<2>
「――というわけなんだ。どうにかなんないかな、ヤブ先生」
ミスミ診療所に押しかけてきた少年冒険者マイトが、つばを飛ばしながら早口でまくし立てた。
その隣には、どこか釈然としない表情の大男がいる。筋骨隆々のたくましい体を折りたたむようにして、ちょこんと診察室の椅子に座っていた。
自然とミスミの目は、男のかたわらにそれていく。そこには、彼が持参した身の丈ほどもありそうな巨大な剣が置かれていたのだ。あまりに大きすぎて、診療所に入る際、何度も戸口や壁に角をぶつけていた。
「なあなあ、助けてやってくれよ」
「わかったから、お前さんは黙ってろ。話は患者に聞く」
ミスミはボサボサ頭をかきながら、改めて大男に向き直った。
彼の名はゴッツ・ケンダン、初級冒険者だ。いかつい顔立ちは老けて見えるが、実年齢はまだ二十歳そこらだろうか。
冒険者パーティ仲介所でマイトと知り合い、何の気なしに原因不明の負傷を頻発すると話したことから、ミスミ診療所を勧められたのが受診のきっかけ。この謎の病の究明及び治療が目的である。
ただ本人としては、納得しているわけではなさそうだ。マイトに半ば強引に連れて来られたというのが実情らしい。
「あんたのことは知っている。医術者ギルドに何度通っても原因がつかめなかったことを、ヤブ医者が解明できるとは正直思えないんだが……」
「まあ、診察してみないことには、どちらとも言えないな。とにかく負傷箇所を教えてくれ」
ゴッツはいぶかしげに目を細めたが、渋々といった様子で右腕の二の腕裏側に手を当てた。
「さわるぞ」
指先で軽く押してみる。盛り上がった筋肉の張りを確かめて、今度は少し強めにもむ。がっちりとした二の腕裏側――上腕三頭筋は、しなやかさもあわせもっている。見てくれだけではない、生まれもった屈強な肉体の持ち主であると、触診によってうかがえた。
すでに医術者ギルドで治療済みということもあって、現時点で問題は見受けられない。ミスミは負傷の状況を知ることからはじめる。
「たとえば、どんなときに負傷するんだ?」
「そりゃ、剣を振るときかな。どのタイミングで痛めるかまではわからない」
「ちょっと動きを再現してくれないか」
ゴッツはうなずくと、かたわらの大剣に手を伸ばす。
「ああ、剣は持たなくていい」ミスミは慌てて制止した。「こんなところで、そんなでっかい剣を振り回されると、診療所が潰れちまうよ。身振りだけでいいんだ、動作を見れば大まかな原因はつかめる」
「本当かよ……」
疑わしそうに眉根を寄せながら、それでも剣を振る動作を無手で行った。左足を踏み込み、上段から下段に打ち下ろす動作だ。
「もう一回」ミスミの要望に応えて、ゴッツが同じ動作を繰り返す。その中途で、「そこでストップ!」
言われるがままゴッツは半端な姿勢で停止した。腕はほぼ水平を指している。
この状態で、再び触診を敢行した。上腕三頭筋は先ほどよりも力が入り、みっちりと筋肉が締まっている。重い大剣を手にした状態ならば、いっそう膂力が必要とされることだろう。
「よし、もう座っていいぞ。ごくろうさん」
「こんなんで原因わかんの?」
腑に落ちないといった様子で、マイトが口をはさむ。ゴッツも同意見であるのは、顔を見ればわかった。
ミスミは軽く肩をすくめると、くるりと後ろに視線を送った。これまで一切声を発することなく、隅に控えて熱心に診察を見学していたティオと目が合う。
ふいのことで彼女は動転し、わずかに背筋を反らした。並んで立つ看護師のカンナバリが、緊張を走らせた顔を覗き込む。
「まあ、大体のことはわかった。――で、嬢ちゃんはどう診断する?」
「え、えっと……」突然の問いかけに、ティオは戸惑いながらも熟慮の末に答えた。「……筋断裂でしょうか」
自信があるとは言い難いビクビクした口調であったが、「俺もそう思う。いわゆる肉離れだな」
ミスミと同じ診断結果だったことに、ティオは息を呑んでほんのり頬を染めた。じわりとうれしさが沸き起こったのか、口元がわなわなと震えて控えめな笑みを形作る。
「おそらく大剣を振る負荷に耐え切れず、上腕三頭筋の筋繊維が裂けたんだろうな。魔法で治療するなら、再生魔法ってところか?」
「そうですね。元の状態に修復する再生魔法で治療に当たります」
