第010話 身勝手な期待

 日が傾き、空が夕焼け色に染まったころ。なんとか城門が閉まる前に帝都サダラーンの北門まで戻ってくることができた。


 北門をくぐると、サーベンの森へ向かうときに会話した門番が出迎えてくれた。


「コウヘイ様、お帰りなさい。もうそろそろでしたよ。大分奥まで行かれたんですか?」


 どうやらギリギリだったようだ。門番はホッとしたような表情を浮かべている。


「うん、まーそうだね。夢中になっていたら三〇匹近くのゴブリンに囲まれて、手間取っちゃったんだ」

「さ、三〇匹! よくご無事で、さすが勇者様……のパーティーに居ただけありますね」


 驚くのも当然だ。ゴブリンに囲まれていると気付いた瞬間は、さすがに肝を冷やしたもんだ。


 それにしても、彼はいつもの癖が抜けていないのか、僕のことを勇者パーティーと言い掛けて誤魔化すように言い直す。


 スルーしてもよかったけど、変な意地が邪魔して僕は大げさに答えた。 


「曲がりなりにも、僕は重装騎士としてオーガやトロールの攻撃を耐えていたからね。それと比べると、ゴブリンくらいの攻撃は通用しないよ」


 それは僕の力ではない。ただ単純にミスリル鎧の性能のおかげだ。


「なるほど。今回の勇者様方は違いますね。前回の勇者様パーティーが全滅したあの中級魔族相手に、一人も欠けることなく討伐して帰還なさった訳ですから!」


 僕の話を真に受けたように門番が熱弁する。しかも、期待するような眼差しが少し鬱陶うっとうしくも感じた。


 僕は追放された身なのに……


「そ、そうだね……」

「そうですとも!」


 やはり、この世界の人たちからしたら、僕たち召喚者は希望そのものなんだね。勇者だからといって結構やりたい放題の先輩たちだけど、それもこれも、これだけ期待されていれば多少は許容範囲なのかもしれない。傲慢だと思うけど、何も言えずに放置していた僕も同罪だった。


「どうしましたか?」

「ん、なんでもない。ちょっと考え事しちゃってさ。それじゃあ邪魔したね」


 頭を振ってそそくさとその場をあとにする。


 いけないいけない。もう僕は、勇者パーティーを追放された身だ。先輩たちを見返すべく、僕はこんなところで足踏みしてなどいられない。


 僕は、クエスト報告のために冒険者ギルドへと急ぐ。


 冒険者ギルドの受付カウンターに見知った顔を認めてそちらへ向かうと、ミーシャさんが笑顔で出迎えてくれた。


「コウヘイさん、お帰りなさい」

「ただいま戻りました」

「大分遅くまで掛かったみたいですけど、どうでしたか?」

「おかげさまで大量でした。それにゴブリンを五匹倒してきましたよ」


 魔法の鞄を持ち上げて見せてそう報告する。


「凄いですね。では、報告カウンターまで移動してもらっても良いですか?」


 ミーシャさんが指さす方には、目の前のカウンターよりも低くて天板に奥行きがあるべつのカウンターがあった。


 どうやら受注と完了報告のカウンターは、区別されているようだ。冒険者が列をなして並んでいるのが見えた。


「凄い行列ですね」

「この時間帯はいつもこうなんですよ。出発がバラバラでも大体戻ってくる時間は一緒ですから」

「そ、そうですよね」

「ちなみにですが、その鞄はふつうの鞄ですか?」


 ミーシャさんは、僕が肩掛けにしている魔法の鞄を指さして尋ねてくる。


「あ、いえ。帝国から支給された魔法袋ほどは容量ないですけど、これはマジックアイテムの魔法の鞄なんです」

「へー、さすがはコウヘイさんですね」


 何がさすがなのかわからないけど、ミーシャさんは瞼を瞬かせるのと連動させるようにケモ耳をピコピコさせている。


 一先ず、魔法の鞄を持っていることに驚いたのだろうと納得することにした。


「それで、鞄が何か?」

「失礼しました。マジックアイテムであれば内容物の劣化の心配がないのと、まだ期限内ですので、明日でも大丈夫ですよ。空いている時間帯にまたお越しになったら如何ですか?」


