1075.入会、志願。

「お母様、私もグリムさんのクランに入ります!」


 突然、ムーンリバー伯爵の孫娘のルージュちゃんがそんな宣言をした。


 俺と母親のベニーさんとの話を、聞いていたようだ。

 もしくは、リリイとチャッピーから聞いたのかもしれない。


 ベニーさんとムーランさんは、顔を見合わせて、返答に困っている。


「私も冒険者になるの!」


 さらにルージュちゃんが言った。


 普通に考えれば、まだ八歳と幼いルージュちゃんが、クランに入って冒険者になるというのは、賛成できることではない。


 仮に賛成したとしても、迷宮都市の太守の孫娘が一冒険者というか一クランに孫娘を入れるというのは、問題があるのではないだろうか。


 俺が元いた世界ほど癒着みたいなことには厳しくないと思うが、普通に考えると微妙な気がする。


 もっとも、貴族家の子供が、冒険者になることもあるし、どこかのクランに所属することも充分ありえる。

 その実家が、国の要職についているからといって、問題になるということはない気がする。

 そう考えれば、気にする必要はないのかもしれないけどね。


 母親のベニーさんもムーランさんも、無碍に否定することもできず、未だに答えあぐねている。


 それに対し、ルージュちゃんは業を煮やしている。

 ほっぺが、可愛いく膨らんできているのだ。


 ここは助け舟を出そう。


「ルージュちゃん、このクランに入るには、ここに書いてある事を守れないといけないんだ。守れるかな?」


 俺はルージュちゃんにそう告げて、クランに入るための条件を読み上げてあげた。


「どう? 守れるかな?」


 俺は改めて問いかける。


「うん、守れる。絶対守ります!」


「わかった。じゃぁルージュちゃんは、クランに入る条件は満たしているよ。ただ……ルージュちゃんは、おうちで他にもやることがあるんじゃない?」


 俺の言葉に大きな笑みを作ったルージュちゃんだが、途中で顔を曇らせた。


「それは……」


 上級貴族の子供だから、習い事みたいな感じで、家でやることがいっぱいあると思うんだよね。


「じゃぁ一つ提案。クランの子供たちは、毎日ここで勉強したり訓練をしたりするんだ。ルージュちゃんは時間があるときにお母さんと一緒に来て、時々参加するっていうことにしたらどうかな? まずは無理のないように参加するってことでどう?」


「うん、わかった。……じゃぁ毎日ここに来ます!」


 ルージュちゃんは、俺の話を素直に了承してくれた。

 ただ、微妙にわかってない気もする。

 毎日来てとは言っていないんだけど……そして毎日は来れないんでしょ多分。


「そうねルージュ、グリムさんの言う通り、来れる時に来て、できる範囲で参加させてもらいましょう」


 ベニーさんも、俺の意図を汲んで賛同してくれた。

 そして毎日来るという発言は、スルーしているようだ。


 ルージュちゃんの思いを挫きたくなかったので、お茶を濁した感じになってしまったが、クラン入りを完全に否定するよりはいいだろう。

 まぁクランメンバーなんだか、そうでないんだか、わからない感じにはなってしまったが。


 体験入会みたいな感じに考えれば、いいんじゃないだろうか。



 俺は、ルージュちゃんとベニーさん、ムーランさんも、朝食に誘った。

 当然朝食は食べてきたとは思うが、よろしければ参加してくださいとお誘いしたのだ。


「こ、これは……『マヨネーズ』というのですか。すごいおいしいですわ!」


 ベニーさんが、感嘆の声を上げた。


 『マヨネーズ』が気に入ってくれたようだ。

 貴族のご婦人らしく、上品に食べているが、『マヨネーズ』の使用量がすごい。

 まるでパンにバターを塗るように、たっぷりの『マヨネーズ』を肉に塗って食べている。


 そしてついには……本当に、パンにバターを塗るかのように『マヨネーズ』を塗っている。

 まぁいいんだけどさ。


 また一人、マヨラーを誕生させてしまったかもしれない。


「この『サンドイッチ』という食べ方は、絶品ですね! 『フェファニーレストラン』でも、メニューに加えさせてもらってよろしいかしら? もちろん『マヨネーズ』は大量に仕入れさせていただきます。できれば、このパンも欲しいんですけど! これほど柔らかいパンは、食べたことがありません」


 今度はムーランさんが『サンドイッチ』を食べて、ハイテンションになっている。

 朝ごはんを食べてきたようだが、別腹状態になってしまったみたいだ。


 そして『フェファニーレストラン』への納品商材が、追加されたようだ。

 後で、メーダマンさんに言っておかないと。


 『マヨネーズ』は問題ないけど……パンの納品はどうしようかなぁ。

『フェアリー商会』で作っているわけだが。


 もちろん毎日、転移の魔法道具を使って持ってくることはできるけど……できれば、この迷宮都市で作って、出来立てを納品してあげたいよね。


 パンなら子供たちも作りやすいし、クランでパンの製造もやっちゃうかなぁ。

 うん! それがいいかもしれない!

 パン工房を作ろう!


 子供たちのためにピザ窯を作ってあげようかと思っていたから、どうせならパンの工房を作っちゃおう!


 よく考えたら、毎日子供たちが食べるパンを調達するだけでも大変だから、自分たちで焼いたほうがいいね。


 クランの人手が充実したら、朝はご飯で、昼にパン、夜はいろいろって感じのローテーションにしようかな。


 ある程度の規模のパン工房を作っても、当面はクランのメンバーが食べる分と『フェファニーレストラン』に納品する分だけで、手一杯になりそうだな。


 大衆居酒屋的なギルド酒場と、超高級店の『フェファニーレストラン』という全く違う二つの店から、『サンドイッチ』が広まりそうだ。


 ふと、食通のムーンリバー伯爵が、『サンドイッチ』を食べまくっている姿が浮かんでしまった。


 まさか将来的に、“サンドイッチ伯爵”とか呼ばれるようになったりしないよね……?


 ……考えすぎだな、大丈夫だろう。



「おいしい! おいしすぎます! 朝ご飯いっぱい食べたのに、また食べれちゃう」


 ルージュちゃんが、嬉しいそうに『サンドイッチ』を頬張っている。

 お口いっぱいだ。

 なんとなく……フードファイターを養成しちゃったりしてないよね……?



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