煩雑な施術を必要としない回復魔法で治療する医術者であっても、症状によって再生魔法と活性化魔法を効率よく使い分けるためにある程度見立てを行うものだ。筋断裂であるならば、再生魔法は適切な治療といえる。医術者ギルドに落ち度はない。
――ならば、なぜ同じ箇所を何度も負傷するのか。問題点はそこだ。
「再生魔法が優秀すぎるのが悪いのかもな」
「ど、どういうことです?」
前のめりで口にしたティオの疑問は、その場にいる全員が共有する疑問だ。どの顔にも不可解そうな表情が浮かんでいる。
ミスミ苦笑して、ボサボサ頭をかいた。この世界の常識に合わせて、どう説明するべきか少し悩む。
「まあ、なんて言うか、自然治癒で回復した場合は負傷箇所をかばって動くようになるものなんだ。自分では同じ動作をしているつもりでも、無意識に体が痛めた部位の負担を軽減する動作を行ってしまう。これはこれで問題なかった部位に負担がかかり、他所のケガを誘発する恐れがあるんだが……今回は関係ないな」
話がズレたので、短く息をつき仕切りなおす。
「再生魔法で元の状態に回復させた場合は、負傷箇所をかばう必要がない。人によっては、それでも無意識にかばうこともあるかもしれないが、お前さんはそうじゃなかった。遠慮なく同じ動作を繰り返して、結果同じ箇所を痛める。ようするに剣を振るフォームに無理があるのだと思う。いまのままだと、必ずまた筋断裂は起こるだろうな」
ミスミの導きだした診断に、ゴッツは顔をひきつらせて眉をひそめた。
文句なしに納得したわけではないだろうが、少しは思うところがあるのか否定をこぼすことはない。動揺に揺れる視線が、かたわらの大剣に注がれた。
「どうすりゃ再発を防げるんだ?」
いかつい顔立ちと吊りあわない、小さな声が返ってくる。微かに震えて、途切れそうな心もとない声だった。
いつ再発するともわからない状態でダンジョンに潜るのは危険極まりない。戦えないのは、冒険者にとって死活問題である。
「そう言われても、こいつは医者の領分じゃない。 剣術の道場にでも行って、無理のない剣の使い方を習うのが妥当なところなんじゃないか」
「こんな大きな剣の使い方を教えてくれる道場なんてあるかな……」マイトがぼそりと言った。
門外漢のミスミであるが、ダンジョン街には冒険者向けの道場がいくつかあることは知っている。だが、マイトの意見はもっともだと思えた。
「道場が期待できないなら、自分で無理のない方法を試していくしかないかな。時間はかかるかもしれないが」
「それでは困る、そんな悠長にやっている余裕はない。宿泊費や飯代もバカにならないっていうのに、俺たちはダンジョンに潜らなければ金を稼げないんだ。ちんたらやっていると干上がっちまうよ」
「そう言われてもなぁ。スポーツリハビリの知識でもあれば助言できるかもしれないが、あいにく専門外で何も手助けできそうにない」
原因は究明できたが、そこから先は協力できそうになかった。
そんな八方塞がりの状況で、唐突に明るい声が背後から発せられた。「だったら、話は簡単」
ミスミも含めていっせいに振り返ると、これまで静かに診察を見守っていたカンナバリが一歩進み出た。
「使えもしない大剣にこだわらなきゃいいんですよ。違う武器に持ち替えればいい。先々のことを考えると、取り回しの悪い大きな武器はダンジョンで使うには支障が出てくるだろうし」
思いがけない提案に、ゴッツはムッとして眉を吊り上げた。ゴッツにとって大剣は、冒険者としてのプライドそのものだから。
しかし、敵意がこもった鋭い視線を、カンナバリはまったく動じることなく笑顔で受け流す。
「適当なこと言うなよ。あんたに何がわかるって言うんだ!」
「わかるわよ」
あっさりと言いきったカンナバリは、看護師服として着用する白いワンピースのポケットをまさぐり、奥から一枚の金属板をつまみ取った。
掘られた刻印を目にして、ゴッツは息を呑んで驚いた。マイトも、それにティオも。
『登録名カンナバリ。レベル中級冒険者。クラス戦士』
カンナバリは少し照れくさそうにしながらも、わずかに胸を張って言った。
「先輩の言うことは素直に聞いたほうがいいわよ。現役を退いたとはいえ、まだまだキミたちよりダンジョンのことは知っている」
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