 ニコッと微笑んでそう提案してくれたミーシャさんの言葉に僕は驚いた。


「そ、そうなんですか?」

「あれ、知らないんですか?」


 僕は顔を左右に振り意思表示をすると、ミーシャさんが丁寧に説明してくれた。


「収納系のマジックアイテムは、異空間になっているので時間停止が一般的です。だからほら。並んでいる人たちは大きな袋を担いでいるでしょ? あれはマジックアイテムを持っていない冒険者たちなんですよ」

「そうなんだ、全然知らなかった」

「もしかして……コウヘイさん。天然とか言われませんか?」

「い、いやそんなこと言われたことないけど……」


 な、何だろ、この感じ……バカにされているのか?


 ミーシャさんの表情を確認する。どうやらそうではないようだ。楽しそうに笑って猫耳が小刻みにピクピク動いていた。


「もう、しっかりしてくださいよ。冒険者としてやっていくなら情報が命の鍵なんですから」


 カウンターに乗せていた左手の甲にミーシャさんが、突然両手を重ねて上目遣いでそんなことを言うもんだから、僕はドキッとしてしまう。


「き、気を付けます。それじゃあ、また明日来ますね」

「はい、それとギルド内に資料庫もありますので、時間のある時に立ち寄ってみてください」

「ありがとうございます」


 採取クエストの報告を明日にすることにし、心臓をバクバクとさせながら冒険者ギルドを出る。


「は、反則だよ、あんなの……」


 先程のミーシャさんの表情を思い出して頬に熱を感じる。全然見た目は違うけど、「もうっ、しっかりして」と頬を少し膨らませて真剣な目で見つめてくる感じが、僕のことを心配してアドヴァイスをくれていた葵先輩の表情と重なったのだ。


「って、僕はいまさら何を考えているんだ」


 あのときの葵先輩はもういないのに、と僕は必死に頭を振って幻影を掻き消す。


「そうだ、イルマに風の短剣の使用回数でも聞きに行くかな」


 そう呟いた瞬間、腹の虫が鳴って違う選択肢を示唆してくる。


「うーん、いつも以上に身体を動かしたからお腹空いたな。宿とは逆方向だし明日にするか」


 すっかり冒険者ギルドへの報告が頭にあったせいで、イルマの道具屋を素通りしていたのだ。それに、日が落ちる時間帯だからもうやっていないかもしれない。


 お腹も空いたことだし、イルマを訪ねるのはまた別の日にしよう。


 黒猫亭に戻って平服に着替えた僕が食堂に入ると、チルちゃんが出迎えてくれた。


「あ、コウヘイ様、こちらにどうぞ」


 夕飯の時間帯は繁盛しており、朝食時とは違って空いているカウンター席に案内される。


「ありがとう。今夜はオーク肉のシチューとエールをもらえるかな」

「はーい」


 昨日、マシューさんの勧めで初めて飲んだけど、そのときは美味しいと思わなかった。それでも、マシューさん曰く、「働いて汗をかいたあとのエールが最高だ!」とのことだったので早速試してみることにしたのだ。


「はい、先にエールです」

「ありがとう」


 チルちゃんからエールを受け取るなり、一口。


「おっ、これは……」


 一口飲んで、その訳がわかった気がする。複雑な香りと深いコク、そしてフルーティーな味わいがなんともいえない。


「………………くぅううー」


 常温だからか、そのまま一気に飲めてしまう。日本だったら、キンキンに冷えたビールが旨いと聞いたことがあるけど、それを知らない僕は比較ができない。


 それにしても、汗をかいたかそうでないかでここまで味が変わることに僕は驚いた。これなら、病みつきになる理由がわかった気がする。


「良い飲みっぷりだね」

「あ、ヒューイさん」


 一気にエールを飲み干す様子を見ていたのか、店主のヒューイさんが料理を片手にそんなことを言ってニカッと笑っている。


「はい、オーク肉のシチューだ。おあがり」

「ありがとうございます。エールをもう一杯お願いします」

「あいよっ」


 僕はすかさずお代わりをお願いし、スプーンを手に取る。

 

