館の扉の前にはドアマンが立っており、僕と目が合うと会釈をして扉を開けてくれた。


「ど、どうも」


 会釈を返して店内へと進む。


 天井と壁が真っ白で清潔な印象を受ける広々としたロビー。足元は鉄靴てっかでも感じるふかふかした白と青の不規則な模様の絨毯が敷かれている。

 その店内を照らす照明は、魔導シャンデリアだろうか。鏡のようによく磨かれたテーブルがその光を反射していた。


 テーブルを挟むように置かれているのは、明るいターコイズブルーと落ち着いたバーガンディのソファーが店の雰囲気にマッチしており、そんなスペースがいくつもある。まるで高級ホテルのロビーラウンジのようで、高級感溢れる雰囲気なのだ。


 僕が想像とのギャップに圧倒されていると、店主らしきでっぷりと肥えた男が恭しくお辞儀をしてから声を掛けてきた。


「ようこそ我が館へ。本日はどのような商品をお求めでしょうか?」

「……ああ、戦闘に連れていける者を探しているんだけど」


 その男の背後にあるものに目を奪われながら告げる。


「かしこまりました。戦闘奴隷でしたら、こちらへ……」


 案内してくれるのかと思いきや、少し考えるような素振りを見せた店主が品定めするような気味の悪い纏わりつく視線を向けてきた。


「何方かと思えば、これはこれは勇者様では御座いませんか。うーん、そうですね……勇者様方と共に旅をできるほどの奴隷は相当値が、張りますよ?」


 貼り付けた作り笑顔の裏に、支払う金はあるんだろうな? という意味が含まれている気がした僕は、資金が足りなかったときの保険として尤もらしい理由を述べた。


「ああ、それなら今日は確認だけなんだよ。足りなければちゃんと用意してくる」


 僕が勇者パーティーの一員だと認識した上でそう確認してくるということは、そのレベルの戦闘奴隷は、いったいどれほどの金額なのだろうかと心配になる。けれども、僕は先輩たちと行動することはない。

 だから、そんな高額な奴隷を必要としないため無用な心配だろう。


 一方で、それ相応の戦闘力を有した奴隷が居ることが判明し、それはそれで僕を驚かせた。


「さようですか……いささかお急ぎのようにお見受けいたしましたが……」


 ちっ、と僕らしくもなく内心で舌打ちをしてしまう。


 僕の視線の先にはショーウィンドウがあり、綺麗に着飾った奴隷たちがマネキンのように並べられている。努めて平静を装っているけど、さっさと奴隷を購入して魔獣討伐に繰り出したいのだ。

 そんな訳もあり、店主との会話中も僕はそこから視線を離せないでいた。


 どうやら、奴隷商なだけあって観察眼が優れているようだ。


「余計な詮索はしないでほしい」


 動揺した僕は口調が少し乱暴になる。


「これは失礼いたしました。戦闘奴隷といいますと、具体的に要望は御座いますか?」

「後衛職が得意なのがいいかな。できれば、攻撃魔法を使えるか弓を使える者で」

「かしこまりました。それではこちらへ」


 店主の後に続き店の奥へと進んで行く。


「あれ、こっちは違うの?」


 店主がショーウィンドウの前を通り過ぎて上階へ上がる階段の方へ進んで行くため、思わず僕が呼び止める。


「ええ、こちらは、特別な奴隷でございます」


 僕の不思議そうな表情に気付いたのか、より詳しく教えてくれた。


「農耕用や採掘用奴隷とは違い、貴族様用の奴隷でございます。教養があり執事やメイド等をこなせる者や、愛玩用であったりする訳でございます」


 なるほどね。まるでマネキン人形のように着飾った美形の奴隷たちが愛想笑いを振りまいていたのは、そういう理由があるのか。


 他の国のことはわからないけど、このサーデン帝国に於いての奴隷売買とは、市場経済の一部でふつうの話である。

 特別推奨されている訳ではなく、忌避されていることもないらしい。

 それに、奴隷になるということは、市民権を失ったことを意味しており、ある一定のルールを元に奴隷落ちした人たちだ。


 僕に襲い掛かってきたファイティングファングの悪漢三人のような犯罪奴隷だったり、税金を納められない者が奴隷として働かざるを得なかった場合。

 ただ、金銭的理由の場合は、その返済を完遂すれば奴隷の身から解放されるらしい。


 召喚されたばかりのころ。教養の授業でその話を聞いた僕は、人間を売り買いすることに抵抗を感じた。


 それがどうだろうか?


 この半年間の生活で彼らと触れ合う機会があり、僕は彼らがそれほど苦しんではいないことを知ったのだ。彼らは全て合意の上だという。慣れとは怖いものだ。この世界では必要なことなのだろうといまの僕は納得しているのだから。


 それはさておき、いまの僕では、自分だけでの力で先輩たち勇者を見返すどころか、この世界を生きていくことさえ無理な話だ。都合が良すぎるのは僕だってわかっている。


 それでもやはり、僕一人では大型魔獣や多数の魔獣を相手にできないことは事実だ。魔力がまったくない僕は、『ゼロの騎士』として帝都で有名であり、先輩たち勇者の引き立て役程度としか認識されていない。


 情けない話、それが僕の実力であり――世評だったりする。

 

 つまり、誰からもないがしろにされるならば、奴隷でも仲間という存在がほしかった。


 そして、強くなりたい、と――


「如何なさいましたか?」


 ショーウィンドウに囚われた奴隷たちのことを眺めたまま突っ立っている僕を、店主が不思議そうな目をして見上げてくる。


「いや、なんでもない……悪かった。行こうか」

「かしこまりました」


 階段を上がりきった先の施錠された扉を通り抜ける。


 先程の白を基調にした清潔な空間から一転、鉄格子の檻がいくつも並び天窓から差し込む陽の光のみで薄暗い陰気な雰囲気へと変わった。


「申し訳御座いません。極力清潔に保ってはおりますが、なんせここの奴隷にそこまでの対応はできませんので、少々我慢していただきたく」


 店主がそうは言うものの、床、壁、天井の全てが、清掃が施されているとは思えない程にかなり汚れている。さらに、思わず鼻を覆いたくなる程のなんとも言えない臭いが立ち込めていた。


「ああ……」


 あまり話すと臭いが鼻を突くため最低限の開閉だけで済ませる。


 檻の中へと視線を向けると、奥の方に桶が置かれていた。そこで用を足しているのだろう。おそらく、それが悪臭の原因かもしれない。


 早速、店主の案内でとある檻の前で立ち止まった。


「この者は如何ですか? 元々冒険者でシルバーランクだったようです。魔法は火魔法と土魔法を中級まで使えます。値段は金貨八枚です」


 そう紹介された奴隷は、魔法士とは思えないような隆起するほどの筋肉を纏っていた。それでも、不健康な奴隷生活のせいか、頬が少し痩せこけてその筋肉には張りと艶がない。


「理由は?」


 そう短く質問した僕の意図を理解し、完璧な回答が返ってきた。


「何やら犯罪に手を染めたらしく、それで犯罪奴隷となったようです。本来は鉱山送りなのですが、それほどの戦闘技能があるためこのバラノフ商会で引き取りました」

「犯罪奴隷以外で」


 僕は理由を知るや否やかぶりを振る。


 断る尤もな理由があって良かった。犯罪奴隷はごめんだし、金貨八枚なんて持ってない。


 それにしても高いな。


 そのあとも色々と見て回った。沢山の魔法が使える敵国の元魔法士は金貨一二枚。その他では、税金の肩代わりや食い扶持を減らすために貧村で売られた子供が多く、僕を嫌な気分にさせた。

 一応、そんな出自でも初級魔法を使えるらしい。一〇歳程度の少年少女で金貨五枚もする。


「攻撃魔法をまともに使える者は、これで以上ですね。この中でお気に召さないのであれば、次は弓術ですかね」


 やはり、魔法が使えるのは一種のステータスだ。当然、値が張った。


「うーん、そうだね。そっちも紹介してくれない?」


 一頻り唸りながら考えた僕は、魔法士を諦めて弓術を使える者に変えようと思ったとき。


 僕は異変を感じ取った。


 慣れてきたとはいえ、まだまだ臭いがキツイ。そんな中、身体を包み込むような力の波動を感じ取ったのだ。


 その正体が気になった僕は自然とそちらへ歩を進める。


「おや、どちらへ行かれるのですか?」


 店主が僕のことを呼び止めたけど、この感覚が気になって仕方がない。


「こ、これは……」


 薄暗い通路を進むに連れてその感覚が強くなり僕は立ち止まる。


 まさか!


 死の砂漠谷で相対した中級魔族ドーファンに匹敵するほどの力の波動を感じ、じっとりとした汗をかく。


 咄嗟に振り返って僕は叫んだ。


「店主! ここに魔族がいるのか!」

「魔族? 勇者様、お戯れを。魔族なんぞが居る訳ございませんよ」


 鼻で笑った店主がそう一蹴し、僕の脇を通り過ぎる。


 魔族じゃない? それならば、これは……


 慌てて店主のあと追うけれど、次第にそのプレッシャーが強くなる。が、直ぐにあの中級魔族の力の波動とは別種であることに気が付いた。 


 表現が難しいけど、身体中がポカポカするような心地良いプレッシャーだったのだ。


 そして、それに導かれるようにしてある檻の前で歩みを止めた。


「ここです。ここにはどんな奴隷が?」


 先へ行ってしまった店主が振り向くと、僕が指さす先を見て目を見開いた。


「おお、よくお気付きになられましたな。でもそれは使い物にはなりませんよ。珍しい病気に掛かっており、もうそろそろ処分しようと考えていたところなんです」

「病気? なんの病気なの?」


 確かに檻の隅で身体を丸め、息を荒くしている少女が横たわっていた。


「魔力弁障害といって、体内の魔力が勝手に放出されてしまい、常に魔力切れ状態なんですよ。だから、息をするのがやっとで、手足を動かす事さえできません」


 たったいまも感じているプレッシャーは漏れた魔力、なのか?


