1244.黒の賢者、暗躍。

 迷宮都市 南区 『東ブロック』の『下級エリア』……


 ガラの悪い男たちがたむろする屋敷に、音もなく黒ずくめの男が現れる。


「おっと、なんだお前!?」


 昼から酒盛りをしていた男たちは、一斉に立ち上がり、警戒態勢をとった。


 突然現れたことに驚いたこともあるが、そこ知れぬ恐ろしさのようなものを肌で感じたのだ。


「ヒョッヒョッヒョ、お前たち、警戒する事はないよ。私は、お前たちの味方なのだよ」


「な、何を?」

「一体何者だ!?」


「ドラッグン子爵の使いで来たのだよ。お前たちに、贈り物を持ってきたのだよ、ヒョッヒョッヒョ」


「ドラッグン様の……?」

「贈り物……?」

「「「……?」」」


「ああ、お前たちには、これから色々がんばってもらいたいとおっしゃっていたよ。ただ邪魔する者が現れるから、速やかに排除するようにとも言っていたのだよ。これをあげよう」


 全身黒ずくめの男はそう言うと、魔法薬と思われる瓶のセットを出した。


「「「おお!」」」

「……こ、これは魔法薬?」


「ヒョッヒョッヒョ、ただの魔法薬では無いのだよ。特別製なのだよ。強化薬だ。これを飲めば、一時的に強くなれるのだよ。だからレベルが高い強い冒険者が来ても、臆する必要は無いのだよ」


「本当か? これを飲めば……強くなれるのか?」

「「「…………」」」


 男たちはゴクリと唾を飲み込み、期待を込めた眼差しで返答を待つ……


「そうなのだよ。飲めば力が漲ってくるのがわかるのだよ。ただし、一時的に強くなるだけだから、ここぞという時しか使ってはダメなのだよ。効果時間は……一時間弱だろう」


「ところで……あなたは……?」


「ヒョッヒョッヒョ、私は黒の賢者。力を欲する者に協力する存在なのだよ、ヒョッヒョッヒョ」


「く、黒の賢者……様……」

「「「……黒の賢者様」」」


「それから……ドラッグン子爵から伝言なのだよ。表に置いてある荷車を、『ツリーハウスクラン』の前の道に置いてくるのだよ」


「『ツリーハウスクラン』……」

「そこに置いてくるだけでいいのか——いいのですか?」


「そうなのだよ」


「一体何が入って?」


「それは知る必要がないのだよ。子爵の指示に従えばいいのだよ。そのクランへの子爵のプレゼントらしいのだよ」


「は、はい。わかりました。じゃあ早速、持っていかせます」


 リーダー格の男が数名の男たちに指示を出すと、男たちはすぐに出て行った。


「……ん! うーん、いやはや、いいタイミングだね。早速お前たちの邪魔になる存在が、向こうからやって来たようだ。すぐにこの薬を使うことになるかもしれないですね。健闘を祈りますよ」


 黒ずくめの男は、そう言うと瞬時に消え去った。


「え、消えた!?」

「黒の賢者様……?」

「……恐ろしいお方だ」

「そ、それにしても……これから俺たちの邪魔になる存在が、ここに来るのか?」

「ま、まさか……そんなことが……?」





 ◇




 俺は、南区の『東ブロック』の『下級エリア』にやって来た。


 先ほど『ミトー孤児院』を地上げに来た連中のアジトが、ここにあると聞き出したからだ。


 本来は、『闇の掃除人』仕様で密かに潜入し、悪事の証拠を掴もうと思ったのだが、さっきの連中を捕まえ衛兵に渡したところだし、グリムとしてここを訪れ、話をつけることにした。


 おそらく俺が現れれば、先程の奴ら同様に、襲いかかってくるに違いない。

 それをうまく利用して、正当防衛として拘束し、そのついでに証拠らしきものも、捜索しようと思っている。


 ドラッグン子爵には、直接喧嘩を売られたようなものだし、俺が大切にしている『ミトー孤児院』が標的になって、かつあのゴヤくんが暴力を受けた。

 はっきり言って、俺は怒っているのだ。


 『闇の掃除人』として密かに片付けるのではなく、グリムとして、真っ正面からコテンパンにしたい気持ちになってしまったのだ。


 本当は、目立つようなことはしたくないのだが……『キング殺し』という二つ名が付くほど目立ってしまったし、『ツリーハウスクラン』のクランマスターとして、更に目立ってしまった。

 はっきり言って、今更なんだよね。


 ということで、俺の新たな方針は……


『ここにいるゴロツキども……ドラッグン子爵の手足となっている悪さの実働部隊を壊滅させ、子爵の動きを鈍らせる、

 その上で、ドラッグン子爵とその一派の貴族と『薬師ギルド』内外の腐敗した既得権益に切り込んでいく』


 ということにした。


 ゴロツキたちのアジトは、二階建ての結構大きな建物だ。


 この感じは……元宿屋だったのではないだろうか。

 ただ安宿ではなく、しっかりとした宿だったようだ。

 敷地全体に塀が作ってあり、それなりの庭もあるからね。


 俺は、門をくぐり建物へと近づき、扉を開けた。


「うわ、ほ、ほんとに来やがった!」

「このタイミングで、ほんとに人が来るとは……」

「……俺たちにとって、邪魔になる存在とは、お前か!?」


 中にいた十名くらいの男たちが立ち上がり、殺気を帯びた声を上げた。


 俺の登場に驚きつつも、何か予想していたような言動をしている。

 まさか俺が来ることを、知っていたわけじゃないよね?


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