冒険者達の悩み

<1>

 エルフのシフルーシュを新たに加えたマイトのパーティは、苦難の末にダンジョン地下十八階に到達した。

 初級の壁まで残すは二階――ついに当座の目標である地下二十階を射程圏にとらえる。


「よし、この勢いで一気に中級を目指そう!」


 興奮したマイトが、拳を突き上げてパーティを鼓舞する。

 しかし、どういうわけか仲間の反応は鈍い。そわそわと落ち着かない気配が、ダンジョンの渇いた空気に溶けていく。


「おい、どうしたんだよ。ノリが悪いぞ。そんな調子でダンジョンを潜るつもりか?!」


 マイトは様子のおかしい仲間に困惑し、身振り手振りを交えて気持ちをかき立てようとした。

 熱意が空回りしていることは、しらっとした顔ぶれを見ればわかる。一番近くにいた魔術師ダットンなど、目線が合うと露骨に顔をそむけた。


「なあ、そう急ぐことはないんじゃないか」


 ゴッツは譲り受けた円盾についたモンスターの返り血を拭き取りながら、気のない声で言った。目に見えてテンションが落ちている。


「わたしも、今日はやめといたほうがいいと思う。こういうのは慎重にいったほうがいいって、ミラー兄様も言ってた」と、シフルーシュが後押しする。

「ぼ、ぼぼ、ぼくも、そう思う」


 普段滅多に意見を口にしないダットンまで、つっかえながらも主張。マイトを除くパーティ全員が進行を拒んだ。

 理由を見いだせないマイトは困惑をつのらせて、ただただ戸惑うばかりだ。どこにモチベーションを下げる要素があったというのか、まったくつかめず首をかしげる。


 納得したわけではないが、仲間に反対されてまで強行しようとは思わない。しかたなくマイトが折れて、本日は引き返すことになった。


「地下二十階が初級の区切りになっているのは、そこに番人と呼ばれる強力なモンスターが居座っているからだ。しっかりと準備して挑むべきだろう」


 神妙な面持ちでゴッツはもっともらしい理屈を付け加えたが、別の理由がある気がしてならない。

 だが、その言い分が間違っていないのも確かだ。待ち構える番人モンスターは、一筋縄ではいかないとマイトも噂に聞いていた。


「まあ、そうかもな。帰りにヤブ先生のところに行って、姉ちゃんを誘っておくよ。医術者がいたら、番人攻略もだいぶ違ってくるだろうし」


「それなら、俺も付き合う」と、ゴッツが即座に乗っかってきた。

「ぼ、ぼくも」と、つづいてダットンも。

「ミスミのところなら、わたしもいっしょに行く」と、シフルーシュも加わる。


 ダンジョン潜りを中断した途端、妙に仲間の付き合いがよくなった。マイトはもやもやした気分に包まれて、くっきりとした太眉の間に一本の深いスジを刻んだ。

 どうにも腑に落ちない状況に、一度は飲み込んだ疑念が再び這い上ってくる。


 さりげなくパーティの様子を探ると、シフルーシュが口に手を当て小さく咳き込む姿を目撃した。そういえば、今日は何度も咳き込むところを見た。――風邪だろうか?

 もし体調が悪いのなら、シフルーシュがダンジョン潜り継続をためらう理由はわかる。ミスミのところに行くと言った理由も。


 ただ時おり咳き込みはしていたが、冒険中のシフルーシュの動きに、これといって不調があるようには思えなかった。気が強いシフルーシュの性格上、弱みを見せたくない一心で無理をしていた可能性はあるが、それにだって限度がある。無理を通せる程度の体調不良ならば、心配することもないだろう。


 他の二人に関しては、まったく手がかりはつかめなかった。先頭を行くゴッツの大きな背中に変化は見られないし、いつもうつむきがちに歩くダットンをそもそも注視したことがない。

 謎は深まる一方で、結局解決を見ることなく地上に戻ってきた。


 差し込む西日を手で遮りながら、マイトは目を細めてダンジョン入口広場に踏み出した。どうしたことか、広場の端にちょっとした人だかりができている。


「何やってんだろ?」


 好奇心旺盛な冒険者のさがで、興味をひかれた物事に惹きつけられる。人だかりに寄っていったマイトは、つま先立ちの背伸びをして集団の奥を覗き見た。


 人の輪ができており、その中心に一組の冒険者がいた。彼らは誇らしげな顔で、冒険者タグを手にしている。

 その様子から、事情はすぐに察した。確認するまでもなく、タグの表記が変更されたことを理解する。


「うわっ、先を越された!」


 マイト達が引き返している間に、別のパーティが初級の壁を突破したのだ。競争をしているわけではないので、先を越されたところで問題はないのだが、あのまま進んでいたら自分達が輪の中心にいたかもしれない――そう思うと、無性に悔しかった。


「どっちにしても、あっちが先だったんじゃないの」呆れたふうにシフルーシュが言った。「こっちより早く地上に出てるってことは、ダンジョンで先行してたのはあっちなんでしょ」

「そうとも言いきれない。あれを見てみろよ」


 中級に繰り上がった冒険者の脇に、1メートルほどの黒い石柱があった。目を凝らしてみると、石柱に複雑な紋様が刻まれているのがわかる。魔法呪文を図形に変換した、いわゆる魔法紋様陣だ。


 かなり高度な紋様式で、並大抵の魔術師では解読できない。ダットンはもちろん、魔術師ギルドや魔法学院の高名な教授でも難しいと言われている。ダンジョン管理組合のタツカワ会長が設置したモノらしいが、出どころは不明。噂話でダンジョン最下層のお宝の一つではないかと、まことしやかにささやかれている。


「あれは、『ポータル』と言われてる転移装置だ。同じ物が地下二十一階と地下四十一階にあって、そこまで到達した冒険者はタグをかざすことで記録・登録され、各レベルに応じた転移を自由に使うことができるようになる。わざわざ攻略済みの階を抜けていかなくて済むようにね」


「へえ、人間の世界には便利な物があるんだな」

「つまり、ポータルを使えば一瞬で地上に戻ってこれるわけだ。俺たちが十八階分上っている間に、あいつらは初級の壁を越えたのかもしれないってこと!」


 一人熱くなったマイトは、またも空回り。仲間の反応は、やはり鈍い。

 誰ともなく、しらけた顔を見合わせると、代表してゴッツが言った。「そんなことより、早くヤブ先生のところに行こうぜ」


 三人は人だかりから離れて、大通りへ向かって歩きだした。取り残されたマイトは、呆然と意欲を見せない仲間の後ろ姿を眺める。


「えー、なんでだよ……」


 落胆とも憤りともつかない複雑な感情を抱え、ふくれっ面で後を追う。気持ちがくさくさしていたせいか、その足取りは重く、到着にずいぶんと遅れてしまった。

 ミスミ診療所の待合室に入ると、どういうわけかピンと張りつめたような緊張感が満ちていた。思いがけない空気にギョッとしたが、緊張の大元を目撃して納得する。


「そう言えば、そうだった。すっかり忘れてた」


 向かい合って微動だにしない女が二人――シフルーシュとカンナバリが、にらみ合うように対峙している。お互い一歩も引かない。

 ここに来れば、当然こうなることは予想できたはずだ。エルフとドワーフの不和を失念していた。しかたなくマイトが取り成そうと間に入ろうとしたとき――


「おい、診療所でのケンカはご法度だぞ」


 ボサボサ頭をかきながら、わずらわしそうな顔のミスミが姿をあらわした。その後ろから、ティオがひょっこり覗き込んでいる。おそらく一触即発の状況を止めてもらおうと、ミスミを呼びに行ったというところか。


 ミスミが介入したことで、一時的に緊張が解けた。ティオにうながされて、しぶしぶカンナバリは引き下がる。エルフの里の一件以来、ミスミに一目置いているシフルーシュも矛をおさめた。


「ぞろぞろと押しかけて、いったい何の用なんだ。診療所はお前らのたまり場じゃないんだぞ」


 毎度のことだが、ティオの勧誘に来た――そう言おうとマイトは口を開くが、直前に他の声が割って入り、伝えようとした言葉は音となる前に立ち消える。


「実は、ヤブ先生に相談があって来た」

「わたしも」

「ぼ、ぼぼ、ぼくも……」


 いきなりのことで、事情がわからずマイトは目を白黒させる。そんな話は聞いていない。

 ミスミは三人の顔を見回して、軽く肩をすくめた。


「今日は患者として来たってことか。いいだろう、一人ずつ診察室に来い」


 診療室に戻るミスミを目で追いながら、ティオがそろりとそばにやって来て小声で尋ねる。。


「マイトくん、何かあったの?」

「俺もよくわかんない。こっちが知りたいくらいだ……」


 まるで状況が飲み込めないマイトは、診察の順番を話し合う仲間を呆けた顔で見ていることしかできなかった。

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