 そう思った途端に、力が漲るような温かい濃密なエネルギーが僕の中に流れ込んでくる。


「こ、これは……」


 これは魔力なのか? と言おうとした瞬間。その少女が生まれたての子鹿みたいに手足を震わせて弱々しくも立ち上がったのだった。


 僕が驚いて店主の方を見る。


「いや、本当です! 動けるはずがないんです! 私にも何がなんだかさっぱり」


 本気で驚いたように声を上げる様から、店主が嘘を吐いていることはないだろう。


「でもっ」


 気付いたらその少女が弱々しい足取りで僕の方へと向かってくる。近くに来たことで、明り取りの窓から差し込んだ陽の光が当たり、少女の全容があらわになった。


 奴隷生活で整えられていないぼさぼさではあるものの、褐色の肌に映える白銀の長い髪が陽の光を受けて煌いていおり、横に飛び出たシャープな耳が目にとまる。

 肌の色からしてエルフ族に分類される亜人、ダークエルフだろう。青みがかった銀色の瞳は、煌く髪とは正反対でくすんだように朧気おぼろげだった。

 

 そして、奴隷服というより布からこぼれ落ちそうなほどの双丘が、荒々しい息とともに躍動している。そんな風に観察していたら息が当たりそうな距離まで近付いてきていた。


「きみは?」

「わたしは……エ、ルサ。わたしを、買って……ください……」


 息も絶え絶えに言った少女は、格子を掴む手から力が抜けたのか崩れ落ちそうになる。


「うわ、ちょっとっ」


 危なく檻に頭をぶつける寸前で、鉄格子の中に腕をのばした僕がなんとか受け止めることに成功した。


 その瞬間、先程とは比べられないほどのとてつもない魔力が僕を満たし、身体の芯から熱を感じる。これは、聖女オフィーリアにスキルを確認してもらうときに感じた、あの熱を帯び力がみなぎった感覚とまったく同じだった。


「も、申し訳御座いません。お召し物が汚れますのであとはこちらで」

「いや、大丈夫だよ」


 慌てたように謝罪する店主を目で制止した僕は、思わず口の端が上がるのを感じた。


 プレートアーマー姿なのだから汚れてもたかが知れている。でも、僕が笑ったのはそれが理由ではない。


「決めた。このエルサって子にするよ」

「え、本気ですか!」


 店主が驚くように素っ頓狂な声を上げて僕のことを凝視ししてくる。


「うん、本気だよ」


 真面目な表情を作って僕は断言する。


 彼が驚くのも当然だ。彼女は、本来であれば動くことさえままならないほどの重傷だったのは間違いない。今回、僕の元へ辿り着けたのは、最後の足掻きであってこのまま目を覚まさない可能性だってある。


 だがしかし、僕に流れ込んできた魔力が言っていたのだ。


『お願い! わたしは生きてる! もっとやれる!』と。


 そんなのは、完全な僕の勘であってなんの根拠もない。それでも、僕は決めた。


 彼女――エルサとなら何かとんでもないことができるんじゃないかという『期待』を感じたのだ。


「べつに売り物では無いということも無いんでしょ?」


 僕が尋ねても店主は決断しかねていた。


「ええ、まあ……丁度処分しようと考えていたぐらいですので、買い手がつくなら願ってもないことです。ただ……」

「ただ?」

「ただ、直ぐに死なれて不良品を掴まされたなどと言わないですよね?」


 まさかの理由に僕は呆れて言い返した。


「そ、そんな訳ないだろ!」

「それならば問題はございません」


 店主と価格交渉を終えた僕は、契約の前にエルサの身体を綺麗にすると言われ、応接間で待つことになった。


 てっきり、あの綺麗なロビーのソファーのところで契約するのかと思ったけど、奴隷紋を刻むため別室になると説明を受けたのだ。


 店主に案内された応接間に一人。


 ダークブラウンの革張りソファーに腰掛けながらハーブティーを啜る。


 僕の身体の中に流れ込んできたあの感じは、やはり魔力なのだろうか?

 いまでも渦を巻くようにうごめく何かを身体の中に感じる。


「……ん? 感じる?」


 ふと、僕は思い出す。


『魔力を感じなさい。せっかく良いスキルがあるのにもったいないわよ』


 昨日、金髪碧眼の少女に言われた言葉と何か関係があるかもしれない。


 まさかとは思う。それでも、あの不思議なエネルギーを魔力だと考えると、僕の中に蠢くこれは魔力なのかもしれない。


「いやいや、そんな都合よくいくわけないよ」


 誰もいない応接室でそんなことを呟き頭を振った。が、万が一ということもある。そう考えると、どうしても期待してしまうのだ。


「魔力、だったらいいな……うん。そうしたら――」


 エルサとの出会いに何かを確信して新たな可能性を見出した僕は、思わず顔を綻ばせる。


 僕はそんな期待を胸にエルサの準備が整うのを一人、奴隷商の応接間で待つのであった。

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