1032.ほぐれる心、伝えられる真実。

 少しして、三人は落ち着き、椅子に腰掛けた。


 ツリッシュくんは、憑き物が取れたようなさっぱりした表情になっているが、呆然としている。


 ツリッシュくんは、ふと我に帰った感じになって、大きく深呼吸をした。

 そして、首を横に振って両手で自分のほっぺたを叩くと、勇気を振り絞るように立ち上がった。


「トワイライト様! わ、私は……決して、王族を許すことができません!」


 ツリッシュくんは、自分に言い聞かせるかのように、語気を荒らげた。 

 再会の涙によって、硬く強張っていた心がほぐれたようだが、ツリッシュくんはそれを良しとせず、元の張り詰めた状態に戻ろうとしているようだ。


「そうよね。私の兄のせいで、あなたの家族は皆亡くなってしまったんだもの。許せなくて当然だわ。そして今までどれだけ苦労したことか……。本当にごめんなさい。王族も貴族も許す必要なんかないわ。本当に……本当にごめんなさい」


 アグネスさんは、ツリッシュくんの目をまっすぐに見て、深く頭を下げた。


「……、……わ、わぁぁ、わぁぁぁぁ、わぁぁ」


 ツリッシュくんは、棒立ちのまま再び泣き声を上げた。

 泣き叫んでいると言ったほうがいい感じだ。

 元の張り詰めた感じに戻ろうとしていたツリッシュくんだが、アグネスさんの言葉で、やはり心のしこりが解けていくようだ。

 今までの慎重で大人びた感じが消え、感情豊かな子供の状態になっている。

 おそらくこの涙には、いろんな感情が入り混じっているのだろう。

 王族や貴族に対する恨みの感情も消えていないだろうし、可愛がってくれていたアグネスさんやタマルさんと再会できた喜びもあるだろうし、その他にもいろんな感情があり、処理しきれていないのかもしれない。

 この大量の涙が、少しでも心を硬くしているしこりを流してくれると良いのだが……。


 声を上げて泣き続けるツリッシュくんを、今度はタマルさんが、優しく抱きしめた。


「本当に……今までどれだけ苦労したことか。恨んでいいよ。それが生きる力になるなら。そしてツリーの家族の無念は、必ず私たちが晴らすから」


 タマルさんはそう言うと、再び大粒の涙を流した。


「無念を晴らすって……まさか……王を倒すの!?」


「そのつもりよ」

「必ずやり遂げる」


 アグネスさんとタマルさんはそう答えて、七年前に起きたクーデターの状況を、ツリッシュくんに話した。


 アグネスさんの二番目の兄が突然豹変し、クーデターを起こし国王だった一番上の兄やその家族、臣下たちを殺害したこと。

 もともと二番目の兄は、優しい人間でそんなことができる人ではなかったこと。

 それは、おそらく悪魔の影響下にあるか、支配されていたこと。

 そして今、『アルテミナ公国』は悪魔の影響下にあること。

 などを端的に説明してあげていた。


 これから『アルテミナ公国』のどこかにあるであろう悪魔の根城を探し出し、悪魔たちを一掃し、元の平和で豊かだった公国に戻すつもりであること。

 もちろんその過程の中で、今の公王や罪を犯した貴族たちは、すべて制裁するつもりだということも打ち明けていた。


「悪魔が公国を牛耳っているの? ……じゃぁ私の家族を殺したのは……その大元は、悪魔ってこと?」


 ツリッシュくんは、まさかの内容に呆然としている。


「そうだよ。俺たちが『アルテミナ公国』に来た本当の目的は、迷宮で武者修行することではなくて、悪魔を倒すことなんだ」


 俺は驚いているツリッシュくんに、しっかりと答えてあげた。


「あ、悪魔なんて……倒せるの……?」


 ツリッシュくんは、にわかには信じられないという表情をしている。

 そして不安げだ。


「大丈夫! 妖精女神とその相棒の『救国の英雄』が来たからには、悪魔なんてちょちょいのちょいよ!」


 ニアは敢えてだろうが、めちゃめちゃ明るく言った。


「そうよ、ニア様とグリムさんがいれば、悪魔でも倒してしまうわ。ただ私たちも、いずれは国民の前に姿を現して、今の公王と悪い貴族たちを倒すつもりでいるわ」


「だから、信じて待っていて欲しい」


 アグネスさんとタマルさんが、ツリッシュくんに真剣な眼差しを向けた。


「だったら僕も……一緒に戦う! 家族の敵は自分で取るよ!」


 ツリッシュくんが力強く言った。


 おそらくこの子が強くなりたいと言っていたのは、周りの子供たちを守りたいというだけでなく、いつか敵を打ちたいという気持ちもあったのだろう。

 何よりも、弱い者を虐げる悪い貴族を許せないという気持ちが強かったのかもしれない。


「ツリー……」

「それは私たちに任せて……」


 止めようとするアグネスさんとタマルさんを、俺は手を向けて静止した。


「わかった。君にも、もちろんその権利はある。だがそのためには、やはり戦う力をつけなければいけないよ。君がやる事は、何も変わらない。まずは冒険者となって、力をつけること、いいね?」


 俺は、ツリッシュくんの気持ちを認めつつ、諭した。


「……わかった」


 ツリッシュくんは、拳を握り締めたが、俺の言ってることが正しいと思えたようで、大きく頷いた。


「それからもう一つ……君は女の子だから、これからは女の子として過ごすんだ。もう男の子のふりをする必要はないよ。今までは身を守るために必要だったんだろうけど、俺の仲間になったからには、もう大丈夫! 誰にも傷つけさせないよ」


「え、で、でも……」


 俺の突然の申し出に、戸惑っている。


「そうよツリー、まずはいっぱい食べて栄養つけて、ちゃんと女の子として暮らさなきゃ」


「強くなりたいからっていうのは、理由にならないからね。女性でも強い人はいっぱいいるんだから」


 アグネスさんとタマルさんが、ダメ押ししてくれた。


「わ、わかった……」


 ツリッシュくんは、少しはにかんだ。


 これで捻れてしまった彼女の人生を、一つ修正することができた。

 “悲壮な決意の美少年”から……“大志を掲げる美少女”に変わるのだ!


 いずれ現体制を打ち破った後には、彼女の家名も再興できるだろう。



 落ち着いたところで、アグネスさんが、ツリッシュくんが生き延びられた経緯を確認していた。


 それによると……七年前のクーデターの時に、六歳だったツリッシュくんは、たまたま乳母と出かけていて難を逃れたとのことだ。

 その後は、乳母とともに隠れるように貧しい生活をしていたらしい。

 そして万が一にも生き残りだと気づかれないために、男のふりをして生きてきたのだそうだ。

 十歳になったときに、七年前に起きたことを乳母から聞かされたらしい。

 乳母からは、常日頃から問題を起こさないように、厳しく言われていたらしい。

 特に貴族とは関わらないように、言いつけられていたとのことだ。

 クレセント伯爵家と親しくしていた貴族で、今も生き残っている貴族はいるが、信用できるかわからないと乳母は言っていたらしい。

 最近乳母が亡くなり、借りていた家を追い出され、ホームレスになってしまったのだそうだ。

 そんな中、人拐いに怯える子供たちを助け、林に逃げ込んで暮らしていたわけだ。


 ツリッシュくんだけでなく、他の子供たち……今まで悲惨な思いをした子供たちが、これからは明るく素晴らしい人生を送れるように、力になりたいと思っている。



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