第003話 勇者パーティーからの追放

 デミウルゴス神歴八四六年、六月一五日、冥王――ディースの曜日。


 コウヘイたちが召喚されて半年の月日が経ち、勇者パーティーとして魔獣や魔族との戦闘に慣れたころ。


 勇者たちを擁するサーデン帝国の騎士団は、マルーン王国の騎士団と協力してゲームの世界で中級ボスに当たる中級魔族――ドーファン――を、「死の砂漠谷」で討伐することに成功した。


 まさに、ヒューマンたちの悲願を達成したのである。


 昼間の気温が灼熱地獄の如く六〇度を越える砂漠地帯は、サーデン帝国の北東にあるトラウィス大国をさらに越えた同盟国であるマルーン王国に隣接している。


 つまり、死の砂漠谷はサーデン帝国領ではない。マルーン王国より要請を受けた勇者パーティーが遠征を行ったのが背景である――――


 デミウルゴス神歴八四六年、六月二四日、創造――デミウルゴスの曜日。


 本日、無事に凱旋帰国を果たした僕は、約二週間前の出来事を思い返しながら目的地に向け、とぼとぼと歩いていた。その足取りは決して軽いものではない。思わずため息の一つや二つ吐いてしまう。


「それにしても、ホント、よく生きて帰ってこれたよな。本当に」


 マルーン王国からの依頼は、城塞都市パルジャ周辺にて発生した魔獣災害の鎮圧に過ぎなかった。


 魔獣災害とは、数百匹の魔獣が集団でヒューマンたちの拠点を襲撃することの総称。普段、魔獣たちは組織立って行動しないため、魔族たちが魔獣を操っているせいだと言われている。


 ほとんどの場合は、騎士団や守備隊などの軍隊や冒険者ギルドが協力して討伐をするんだけど、今回は違った。


 千匹を超える魔獣の大群が防衛要の都市であるパルジャに現れ、自国の兵力では被害が甚大化する恐れがあると判断したマルーン王国が、僕たちを派遣するようにとサーデン帝国に要請した訳だ。


 けれども、僕たちを待ち受けていたのは魔獣だけではなかった。


 魔獣だけでも大変なのに、ドーファンと名乗った魔族のせいで戦闘は苛烈さを極めた。なんとかドーファンや魔獣を倒したものの、ヒューマンの死傷者数は二千を超えたらしい。全員が満身創痍だった。


 僕なんかは、気を失ってしまったほどに。


 それ故に、ドーファンは、先代勇者の仇である中級魔人だったのではないかと結論付けられた。


 勇者である先輩たちであれば、簡単に撃退できる下級魔族の強さと比でないことから明らかだ。まあ、僕は下級魔族ですら倒せないから気を失っただけで済んだのは奇跡に近い。


「ゲームで言ったらネームドモンスターってことなのかな」


 僕は、不規則に建ち並ぶ魔導外灯の光を頼りに、既に陽が沈み暗くなった石畳の道を思考を垂れ流しながら一人歩を進める。


 魔族とそれ以外の種族――ヒューマン、獣人、エルフやドワーフなど――は、決して相いれない種族であり、これまで魔族の名前を聞くどころか書物にすら書き残されていない。


「それにしても、憂鬱だ」


 深く重いため息が漏れる。


 先輩たちは、未成年なのに今回のような大きな戦果が無くとも祝勝会と称して毎晩のように宴会を催しているらしい。


 ただ、この世界に飲酒を規制する法律は無い。

 よって、飲酒行為を誰かに咎められることも無い。


 城下町に拠点を移してからは、僕が宴席に呼ばれたことはない。むしろ、呼ばれなくて助かっていた。


 訓練期間中は、城内で生活をしており、食事の際にはお酒が振舞われていた。そのときに酔っぱらった先輩たちの僕に対する対応が非道で本当に参っていたのだ。


 詰まる所、今回の宴会を断れるものなら断りたかった。


 悲しきかな今回は、強制参加と言われてしまったのだ。どうやら、戦闘中に気を失った僕は、多大な迷惑をかけた……らしい。断れるハズもない。


 訓練期間を終えた先輩たちと僕は、城を出て自由行動になってから宿を別々にしている。自主的というより、同じところに泊らせてもらえなかったのが正解だろう。わざわざ僕が拠点にしている黒猫亭から先輩たちが拠点にしているエレガンス・オアシスに向かっているのは、そんなつまらない理由だったのだ。



