アップルパイ 1点
きょうは半ドン。つまり土曜日であり、昼の2時前には帰宅して、コンビニおにぎりともやし入りのインスタントラーメンをすすりながら、夏目三久がアシスタントを務めていた時代の「マツコ有吉の怒り新党」の再放送を眺める、という至福の時間が──待っているはずだった。
おれの皮算用は、3時限目と4時限目のあいだに泡と消えてしまった。休み時間にハルヒによってヤマザキパン調達司令が下されたからだ。
リアルタイムで観るつもりだったので怒り新党の録画予約はしていない。妹に頼むわけにもいかず、おれの夏目ちゃん鑑賞は来週までお預けである。あさチャンの夏目ちゃんでは物足りない。
夏目ちゃん分の不足を嘆きながら、おれは土曜日のしかもよく晴れた寒空のもと、菓子パンを買いにパシリをするはめになった。ハルヒいわく「アップルパイ」を買って来いと。
SOS団の巣窟こと旧校舎の文芸部室には、すでにおなじみの面々が集っていた。いつもと違ったのは、テーブルのうえに重箱がいくつも展開されていたことだ。
「あ、キョンくん。寒かったでしょう」
我がエンジェル! もしかして、食い物入りのお重は貴方様が……
「きのうの夜、涼宮さんから電話があって、土曜の学校が終わったらみんなでお昼食べるから用意してくれってお願いされて……」
「ハルヒのやつ、無茶いいやがって。きのうの今日で大変だったでしょう」
「でも材料はほとんど涼宮さんが買ってきてくれたし、料理は長門さんや同じマンションに住んでいる朝倉さんも手伝ってくれたので、わたしの負担はそれほどでも……でした」
そうだったのか。ん? 長門のマンションってことは、例の情報統合思念体とやらがハルヒに目撃されるおそれがあったんじゃないのか? あ、でもクローゼットかベランダの外に隠れていたのかもしれん。
「……」
長門有希は、窓際に置いた椅子に腰掛けて読書にいそしんでいた。
「昨夜はごくろうさん。おまえもハルヒに振り回されて大変だったな」
「深夜2時までかかった。わたしは卵の出汁巻きを担当した。情報統合思念体がクックパッドの有料プランをHackして探し出した人気1位のレシピ」
「それは楽しみだな。ありがとよ」
「──ちなみに」
突然、耳元で男の声が聞こえた。
「うぉっ!古泉、顔が近いぞ!! あーっ耳の穴が湿っぽくなってる!?」
セクハラだぞ。それにおまえ、さっきまで部室にいなかったよな? どんな原理だ。
「ちなみに、ぼくは長門さんのお宅で重箱包みを受け取って、この北高まで運んで、いままで保管する係を務めました」
「そ、そうか」
「……ぼくにはお褒めの言葉はないのでしょうか」
「ご、ご苦労だったな」
こうして、ハルヒ被害者の会のメンツによる顔合わせがちょうど終わったころに──当の加害者がやってきた。
「あー、お腹すいたー。はやく食べましょっ! わたしのおごりなんだから感謝しながら空腹を満たしなさい!」
──もぐもぐタイム──
うまかった。長門がつくった出汁巻きも、朝倉がつくった肉詰めピーマン(何の肉だ?)も、ハルヒが「まつりだ~まつりだ~」とサブちゃんになりきって歌いながら作ったという「ちらし寿司」も。
「じゃあ、さっそくデザートを食べましょう。キョン、用意をお願いね」
へいへい。おれはハミマの買い物袋からヤマザキのアップルパイの個包装を取り出した。ぜんぶで5個。そういえば今度、長門を通して、きょうの朝倉にも何かヤマザキパンのひとつでも贈呈しなければ。きょうの肉詰めピーマンの御礼も兼ねて。あ、でもあいつら敵対してるんだっけ?
「ヤマザキのアップルパイ。まさにヤマザキ製パンの最高傑作ね。まるごとソーセージとかランチパックなどに比肩する殿堂入りの菓子パンといえるわね」
確かに。サックリと歯触りのいいパイ生地。150円以下の商品とは思えないたっぷりの具材(りんごシロップ漬け)は他のナショナルブランドの追随を許さないボリューム感とクオリティである。
「団長閣下。提案なのですが、ヤマザキのアップルパイこそオーブントースターとのコラボレーションが活かされるのでは?」
「ザッツライト! イグザクトリイ! その通りよ、古泉くん。さぁ、キョン、みくるちゃん。やっておしまいなさい!」
おまえは水戸黄門か。水戸光圀が武田鉄矢ってなんだよ。もうすぐ平成が終わる。
「チーン!……チーン!……チーン!……チーン!……チーン!」
トースターで炙りすぎると焦げちまうから加減が難しい。1000W級のトースターならば2分以内が無難である。あくまでも表面のパイ生地に含まれる油分を活性化させてパリパリにするだけに留めおくのである。中心部のりんごのシロップ漬けまで熱くしようと欲張ると、あっというまに黒焦げアップルパイになっちまう。
「おいしいですぅ」
朝比奈さんに同感だ。たとえば場末の喫茶店で、トーストしたヤマザキのアップルパイをおしゃれにハーフカットしたものが出てきても違和感がない。きょうはアップルパイ1個を128円で買ってきたらから……ハーフカットしたら原価が64円。4倍の約250円の値付けをしても喫茶店価格としては適正と見なされるだろう。それくらいヤマザキパンのアップルパイは味と満足度のコストパフォーマンスが高いのである。
・・・・・・・
きょうもSOS団はにぎやか。つづく。
商品名『アップルパイ』
今回の獲得シール 1点
累計 8.5点
「白いフローラルディッシュ」獲得まで、あと16.5点
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます