<3>
――翌日、カンナバリは大荷物を抱えて診療所に出勤してきた。
朝一番にゴッツが顔を出すと、にっこりと笑顔で迎えて荷物を差し出した。
「これは?」
「わたしが冒険者だった頃に愛用していた武器。よかったら使ってみない」
布包みをほどくと、椀状の小ぶりな円盾と一メートルほどの短槍があらわれる。どちらも使い込まれており、金属部品の表面が剥げて鈍色にあせていた。
ゴッツは短槍を手に取り、感触を確かめた。鉄製の柄が、大きな手にしっくりとなじむ。
「思い出の品だろ。いいのかい?」
「ええ、構わないわよ。部屋で埃をかぶっているより、キミに使ってもらったほうが武器も喜ぶ。わたしはもう冒険者に戻るつもりはないから、遠慮なく使ってよ」
カンナバリが冒険者を引退したのは三年前――もう冒険者に未練はなかった。冒険者タグを返納していないのは、看護師として医師のミスミのサポートでダンジョンに潜る機会もあるという理由からだ。
いまやカンナバリに武器は無用の長物。手放すのにためらいはない。
「一つ聞いてもいいかな」手にした短槍から視線を移し、ゴッツはどことなく気遣いのこもった声で聞く。「あんたはどうして、冒険者をやめたんだ?」
「どうしてって……別に大げさな理由があるわけじゃないの。当時パーティを組んでいた仲間の一人が、家業を継ぐために冒険者をやめなきゃいけなくなった。このパーティが気に入っていたから、新しい仲間を加えるのは抵抗があって、どっちつかずのままつづけるのが億劫でやめようと思った。それだけのこと」
「でも、中級まで達した冒険者を他は放っておかなかったんじゃないか。スカウトはなかったのか?」
「あるにはあったけど、全部断った。あなたにはまだわからないでしょうけど、長いこと冒険者をつづけると自分の限界が見えてくるものなのよ。わたしはあれ以上つづけたとしても、きっと上級にはなれなかった。自分の限界を見て見ぬふりするのは、精神的に結構つらいものよ」
「よくわからんな……」ゴッツの声に困惑がにじむ。
カンナバリは苦笑して、一本に束ねた髪を振り子のように左右に揺らした。「それでいい。わかっちゃったときは、もう先が見えてるってことだから」
当時のことを思い出し、まん丸い目の奥にほんの少し郷愁が混じっていた。彼女とミスミが出会ったのは、ちょうど冒険者稼業から足を洗った直後のことだ。
いくばくかの蓄えはあったが、生活していくには心もとなく、新しい職を見つけなくてはならなかった。そんなときに偶然目にしたのが、看護師募集の張り紙だ。看護師という仕事を理解していたわけではないが、経験不問の文字に釣られてミスミ診療所の門戸を叩いた。
当初は刺激的な冒険生活から一変した看護師業に張り合いが持てずにいたが、なしくずしでつづけていくうちに人命を救う手伝いにやりがいを感じるようになっていった。いまでは看護師も結構気に入っている。ただ患者の来ない退屈な日々が多いのは、ちょっぴり不服であるが。
とにかく、こうした経緯を経てカンナバリはミスミ診療所に欠かせない人員となったのだ。
「それでどうする、これ使ってみる?」
「うーん、少し考えさせてくれないか。命を預けることになる武器だ。扱いに自信が持てないことには使う気になれない」
「そういうことなら、わたしが使い方を教えてあげますよ。少しコツはいるけど、そんなに難しいわけじゃない」
カンナバリは短槍を右手に、円盾を左手に持ち構えてみせる。
基本となるのは、円盾でモンスターの攻撃及び行動を封じて、的確に短槍でダメージを与えることだ。ゴッツの大剣ほど一撃に破壊力あるわけではないが、盾で間合いをコントロールできる分、相対的なリスクはぐんと下がる。何よりもダンジョンという閉鎖空間で扱う前提において、狭い通路であっても取り回しのいい短槍と円盾は合理的な武器といえる。
「これまでの大剣を使っていたキミは、きっと攻めることでパーティに貢献していたんでしょ。でも、この二つを使うことで今度は守りでパーティに貢献することができる。ダンジョン潜りでもっとも重要なのは、どれだけ安全に進むことができるか。守りの要となることは、モンスターを倒すよりも価値があるのよ」
「なるほど、そういうものか……」
無用なケガを負ってパーティに迷惑をかけていたゴッツには、身にしみる言葉だ。これまでの自分をかえりみて、自己満足でしかなかったことを痛感する。
その承服した姿勢に気をよくしたカンナバリは、さらに短槍と円盾のコンビネーションを披露した。
カンナバリの冒険者ロジックは正しく、問題は何一つない。もし問題があるとするなら――
「……えっとカンナさん」最初から、じっと様子をうかがっていたミスミが遠慮がちに声をかけた。「そういう物騒なの振り回すのは、外でやってくんないかな」
「あら、これは失礼」
彼女はガハハと豪快に笑って、ゴッツを連れ立ち診療所を出ていった。
それから、ゴッツの武器慣れの訓練が幕を開けることとなる。ミスミ診療所の軒先ではじまった青空道場は、丸三日間つづくのだった。
※※※
ミスミ診療所に、再びマイトとゴッツが訪れた。両者ともに軽傷を負い、まとった衣服がくたびれている。
ダンジョン帰りであることは一目でわかった。ただ面立ちに差した疲労の色を、溢れんばかりの歓喜が上書きしていた。
「聞いてくれよ。なんと一発で十階まで到達することができたんだ。二人きりのパーティでだぜ」マイトの弾んだ声が診療所に響く。
「恐れていた腕の負傷もなかったし、出足は上々だな。これもカンナさんのおかげだ」ゴッツも少し興奮気味だ。
二人がパーティを組む報告は受けていた。しかし、こんなにも早く成果を上げるとは、まったく考えもしなかった。ゴッツはともかく、新人に毛が生えた程度のマイト込みで、ただちにうまく立ち回るとは予想しようがない。よほど相性がよかったのか、すでに初級レベルの半分まで達したことになるのだ。
「これで姉ちゃんが入ってくれれば、一足飛びで中級に上がれそうなんだけどな」
「それは……ムリ!」
ティオは苦笑しながら、指で小さくバツを作る。
マイトは「ちぇっ」とわざとらしい舌打ちを鳴らすも、本日は有頂天で顔はほころんだままだ。
「一度うまくいったからといって、油断しないように。まだまだ先は長いんだからね!」
冒険者の先輩として、カンナバリがしっかり釘を刺す。
「わかってる、本番はこれからだ。師匠の教えを守って、一歩ずつ地道に進んでいくよ」
冗談めかしてはいたが、ゴッツが口にした“師匠”はウソ偽りない本心のあらわれだ。ゴッツにとってカンナバリは、武具の扱いのみでなく冒険者の心構えを叩き込んだ恩師に違いない。
すっかりカンナバリに心酔する大男の姿を、ティオは不思議そうに眺める。彼の中で起きた心境の変化が、どうにも腑に落ちないのだ。
「あんなに大剣にこだわっていたゴッツさんが、なぜ急にカンナさんの言うことを聞く気になったんでしょうね」
隣でミスミは軽く肩をすくめる。
「そういう人種なんだろうよ。冒険者ってやつは」
「へっ、どういうことですか?」
「どこの世界だろうと、体育会系は上の者に逆らえないんだろ」
「……よくわかりません」
「正直俺もわからん」
理解できない感性ではあるが、今回はおかげで丸く治まったのも確かだ。何はともあれ、無事解決したことを喜ぶべきなのだろう。
――同時に、ティオはしみじみ思った。自分は冒険者に、とことん向いていないと。
「それでさ。次にダンジョン行くときは姉ちゃんもいっしょに――」
「いきません!」
ティオは食い気味に拒否した。
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