――――――



 目的地に着いた僕は、格の違いを改めて身に染みて感じてしまう。痛いほどに。


 エレガンス・オアシスは、サダラーン城に繋がる大通りに面した一等地にある荘厳な建物。大理石張りの壁は、まるで神殿のように神々しい店構え。入口は、純金なのか取っ手がゴールド色に輝いている重厚で艶のある立派な木扉だ。


 一方、黒猫亭は、三階建ての木の板を貼り付けただけのような木造建屋。扉は、吹けば飛ぶようなちゃちな作りをしている。


 既に暗い気持ちになった僕は、ドアマンに促されるまま、重い足を持ち上げるようにして開かれた扉を通り抜ける。


 ラウンジを進んでいくと、声を掛けられた。


「康平くん、待ってたよー。ほら、こっちこっち」


 葵先輩が笑顔で手招きしている。


「すみません。遅れちゃいましたか?」

「大丈夫よ。私も今降りて来たところだから」


 葵先輩だけは、変わらず僕に優しく接してくれる。召喚された当時は、変わってしまったのかと不安になったけど、未だ僕が憧れた人のままだ。


「おー、来たか、片桐」

「呼んでいただきありがとうございます」


 僕の名を呼んで歓迎する内村主将に文句を言われないように感謝を伝えると、横から高宮副主将が口を挟んだ。


「しかし、本当におまえは、めでてーやつだな」

「うわー、やっぱりそうくるよねー」

「だから賭けをしても無駄になると言ったんだ」


 高宮副主将、山木先輩、そして内村主将の言葉に僕は、見当違いをしていたことに気が付いた。


 遊ばれたのか? と思ったけど、次の言葉で僕の考えがどうしようもなく甘かったことを思い知らされる。


「おまえ、俺らのパーティーから追放な。これは決定事項だから」


 決して良いことを言われるとは思えず、心構えをしていたけど――


 まさかの追放! いきなり、そんな、酷すぎる!


 僕があまりの衝撃で何も言い返せないでいると、葵先輩が内村主将に詰め寄っていた。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、主将。いきなりどうしたんですか!」

「大崎、おまえだってわかるだろ。最近のこいつはまともに攻撃を受け切れていない」


 僕は、内村主将の尤もな指摘にぐうの音も出ない。


 序盤のゴブリンやオーク程度であれば、何のこともない盾の一振りで攻撃をいなして魔獣の体勢を崩すことができていた。それでも、オーガやトロールといった中級以上の魔獣を相手にすると、痛みに耐えることはできても、僕の方が体勢を崩されることが多くなっていたのだ。


 前衛の僕が体勢を崩されてしまうと陣形まで崩れてしまう。実際、攻撃魔法士として中衛にいる山木先輩が攻撃される事態にまで発展することさえあった。


 ついには、先の中級魔族との戦闘で気を失うという失態を僕は犯してしまったのだ。


 それでも!