「それにしても……あの子の魔法、凄かったな」


 サーベンの森でゴブリン三〇匹に囲まれたとき。


 お河童頭の少女が使った魔法は、中級風魔法のウィンドストームだった……ハズ。


 山木先輩が好んで使う火魔法のファイアストームと同じ中級魔法なのに威力が桁違いだった。山木先輩のファイアストームでは、一〇匹が良いところだろう。


 それに、詠唱も凄く短かった。


 山木先輩の詠唱が終わるまで、よく前衛で耐えさせられていたことを思い出す。山木先輩の場合は、「大地に眠りし炎よ、我の問いに応えその熱を呼び覚ませ、その炎荒れ狂う業火となりて、すべてを燃やし尽くせ、ファイアストーム」と長ったらしい呪文で一五秒ほど掛かっていた。


 それに対して、あのお河童頭の少女の場合は、「行きなさい、荒れ狂う暴風よ! ウィンドストーム!」と五秒も掛かっていなかった。


 この世界の魔法はいかに正確に呪文を詠唱できるかが重要であり、威力も一定とされていると聞いていた。


「うーん、わからないや……でもやっぱり」


 魔法を使えない僕に詳しい事情はわからないけど、これだけは言える。


 魔法士の仲間が欲しい!


 あの一撃で窮地を脱することが可能な破壊力といい、射程の長さといい。それはまさに、前衛職の僕に足りないものだ。


「冒険者ギルドで募集するか? いや、ゼロの騎士の仲間になってくれる冒険者なんているはずないよな」


 ここ数日間で触れ合った人たちの反応から、僕の知名度が予想以上に高いことを思い知らされた。しかも、悪い意味でだ。


 さらなる良い案はないかなと考えながら、ジョッキの中に湧きあがる泡を見つめていたら、昨日のマシューさんとの会話を思い出した。


 冒険者登録をしていたことから、勇者パーティーから追放されたことを話さざるを得なくなったので、今後のことも含めて相談したらマシューさんはこう言っていた。


『魔法袋も無いとなると、一人で冒険者をやるのは辛いぞ。魔獣の素材だって一人で持ち運ぶのには限度があるし……ポーターとか雇ってみたらどうだ? それか金に余裕があるなら奴隷を買っても良いと思うぜ』


「そうだ! 冒険者ギルドで募集を出しつつも、奴隷を探すのもありかも」


 お金に余裕はないけど、相場の確認も含めて一度は見学するのもいいだろう。



――――――



 デミウルゴス神歴八四六年、六月二七日、維持――ローラの曜日。


 朝食をサッサと済ませた僕は日が昇りきる前に宿を出た。そして、回復草採取のクエスト報告と仲間募集のために冒険者ギルドを訪れる。


「あれ? 今日はミーシャさん、お休みかな」


 受付カウンターに冒険者が列をなしているけど、ミーシャさんらしき人物が見当たらない。


「まあ、クエスト受注はしないから、別にいいか」


 受付カウンターの方は、冒険者が列をなしてクエストボードの周りにも人だかりができている。それなのに、朝の報告カウンターはガラガラに空いており、朝と夜とでは真逆の状態だった。


