1094.アホ貴族、再び。

『冒険者ギルド』を出たら、少し騒がしい。


 ……なんだろう?


 ん? ギルド前の広場に続いてる前方の道から、騒がしい音とともに悲鳴が聞こえる。

 近づいてきている。


 あれは?

 ……牛?

 牛だ、白い牛が爆走してくる!


 普通の牛とは違う、何かかっこいい牛だ。

 だが、めっちゃ危険だ!


 そしてよく見ると、後に小さな馬車を引いている。


 元の世界の知識だと……ローマ時代とかの戦車みたいなやつだ。

 その戦車のような小さな乗り物には、男が一人乗っている。


 奇声をあげているようだ。


 てか、あいつは……アホ貴族!

 スライムたちを閉じ込めていたアホ貴族だ!

 名前は確か……ボコイ。


 あいつの親のクレーター子爵は、俺が『闇の掃除人』として捕縛して太守に突き出したが、あいつは直接関わった証拠が見つからなくて、そのままにしちゃったんだよね。


 あいつもどうにか、捕まえておけばよかった。


 でも逆にチャンスかもしれない。

 あいつのような激情型の馬鹿は、現行犯で捕まえるのが一番だ。


 暴走族と化しているアホ貴族は、この場で懲らしめてやろう!


 あ! 小さな女の子が、弱々しく歩いている。


 ぼーっとしてるのか?


 まずい、このままだと危ない!


 俺は瞬時に走り出し、スライディングするように女の子を抱きかかえた!

 そしてスライディングしながら、戦車の車輪を普段使いの剣『青鋼剣 インパルス』で斬り付けた!


 車輪を破壊された戦車は、体勢を崩し石畳みを転がりながら、バラバラに砕けた。


 乗っていたアホ貴族ボコイは、戦車と一緒に転がり、最後に一度大きくバウンドして止まった。

 血だらけになっている。

 死んだかもしれないまぁ……。

 自業自得だな。

 ていうか、むしろ死んでくれたほうが、世の中の為だと思う。


 俺は車輪を斬っただけで、あいつを斬ってないから、死んだとしても、あいつが勝手に死んだのだ。

 うん、そういうことだ。


 まだ暴走している牛の対処には、ニアが向かってくれた。


 戦車が破壊されて飛んだ破片も、人に当たらないようにニアが風魔法で撃ち落としてくれた。


 さすがニア!


 何も言わなくても、無言の連携でやってくれる。


 なんだかんだ言っても、俺の頼れる相棒だ。


 ニアは暴れ牛に接近し、『状態異常付与』スキルで『催眠』を付与し、催眠状態にして落ちつかせて動きを止めさせた。


 この前、スキルの検証をした成果だ。

 俺を含め今までほとんど使わなかった『催眠』を、ニアが早速使ったのである。


 牛が怪我をしていたので、ニアは回復魔法もかけてやったみたいだ。



 一瞬のことだったが、何とか小さな女の子を救うことができた。

 ハナシルリちゃんと同じくらいの背丈だから、四歳くらいだろうか?


 この子を救うために、常人では考えられないスピードで走ってしまった。

 多少のやっちまった感はあるが。


 周りにいる人たちが、女の子の無事を確認すると、拍手と歓声を上げた。


 冒険者で見ていた人もいて、「さすがキング殺し!」と叫んだもんだから、その後、『キング殺し』コールが巻き起こってしまった。


 ……ありがたいとは思うんだけど、やっぱり微妙だ。

 まだ『シンオベロン』コールの方がいいんですけど。


 前に『コウリュウド王国』で言われていた『凄腕テイマー』とか『凄腕の若旦那』とか『凄腕様』とかの方がいい。

 当時は嫌だと思っていたけど、そっちのほうがはるかにマシだな。

 まぁボヤいてもしょうがないが。


 ニアに対しては、ここでは『妖精女神』という声が多い。

『癒しの女神』というコールもちらほら聞こえるし、『愛と武勇の女神』と言っている人もいる。


 ……でも誰かが『愛と武勇!』と省略して言ってからは、『愛と武勇!』コールが多くなった。

 俺には、相変わらず『アイラブユー』に聞こえるけどね。

 ……微妙だ。


 この騒ぎを聞きつけて、ギルド酒場や買取センターにいた人たちが、みんな出て来た。


 そして、ニアの『残念親衛隊』と思われる冒険者たちが、テンションマックスで叫んだり、腕を突きあげたりしている。


 肩を組みながら、『愛と武勇!』と叫んでいる。

 泣いてる奴までいるし……何なのあの人たち?



 そして、衛兵の一団も来た。


 すごい勢いで走ってくる。

 騒ぎを聞きつけたのだろう。


 先頭にいるのは、見覚えのある顔だ。


「なんと……またシンオベロン卿かー。相変わらずー、自重なしだねぇー」


 そんな間延びした声をかけてきたのは、衛兵隊独立部隊の隊長ムーニーさんだ。

 太守のムーンリバー伯爵の次男でもある。


「ムーニーさん、ちょうど良かったです。あのアホ貴族じゃなかった、ボコイという貴族が暴走行為をして、大勢の人が危険な目に遭いました。実際に怪我をした人が何人もいると思います。人々が危険だったので、無理矢理止めたのですが……」


 そう言って、ボコイの方を見ると……血まみれでヒクヒクしている。

 死んではいなかったようだ。


 心配して駆け寄る者は誰もいない。

 放置状態だ。


「かなり長い距離を暴走してー、騒ぎを起こしていたからー、急いで来たんだけどー、あいつだったのかー。ほんとに困ったもんだねー。でもいいよ。これでー、一旦は逮捕できるー。後は任せてー」


「本当ですか、ありがとうございます。私には何かお咎めは?」


「ないよー。危ない人を助けてくれたわけだしー。賞賛のコールが起こっているシンオベロン卿を捕まえたらー、僕がこの迷宮都市で生きていけなくなっちゃうよー」


 ムーニーさんそう言うと、ニヤリと笑った。


 まぁお咎めなしということなので、よかった。


 そしてアホ貴族は、暴走行為の現行犯で逮捕される。

 即座にそう判断してくれたのも助かった。


 他の悪事も暴いて、もう二度と悪いことができないように、犯罪奴隷とかにしてほしいところだ。



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