1218.解呪、成功!
『ツリーハウスクラン』に向けて歩いていると、見覚えのある冒険者が走り寄って来た。
彼はクランのメンバーで、セイバーン公爵領で『マットウ商会』に奴隷として売られていたところを助けた冒険者の一人だ。
この前も『ドクロベルクラン』についての報告をあげてくれていた。
名前は、ハッパさんだ。
ハッパさん率いる九人は、冒険者稼業にも復帰するのだが、情報収集も担当してくれている。
今は『黒の賢者』についての情報を、集めてくれているのだ。
正式に任命しているわけではないが……事実上『ツリーハウスクラン』の情報収集担当部隊と言っていい。
「グリムさん、先程の『ミトー孤児院』ですが……何度かガラの悪い連中が訪ねて来ているようです。
土地を売れと言ってきたようです。院長は即座に断っていたそうですが」
ハッパさんは、俺たちが『ミトー孤児院』から出て来るのを見ていたようだ。
そして気になる情報があるから、報告をあげてくれたのだろう。
「誰が土地を売れと言ってきているか、分かりますか?」
「はい、気になって少し調べたのですが……ガラの悪い連中は、ある貴族が使っているゴロツキ集団のようです」
「ある貴族と言うのは?」
「はい、ドラッグン子爵という上位貴族で、『薬師ギルド』を牛耳っている貴族です。
先日摘発されたクレーター子爵と同様に、守護のムーンリバー伯爵とは対立している貴族です」
「……なるほど。そのドラッグン子爵は、クレーター子爵と同じ派閥なんですか?」
「いえ、そういうわけではないみたいです。この迷宮都市には貴族がかなり多いわけですが、大きく三つの派閥に分かれているようです。
まず守護であるムーンリバー伯爵派。
この派閥は、もともとムーンリバー家と関係の深い家臣貴族のグループと言っても良いでしょう。
公王家やその取り巻きの貴族たちとは、一定の距離感がある派閥です。
次に、この前摘発されたクレーター子爵派。
この派閥は、あからさまにムーンリバー伯爵と対立しています。
それができるのも、公王家や公都の貴族たちと通じているからです。
第三の派閥が、ドラッグン子爵派です。
この派閥は、人数は多くないのですが、経済面である程度の力を持っています。
現実主義というか利益優先で、かつ表向きはムーンリバー伯爵に従っています。
ただ影では、悪い噂もあります。
いろんな意味で、老練で狡猾な派閥と言えるかもしれません」
「なるほど……。そんな力のある貴族が、なんであの孤児院を買収しようとしてるのか、分かりますか?」
「おそらくなんですが……魔法薬などを販売する店を作ろうとしてるのかもしれません。
『冒険者ギルド』に近く、冒険者たちが立ち寄りやすい場所ですから。そういう店をやるには、最適な場所と言えるでしょう」
「『薬師ギルド』を牛耳ってお金を吸い上げるだけじゃなく……その地位を利用して、店を出そうって腹づもりなんですかね?」
「おそらく、そうだと思います」
「私に報告をあげてくれたという事は、乱暴なことをしてくる危険があるという事ですね?」
「はい。『薬師ギルド』には、変な噂がありまして……無許可で魔法薬を販売している者が、ならず者に襲われる事件が過去に何度かあったのですが、『薬師ギルド』の仕業と言われているんですよ」
その話は、前にも聞いたなぁ……。
クランメンバーとなった薬師娘三人組も、そんな話をしていたのだ。
「分りました。気をつけたほうがよさそうですね」
俺は、ハッパさんに礼を言って、別れた。
街を巡回している『スライム』たちに連絡して、孤児院近辺を注意して巡回してもらうようにしよう。
◇
『ツリーハウスクラン』に戻って少ししたら、仲間になることになった『水使い』のアクアリアさんがやって来た。
予定では、明日来ることになっていたが、もう宿を引き払って来たようだ。
早速クランのメンバーに紹介した。
もちろん『水使い』スキルを持っている事は、内緒だ。
『水魔法』がいくつか使えるという話はしたけどね。
お互いの自己紹介を終え、『冒険者館』の彼女の割り当ての部屋に案内し、その後『クラン本館』の応接室に来てもらった。
応接室には、地図売りのイグジーくんと、そのお母さんのパリーさんにも来てもらっている。
アクアリアさんの持つ技コマンド『水魔法——清めの雨』で、パリーさんにかかっている弱体化の呪いが解けないか試す為だ。
アクアリアさんには、事前に話してある。
イグジーくんとパリーさんにも、呪いが解ける可能性があると説明をした。
「本当にありがとうございます。私のためにそこまでしていただいて……」
バリーさんは、深く頭を下げた。
「ちゃんと解呪できるかどうかは、やってみないとわからないんですけど……」
アクアリアさんは、少し心配そうな顔をした。
「大丈夫ですよ。ダメ元くらいな感じで、思ってますから。やっていただけるだけ、ありがたいです」
イグジーくんがそう言って、笑顔を作った。
「じゃぁアクアリアさん、お願いします」
俺がそう言うと、彼女は、目を閉じて精神を集中した。
「……清めの雨!」
彼女がそう言って、天を指差し円を描くと、そこからパリーさんに向けて、光る水滴が雨のように降り注いだ。
「……う、ううう」
パリーさんが、苦しそうに呻き声を上げた。
「母ちゃん!」
心配そうに駆け寄ろうとするイグジーくんを、アクアリアさんが手で静止する。
パリーさんは雨に打たれ、ずぶ濡れだが……徐々に体全体がうっすら光を帯びてきた。
そして下半身にゆっくりと光が広がっていくと……腰と膝の辺りから、黒い靄のようなものがすっと抜けて消えた。
これは……おそらく解呪できたのだろう。
アクアリアさんもそう判断したようで、『清めの雨』を解除した。
『波動鑑定』してみると……よし! 呪いが消えたみたいだ!
以前は、『状態』表示に、『呪いによる弱体化』と表示されていたが、今は何も表示されていない。
俺はパリーさんにタオルを渡し、体を拭いてもらい、手を差し伸べて椅子から立たせた。
もともと立てなかったわけではなく、弱体化によって長時間立っていられないという状態だった。
「どうですか? 何か変わった感じはありますか?」
「はい……まだ長い時間立ち続けてないので、はっきりとは分かりませんが……前よりも足に力が入る気がします」
「『鑑定』スキルで『状態』を確認したら、以前あった『呪いによる弱体化』というのが消えています。たぶん呪いが解けたのだと思います」
「ほんとですか!? ありがとうございます」
バリーさんはそう言って、俺とアクアリアさんに深く頭を下げた。
「母ちゃん……よかった……うう」
イグジーくんが、泣いてしまった。
彼はチャライ感じだけど、母親想いのいい奴なんだよね。
「アクアリアさん、ありがとうございました。素晴らしい技ですね」
俺からも、アクアリアさんに礼を言った。
「いえ、うまく解呪できて、ほんとに良かったです」
アクアリアさんも、嬉しそうだ。
まさかこんなにも早く解呪してあげることができるなんて……ほんとにアクアリアさんには感謝だ。
パリーさんにプレゼントしたホバー式の車椅子は、必要なくなったが、こういう無駄なら、全く問題がないよね。
嬉しい無駄だ。
まぁあのホバー式車椅子も、長い距離を歩くとか、買い物をするときに便利だから、そのまま使ってもらってもいいしね。
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