 僕は、身を挺して前衛で魔獣の攻撃を一手に引き受けていたのだ。


「確かにそうですけど……」


 葵先輩も反論できず、僕と目が合い咄嗟に視線を切った。


 ああ、やっぱり葵先輩もそう思っていたんだ。僕が重装騎士として役立たずであると……


「それでも、康平くんは私たちのために身体を張ってくれていたじゃないですか」

「まあな、確かに聖女が言っていた通り使えたな。でも、これ以上は、無理だろ」


 葵先輩が考え直すように内村主将に言ってくれたけど、内村主将の言葉から僕のことをはじめからおとり程度にしか考えていなかったことが嫌というほど理解できた。


 後ろに立っている高宮副主将と山木先輩も内村主将と同じように憮然とした表情をしている。


「それにな。俺たちは、五年前に勇者パーティーを壊滅させたあの中級魔族を、召喚されてからたったの半年で討伐できたんだ。たったの半年だ!」


 内村主将は、今回のことを誇らしく思っているのか、短期間で討伐したことを強調していた。


「俺たちは、これからもより強くなる必要があるんだ。いつまでもこんな足手まといに付き合ってる暇はどこにもねーんだよっ」

「そ、そんな、酷すぎます。康平くんがいなくなったらどうやって魔族や魔獣の攻撃を防ぐんですか」


 葵先輩が必死に食い下がってくれるけど、いまの僕には捨駒がいなくなると困ると言っているようにしか聞こえなかった。


 想定外の事態に思考が上手くまとまらない。


 そんな卑屈な考え方しかできない僕が、


「葵先輩、ありがとうございます。でも……もういいです」


 と葵先輩になんとか伝える。


 しかも、先輩たちの向こう側にいる三人の女の子たちの姿が目に入り、それが答えなんだと悟った。


「片桐わかってくれるか。しかし、おまえが心配しないように紹介しておくか。ほら、来いよ」


 僕が心配? 誰を? よくそんなことが言えるよ。


 内村主将に呼ばれて前に出てきた彼女たちは、剣士のフェル、盗賊シーフのギーネと魔法士のイシアル。今回の魔獣災害派遣に同行を抜擢された十代後半で若手のエースと呼ばれている冒険者だ。


「こいつらが俺たちのパーティーに入れば攻撃の層が厚くなる。防御なんてまどろっこしい戦法をとる必要はなくなる。攻めて攻めて全て一本取れば、時間切れを狙う必要はねえんだよ」

「あとのことは、私たちに任せてください。ゼロの騎士様っ」


 内村主将の話が終わったと同時に、フェルが僕の二つ名を言ってバカにしてきた。

 その「ゼロの騎士」とは、魔力量ゼロの僕のことを揶揄している。


 前衛職は、身体強化といわれる魔法を行使して戦うのがこの世界の常識らしい。けれども、魔力量ゼロの僕にはそれができない。


 できないのに重装騎士をしている。

 だから、「ゼロの騎士」らしいのだ。


「そ、それなら心配ありませんね。いままでありがとうございました」


 僕は、できるだけ皮肉を込めてみたけど、僕の性格ではそれが限界だった。

 本当なら、「バカヤロー、こっちだって願い下げだ」くらい、言ってやりたかったのに。


「康平くんっ」


 葵先輩が引き留めるように名を呼んでくれたけど、僕はそのまま背を向けて出ていこうとする。


「おい、待て片桐」


 高宮副主将が僕を呼び止める。


「なんでしょうか」


 さっさとこの場を離れたいけど、呼び止められたことで少なからず期待をしてしまう。


『冗談だ。中級魔族討伐のサプライズだ! どうだ! 本気にしただろっ。なあ?』


 などという、空想を思い描いた。そんなことをあの高宮副主将が言うはずないのに……


「今までありがとな、片桐。助かったよ」


 沈痛な面持ちで高宮副主将は、そう言った。


「た、高宮副主将……」


 それは、引き留めの言葉ではなかった。それでも、その一言でいままでの苦労が報われた気がして、僕の双眸から思わず涙がこぼれた。


 が、


「なーんて言ってもらえると思ったかバカヤロー、手持ちの金とその魔法袋を置いていけ」

「なっ……」


 それは全て卑劣な計算だった。

 僕を苦しめるための計算だったのだ。


 時間が止まるとはこのことを言うのだろうか。僕は、その発言が信じられなかった。


 思わず流した涙が蒸発するほどの腸が煮えくり返るような怒りが、僕の中に醜くドス黒い感情と共に沸き起こるのを感じた。


「うわー先輩、鬼畜だ」

「雄三の言う通りだな。片桐、聞こえただろ、さっさと置いていけ」


 何で……何でこうなった? 僕が何をしたって言うんだよ……


 いきなり異世界に召喚され、勇者の紋章がないにもかかわらず、勇者と同様の苦しい訓練に耐えて魔族や魔獣を討伐して各地を回った。


 しかも、僕が身を危険に晒してまで全ての攻撃を一手に引き受けていた。


 それだからこそ先輩たちは、楽に討伐戦を行えていたはずなのに……


 それなのに……それなのに……


「こ、これは僕の物です。いくら何でもその仕打ちはあんまりです!」


 言ったぞ! 言ってやったぞ! と僕は、小刻みに震えながらも内心は晴れやかだった。


「なんだと……」


 まさか僕が言い返すとは思わなかったのか、高宮副主将が不機嫌そうな野太い声で僕を睨んだ。


 一瞬怯んだ僕は、腰の右側に吊った魔法袋に手を添え、一気に身を翻しその場を逃げ出すように駆け出す。


「アクセラレータ!」


 高宮副主将が身体強化の魔法を唱えるのが微かに聞こえた。


 やばい! と、僕が振り返ったのも束の間、弾丸のような速度で急速接近した高宮副主将に体当たりされ、僕は床に身を投げだすように転んでしまい、簡単に取り押さえられてしまった。


「まさか、お前が逃げるとはな……本来、魔法袋は、デミウルゴス神皇国より貸し出されている幻想級マジックアイテムだぞ。それを持ち逃げしようとするとは……窃盗の罪で牢屋行きだな」

「あ……」


 そうだった。


 僕は、怒りのあまりにそのことを完全に忘れていたのだ。


「ち、違うんです。そんなつもりは――」

「黙れ!」


 弁明しようと背に乗った高宮副主将の方を向いたら、顔を床に押し付けられてしまい、何も言えなくなる。


「雄三! それくらいにしてやれ」

「何をだ」

「痛そうじゃないか。可哀そうに……」


 可哀そうとか言いながらも、近付いて来た内村主将は、僕の魔法袋を腰ベルトから外して取り上げた。


 抵抗しようとしても、もう一つの身体強化魔法であるパワーブーストを唱えた高宮副主将を相手に僕は、身動みじろぐことさえできない。これが魔法の力か、と魔法を使えない僕は、そんな自分自身を呪った。


「パーティー追放が決まった時点で、魔法袋の所有権は俺たちのもんだ」


 僕の頭のところで立ち止まった内村主将は、足をやや広げてしゃがむように腰を落とす。


「雄三が言うように、本来は窃盗罪で刑吏に突き出してもいいんだぞ」


 だらんと両腕を股の間に垂らして僕を見下ろした表情は、気味が悪いくらいに満面の笑みだった。


「だが、それをしては一緒に召喚された俺たちまで、窃盗犯と同じ人種だ何だと、何を言われるかわからん……だから、このまま立ち去るならお咎め無しとしてやろう」

「おい、和正。それだと――」

「いい、放してやれっ。こんな奴に無駄に時間を浪費するのもばからしい。さっさとしないと、折角のメシが冷めて不味くなる。ただでさえこの世界のメシは――」


 内村主将と高宮副主将が何やら言っていたけど、僕の耳にはもう何も届かなかった。


 僕に魔力さえあれば……と思った瞬間、身体がポカポカと温かくなるのを感じた。


 すると、僕を押さえつけていた重しがなくなり自由となったと思ったら、不思議な感覚がふっと止まってしまう。今のは何だったのだろう、と思いながらもしばらくの間、僕は床に突っ伏したままだった。


「康平くん……」


 葵先輩が手を取って引き起こしてくれた。


「せ、先輩……僕は……」


 そんなに役立たずだったのでしょうか? と聞こうとしてできなかった。


 葵先輩が魔法袋から取り出したモノを見て、あとが続かなかったのだ。


「これ、少ないけど、生活の足しに使って。もし、無くなったら渡すか――」


 そこまで聞いて、目の前に差し出された葵先輩の右手を弾いていた。

 葵先輩は、目をしばたたかせ驚いたように固まっている。


「な、何をするの……」


 飛び散った数枚の金貨の内、一枚がその勢いで回転している。回転が弱まり、ぱたりと倒れた。


「せ、先輩もなんですね……」

「え?」

「先輩も……葵先輩も、主将たちと一緒なんですねっ!」


 僕は、葵先輩の返答を待たずにその場から駆け出して去った。


 走って。


 走って。


 走った。


 気が付いたら黒猫亭の前に突っ立っていた。辺りには人影もなく、魔導ランプの光がゆらゆらと揺らめいて僕を照らしている。

 

 乱暴に木製の扉を開け、勢いのまま部屋まで駆け上がってベッドに身を投げた。


 さっきの出来事が何度もフラッシュバックした。特に、葵先輩の最後の顔が忘れられない。


 魔法袋から金貨を取り出し、右手を差し出したときの葵先輩の顔は、ぎこちなく引きつった笑顔だった。


 葵先輩は、違うと思っていた。

 葵先輩は、他の先輩たちとは違うと思っていた。

 葵先輩は、戦闘で傷ついた僕を治癒魔で最優先に癒してくれていた。


 だから、それに恩返しするように身体を張って魔獣を後方へ行かせないように頑張ってきたのに。


「ち、チクショおおおーーー!」


 その夜、僕は、自分の中で暴れる怒りを吐き出すように、ひとしきり泣き叫び続けたのだった。

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