カレーパン 0.5点
「きょうはこれを買ってきた」
ヤマザキ『カレーパン』。パッケージを彩っている暖色(イエローとオレンジっぽいレッド)は、山崎製パンを象徴するような色である。ヤマザキデイリーストアのロゴとカラーリングが似ている。
ちょっと遠出してラピタまで行ったら98円セールをやっていた。きょうは火曜特売の日だった。うまいものを安く手に入れたのだから、すこしくらい褒められると思っていたら──ハルヒは怒っていた。
「あたしがこの世で我慢ならんものが2つある。ひとつは冷えたカレーパン、そして間抜けなSOS団員のクソ野郎よ!」
ハルヒが奇声をあげた。なんだ唐突に。さてはおまえ、漫画『BLACK LAGOON』を読んだかアニメを観たのか?
「よりにもよって……カレーパンとは。袋売りの揚げパンって、冷めるとおいしくないんですよね。団長のお怒りはごもっともです」
さっそく古泉のごますりが始まった。だがな、おれもただの間抜けじゃない。ちゃんと考えてカレーパンを買ってきたのである。
「おまえたち、ヤマザキのカレーパンを
おれは1台のオーブントースターを指さした。コンピュータ研からハルヒが略奪したものだ。いまはSOS団の溜まり場──北高旧校舎の文芸部室の隅っこに置いてある。おれには勝算があった。
「ハルヒが憤慨するのはよくわかる。ヤマザキのカレーパンってのは扱いにくい惣菜パンだからな」
おれはカレーパンをひとつだけ手に取った。それから包装パッケージの端っこをつまんでを開ける。わずかに揚げ油のにおいが立ちのぼった。
「このパン粉をまぶしたドーナツ生地がくせものだ。春夏はフニャフニャなのでかぶりいて食べると口元がベトベトになる。秋冬は硬くなりがちなのでパサパサして食感が悪い。具のカレールゥも冷たくなる。ゴワゴワでパサパサなドーナツに冷たいカレールゥ。最悪の体験だ」
アップル新製品発表会のステージに立った故スティーブ・ジョブズのごとく、おれはカレーパンを持ったまま部室内を悠然と歩んでみせる。
「カレーは熱いのがうまいに決まっている。だからといって電子レンジで温めるのは悪手といわざるをえない。できあがりはフニャフニャになるからだ。だからオーブントースターを使う」
ワン・モア・シング。おれはとっておきのアイテムを取り出した。朝比奈さんが感極まって拍手をする。長門がいままで読んでいた文庫本を閉じて顔を上げた。古泉の喉仏が上下にゆっくりと動いて、生唾を飲みこむ音がきこえた。ハルヒは制服の
「カレーパンを炙るときに敷くのは──クッキングシートだ。旭化成のクックパー。アルミホイルでは不十分だ。上半分はこんがりと仕上がるけれど下半分はにじみ出た油分でビチャビチャになってしまう。クッキングシートならば火力が透過しやすいからアルミホイルにくらべてカラッとした仕上がりになる」
おれの神プレゼンにハルヒたちは恍惚とした表情を浮かべていた。
じつをいえば、1週間かけておこなってトレーニングの成果である。プレゼンの天才と呼ばれていたジョブズだって本番前に死ぬほど練習していたらしい。練習のしすぎで死んでしまったが。冥福を祈る。
「オーブントースターの大きさにもよるが──食パンだけを焼くために存在している廉価トースターで炙るときは注意してほしい。オーブン室が狭いために油断するとカレーパン上半分の表面が焦げてしまう。適度にひっくりかえしてカレーパン全体をこんがり仕上げてほしい。以上」
プレゼンを終えると同時にオーブントースターが「チンッ」という鈴の音を鳴らした。生まれ変わったヤマザキ『カレーパン』を紙皿にうつして、それをハルヒに渡した。
さっそく手づかみで熱々のカレーパンにかぶりついた団長殿は──ご満悦の表情をうかべていた。
・・・・・・・
きょうもSOS団はにぎやか。つづく。
商品名『カレーパン』
今回の獲得シール 0.5点
累計 14点
「白いフローラルディッシュ」獲得まで、あと11点
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