第009話 謎の少女四人組

 入口から大分奥まで来たせいか道らしきものはなくなり、草木の密度が濃くなっていく。


「あ、もうそろそろかも」


 なんとなく空気に湿り気を感じるのと、微かだけどせせらぎが聞こえてくる。その音を頼りにさらに数分歩くと小川に出ることができた。


「よーし、あとは日当たりの良い場所を探して……」


 回復草を見過ごさないように目を皿のようにして周辺を探しはじめる。自生する条件に合いそうな日光が差し込んでいる場所に目をやると、それは意外なほど直ぐに見つかった。


「おおー、こんなに生えてるなんてラッキー」


 回復草の採取クエストの達成条件は一〇株だ。目の前には、軽く見積もっても三〇株は下らないだろう。僕は、しゃがみ込むや否や夢中になって回復草を摘み取り魔法の鞄に入れていった。


「よーし、これでクエスト達成だ」


 一〇分足らずで四〇株ほどを摘み取り、もう残り僅かになったころ。パキっと音が鳴った。


「な、なんだ?」


 僕はしゃがんだ体勢のまま顔だけを上げて驚愕した。


「えっ……まじで……」


 ゴブリンたちがもう目と鼻の先までの距離にいたのだ。


「う、うわぁああー」


 忍び足で近付いていたゴブリンたちは、僕と目が合ったことで一斉に飛び掛かってくる。その数五匹。さらにその背後には、沢山のゴブリンたちの姿があった。


 ラウンドシールドを急ぎ構えて立ち上がったけど、小さいそれでは全てを受け切ることはできなかった。何発か胴や足にゴブリンのこん棒を食らってしまう。なんとか右腕で顔を庇いながら距離を取るように駆け出す。


 が、後方にもゴブリンたちが待ち構えており、完全に囲まれていた。

 

「くっ、くそお」


 それほど大した痛みではないけど、これ以上攻撃を受ける訳には行かない。


 覚悟を決めた僕は、メイスを掴んで振り返る。


 先ずは、近くの五匹をどうにかしなければ!


 ギュッと拳に力を込めた僕は、半ばやけくそ気味に前に出したラウンドシールドごと体当たりを敢行し、その反動を利用してメイスを薙ぐ。確かな手応えを感じながらも、その全てを倒すには至らない。


「くっ、このまま、じゃ、ヤバいな……」


 メイスから逃れたゴブリンがすかさず襲い掛かって来る。ラウンドシールドにしたことで動き易くはなったけど、守れる範囲が狭すぎて再び下半身を鈍痛が襲う。


「くっ、離せ!」


 さらには、一匹のゴブリンが僕の右腕に取り付いて離れない。


「悪く思うな、よッ!」


 体重を生かしてそのまま地面に倒れ込むと、潰されたカエルのような呻き声を上げたゴブリンが白目を剥いて手を離した。


 そのすきに地面を転がって距離を取った僕は立ち上がり構え直す。


 いまの攻防で二匹ほど倒せたようだ。しかも、残りの三匹も少なからず外傷を負っている。が、敵は目の前のゴブリンだけではない……遠巻きに見るようにこちらを窺っているゴブリンが二、三〇匹もいたのだ。


 さらによく見ると少し離れたところには、ゴブリンアーチャーたちの姿もあった。


「あ、あのときのゴブリンアーチャーたちか!」


 ふつうであればゴブリンがこの数で行動することは滅多にない。きっと巣に戻って応援を呼んできたに違いない。


「なんで僕なんかを狙うんだよ。さすがに三〇匹も相手にできる訳がないっ」


 僕は一人弱音を吐く。


 けれども、一人で切り抜けるしかないのだ。いまの僕には、援護してくれる仲間はいない。


「ま、先ずは冷静にならないと」


 森の出口はどっちだ? とパニック寸前でも生存本能からか、逃げ道を探すように咄嗟に視線を巡らす。


「風の短剣を使うか……」


 計画は、風の短剣で包囲網に穴を作ってゴブリンたちが怯んだすきに一気に駆け抜ける。


「よし、確かあっちだ」


 方向を決めた僕は、メイスを腰に吊る時間を惜しんで左脇に挟んで抱える。そして、風の短剣へと右手を伸ばしてその柄に指が触れるか触れないかのときだった。


「行きなさい、荒れ狂う暴風よ! ウィンドストーム!」


 その内容とは裏腹に、気の抜けたような頼りない少女の詠唱が辺りに響く。実際の効果は正にその通りで壮絶だった。


 全てを巻き上げ吹き飛ばす凶悪な嵐が、目の前のゴブリンたちを切り刻み吹き飛ばし、僕の周りを駆け抜けていく。


 やがて暴風が止むと、木々が薙ぎ倒されてできた隙間から小川のほとりに光柱が射し込む。


 鋭利な刃物で切断されたような切り口の胴体や四肢が散らばり、先程まで奇声を上げて騒いでいたゴブリンたちは、一匹残らず物言わぬ骸と化していた。


 小川が流れる長閑な森は、まるで戦場のような死の世界へと姿を変えていたのだった。


「いったい何が……」


 予期せぬ事態に、そして、目の前の惨状に圧倒された僕は、ただただ突っ立っていることしかできないでいた。


 これ以上の魔獣の死骸に囲まれた経験があるものの、血生臭い重い空気に吐き出したい衝動に駆られる。その衝動をなんとか堪えるように口を押えて下を向いていると少女の声がした。


「あら、お怪我はないかしら? ゼロの騎士様」


 強調するように「ゼロの騎士様」と言った女の子は、この惨状に不釣り合いなほど可愛らしい金髪碧眼の美少女だった。


 冒険者のような出で立ちだけど、なぜこんなところに? しかも、後ろに居る三人も子供じゃないか。


「あれれー? おーい、聞こえていないのかしら?」


 僕が反応しないでいると、凄くバカにした様子で僕のことを覗き込むようにして見上げてくる。けれども、その澄みきった海のような青い瞳から悪意などは感じられない。


「あ、うん、聞こえているよ……」


 僕はハッとしてそう応じつつ、彼女の装いに違和感を抱く。


 何かの鱗のような素材を使用した軽装鎧に、やけに意匠を凝らした金糸で飾られた青い上質なローブを纏っている。それなのに、腰の辺りから家紋のような刻印が施された剣の柄が顔を出していた。


 魔法士なのか剣士なのかよくわからないけど、力の波動のような見えないプレッシャーを感じて思わず後退ってしまう。見た目によらず、やり手なのは間違いないだろう。


「も、もしかして、さっきのウィンドストームは、きみが?」

「ん、違うわよ。このお河童頭の子がやったのよ」


 ん、お河童頭? と思いながら目の前の少女が指差した方へ視線を向ける。


 指さされた女の子が被っていたフードを外すと、お河童にした明るい緑色の髪が姿を現した。


 その奇妙な少女は、その突出した特徴以外は一般的なデザインで質素な灰色のローブを纏っている。僕の風の短剣と同じ色をした魔法石が埋め込まれている杖を持っていることから、魔法士だと素直に受け入れられた。


 それにしても、この世界でもお河童って言うんだ……などと、日本に関すること全てが懐かしく感じるのは、召喚者ならではの感覚かもしれない。


「そうだったんだね。危ないところを助けてくれてありがとう」

「ん、大丈夫……迷惑じゃなくて……」


 お河童頭の少女にお礼を言うと、少々聞き取り辛い返事だった。


 お河童少女は、僕と同じで人と話すのがあまり得意ではないのかもしれない。それでも、あんなに凄い魔法を使うんだからハイランクの冒険者に違いない。


「きみたちは冒険者なのかな?」

「うーん、まあ一応ね」

「一応?」

「冒険者より学生が本業だから」

「えっ、学生なの!」


 金髪碧眼の少女の言葉に驚いたけど、そこまでおかしい話でもないだろう。四人とも見た目は全員一〇代前半といった少女の姿をしている。


 しかし、イルマのことがあるから、もしかして……


「き、きみたちは、もしかして長寿の種族で何百歳だったりする?」


 僕としては非常に真剣な質問だ。が、少女たちはみな唖然としたような表情をした。しかも、またもや金髪碧眼の少女が言い放った。


「はぁー? ゼロの騎士様って頭の中もゼロなのかしら?」

「ぐっ……」


 結果、凄いバカにされた。


 様付けされているせいで皮肉さが半端ない。しかも、さっきよりもその視線がもの凄く冷たいのだ。


「おいおい、そこら辺にしておきなって」


 チラッと声がした方に視線を向けると、よく日に焼けた肌に燃えるような赤色をした癖毛の少女が眉間に皺を寄せている。


 さらには、「そうよ。なんだか、不憫よ……」と腰のあたりまで伸ばした栗色の髪をした色白いエルフの少女が、同情したような視線を向けてくる。


「だ、だって、ゼロ騎士が変なこと言うから――」

「からかうの……よくない……」


 どうやら、僕のことをバカにしているのは金髪碧眼の少女だけのようで安心したけど、未だ答えを聞けていない。


「で、実際はいくつなの?」

「うっさいわねー! こうみえても今年で一三よ!」

「え?」


 良い意味で期待を裏切ってくれて安心した。


「ん、何かしら? そうは見えないと言いたいのかしら?」


 見た目そのままで安心したなどと本心は言わない。いや、言えなかった。


「いや、そうじゃなくて、その年齢にしては、魔法の威力が凄まじかったと感心したんだよ」


 気を持ち直した僕は、ゆっくりと立ち上がり賞賛する。


「そう、あなたの方が強力なはずなんだけど……そういえばなんで魔法を使わないのかしら?」

「はい? きみは、僕の二つ名を理解して言っていたんじゃないの?」


 噛み合わない会話に僕は困惑してしまう。


「知っているわよ。魔力量ゼロの重装騎士。それで『ゼロの騎士』でしょ?」

「なんだよ。知っているじゃないか。それなら僕が魔法を使えないのだってわかって……」


 そう反論して気付いてしまう。


 そうだよ……これは、ただ僕をからかって遊んでいるんだ。こんな子供にさえバカにされるなんて僕は……


 僕が心により深いダメージを受けて落ち込んでいると、金髪碧眼の少女が変なことを呟いた。


「でも……そのゼロは、無限大……」

「それは、いったいどう――」

「魔力を感じなさい。せっかく良いスキルがあるのにもったいないわよ」


 意味を問う僕の言葉を遮り尚も彼女が言ったけど、意味がまったくわからない。


「だからそれはどういう意味なの?」

「内緒っ、わたしからできるアドバイスはここまでよ」

「内緒って……そこまで言ってそれはないでしょ!」


 その意味が気になる僕はもう一度尋ねる。が、ダメだった。


「わたしたちが倒したゴブリンの耳はもらっていくから。いいわよね?」


 話はこれで終わりと言わんばかりに、その少女は身を翻して横たえたゴブリンの方へ歩いていく。


 清々しいほどに完全無視をされた僕は反応が遅れてしまう。


「え? ま、まあ、それは構わないけど……きみたちが倒した訳だし……」

「あっそ、悪いわね」


 悪いと言いつつも、僕に背を向けたまま。形式だけで、さも当たり前のように振舞う様はまるで貴族のようだ。見た感じ一人だけ上質な装いだし、他の三人は従者か何かだろうか。けれども、お互い対等な感じで話していたから同級生の可能性もある。


 それにしても……


 魔力を感じる? それに良いスキル?


 僕にスキルがあるなどとあの聖女は言っていなかったハズだ。この少女には、僕のスキルが見えるのだろうか?


 色々考えている間に四人の少女たちがゴブリンの耳を次々と切り取っていく。


「あっ、二匹だけは僕が倒したから、それは残してもらって良いかな?」


 あと二匹でおまとめポイントの五匹になることを思い出したのだ。


「ん、わたしは構わないけど、勇者なのになんで必要なのよ」


 訝しんだ視線を向けられならがも、僕は咄嗟に嘘を吐いた。


「そ、それは訓練で討伐数を決められていて、それで必要なんだよ」

「ふーん、勇者でもゴブリン相手で訓練するのは知らなかったわ」


 その場しのぎの嘘であるためバレやしないかと冷や汗が止まらない。


「はは、変わっているだろー。ほら、僕はどっちかというと倒すより守るタンク役だから弱いゴブリンで許されているんだよ」


 この少女に勇者パーティーから追放されたことを知られでもしたら、間違いなく先程よりもバカにされる。つまり、この嘘は不可抗力なのだ。


 誰のためだって?


 当然、僕のため!


 そのうちバレるのは承知している。ただ、いまバレるのだけは勘弁してほしいところだ。


 きっと、「魔力量ゼロの騎士」ではなく、「仲間ゼロの騎士」とか言われるに違いない。もしそうなったら、僕は立ち直れなくなってしまう。故に、僕の精神衛生上、この嘘は不可抗力なのだ。


 僕が必死になって自分自身に嘘を正当化していると、四人の少女が討伐証明部位やら魔石の採取を終えたようだ。


「それじゃあ、わたしたちはこれで失礼するわね。魔王退治頑張ってねえー」

「お、おう、任せとけ」


 そう手を上げて返事をした僕は、作り笑いで頬を引きつらせたままその少女四人組を見送ったのだった。


「はあー、なんだったんだよもー。ありえないだろ、あの歳であの威力の魔法とか。勇者パーティーより強いんじゃないか? 異世界召喚しなくても探せばいるじゃないか!」


 風の短剣を作ったイルマ然り、さっきのお河童の子は、絶対先輩たちより強いと思う。


 突っ込みどころが多すぎて名前を聞くの忘れてしまったけど、あの金髪碧眼の少女から受けたプレッシャーを思い出して僕は身震いする。


 僕は、嵐のように現れ、嵐のように去って行った少女たちによってさらに自信を失ってしまった。


 先輩たち勇者パーティーを見返すどころではないよ、これじゃ!


「って、あっ、いけない。早く戻らないと門が閉まっちゃう」


 少女たちの強さに嫉妬を覚えた僕は、もやもやした気持ちを抱えながら帝都サダラーンへの帰路を急ぐのであった。

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