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 マイトの一撃は、あっさりとさけられた。灰色の馬はコツコツコツとヒヅメを鳴らし、横っ飛びで距離を取る。

 いきなりの襲撃に動転して気づかなかったが、当然ながら、ただの馬ではない。通常の馬の二倍近い巨躯であること以外にも、普通ではない特徴が見受けられた。


 まず目につくのは、額にある突起だ。皮膚の下から盛り上がっているので、頭蓋に出っ張りがあるのだと思う。それは、見ようによっては一本角に見えないこともない。


「あれって、ひょっとしてユニコーンってやつか?」

「違うでしょ」弓を構えたシフルーシュが、困惑顔で否定する。「六本足のユニコーンなんて聞いたことがない」

「だよなぁ……」


 灰色の馬は六本の足を持っていった。前脚と後ろ脚の間に、三つ目の脚を左右に備えていたのだ。片側ずつ脚を動かすので、ヒヅメの音はつねに三音がワンセットとなっている。ユニコーンもどきの驚異的な走力は、この六本足に支えられているのだろう。


 シフルーシュが牽制の矢を放つと、わずかな動作で軽やかにさけた。これは、矢の軌道を読み取っていることを意味する。空間把握能力がすぐれている証拠だ――と、認識する間もなく、いきなり向きを変えて駆けてきた。

 マイトは懸命に剣を振るが、かすりもしない。


 ユニコーンもどきは体の側面をぶつけるようにして、次々とパーティを跳ね飛ばしていく。どれだけ素早く反撃を行っても、尻尾にさえ当たらなかった。剣も槍も魔法も矢も、ヒヅメの音が通りすぎた後にむなしく空を切る。

 加速性、小回り、跳躍、そして状況を見極める判断力――すべてにおいて追いつけない。


「こいつが、最後の関門ってわけか」


 この脅威度は、おそらく番人モンスターだ。最下層が近いことを、マイトは実感する。

 ここで負けるわけにはいかなかった。穴から何もないフロアに落ちてきたマイト達に、逃げ込む場所はなく、勝つしか生き残る方法はないのだ。


「とにかく足だ、足を狙おう。ヤツの動きを止めないことには、どうしようもない」


 ゴッツの指示に、マイトは即座に反応する。身を寄せて警戒態勢を取っていた一団から抜け出し、あえて孤立状態を作った。


「ちょっと、何やってんの!」と、シフルーシュが目をむいて叫ぶ。

「これでいいんだ。うまいこと俺のほうにウマ野郎を誘導してくれ」


 正面から向かってくるなら、タイミングさえ合えば剣は届く。だが、機敏なユニコーンもどきは、少しでも危険を感じたなら瞬間的に方向転換する能力があった。

 何もないフロアは、自由自在に駆け回るユニコーンもどきにとって絶好のフィールドだ。この場で進路を誘導することは困難な仕事だとわかっているが、仲間を信じて剣を構える。


 三つのヒヅメが床石を踏み締め、力強く蹴り出して一気に加速した。

 ダットンが向かって左側に火の玉を放つ。少し遅れて、シフルーシュが右側に矢を射た。

 不完全ではあるが左右の進路を潰した形だ。マイトはギリギリまで引きつけて、前方に飛び込む。床の上を滑るようにして、低い位置から足を狙って剣を振る。


 進行方向は重なっていた。タイミングも完璧だった。しかし、肝心の手ごたえがまったくない。

 ユニコーンもどきは接触の寸前に、上体を大きく反らして足を跳ね上げていたのだ。剣をさけた直後、揺り戻しのヒヅメで踏みつけようとしてくる。


 マイトは咄嗟に転がり逃げようとしたが――間に合わなかった。大きなヒヅメに左肩は砕かれ、衝撃で全身が波打つ。

 なおも追撃に転じる馬面に、ゴッツが短槍を突き立てた。切っ先は頬をかすめたが、器用に首を曲げて直撃をまねがれている。


 今度は角のような突起を使った頭突きが、ゴッツを襲う。かろうじて円盾で防いだが、その威力に巨体は軽々と吹き飛ばされた。

 魔法と矢の雨を降らせて、どうにかユニコーンもどきを一旦退かせる。すかさずティオが駆けてきて、マイトの容態を確認した。


「うっ、ひどい――」


 肩と腕のつけ根が押し潰されて、折れた骨が皮膚を突き破っていた。吹き出る血によって、瞬く間に赤い水溜まりができる。

 マイトは激痛で気を失いそうになるが、持続する激痛に叩き起こされて意識を保つことができた。


「ま、待ってて、まずマヒ魔法で痛みを取り除く」

「そんなの……いいよ」あえぎながら声を絞り出す。「ティオ姉ちゃん、すぐに動けるようにしてくれ」


 一瞬迷いをよぎらせたが、ティオは言われたとおり再生魔法を唱えはじめた。手のひらから伝わる熱によって、ジリジリと砕けた肩が焼かれるような感覚を味わう。

 仲間が必死に耐えてくれたおかげで、邪魔を受けることなく治療は完了した。そうは言っても、応急処置の範疇にすぎず、左肩から先は消えてしまったように存在を感じることができない。一応はつながっているが、ただそれだけ、骨も肉も神経も機能していなかった。

 だが、これで充分だ。右腕一本あれば剣は振るえる。


「もう一度だ。さっきの、もう一度やろう。今度こそうまくやる」

「待ってマイトくん。わたしに考えがある」


 これまでティオが、戦闘で意見したことは一度もなかった。パーティ全員が驚きを共有する。

 ティオは手術に向かうときのような真剣な表情で、距離を置いて様子をうかがうユニコーンもどきを見ていた。


「次は、わたしが囮になる」

「何を言ってんだ。そういう危ないことは、俺達の仕事だ。やらせるわけにはいかない!」


 制止する手をするりとよけて、ティオは恐怖で強張った顔に無理して笑みを浮かべた。


「いつも、みんなに助けられるばかりで、何もできなかった。一回くらい、役に立ちたいよ」


 ティオの仕事は医術でパーティを支えることだ。役に立たなかったことなど、一度としてない。それでも、戦闘に参加できないもどかしさを、どこかで感じていたのかもしれない。


 そんなことない――と、反論するのは簡単だ。でも、マイトはギリギリのところで言葉を飲み込んだ。ミスミにはどやされるだろうが、長年パーティを組んできた仲間の言葉を、信じたいと思った。


「大丈夫、あのウマの足を止める方法を思いついたの」


 以前ミスミが言っていたことを思い出す。『ティオは土壇場になると底力を発揮する』

 ティオは震える足で進み出た。怖くないわけがない。それでも、仲間のために、勇気を振り絞りモンスターと対峙する。

 いつでも助けに行ける体勢を整え、マイトは剣を握りしめた。


 ユニコーンもどきが、わずかに首をかしげる。まるで人間を思わせる動作だ。と感じ取ったのだろう。

 しばらく様子を探り、グルグルと周囲を回りつづける。緩急をつけて走行し、こちらの対応を惑わせようという考えか。


 ふいに脚の回転が早まり、急加速する。向かった先にティオはいない、弧を描いて側面から集まったマイト達を叩こうとするルートだ。残される形となったティオは取り乱し、動揺をこれ以上ないほど表情に塗り込めた。

 それを見越していたように、ユニコーンもどきは強引に走行姿勢を崩して方向転換した。予想外の角度から、ティオは襲われる。


 速度は若干落ちていたが、虚を突かれた分さける動作さえできず棒立ちのまま衝突――かち上げられて、天井近くまで体が舞った。


「ティオ姉ちゃん!」


 ティオは床石に落下し、不自然な姿勢で伏していた。かすかに左足が痙攣している。

 心配が限界値を超えて、マイトは駆け寄ろうと一歩踏み出す。その瞬間、すり切れだらけの顔を上げたティオと目が合った。


 マイトは唇を噛んで、向かうべき場所を正した。目的はユニコーンもどきの撃退だ、それをティオの目が訴えている。

 飛びかかり、力いっぱい剣を振り下ろす。ユニコーンもどきは上体を反らして、渾身の一撃をさけた――が、上がりきらなかった左の前脚に、わずかだが切っ先がかかった。


 はじめて攻撃が当たる。細かな血飛沫が灰色の体毛に染みを作った。

 間髪入れずゴッツが突撃して、円盾で馬面を叩く。まとも盾を食らい長い首が横にぶれた。その間隙に短槍を突き刺す。

 ちょうど首のつけ根あたりに、深々と穂先が食い込む。抜き取ると、勢いよく赤黒い血が吹き出す。

 あきらかにユニコーンもどきの動きは鈍っていた。まるで思考に体が追いつかないといった様子だ。


「そ、そうか、マヒ魔法だ!」と、ダットンが叫ぶ。「ティ、ティオさんがマヒ魔法をかけたんだ」


 自ら囮となり、接触の瞬間にマヒ魔法をかけたということか。しかし、あの短時間の接触では効果が長つづきすることはないだろう。

 ここで決めなければ、ティオの捨て身の作戦がムダになる。


 巨躯を振り乱して逃げようとするユニコーンもどきに、シフルーシュが立てつづけに三本の矢を放つ。すべて命中するが、矢じりが皮膚を貫いたのは一本だけだった。弓矢の威力ではダメージが通らない。


「それなら!」と、シフルーシュは腰に下げた水袋を放り投げる。栓が外れて、緑色の液体が床石に流れ出した。


 ミスミが用意してくれた煎じた薬草入りの経口補水液だ。味はとにかく苦くてまずいが、水分と栄養素を補給できるうえに、姿を消すことができるモンスターと遭遇したときにぶつけて着色することも想定した代物だった。


「水よ、行け!」


 その緑の水を精霊魔法で操り、馬面にひっかける。目潰しとして利用したのだ。

 視界を奪われたユニコーンもどきに、ゴッツの短槍とダットンの魔法がつづけざまに命中した。

 手傷を負ったユニコーンもどきは、たまらず後方に飛びのき距離を取る。ダメージは大きく、俊敏な動きが見る影もなく生彩を欠いていた。


「そろそろ決着をつけようぜ、ウマ野郎。ここらが潮時だ」


 マイトが駆けると、激高したユニコーンもどきも興奮して向かってきた。互いに速度をゆるめることなく激突する。

 全力の一撃は――またも、さけられた。先ほどと同じく、大きく上体を反らして、ヒヅメを叩きつけてくる。


 これを、マイトは待っていった。右手のみの剣撃では決定的なダメージを与えることはできないと判断し、反撃に転じる勢いを利用しようと考えたのだ。

 すぐさま頭上に剣を突き上げる。振り下ろされたユニコーンもどきの首に、刀身が深々と刺さった。

 大量の返り血に加え、腕に伝わる衝撃でマイトは尻もちをつく。その上を飛び越えて、首に剣を刺したままのユニコーンもどきは悶えながら走り出し、やがて蹴つまずいて倒れた。


 それは、ひどく不自然な倒れ方だった。何もないフロアで、足を取られたような挙動をしていた。

 その理由は、近づくと一目でわかる。遠目からでは気づかなかったが、床石に段差があって足を引っかけたものと思われる。階段だ――地下五十五階につづく階段が、そこにあった。


「ありがとよ、ウマ野郎。探す手間がはぶけた」


 一見して変化を感じられない広大なフロアで、階段を探す作業は骨が折れる。無駄な労力を削ってくれたことは、本当にありがたい。

 マイトは感謝の意を込めて、ユニコーンもどきを楽にしてやった。


※※※


「どうにかならんもんかね、ミスミ先生」と、タツカワ会長が媚びるような目で訴えかける。

「だから、無理だって言ってるでしょ」

「そこを、ほらっ、スーパードクターのゴッドハンドでちょいちょいっと――」


 ミスミはため息をついて、ボサボサ頭をかいた。できるものなら、とっくにやっている。残念ながらミスミはスーパードクターではなく、ヤブ医者なのだ。

 尿路結石は、その名のとおり尿路(尿管)に結石が生じる病気だ。尿管より結石が小さい場合は本人も気づくことなく排尿と共に排出されるが、尿管より結石が大きくなると排出できず激痛をもたらすようになる。


 治療法としては、結石の排出をうながす薬物療法、もしくは体外から衝撃波で結石を砕く機材を使っての治療となるが、どちらもこの世界には存在しない。自然排出を期待するしかない状況だ。


「こんなこと、正直口にもしたくねぇが……」思い詰めた顔で、タツカワ会長が言った。「手術で、取れたりしないかな。あそこを裂いて、直接結石を取り除くんだ。最後に再生魔法で修復すれば元に戻るわけだし、問題ないと思うんだ」


 男なら誰もが身の毛もよだつ、恐ろしい手術の提案である。それほど痛みがつらいのだろう。

 確かに手法としては効果はありそうだ。でも、大きな問題が一つある。心理的に、ミスミはそんな手術をやりたくない。最後の手段としてなら考えないわけでもないが、まだ切羽詰まるには早すぎる。

 もう少し様子を見て、次の治療法は考えたいところだ。


 そんなことを思っていると――ふと脳裏に、以前聞いたとんでもない治療法の話がよみがえった。当時はただ笑うだけだったが、いまは目の前に苦しむ患者がいる。


「あのタツカワ会長、ローラーコースター療法って知ってますか?」


 ミスミはためらいがちにたずねた。半笑いで。


「なんだよ、そりゃ。ローラーコースター?」

「いわゆるジェットコースターです。くわしいことはわかりませんが、ジェットコースターに乗っていると結石を排出しやすくなるって話を聞いたことがあるんですよ。振動とかG(重力)の負荷に効果があるとかなんとか――」


 降ってわいた治療法に、タツカワ会長は目を輝かせる。だが、それは長つづきせず、すぐに目は曇っていく。


「ダンジョン街のどこにジェットコースターがあるんだ……」

「ですよねぇ」


 頭を抱えるタツカワ会長を眺めて、ミスミは苦笑しながらお茶をすするのだった。

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