ミート・グッバイ
<1>
その剣は、とにかく大きかった。大きくて、ぶっとくて、重くて、そして雑かった。それはまさに鉄板だった。
人の身には不適切な大剣が、ダンジョンの天井スレスレから振り下ろされる。
通路を塞いだオークの巨体を、一刀のもとに両断――血しぶきの奥で同種の怪物が、醜い獣面に驚愕を張りつかせた。
冒険者ゴッツはさらに踏み込み、間髪入れず横なぎの一撃を放つ。空気の層までも切り裂く強烈な剣圧が、反射的に棍棒を構えるオークをとらえた。
普通の刃物では切断など考えもしないであろう硬い棍棒ごと、大剣はあっさりと斬る。いや叩き折ったといったほうが正しいか。
――とにかく、棍棒が真っ二つになったことは事実だ。ただし、切っ先が胸元をえぐりはしたが、本体を仕留めるにはわずかに足りなかったようだ。
「くそっ、もう一丁!」
それは、ダンジョン地下十七階の出来事だ。初級の壁である地下二十階を目前に控えて、意気揚々と進行していたゴッツのパーティは、徘徊する二匹のオークと遭遇した。
イノシシに似た頭部を持つ人型のモンスターで、凶暴かつ狡猾な性質をしている。道具を使う知能を有しており、武装によっては未熟な初級冒険者では返り討ちにあうこともある油断ならない相手だ。
しかし、ゴッツはためらうことはない。自らの力と愛剣を信じて――事実、その圧倒的な攻撃力によって――オークをやすやすと打ち倒した。
残る一匹も恐れるに足りない。大剣を肩に担ぐと、ずしりとした重みの負荷を物ともせずに、怯えて後ずさるオークへ突進する。
刃の射程に入る頃合いをみて、冷静に歩幅を合わせ、最後の一歩を深く踏み込んだ。床石を通してドンと重低音の足音が響く。
ゴッツは勢いを削ぐことなく、流れのままに袈裟斬りを見舞う……はずだった。だが、いままさに振り下ろそうとした瞬間、しかっりと握りしめていた柄から指がはがれていた。
「ギャアッ!!」と悲鳴を上げながら、ゴッツはつんのめって倒れる。突如二の腕に猛烈な痛みが走ったのだ。無意識に背中が反り返り、疼痛を歯を食いしばってこらえた。
仲間がすかさずオークを追い、通路の奥から断末魔の咆哮が届いた。
やがて仲間が戻ってくる。痛みにこぼれた涙で視界はにじんでいたが、どの顔にもげんなりした表情が浮かんでいることは察した。
「ゴッツ、大丈夫か?」
「ああ、平気だ。右腕以外は……」
「まだ冒険をつづけられそうか?」
答えようとして、声を詰まらせる。惨めで情けなくて、いま言葉を吐くと震えた哀れな声となってしまう。目を伏せて、弱々しく首を左右に振った
パーティの雰囲気が、冷えていくのを感じる。
「チッ、またかよ」
仲間の苛立ちに染まったつぶやきが、胸の深いところに刺さった。
ゴッツが腕を痛めるのは、これがはじめてではなかった。もう四度目――医術者ギルドで念入りに治療を受けたにも関わらず、四度も同じ箇所を故障して、そのたびに冒険を中断せざるえなかった。
中級目前の今回は、仲間の憤りがいつにもまして大きい。これまでならわずかにあった、なぐさめの言葉が発せられることもない。
「今日はしかたない、戻ろう。ただし、次はない」
何を言わんとしているのか、理解できず顔を上げる。
ゴッツに向けられていたのは、憐憫の視線。同時に、突き放すような厳しさも混じっている。
「悪いが、パーティを離れてくれないか。このままだと俺たちは前に進めない。いつまでも初級で足踏みしているわけにはいかないんだ」
事実上のクビ宣告だ。
反論が喉元まで迫り上がるが、やっとの思いで飲み込んだ。逆の立場ならば、きっとゴッツも同じ選択をしていたに違いない。心と体の二つの痛みを、血がにじむほどに唇を噛んで耐え忍ぶ。
こうして大剣使いのゴッツは、パーティを失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます