1301.大混乱の、薬師ギルド。

 翌々日の夕方、クランの諜報担当のハッパさんから報告があった。


 それは、今薬師ギルドが大騒ぎになっているという報告だった。


 昨日、作戦通りに薬師たちの退会申出書が受理されたのだ。

 無事に退会できたのである。


 ただその書類を目立たないように書類棚にしまっていたので、昨日の時点では誰も気づかなかった。


 そして今日の午後になっても納品が全然届かないことで、大騒ぎになって、多くの薬師が退会したことが発覚したらしい。


 薬師ギルドに所属してる薬師の約八割が退会したわけだから、事実上薬師ギルドは解体したようなものだ。


 残りの二割は、評判の悪い薬師やギルド幹部と癒着している大手工房だが、この者たちだけで今まで薬師ギルドが流通させていた量を作る事は不可能だろう。


 今現在、薬師ギルドは混乱状態で、ギルドの職員が退会した薬師工房に出向いて、多少の小競り合いも発生しているようだ。


 だが、スライムたちや『ニアーズハイ』のメンバーが巡回してくれているので、薬師たちが傷つくような大事にはなっていない。


 この事態は、当然ドラッグン子爵の耳にも入り、激昂してギルドに現れたらしい。


 ドラッグン子爵が薬師ギルドに現れたので、ここからは俺の出番だ。


 元ギルド会員だった薬師たちに手出しをさせないためにも、敵が俺であることを明確に教えてやるつもりだ。


 退会した薬師たちが、俺のクランに入ったことを宣言する。

 そうすれば、奴の矛先は俺に向かうだろうから、薬師たちが個別に狙われる可能性が低くなるはずだ。


 俺は、急いで薬師ギルドに向かった。




 ◇




 薬師ギルドにつくと、スタッフが右往左往し、ドラッグン子爵と取り巻きのオベッカ男爵、そして何人かの貴族たちが、ギルド長や幹部たちを怒鳴りつけていた。


「お、お前はシンオベロン……」


 俺の顔を見たドラッグン子爵が、何かを察したように目を見開いた。


「ドラッグン子爵閣下、またお会いしましたね。

 グリム・シンオベロンです。

 今日はお知らせがあって、参上しました。

 私のクランへの加入を希望する薬師たちがいましたので、受け入れました。

 薬師ギルドの退会手続きも済んだようですので、私の方で手厚くフォローしたいと思います。どうぞご心配なく」


「な、なに!? き、貴様の仕業か!?

 そんな勝手なことが許されると思うのか?」


 ドラッグン子爵がさらに目を見開き、そして血走らせ、怒鳴るように叫んだ。


「許されるも何も、ギルドを退会する事は自由になっています。

 それに処理も済んでおります。

 私のクランに加入しても、何の問題もないと思いますが」


「何だと!? ふざけるな! 許さんぞ!

 薬師ギルドに入っていない者は、この街では薬を作っても売ることはできんぞ!」

「そうだぁぁ! こんなことをしてただで済むと思うな! 下賎な冒険者風情がぁぁぁ!」


 ドラッグン子爵と取り巻きのオベッカ男爵が、鼻息荒く声を張り上げた。


 俺は、全く気にしない素振りで、涼しい顔でニヤッと笑ってやった。


「それは薬師ギルドの内規であって、ギルド会員でない者に強制力はありませんよ。

 だからあなたもゴロツキを使って、闇討ちをしてたんじゃないんですか?」


「なんだと! ふざけるな! 闇討ちなどするわけがないだろう!」


 ドラッグン子爵は、一瞬顔を曇らせたが、振り払うように再び叫んだ。

 前に会った時は冷静な感じの人物と思ったが、今日は取り乱しているようで、終始感情を露わにしている。

 そしてこの人、喉を痛めないんだろうか?

 まぁそんな心配をする必要は無いけど。


 闇討ちの話を続けても不毛なので、論点を戻そう。


「薬師ギルドの会員以外の者の薬の製造販売を禁じる法は、この迷宮都市には無いということは、太守のムーンリバー伯爵閣下から確認済みです。

 ですから、文句を言われる筋合いは無いのです」


「な、なに!? 貴様は……もしや太守と計ったのか?」


「何をおっしゃいますか、太守閣下とはかりごとなどできませんよ。

 私は、法律的な知識を確認しただけです」


「むう……ふざけるな! 貴様、絶対に許さんからな! 

 ……ふふ、仮に売ることができたとして、今までギルドから購入していた魔法道具店などが、この薬師ギルドを差し置いてお前等から仕入れるものか!」


「別に仕入れていただかなくても構いません。

 我々のクランで小売してもいいですしね。

 それに、我々から仕入れない店は、魔法薬の入荷が滞って客足が遠のくんじゃないですかね?」


 俺は、そんな嫌みを言ってやった。

 挑発するようなドヤ顔付きでだ。


「貴様ぁぁぁ、ふざけるなぁぁぁ」


 ドラッグン子爵は、憤怒の表情で絶叫した。


「まぁ今日のところは失礼いたします。礼儀として挨拶に来ただけですから」


 俺は、涼しい顔でそう言い放ち、薬師ギルドを出た。


 ドラッグン子爵と取り巻きの貴族たちの恨みの絶叫が聞こえていたが、今の俺には小気味良いBGMでしかなかった。


 この場で実力行使に出てくるかとも思ったが、すでに衛兵が到着していて、入り口付近で様子を窺っていたので、この場で行動を起こす事はしなかったのかもしれない。


 ちなみに、衛兵が巡回している体で様子を窺ってくれていたのは、独立部隊の隊長のムーニーさんの計らいだろう。



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