1095.幼女と、牛くん。
「ところでさぁー、あの牛、何か知ってるー?」
衛兵隊独立部隊の隊長ムーニーさんが、暴走していた白い牛を指差した。
「いえ存じませんが……変わった牛ですよね」
改めて見ても、綺麗というか……かっこいい牛だ。
肩幅が広いというのか、背中が平らになっているというのか、全体的に四角っぽいフォルムになっている。
そして、二本の角は少し湾曲しながら前方に突出している。
強そうでかっこいい感じなのだ。
両肩からお尻のラインにかけて、金色の毛がたなびくように生えていて、美しくもある。
「あれはねー、『白金牛』と言ってねー、国によってはー、パレードの馬車を引いたりー、儀礼用の馬車を引く特別な牛なんだよー。『高貴の牛』とも言われていてー、野生にしか存在しないんだー」
「そうなんですか。そんな珍しい牛なんですね」
「シンオベロン卿でもー、初めて見るんだねー。そうだー、シンオベロン卿はテイマーでしょうー。『白金牛』はテイマー憧れの動物でもあるんだよー。ある意味、『飛竜』をテイムするよりも、貴重だよー。生息域が少ないしー、見つけるのが大変みたいだよー」
「本当に貴重な牛なんですね。その牛を暴走行為に使うなんて……しかも痛めつけて……」
「ほんとだよねぇー。しかし普通に手に入れられるような牛じゃないんだよねー。こいつどうやって手に入れたんだろうー? まぁその点についても調べるけどねー。犯罪のにおいがプンプンするねー」
「ぜひ調べてください。こいつを野放しにしたんじゃ、迷惑する人が大勢いると思います。ぜひ厳罰に処してください」
俺は思わず、そんなお願いをしてしまった。
「シンオベロン卿、相当怒ってるんだねー。僕や伯爵への要求かい?」
「いえいえ、そういうわけではありません。憤りから思わずお願いしてしまいましたが、お願いするまでもなく、厳正な処罰を下してくださると信じていますから」
「結局プレッシャーがすごいけどー。圧を感じちゃうけどー」
「いえ、そんなつもりはありません。でもムーニーさんも同じ気持ちですよね?」
「まいったなぁー。シンオベロン卿にはかなわないやー。期待に応えられるように頑張るよー。それからさぁー、あの牛あげちゃうからー、連れて帰ってー」
「え、いいのですか?」
「いいよー。盗賊を捕まえたときにはー、盗賊の所持品は捕まえた人間に所有権があるだろうー? それと同じ理屈でー、犯罪者を捕まえた君にー、所有権があるっていう理屈で通るー。だからいいよー。もちろんこいつはー、文句言うだろうけどー。まぁ牢から出られればの話だけどー」
「わかりました。そういうことなら連れて行きます」
ムーニーさんの計らいだろう。
ありがたく連れて帰ることにした。
俺は、ムーニーさんに後の処理を頼んで、『白金牛』と今助けた女の子を連れて、いったんこの場から離れた。
ここだとゆっくり話ができないからね。
ちなみに粉々に砕けちった戦車のパーツは、ニアの指示で、『残念親衛隊』の諸君が片付けてくれていた。
みんないい奴らみたいだ。
ある意味、ニアにテイムされたみたいなもんだから、不憫だけどね。
そして『残念親衛隊』と呼んでごめんなさい。
先程の騒ぎがあった通りから、『ツリーハウス屋敷』のほうに向かって少し移動し、人混みが薄れたところで、抱きかかえた女の子を地面に降ろした。
話を聞くことにしよう。
ライトブルーのワンピースを着たこの子は、髪色もライトブルーだ。
おまけに、瞳も青みを帯びている。
肩まで伸びたサラサラ髪が、つやつや光っている。
健康状態は良さそうだが……。
「お名前は?」
「……イチョウ」
「歳はいくつ?」
「……四歳」
「お父さん、お母さんは?」
「……いない。イチョウは、一人ぼっち」
イチョウちゃんは、少しぶっきらぼうな感じで話す。
まだ言葉が達者でないのかもしれない。
四歳といえども、成長には個人差があるだろうし。
「今までどこにいたの?」
「……暗いところ」
どういうことだ?
もしかして、どこかから逃げ出してきたのか?
今の迷宮都市の状況では、あり得る話ではあるが。
「行くところがないの?」
「……うん。お兄ちゃんについて行きたい」
イチョウちゃんは、つぶらな瞳でまっすぐに俺を見つめた。
そんな目で見られたら……連れて帰るしかないよね。
「わかった。とりあえず一緒に行こう」
「うん。一緒に行く」
俺は、二パッと笑顔を作ってくれたイチョウちゃんを抱き上げて、『ツリーハウス屋敷』へ向けて歩き出した。
『白金牛』については、テイマーにテイムされている状態だったので、俺のテイムで上書きした。
おそらく、アホ貴族ボコイの子飼いのテイマーに、テイムされたのだろう。
(ご主人様、助けていただきありがとうございました。今後は、あなた様に忠誠を誓います)
俺の『絆』メンバーになったので、牛くんはすぐに念話で挨拶してきた。
念話で話せることを教える前に、自分から挨拶してきたのだ。
牛くんは、頭が良くて、真面目な性格のようだ。
(こちらこそよろしくね。どうしてあいつのところにいたんだい?)
(はい、テイマーにテイムされてしまいました……)
牛くんは、そう言って、簡単に身の上話をしてくれた。
子牛の頃につかまって、『ヘスティア王国』に販売されたのだそうだ。
『ヘスティア王国』は、『アルテミナ公国』の東隣にある国だ。
儀礼用の馬車というか牛車を引く仕事をしていたそうだ。
牛くんの温厚な性格もあってか、王族に可愛がってもらっていたらしい。
特に第三王女とは、仲良しだったとのことだ。
現在この『アルテミナ公国』にいる第三王女に、物資を運ぶ輸送隊の荷を引いて来たのだそうだ。
牛くんは、普通は輸送隊の荷を引くことはないのだが、仲良しの王女が喜ぶようにという国王の気遣いだったらしい。
二日前に、この迷宮都市に近づいたところで突然、ワニ魔物の大群が現れて、命からがら逃げ延びたとのことだ。
あの魔物の襲撃の時に、近くにいたらしい。
ワニ魔物の大群からはかなり離れていて、直接攻撃してきたワニ魔物は、二体だけだったようだ。
輸送隊が戦って、なんとか逃げることができたそうだ。
だがみんな大怪我を負い、すぐには動くことができない状態だったらしい。
物資は全て破壊され、回復薬も失ってしまったので、回復することもできなかったとのことだ。
そして昨日、盗賊と思われる一団に襲われ、捕まってしまったのだそうだ
輸送隊の人たちがどうなったかは、わからないらしい。
気がついたら、あのアホ貴族の屋敷にいたそうだ。
牛くんには、思わぬ深い事情があった。
俺にとっても驚きだ。
牛くんが、アホ貴族ボコイ子飼いのテイマーに、テイムされた時間的な短さを考えると……ボコイと盗賊団が繋がっていると考える方が自然だ。
俺が壊滅させたと思っていた、この街にはびこる悪の犯罪ネットワークは、まだ残っているのかもしれない。
もしくは、それほど大規模ではないが、悪事を働く組織がまだいくつかあるということなのだろう。
まぁこれほど人口が多い都市だから、当たり前と言えばそれまでだが。
ボコイの周辺については、改めてムーニーさんが調べてくれるだろうが、『闇の掃除人』も、出動した方がいいかもしれない。
『闇の掃除人』案件が、増える一方だ……。
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