 しかも、受付カウンターの職員は若い女性なのに対し、報告カウンターの方は男性のようだ。


 一先ず、報告をするべくギルド職員に声を掛け、空いている椅子に腰を下ろした。


「おはようございます。回復草の採取クエストの報告とゴブリン討伐の報告です」

「はいよ。物はカウンターに出しておくれ。冒険者カードは渡してくれ」


 言われた指示に従い、回復草とゴブリンの右耳をカウンターに出して冒険者カードを手渡す。


「おお、結構取って来たな」

「はい、たまたま沢山自生している場所を見つけまして」

「それにしても、凄いもんだ。なかなかセンスあると思うぞ」


 褒められて思わず口元が緩む。やはり、評価されるのは嬉しいもんだ。そんな会話をしながら、ついでに冒険者募集の方法を尋ねることにした。


「そうだ。一緒に冒険する冒険者を募集するには、どうすればいいですか?」

「それなら、クエスト受注と同じだよ。受付カウンターで、目的と希望する冒険者の要件を記載するだけだ」

「そうなんですね」


 返事をしながら受付カウンターの方を見たけど、その行列は先程よりも増えていた。


 この状態なら午後にした方がいいかなと、空く時間にまた来ようと考えていたら。


「なんだい、魔王討伐のパーティーでも作るのかい? なかなか厳しいと思うぞ」

「ん? そんなつもりはないですよ。ただ――」


 僕の返事を途中まで聞いたギルド職員の男性は、僕から視線を外してあからさまに失望したように目を伏せてしまった。


「いやっ、先ずは魔獣の討伐をしながら鍛えて、魔王討伐はそれからでも遅くはないかな、というかなんというか……」

「そうかい。まあ、頑張ることだな」

「……は、はい……」


 いくら言い訳をしたところで、彼は既に僕のことに興味を失ったようだ。回復草を持った手に意識を集中させて集計に取り掛かっているのだった。


 左胸に星印と「グレイン」と記載されたネームプレートが目に映る。


『所詮、ゼロの騎士だ。魔王討伐なんて無理だろう。まあ、追放される訳だな』


 などと、勝手にそんなことを思われているのではないかという、猜疑心に襲われる。


 そして、なんで僕だけこんな惨めな思いをしなければいけないんだよ、と思ったのと同時に追放を言い渡されたときの内村主将と高宮副主将が見せた、あざ笑うかのような表情を思い出してしまった。


 さらに、哀れな僕に同情したかのような葵先輩の引きつった笑顔を……


 気持ちが沈んだ状態で僕ができたのは、気不味い沈黙を耐えて集計が終わるのをただただ無言で待つことだけだった。


「ほら、これが採取クエスト報酬で銀貨二枚。こっちがゴブリン討伐報酬で小銀貨七枚と大銅貨五枚だ」

「あ、ありがとうございます」


 報酬を受け取った僕は、ギルド内のベンチに腰を下ろして計算をする。


 回復草一〇株で小銀貨五枚なので、それが四〇株で銀貨二枚。ゴブリンが一匹で小銀貨一枚、五匹のおまとめポイントが一・五倍の計算のようだ。


「これならゴブリンを倒してるだけでも、一応生活はできるのか……」


 あくまで黒猫亭で寝泊まりするだけなら、今回の報酬で一週間分確保できたことになる。


 しかし、僕の目標はそんなものじゃない。もう惨めな思いはたくさんだ!


 途端に、先程のグレインさんの失望したような表情を思い出してそちらへ視線を向ける。


 グレインさんの前には、他の冒険者がクエスト報告を終えたのか、金色に輝くものを受け渡ししており、それが僕の目に留まった。


 それに対応しているグレインさんの表情は、明るく快活に笑っていた。明らかに僕のときとは違う対応に僕は唇をガリっと噛んだ。


 先程受け取った報酬を握っていた手を開き、僕はそれを見つめる。そこには、数枚の銀色と銅色の貨幣で金色はない。お金が全てではないけど、僕のレベルは精々その程度だったのだ。


「くそっ。こうなったら形振り構ってもいられない」


 報酬を乗せた手をギュッと握りしめ、そのまま魔法の鞄に捻じ込み冒険者ギルドを飛び出した。


「先輩たちを見返す程度じゃだめだ! 僕を追放させたことを後悔させるくらいじゃないと!」


 あくまで保険のつもりで考えていたけど、このまま一人で冒険をしていては程度が知れている。それに、冒険者の募集効果があるかわかったもんじゃない。


 となると、残る手段は……


 目的地を決めた僕は、足に力を込めて駆け出すのであった。

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