1033.男装の麗人の、予感。

 ツリッシュくんとの話が終わり、アグネスさんとタマルさんには、一旦『フェアリー商会』に戻ってもらうことにした。


 まだ彼女たちの生存を知られるわけにはいかないので、『アルテミナ公国』での活動は自重してもらう必要があるのだ。


 もちろん時が来れば、彼女たちが決意しているように、彼女たちの手で、捻れてしまったこの国の体制を修正させてあげようと思っている。


 二人は、再度ツリッシュくんを強く抱きしめ、戻って行った。



 俺は、彼女たちが戻る前に、少しだけ別件について尋ねていた。


 それは、この迷宮都市の太守であるムーンリバー伯爵についてだ。


 『アルテミナ公国』で代々続く名門貴族で、力がある貴族なので、王女だったアグネスさんは、当然知っているはずだからね。


 信用できる人間かどうか尋ねたところ……正直わからないとのことだった。


 以前のままのムーンリバー伯爵であれば、信用できる誠実な人物だし、忠義に厚い臣下だったとのことだ。


 当然アグネスさんは面識もあるし、良くしてもらっていたとのことだ。

 特に娘のムーニーさんとは、親しい友人だったとのことである。


 俺の話を聞いて、会いたい気持ちも持ったようだが、自重していた。


 クーデターを起こした現在の公王は、アグネスさんにとって、以前は優しい兄だったが、突然豹変してしまったということだった。

 それを踏まえると、以前信用できる人だったからといって、今でも信用できるかどうかは、わからないということのようだ。


 実際に、何度か会っている俺の判断に任せると言われた。

 ただ、もし悪魔の影響などを受けていない以前の伯爵ならば、会って話をしたいとも言っていた。


 まぁそこについては、様子を見ながらの判断でいいだろう。

 悪魔に支配されている感じは受けないし、俺としては信用できる人だと思っているが、焦る必要はない。

 慎重に行こうと思う。

 悪魔が俺の知らない特別なスキルを使っているとか、特別な道具を使っているという可能性も、なくはないからね。




 ◇




 俺は再びクランのメンバーに集まってもらって、ツリッシュくんが実は女性であるということを説明した。


 ツリッシュくんが自分で打ち明けるのは、バツが悪そうだったので、俺が説明してあげたのだ。

 生い立ちや貴族の令嬢であったことは、現時点では秘匿している。情報漏れが怖いからね。


 多くの子供たちを始め、ほとんどのメンバーは男の子だと思い込んでいたので、かなり驚いていた。


 ただサブリーダーのハウジーちゃんを始め、年嵩の女の子の何人かは気づいていたとのことだった。


 これには、逆にツリッシュくんが驚いていた。


 それにしても、よく気づいていたものだ。

 さすが女の子だ。


 ということで、これからはツリッシュくんのことをツリッシュちゃんと呼ぶことになった。

 まぁもともと呼び捨てにしていた子供たちは、変わらないけどね。


 ツリッシュちゃんには、女の子の用の着替えも用意したのだが……今まで着慣れたズボンスタイルがいいとのことだった。


 これからは、お洒落もして女の子として生きていってほしいが、なんとなく……このままいくと、男装の麗人的な感じになってしまいそうだ。

 男装した女騎士という感じになるかもしれない。

 もういっそのこと、ツリッシュちゃんの入っている冒険者パーティーの名前を『希望の枝ブランチオブホープ』ではなくて、『アルテミナのバラ』とかに変えたほうがいいかもしれない……“アルバラ”とか言われて、人気になるかもしれない。

 いかんいかん、悪乗りが過ぎたようだ。



 今日も朝から濃い時間を過ごしているが、今はまだお昼なんだよね。


 そして子供たちは、みんなお腹ペコペコだ。


 だが子供たちの数が多すぎて、食事の準備が大変なので、お昼も肉串を中心としたバーベキューだ。


 ちなみに昨夜に引き続き、今朝もバーベキューだった。


 三連続バーベキューになるが、子供たちは、お腹いっぱいお肉が食べれるので、全然不満は無いようだ。



 ◇



 午後になって、俺たちは迷宮探索に行くことにした。


 迷宮都市に来て、やっと迷宮に入れる。


 まだ数日しか経っていないのだが、今まであった出来事が濃すぎて……十日くらい経った気分だ。

 だから気持ち的には、やっと迷宮に行けるという感じなのである。


 迷宮都市に来たからには、まずは迷宮に行きたいというのが、人情ってもんでしょ!


 ニアもリリイもチャッピーも、大喜びだ。


 迷宮都市には、迷宮が二つある。

 南区に本格的な迷宮である『ゲッコウ迷宮』があり、北区に初心者用の迷宮と言われている『セイチョウ迷宮』がある。

 『セイチョウ迷宮』は、迷宮規模も小さいし、レベル30くらいまでの魔物しか出ないので、初心者用の迷宮と言われているとのことだ。


 普通なら初心者用の迷宮から行くところだろうが、俺たちの場合はあまり気にする必要は無い。

 今日は様子見程度なので、近いほうの『ゲッコウ迷宮』に行くことにする。


 というわけで、まずは『冒険者ギルド』の本所を訪れた。


 『ゲッコウ迷宮』の入口は、『冒険者ギルド』から程近い場所にある。

 位置的には隣と言っても良いのだが、歩いて数分程度は離れている。


 それは『ゲッコウ迷宮』の入口周辺が、広い空き地になっているからだ。


 だから数分程度歩く距離といっても、『冒険者ギルド』から迷宮入口までの間に建物はない。

 迷宮入口は、ギルド会館から見えるのだ。


 迷宮の入口周辺に広いスペースを確保することによって、万が一迷宮から魔物が溢れ出た場合に、防衛陣地をおいて戦闘することができるようになっているらしい。


 最近はないらしいが、迷宮の長い歴史の中では、魔物が『連鎖暴走スタンピード』を起こして、迷宮の外にまで溢れ出てきたことも、何度かあったとのことだ。




 

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