1011.男装の、美少女。

 子供たちのお腹を満たし、体も服も綺麗になったところで、簡単な寝床を作ってあげることにした。


 今日は、このまま野宿の方が良いだろうと判断したのだ。


 俺は魔法カバン経由で『波動収納』から、雑魚寝用のマットレスを取り出した。

 野宿の時も使えるのだ。


 この雑魚寝用のマットレスは、俺のお手製だ。

 丈夫な蛇魔物の皮をマット状に成形し、その中に羊毛のワタを詰め込んだものだ。


 このマットレスは、日本の布団の下に敷く三つ折りマットレスのように折りたたむことができる。

 三つ折りマットレスは、折りたたんだ状態だとソファーみたいな使い方もできるし、便利なんだよね。


 ちなみに猫亜人のチャッピーは、これを出すと必ず折り目を利用した三角屋根を作って、その中に潜り込むという遊びをするのだ。

 猫がすぐにやってしまう遊びだ。

 猫亜人だけに、そんな本能のようなものがあるのかもしれない。

 まぁそれがなくても、そういうところに潜るのって面白いよね。


 俺はマットレスを大量に取り出し、敷き詰めて子供たちの寝床を作った。


 子供たちに寝床だと言うと、歓声が上がった。


 チャッピーが遊びたそうな顔をしていたので、敷き詰めたマットレスの上に、遊び用に新たに三つ折りマットレスを何個か出してあげた。


 遊んでいいと伝えると、早速三角を作って中に潜って遊びだした。

 はみ出した手足を、楽しそうにバタバタさせている。

 満面の笑みだ。

 それを見ていた他の子供たちが、一緒に遊び出した。


 みんな疲れているだろうから寝せてあげたいのだが……楽しく遊びだしてしまった。

 まぁ打ち解けられるから、いいけどね。


 ……少しして、遊びが落ち着いたところで、眠そうな子が何人も出てきている。

 俺は、みんなが寝てしまう前に、改めて自己紹介をした。


 隣の『コウリュウド王国』の貴族で、迷宮で武者修行をするためにやって来たという話もした。


「あんた……貴族なのか……? こうやって俺たちを助けてるのだって……どうせ貴族の道楽でやってんだろう? 施しをして、自己満足に浸っているんだろう? 貴族なんて信用できないんだよ!」


 せっかくいい感じに心を開きかけていたリーダー少年のツリッシュ君が、また頑なな感じになってしまった。

 かなり怒っている。

 貴族というのが気に食わないようだ。


 貴族に酷い目にあったのだろうか?


「ちょっと、いいかげんにしなさい! 君が今まで見てきた貴族は酷かったかもしれないけど、立派な貴族だっていっぱいいるのよ! 貴族だからって、みんな敵だと思うのはやめなさい! そんな偏った考えじゃ、この子たちを守っていくリーダーになんかなれないわよ!」


 ニアが魂のお説教だ。

 子供じゃなかったら……如意輪棒でボコられるところだ。


 ツリッシュ君は、唇を噛み締めて黙ってしまった。

 ニアの言葉が刺さったらしく、言い返せないでいるようだ。

 彼も……心の奥底では……貴族がみんな悪い人間とは思っていないのだろう。

 それでも貴族と聞いただけで、心が乱れてしまう何かがあるに違いない。


 俺はそんなことを思いながら……念の為『波動鑑定』をしてみた。


 すると……驚きの内容が表示された。


 彼の名前は…… ツリーシュベル=クレセントとなっていた。


 苗字があるのだ。

 もしかしたら……貴族出身の子なのかもしれない。

 ツリッシュというのは、愛称なのだろう。

 年齢は……十三歳。

 そして彼は……なんと彼ではなかった!

 性別が女性になっていたのだ。

 少年ではなく、男装の少女だった。

 髪も短いし、言葉遣いも男の子口調だったから、女の子だとは思いもしなかった。

 綺麗な顔立ちの美少年だと思っていたが……美少女だったようだ。

 おそらく……一緒にいる子供たちも、女性だということは知らないんじゃないだろうか……。


 苗字があるのに、浮浪児……しかも女性であることを偽って男のふりをしている……。

 これは完全に……“訳あり”に違いない。

 相当貴族に恨みがあるようだし……。


 だが今深く追求すると、また心を閉ざしてしまうかもしれない。

 ここは、スルーしておこう。


 もしこの国の貴族の出身だとしたら、この国の王女だったアグネスさんに聞けばわかるかもしれない。

 後で念話でアグネスさんに尋ねてみよう。


「何があったかは聞かないけど、もし俺を信じることができると思ったら、なぜ貴族がそこまで嫌いなのか話して欲しい。……君が信じられる貴族もいるんだとわかってもらえるように、俺は今から出かけてくる。拐われた子供たちを、奴隷として売り飛ばしている悪い奴隷商人を見つけたんだ。今からその商館に忍び込んで、子供たちを助けてくるよ」


「え、……そんなこと……できるわけないだろ!」


 ツリッシュ君は、驚いている。

 大きく動揺している感じだ。


「大丈夫。必ず助けてくるよ。もう俺の仲間がこっそり忍び込んで、どこに監禁されているか突き止めてあるから。それに奴隷契約で縛られていても、俺のスキルで奴隷契約を解除することができる。だから、ちゃんと連れ出せるんだよ」


「そ、そんなこと……」


「ツリッシュ君、信じられない気持ちはわかるけど、このグリムさんは『コウリュウド王国』では『救国の英雄』と言われている人なんだよ。悪い犯罪組織から多くの人々を助けた人なんだ。奴隷商人が隠している子供たちを助けることも、グリムさんなら必ずできるよ」


 メーダマンさんが、優しい口調でそんな話をしてくれた。


「ほんとに助けてくれるのか……?」


「もちろんさ。この林で君たちを発見する前から、夜になったら助けに行こうと思っていたんだ」


「じゃ、じゃぁ俺も一緒に行く! ここにいる子供たちの兄弟や顔見知りもいるんだ!」


 ツリッシュ君がそう言うと、何人かの子供たちが泣き出した。


「お兄ちゃん」とか「お姉ちゃん」と言いながら泣いている子がいるから、やはり兄や姉を拐われた子がいるようだ。


「本当は……俺が助けようと思っていたんだ。でも場所がわからなくて……」


 ツリッシュ君が唇を噛んで、拳を握った。


 同じ境遇にある子供たちを束ねて避難させただけじゃなく、連れ去られた子も助けようとしていたとは……。

 この子は……すごい心意気の子だ。

 ある意味無謀とも言えるけど……。


「大丈夫。俺一人で行ってくるから。こっそり潜入して気づかれないように助けなきゃいけないんだ。だから一人の方がいい。信じて待っていて。そして助け出した子供たちが食べられるように、食事の準備をしていて欲しい」


「でも……」


「気持ちはわかるけど、君が行っても足手まといよ。ここは大人に任せなさい。私やリリイやチャッピーだって、一緒に行きたいのを我慢してるんだから」


 ニアにそう言われ、ツリッシュ君は拳を握って頷いた。


「じゃあ行ってくるね。メーダマンさん、ニア、リリイ、チャッピー、子供たちをよろしくね」


「分りました。食事の準備はしておきます」

「オッケー、任せてといて!」

「了解なのだ」

「待ってるなの〜」


 俺はニアたちに首肯し、ツリッシュ君の肩を軽く叩き、林を後にした。




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