1213.やばい勇者と、やばい国。

「その勇者が、あなたをクビにして追放したんですか?」


 俺は、『アポロニア公国』の勇者パーティーを追放されたというアクアリアさんに尋ねた。


「そうです……。私は回復しかできませんし……戦闘で役に立たなくて、レベルの上りも遅かったのです。途中からお荷物扱いされました。

 それでもがんばってたんですけど、戦闘中にお気に入りの防具が傷ついて、私の回復が遅かったからだと激昂して、殴られた上にクビになりました。

 公王陛下や重臣たちも、勇者の意向を汲んで私を追放したんです」


 アクアリアさんが、暗く沈んだ顔になっている。


 それにしても、ふざけた奴だ。

 話を聞く限り、とても勇者の素養があるとは思えない。

 なぜそんな奴が、『勇者召喚』の際に選ばれてしまったんだろう……?

 『勇者召喚』失敗なんじゃないのかな?


 そしてもっと酷いのは、公王と重臣たちだな。

 勇者を諫めるどころか、言いなりのようだ。


 下手したら……無茶苦茶な勇者を、いいように利用しているのかもしれない。

 いずれにしろ『アポロニア公国』は、やばい国だ。


 悪魔に対処しなきゃいけないのに……本当に勘弁して欲しい。

 人族の国同士で戦争を仕掛けるとか、そんなことをしてる場合じゃないんだよ!


「かなり酷いとこにいたのね。でもさぁ、考え方によっては追放されてよかったわよ。そんなとこにいたって、いいことなんて一つもないもの」


 ニアが明るく言った。


「……それもそうですね。確かに……あんなところにいてもしょうがないから、追放してくれて感謝しなきゃですね」


 アクアリアさんの表情が、少し明るくなった。


「『アポロニア公国』に、ご家族とかいらっしゃらないんですか?」


「はい、もういません。私は、もともと辺境の村で暮らしていたです。祖母と暮らしていたんですが、祖母は私が勇者パーティーに入れられる前に、亡くなっています。ずっと祖母と二人暮らしだったので、祖母が亡くなり、埋葬した後もずっと泣いていたんです。

 そんな時なぜか、『使い人』スキルが発現して……。

 それを村長に知られて、国にも知られたんです。

 『使い人』スキルは、貴重だということで公都に連れて行かれ、強制的に勇者のパーティーに入れられました」


「そうだったんですね。おばあさんの事は残念でしたね。ただもう『アポロニア公国』には、憂いはないということなんですね?」


「そうです。だから国を捨てて、ここに来ることができました。そして何とか強くなって……あの勇者を止めたいんです! きっと多くの人たちが、あの勇者のせいで、命を落とします。だから……止められるようになりたいんです!」


 アクアリアさんが、拳を握りしめた。


 彼女には、そんな決意もあったのか……。

 だから迷宮に……。


 そんな人は、応援してあげないとね。


「そっか。アクアリアちゃんは、強くなりたいわけね。だったら尚更私たちと一緒にいたほうがいいわよ。

 まぁ詳しくは言えないけど、私たちの仲間になっただけで超絶パワーアップできるし。

 ……仲間にならなかったとしても、冒険者として強くなるためにも、私たちのクランに入るのが、効果的よ。この前デビューしたての冒険者たちだって、もうゴールデンルーキーって言われてるんだから」


 ニアが、明るく再勧誘した。


「そうなんですね……。ニア様やグリムさんなら……信用できるとは思います。

 ……でもほんとに、お世話になっても良いのでしょうか? 

 『アポロニア公国』が、放っておいてくれれば良いのですが……もし追手をかけていた場合、いずれ見つかると思うんですけど……」


「さっきも言ったけど、そんなの気にする必要は無いわよ。

 それに『アポロニア公国』が、あなたが言った通りの国だとしたら、アクアリアちゃんが仲間になるかどうかに関係なく、私たちがコテンパンにしちゃうかもしれないもの。罪もない人たちに犠牲が出るなんて、許さないからね」


 ニアが、男前な顔をして親指を突き立てた。


「そうです。私たちはすでに、『アルテミナ公国』から目をつけられている可能性もあります。だから、『アポロニア公国』にも目をつけられたとしても、大きな問題ではないですよ」


 俺も努めて明るく言った。


「そうですか……。それじゃぁ……お世話になろうと思います。よろしくお願いします」


 おお、やっと決心してくれたようだ。


「よかった。改めてよろしくね、アクアリアちゃん」


 ニアが、嬉しそうに空中で三回転した。


「はい、ニア様、よろしくお願いします」


「私も嬉しいです。まずはクランのメンバーということでかまいませんから……」


「いえ……もし許されるなら……他の『使い人』の人たちのように、仲間にしてください。

 グリムさん達なら信じられますし、中途半端は良くないと思います。私の決意でもあります……」


 俺の言葉を遮るようなかたちで、彼女が強い口調で言った。


「いいんですか……今決めちゃって……?」


 一度裏切られて傷ついている人だから……また人を信じるのって怖いと思うんだけど。


「はい。この子たちを見ていれば、グリムさんやニア様がいい人なのはわかりますから……」


 アクアリアさんはそう言って、リリイとチャッピーの方に視線を送った。


 リリイとチャッピーは、心配そうに俺たちの話を聞いていたんだよね。


 今はそんなアクアリアさんの言葉を受けて、照れ臭そうにニマッとしている。


「家族になれて、嬉しいのだ」


「チャッピーも嬉しいなの〜。お姉ちゃんが増えたなの〜」


 二人がそう言って、体をクネクネしている。


 相変わらずこの二人、可愛すぎる。


「家族ですか……?」


 アクアリアさんが、呟くように言った。


「私の仲間たちは、一つの大きな家族なんですよ。人族だけでなく、いろんなメンバーがいますから、多分驚きますよ」


「家族……家族ですか……私も家族になれるでしょうか……?」


 アクアリアさんは、少し呆然としながら、また呟くように言った。


「もちろんなれるわよ。大家族の一員にね。私たちね、結構楽しいわよ。特に女子は、いつもワイワイ楽しく過ごしてるし。もちろん一人でいたい時は、一人でいても全然構わないし。みんなそれぞれを尊重してるわ」


 ニアが空中で、くるっと回転しながら、愉快そうに言った。


「また家族が持てるなんて……嬉しいです」


「私たちの仲間も、皆喜ぶと思います。大歓迎されますよ」


「あ……ありがとうございます。私は……何をしたらいいですか?」


 アクアリアさんは、少し涙ぐんでいるようだ。


「何かをしなければいけないということは、ありません。やりたいことをやってもらえばいいと思います。

 ただ『使い人』の子たちは、特殊なスキルのせいで危険がついて回るので、集まって訓練しています。

 そこに参加してもらっても良いですし、予定通り冒険者として、ここで修練を積んでもいいですよ」


「……自由なんですか?」


「ええ、もちろんです。私が望むのは、自分を守れる位強くなってもらいたいということだけです。ただみんなで助け合えばいいので、がんばり過ぎる必要は全くないですけどね」


「……はい、分りました」


「心配しないで、私が相談に乗ってあげるから」


 ニアはそう言って、また楽しそうにくるっと回転した。


 今日は回転がいつもよりも多い。

 ニアも仲間になってくれたのが、かなり嬉しいようだ。


 アクアリアさんは、心を閉ざしていた感じだったからね。


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