1190.突然の、事業提案。

「不動産賃貸業ですか!? 不動産を買う人はいても、借りる人はそんなに多くないんじゃないでしょうか?」


 俺は、突然の提案に戸惑いながらも、提案の主である『商業ギルド』のやり手美人スタッフ、ビジネリアさんに尋ねた。


「一般的にはそうですが、住む家を借りる人も結構いるんです。

 どういう人が借りるかというと、家を買えない人たちなんです。

 貧しい人たちが住む『下級エリア』では、家を借りている人も結構いるんですよ」


「なるほど、そうなんですね。確かに『ツリーハウス屋敷』があるところも『下級エリア』ですから、家賃が安ければ需要はあるのかもしれませんね」


「そうなんです! それで……なんでお願いするかって言うとですね……そういうお金がなくて、家を借りている人たちって立場が弱いんですよ。

 酷い大家が多くて、急に賃料を上げられたり、追い出されたりするんです。

 親が死んで子供だけになったりすると、追い出しちゃったりするんですよ」


 なんと……。

 ビジネリアさんが言った言葉が……俺の胸に刺さった。


 そんな酷い話は……身近にあった。

 俺は、みなしごたちをまとめていたツリッシュちゃんのことを思い出した。


 ツリッシュちゃんは一緒に住んでいた乳母が亡くなって、家主に放り出され浮浪児になってしまったのだ。


 そんな話を思い出したら……真剣に考えざるを得ない。


 冷静に考えてみると……確かに弱い立場で、酷い目に遭っている人は多いのだろう。


 あまり詳しくないが……俺の元いた世界でも、かなり古い時代には法整備もされてないから、店子と言われる借り手は、かなり弱い立場だったはずだ。


 突然住むところを奪われるというのは……本当に大変なことだと思う。

 人の生活の基本である衣食住の住を奪われるわけだからね。


 余程のことがない限りは……安定的に住まわせてあげる良心的な大家がいたら、借りてる人たちが安心して暮らせるだろう。

 親が死んで子供だけになったからって、ただ追い出せばいいなんて……無慈悲すぎる。


 この異世界で、借りている者の権利を守る法整備なんてすぐにはできないから……良心的な大家が少しでも増えるしかないだろう。

 抜本的な解決には、ならないかもしれないけどね。


 だがこれは、俺がやる価値があることかもしれない。

 ありがたいことに、お金はいっぱいあるし。

 目の前の人たちだけでも救うという、俺のポリシーからもやる価値はある。


 大体お金に余裕がある人じゃないと、できないことだ。

 決して儲かる事業にもならないだろうし。


 まとまったお金が必要になるが、俺の場合は土地の取得代金だけいい。

 建物を新たに建てるとしても、魔法で建てちゃうから……その分はお金がかからない。

 この点は、めちゃめちゃ有利だ。


 真剣に考えてみようかな……


「あの……酷い大家って多いんですか?」


「多いなんてもんじゃないですよ! ほとんどがそうです! 

 借主はほんとに弱い立場なんです! 

 私は怒ってるんです! 人の弱みにつけ込むような大家なんか、潰しちゃいましょう! 

 グリムさんが賃貸事業を始めて、安定的に貸してあげたら、みんなグリムさんから借りますよ! 

 そしたら今までやりたい放題だった大家たちが、収入がなくなって困ると思うんです! 

 そんな、ざまぁみろって展開に、しちゃいましょうよ!」


 なんと……やり手のキャリアウーマン的なビジネリアさんが、一体どうしちゃったんだろう?

 激昂している感じだし……『商業ギルド』のスタッフとしては、微妙な発言だと思うが……。


「最近……何か酷いことがあったんですか?」


「はい。そうなんです! 父親が死んだからって、母親と子どもたちを追い出したんですよ。

 私の知り合いの知り合いで、相談されたんです。

 次に住む家もなかなか借りれないんです。

 家賃がちゃんと取れるか心配だって言って、貸してくれないんですよ。

 ホント頭に来ちゃいますよ! 

 今は、私の知り合いの宿屋さんで、安く泊めてもらってるんですけどね」


「そんなことがあったんですか……。それは酷いですね。ただでさえ、ご主人が亡くなって辛いのに、家を追い出されるなんて……」


「ほんとですよ! もう大賃貸事業者になって、悪徳大家を駆逐しちゃいましょう!」


 ビジネリアさんの怒りは、収まらないようだ。


 ただなんとなく……焚き付けられているような気がしないでもない……。


 ただ彼女に悪意は感じないから、変な心配は要らないと思うけどね。


 ツリッシュちゃんの件もあるし、俺も話を聞いていて、だんだん悪徳大家をギャフンと言わせてやりたくなってきた。


「分りました。私もそういう状況で生活に困る人、特に子供たちが苦しい状況に追い込まれるのは、望みません。

 まずは、『ツリーハウスクラン』の周辺で、購入できる土地を買って、賃貸事業を始めましょう」


「ほんとですか!? ありがとうございます! もちろん価格については、二倍とかにはならないように、頑張って交渉します」


「できる範囲で構わないので、お願いします」


「それからですね……中区と北区についても、『下級エリア』で、買収できそうな用地を探しておきますね。

 がんばりましょう、不動産賃貸事業!」


 え、……中区と北区もやるの?

 それ……結構なビッグビジネスになっちゃうと思うんだけど……。


 でもまぁ貧しい人たちの生活を守ってあげたいという趣旨からすれば、場所は関係なく広くやってあげた方がいいんだけどね。


「ビジネリアさん、私は、迷宮都市では商会を持ってないんですけど……そこまで大々的に賃貸事業をやっても大丈夫でしょうか?」


「そうですね……本当は商会を作っていただくのが一番ですけど、クランは一応何でもありなんで、グリムさんのクランを『商業ギルド』に登録しておきましょう。

 商会扱いになりますから。こうしておけば、今後ちょっとしたお店をやることもできますし。屋台ぐらいだったら、屋台組合に登録すれば、『商業ギルド』に登録しなくてもいいんですけど、お店をやるなら登録してもらうことになりますから」


「なるほど。わかりました。じゃあそうします」


「はい、手続きは私の方でやっておきます」


 ビジネリアさんは、大喜びで、ガッツポーズのような感じで拳を握り締めた。


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